レス

抱いてほしい


その一文は

酔っ払っている時にうった。

酔いが覚めたらきっと伝えない言葉となって闇の彼方へ消え失せていただろう。


その日は折しも結婚記念日だった。

昔から、夫は、何かの記念日、とか、誕生日、とか、全き興味がなかった。

いや、この書き方だと、少々語弊がある。

独身の頃は、付き合い始めて○カ月記念日、とか、初めてキスをした記念日とか、やたらめったら記念日、記念日、とうるさいくらいに、いちいち覚えていてお祝いしたり、私が喜びそうなものをプレゼントしてくれたりしていた。

誕生日には、豪華な食事とプレゼント。結婚するまでの3年間は、私をお姫様扱いしてくれた。

それが、結婚してからと言うもの、記念日はおろか、誕生日ですら、

「今日は、誕生日、だったね、おめでとう。」

と一言で、全てが完結してしまうほどそっけないものになった。


寂しかった。

悲しかった。


結婚前後の変わりよう。


私は、と言えば、結婚前も、もちろん、結婚後も、記念日を祝うって言うことは、流石にしないけれど、年にたった一度しかない、誕生日、クリスマス、バレンタインデーの、この3つだけは、変わらず、人生の大イベントとして、何日も前から、構想を練り、プレゼントや食事を準備してきた。

でも、何をしても、何を渡しても、夫が、婚前、

「えっ!これ、俺に?」

と言って見せてくれたあの笑顔は、一度たりとも、見せてくれなかった。

一年、二年、と、時は過ぎ、それでも、私は、変わらず、プレゼントをわたし、いつもより、少し豪華な夕食を準備してきた。喜んだ顔を見せてくれることもない夫。

一度たりとも、夫が、何か嬉しいサプライズをしてくれることも、プレゼントを、渡してくれることもなかった。


愛されてない


と、強く感じるようになったのは、夫が、何も、してこなくなった頃からだった。

いろんな雑誌や、ネットを読み、どうしたらレスから脱出できるのか、必死だった。


そのうち、私と同じ頃、結婚した、友人から、子供が生まれた、と言う報告が届くようになった。

焦りと不安。愛されていないと言う恐怖。


怖かった。寂しかった。


悲しかった。


誰でもいいから、抱いて欲しかった。

抱きしめて、大丈夫だよ、心配しなくていいよ。って、言って欲しかった。


メッセージを送ると、秒で、返信が来た。


い い よ


ドキドキした。

多分、彼なら、私を救ってくれる。


もう、夫が私の中から、消えてしまったかのように、

寂しい気持ちが、消えたみたいに感じた。



彼に抱かれたその日は、きっと、私は、愛されるよろこびを初めて知った少女のように純粋に、キラキラ輝いていた。

不安や恐怖に打ちひしがれていた、憂鬱そうな妻の重p影はどこにもなかった。

世界中の誰よりも、私は、愛された。幸せだ。


その日、夫は、夜遅くまで帰ってこなかった。


朝居眠りにつきかけていた私は、甘さが濁ったようなお酒とタバコの香りで目が覚めた。夫が、私の髪を撫でていた。

彼に包まれていたい、私は、もう、夫に触られたくない、咄嗟に、夫の手を払い除けた。

でも。夫は強引だった。

なんで、今日なの?なんで・・・・・

胸がギュッと掴まれたような、息苦しさを覚えた。


遠くへ行きたい。

誰も、知らないところへ。

彼だけがいる世界へ。





静かに風が髪を揺らす。

海辺を歩く彼の後ろ姿を、小走りで追いかけながら、

今日も私は、歩いている。


一緒に歩こうと手を取ってくれた

彼と一緒に。



今頃、テーブルに置いてきた封筒を見て夫は何を思うのだろうか。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る