内緒の夜
憧れの一人暮らしが始まった。
なんて優雅。自分好みの、キッチンツールを並べたり、おしゃれな食器を揃えたり。
大好きなレースがいっぱいの枕カバーと、掛け布団。
部屋全体が、ピンク色。
西陽がさすと、部屋が琥珀色に変わり、ドラマのような、ワンシーンを思い起こさせる。少し開けた窓から、風が吹き込むと、小花が散りばめられたレースカーテンが揺れる。私は、紅茶を飲みながら、静かに小説を読んでいる。
ボリュームを絞ったラジカセからは、ポップミュージックが流れてくる。
なんて優雅。
これぞ、私が憧れて憧れて、夢に抱いた景色だ。
って。
こんな優雅な生活、あるわけないやん!
「安いのでいいんよ!」
と、言われて、極力安いものを選んだキッチンツール。実家でいらなくなったくたびれた食器たち。
ホームセンターで買い揃えた、安くて、でも丈夫そうな、遮光カーテン。
ベッドに横たわっているのは、子供の頃から使っている古びた枕と布団だ。
西陽がさすと、優雅に、なんて言ってられないほど、暑い。
まだ、4月だと言うのに、5階のこの部屋は、もう夏じゃない?と燃えるほどの暑さだ。なんなら、クーラーつけたら過ごしやすいだろうに。
でも、電気代のことを考えると、躊躇してしまう。
憧れの一人暮らしは、あまりにも、お粗末なものだったが。
それでも、家族から離れ、一人!
父母の夫婦喧嘩も、口うるさい母の小言も、やんちゃ坊主の弟の騒がしさもない。
静かだ。
実に、し、ず、か!
この、静けさは、私の、優雅な生活に、最も近いものだった。
そう!自由よぉ〜〜〜〜
私は、自由!
もちろん、授業があるときは、高校生の頃と、さほど変わらない生活だけど、
でも、帰宅した後は、自分の好きな時に、食事して、入浴して。
誰にも、何にも言われないし、気遣いも必要なし。
そんな、自由な生活がもう、二ヶ月過ぎた。
やっと、一人暮らしにも、慣れてきたなぁ。と、感じるようになる頃には、
なんとなく、ぽっかりと、穴が空いたような、自由生活と、感じるようになってきた。
と言うのも、学校へ、一緒に行ける友達はできたけど、それ以上でも、それ以下でもない。土、日、祝日は、小さなマンションの一室で、特にやることもなく、(いや、親から言わせれば、勉強しろ、とか、言われそうだけど、)一人、ぼーっと、過ごすだけ。
なんだか。
なんだか、期待違いの生活は、淡々と続く。
学校に行くと、リア充な華やか女子が、子犬みたいにはしゃいでる。
遠巻きに見ている自分がなんだか惨めだ。
ふーっとため息をついた時、
「ねえ、まゆちゃん、合コン行かない?」
初めて誘われた。
しかも、合コン。
合コン?????
はい、はてな?
なんですか、それ?
キョトン顔のまゆに、瑠美は言った。
「あ、まゆちゃん、行ったことないんかな?合コンって、男の人との飲み会みたいなもんよ。」
お、と、こ?!
一瞬ドキッとした。
だって、中学生の時から、共学だったにも関わらず、まゆは男子と話したことがない。もちろん、必要最小限の、会話は・・・・・。あったっけ?笑
だけど、断る理由はなかった。だって、興味あるし!もしかしたら、これをきっかけに友達できるかもしれないじゃん。
コクリと頷くと、瑠美は、
「やった!これで、人数揃った!」
と、喜んだ。
あ。人数合わせですか。
ま、いいけどね。
待ち合わせは、
店先に、瑠美と一緒に、同じクラスの素子と久美子が立っていた。
まゆを見つけると
「まゆちゃーん!ここだよ。」
と、手を振って呼んでくれた。
「まゆちゃん、今日来る人って、うちらより年上の社会人だから、緊張せんでも、盛り上げてくれるから!」
瑠璃が声を弾ませて言う。
「大丈夫だよ。」
素子が優しく 言った。
隣で久美子が、うんうん、と言うふうに頷いている。
まゆは、なんとなく、居心地悪くて、苦笑いした。
店の奥の座席には、すでに、男性陣が座って待っている。
クリクリ頭(パンチパーマ?みたいな、って言うか、鳥の巣乗っけたような髪)でヤンキージャンパーみたいなのを着てる人。びっしりと、整髪ムースをつけまくって固めた髪のスーツ着てる人。スポーツでもやってるのかな、短髪で色黒のTシャツの人。前髪長めでサラサラな、髪をかきあげる姿が様になりそうなチェックシャツの人。
どんな関係の人?多様な格好で、一言で、社会人、と言っても、みんなそれぞれで、よくわからない。
だけど。
変な見た目!ドン引きしちゃう!
と、思ったのは最初だけ。
彼らは、高校生の頃からの、友人で、みんな独身、彼女なし。
それぞれ仕事も違うけど、真面目に働いているんだろうな、と、思わせてくれるような、真摯な態度も、好感を持てた。
流石、大人。まだ、成人してない、まゆたちへの気遣いは、最高に心地よかった。冗談言ったり、間を感じさせない、トークで。おまけに、聞き上手!
まだ、18歳だけど、軽い酎ハイなら、飲めるかな、と、みんな、ホワイトサワーや、メロン酎ハイを飲んだ。まゆも、もちろん、同じものを飲んだけど、ただのジュースみたいで美味しかった。
楽しく盛り上がった二時間は、あっという間に過ぎた。
二次会も行こうと言う話になり、クリクリ頭の青木さんが行きつけのバーに誘われた。そこは、居酒屋とは、また、別世界。暗くて、しっとりとした音楽が流れる大人の空間が広がっていた。まゆは、ずっと、緊張しっぱなしだったが、ここにきて、ますます、ドキドキしていた。
でも、他の3人は、何度か、来たことがあるらしく、慣れた調子で、
「甘いのがいいから、カルアミルクにしようかな。」
なんて、青木さんに言っていた。
「まゆちゃんは、何にする?」
と、聞かれた時は、当然、何にもわからないので、
「私も同じもので。」
と、答えた。
一次会の居酒屋では、それぞれの自己紹介やら、出身校のことやら、お互いのことを話していたが、二次会では、特にこれといった話題もなく、それぞれが頼んだカクテルの味の話とか、ちょっと、眠くなってきそうな政治経済なんかの話をし始めた。
と、店の時計がちょうど午前十二時を差した時、青木が
「おっと!これは大変。シンデレラタイムになってしまいました。」
と、ちょっと大きめの声で告げた。
そして、
「お姫様方は、お家に帰る時間です!」
と、仰々しく言った。クスリと、瑠美が笑った。
「またぁ。」
と、素子が呆れ顔で言った。
「普通に、お開きにしましょで、いいのにねぇ。」
一次会の時は、みんなで、割り勘だったが、二次会は、青木が、男性陣から、お金を徴収し、支払いを済ませてくれた。
奢り、と言う経験を、まゆは、この時初めてした。
この日以来、瑠美は、青木がいる合コンに、いつもまゆを誘ってくれるようになった。メンバーは、その都度、違っていたが、青木と、最初にスーツで来ていた黒田はいつもいた。
何度か、そんな合コンが続いた。
ある日の学校帰り。
「まゆ、今日は空いてる?」
いつの間にか、瑠美は、まゆ、と、呼ぶようになっていた。まゆも、瑠美、と呼んでいる。
「うん、空いてる。合コン?」
「うーん。・・・ちょっと来て。」
人気のない場所に、まゆを引っ張ってきた瑠美は
「今日は、ドライブに連れて行ってくれるんだって。でもさ、車一台しかないから、
まゆと二人でおいでって、青木さんが言うから。・・・だから、素子と久美子には内緒!」
悪戯っ子のように、ぺろっと舌を出して瑠美は微笑んだ。
いつもなら、居酒屋なんかで、食べて、カラオケができるスナックや、バーなんかで二次会、そして、決まって12時には、シンデレラタイムでお開き、のパターンだが、今日はそうではないらしい。
車。そういえば、誰かの車に乗せてもらうって、これまで、あったかなぁ。
誰か。。。。お父さんくらいしか、思いつかないや。
待ち合わせ場所まで、電車に揺られていく。
いつもは、現地集合のまゆだが、今日は、瑠美も一緒に電車に揺られていた。
「どんな車やろね。」
瑠美のわくわくする声が、子供っぽくて、可愛かった。
そこには、もう、ブラウンの車が止まっていた。
二人の姿を見つけるとすぐ、青木が、助手席から、降りてきた。
「まずは、腹ごしらえからね。」
と言って、チェーン店のラーメン屋で、食べた。
あたりは、もうすっかり闇に包まれてきている。
「じゃ、行こうか。」
青木の合図で、黒田がエンジンをかけた。
車はどんどん、走っていく。
いつもなら、くだらん親父ギャグで、一発笑かしてくれて、それから、今日何やってたか、とか、最近、なんか面白いこと見つけたか、なんて、取り止めのない話を、面白おかしく喋り出す青木が、一言も喋らない。
車の中ではサザンの曲が小さめの音で、響いていた。
「どこ行くの?」
と、瑠美が聞いても、
「ええとこ。」
と、少し笑って、答えるだけ。
車はどんどん、山の方へ向かい、あがっていく。
いつかどこかで見たテレビニュースが頭をよぎる。
もしや、これって、事件になったりするようなことじゃないよね・・・・・。
まゆは、一人で青ざめていたが、瑠美は、そんなまゆの気持ちとは、真逆。
まるで、遊園地で、何に乗ろうか、とはしゃいでいる子供のように、目をキラキラさせて、車窓から流れ来る景色に見いっていた。
車は、山の上の方まで来た。
待ってました、と言わんばかりの、夜景の見える駐車場で、静かに停った。
青木は、車のカセットを取り出して、自分のバックに入れていたものと、取り替えた。聞いたことのない、男性シンガーの、バラード曲が流れ始めた。
そして。彼は、語り始めた。
「まゆも、瑠美も、今、親元離れて、一人で、頑張ってる。
これまで、しんどい時、あったやろ。一人で、寂しいこともあったやろ。」
なんか、まゆには、お坊さんの説法のように、聞こえてきた。
青木の話は、まだまだ続く。延々続く。
黙って聞いていると、瑠美の頭が、下を向いていて、少し鼻を啜るような音も聞こえた。
(え?瑠美、泣いてる?)
ギョッとする、まゆを傍目に瑠美の嗚咽が、青木の声に反応するように、聞こえた。
これって。泣く場面なのかな。
まゆは。・・・・・女優だ。子供の時から。
自然と、瑠美の嗚咽に合わせるように、まゆの目からも、ぽたり、ぽたりと涙が溢れた。
長い長い、青木の話が終わる頃には、泣きすぎて、ちょっと、目と鼻が二人とも赤くなっていた。
よくわからない時間だった。
これは、まゆと、瑠美を元気づけるための、ドライブだったのだろうか?
夜景と、ちょっとエロティックな大人ムードの曲。
女を落とす?シチュエーション?
なんて、泣きながらも、頭の中では、ぼんやり考える。
二人が泣いて、青木の話が終わって。
青木は、またカセットを入れ替え、来るとき流れていたサザンの曲をかけた。
「さ、そろそろ帰ろうか。」
まゆの中に、その一言は、なんと、優しく響いたことか。
(やっと帰れる!)
瑠美は、この日のことを後々まで、素敵な夜だった、と思い返していた。
「そうだね。」
と、まゆは、笑ったけど、
ちっとも楽しくなかったことを、いまだに思い出す。
それは、誰にも内緒で、
きっとこの先、誰にもこの話をすることはないだろう
と、まゆは、思いながら、空を見上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます