女優
「まゆちゃんのお父さんってただのサラリーマンなんでしょ?」
一つ年下のゆうこが言った。その声は尖っている。
何でそんなこと聞くのか、何んでそんな意地悪い言い方するのか、まゆにはわけがわからない。でも、明らかに、ゆうこのそれは、悪意を感じる。見下したような言い方だ。
「うん。それがどうしたの?」
躊躇いの中で、まゆは、ゆっくり応えた。
ゆうこは、
「別に。ただ、サラリーマンなんて、たいした給料もらえないんだよね。」
(私は知ってるわよ!)と、ちょっと顎をしゃくり上げた姿はいかにも、いじめっ子というような格好に見えた。
???????
まゆには、ゆうこが何を言いたいのか、どうしてそんなことを言うのか、意味がわからない。でも、明らかに、自分がバカにされている、というのは感じた。
感じたけど、何ていえばいいのかわからない。
言い返す言葉が見当たらない。
意地悪だ。ゆうこちゃんは、意地悪だ。年下のくせに、私のこと、バカにしてる。
だけど、私のことでバカにしてるんじゃない。
お父さんのことをバカにしている。馬鹿にしている・・・?
何でだろう・・・・・
まゆは小学4年生。ゆうこは小学3年生。
家が近くなので、登校班が一緒だ。学年が違うので、下校が一緒になることは、滅多になかったが、この日は たまたま、同じ時間に下校となり、そして たまたま、いつも一緒に帰る、同級生のすみこが風邪で休んでいたため、まゆは、ゆうこに、
「ゆうこちゃん、一緒に帰らない?」
と、声をかけたのだった。
校門を出てしばらくは、最近見ているアニメの話で、盛り上がっていた。まゆは、ゆうこと二人でこんなに話したのは、初めてだった。二人は通学路の田んぼ道を、ゆっくりのんびり、歩きながら家を目指して歩いていた。
見渡す限りの、田んぼや畑の中にある、田んぼ道。子供が歩きやすいように、その道は、真ん中の方だけ、セメンが塗りこんであり、雨が降っても、泥で、ぬかるまないようになっていた。
ゆうこは、生まれた時から、ここに住んでいるが、まゆは、小学2年生の3学期に、今いる家に引っ越してきた。以前は、ここよりは少し街中に住んでいた。
まゆは、田んぼ道は、ちょっと歩きにくい道だし、狭いし、芋虫とか蛇とか嫌いな生き物がいっぱいで、あんまり好きじゃなかった。
蛇なんて、見たことがなかったけど、ここは普通に、どこにでもいる。
夏が近づくにつれて蛇を見かける頻度が多くなった。まゆが一番嫌だったのは、この田んぼ道の行手を阻むように、道の真ん中に、ジーーーッと蛇が居座っていることだった。その蛇がいるせいで、前へ進めず、立ち往生しているところへ、後から来た男子がヒョイと蛇の尻尾を持ち上げ、グルングルンと振り回して、ピューッと遠くへ飛ばしてくれたおかげで、やっとこさ、帰路につけたこともあった。
そんな田舎。実は、まゆはあんまり好きじゃない。
でも、父の郷里で、たまたま、知人から土地を安く譲ってもらえるというのがきっかけで、こちらに家を建て、引っ越してきた。こればっかりは、まゆにはどうしようもできない。ただ、引っ越してきてすぐに、新しい家には、子どももいるらしいと、噂を聞きつけたすみこが遊びにきてくれた。偶然にも、二人は、同い年だった。すみことまゆは何かと気が合い、すぐに仲良くなれた。これがまゆにとっては、せめてもの救いでもあった。
その、すみこが今日はいない。ゆうこに意地悪言われているのに。何にも言い返せない不甲斐ない自分がいるだけだ。
まゆは全然自分に身に覚えがない。
が。
ゆうこには、ムッとしてしまう理由が、ちゃんとあった。許せない、まゆの言葉。聞き流せない、まゆの言葉。アニメの話の切れ目で、ふと、こぼした、まゆの、言葉。
「田んぼや、畑で働くなんて、絶対嫌。虫とか蛇とかいっぱいおるし。
農家の家に生まれなくって、本当に良かったよ。」
ゆうこの家は、農家。しかも、最近では、ちょっとここら辺では珍しい専業農家だった。
まゆの言葉に、腹を立てたゆうこ。
ゆうこの言葉に、身に覚えない怒りを買ったまゆ。
何気ない言葉は、時として、人を傷つける。怒らせる。
でも、そんなこと、まゆには、全くわからない。
さっきまでの、楽しい会話は、もう、どこにもなく。無言のまま歩く。
二人の歩くスピードは、どんどん早くなり、終いには駆け足状態になり、お互い何も言わず、帰った。
ただいま、も言わずに、黙って部屋に駆け込む我が子を、母は、訝しげに見ていた。
「まゆ、どうしたの?」
返事は、ない。
まゆの部屋からは、物音ひとつしない。
そっと部屋をのぞくと、机に突っ伏しているまゆがいた。
微動だにせず、じっと、突っ伏したままの娘に、母は、何度も、
「何かあったん?どうしたん?」
と、声をかけた。最初は、心配で。優しい口調で。
でも、何度声をかけても、うんともすんとも応えない娘に、苛立ちを隠せず。とうとう。
「まゆ!どうしたんって、聞いてるでしょ?」
母は、声を荒げた。
『母が怒ると、止まらなくなる。』そのことをはたと思い出したまゆは、慌てて、顔を上げた。
そして、涙を流しながら言った。
「ゆうこちゃんが悪口言ったんだよ!」
母は、やっと応えた娘の姿に、怒りを鎮めながら、
「何言われたん?」
今度は、少し穏やかに、聞き返した。
「お父さんがサラリーマンだって。」
はて?それって、悪口?母は、娘の言う、ゆうこちゃんから言われた悪口、の意味が見えない。でも、まゆは、続ける。
「私、自分のことを何か言われても、我慢できる。でも、ゆうこちゃんは、お父さんのことを馬鹿にして言ったの!だから、悔しくて。悲しくて。」
そう言いながら、まゆは、先日見たドラマ、大草原の小さな家で、主人公が言ったセリフやシーンを脳裏に浮かばせながら、さも、悔しそうに、悲しそうに、言った。
母は、ぎゅっと、泣きじゃくる娘、まゆを抱きしめた。
「まゆは、優しい子だね。」
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