第5話 死戦と光線





「山。山。山。だなあ」



 助手席に座る秋田が、そんなぼやきを口にする。人のいない国道4号線を南に向かって走りながら、途切れがちなラジオを聴いていた。道路はどこも案の定、山と積み上がった追突車でふさがれていた。火災や爆発が起こるのも、時間の問題だろう。

「なあ、岩手。俺らってなんなんだ?」

「出し抜けにまた小難しいことを」

「昔から思ってたんだよ。俺らはなんで生まれたんだろうって」

 頬杖をついて、向こう側の窓の外を見ている。俺はハンドルから片腕を離した。

「生き物なんてのは、みんな、そういうもんだろう。よくわからず生まれてきて、よくわからないまま生きていくしかないんだよ」

「生き物ねえ」

 へへ、と笑って、秋田は脇に抱えた猟銃に頬を寄せる。

「俺らは、生き物なのかねえ」

 その投げやりな言葉に、思わずため息をついた時だった。どんっ、と背後から強い衝撃があって、ハンドルが取られる。とっさにブレーキを踏むが、勢いの殺しきれないまま、道路脇の破損した車の中に突っ込んだ。頭が何かにぶつかって振盪を起こし、クラクラと揺れる。目眩が収まらないうちに、よろよろと車外に這い出ると、後続の大型車から、がたいの良い男たちがぞろぞろと降りてきた。。揺れる視界でも、それはかろうじて見える。

「いってえー。なんもだが?」

「ああ。でも、厄介なことになったらしい」

 見れば彼らは、車の荷台から勝手に物資を分捕っている。

「あー、いいよ。あんなもん、けてやれば」

「いいのか?」荷台の荷物の大半は、秋田の私物だった。

「うん。不自由と苦しさに耐えよ、だ」

 猟銃は幸い無事だったようで、それを杖代わりにして立ち上がる。差し出された手を掴み、俺も立ち上がる。そのままこっそりずらかろうとしたが、目ざといやつが「おい」と声をかけてきた。

「このままじゃあんたらも感染するよ。俺たちと一緒に来いって」

「いや、いいよ。俺たちは行くとこがあるんだ」

「行くとこって……こんな状況で、どこに行くって言うんだよ」

「東京だ」

「ハァ!?」

 何がそんなにおかしかったのか、男は文字通り腹を抱えてゲラゲラと笑った。酸欠まで起こしそうな勢いだ。

「お前ら、バカか? みんな東京から逃げて、こっちの方に死に物狂いで向かって来てんのにさぁ! なに、東京に知り合いでもいるの?」

「まあ、そんなところだな。というかそっちはどうして東京方面に?」

「いやーだって、あんた達の車、すごい大荷物じゃない? ちょっと気になっちゃってさー」

 呆れてため息も出ない。要するに、はじめから強盗目的だったのだ。

「それでわざわざ追ってきたのか。言ってくれれば分けたのに」

「いや、だってあんたの連れ、銃持ってるから。怖くてねえ……」

 まだ秋田の手に猟銃があるのがちゃんと見えているくせに、男はニヤニヤ笑いながらそんなことを言った。お前らには、どうせ撃てない。そう言いたげにも聞こえた。

「で、どーすんの? まあ拒否するって言うなら、こっちにも考えがあるんだけど」

「考え? たとえば?」

「そーだねー。たとえば、こんなことかな」

 その男の声と共に、他の男達が刃物を持って俺達を取り囲む。切っ先にはどれも血のようなものがこびりついている。まずいな、と俺は両手を挙げる。

「少し落ち着いてほしいな。なんだって刃向かうやつをいちいち殺す必要があるんだ? 俺たちを見逃したところで、お前たちにはなんのデメリットにもならないだろう」

「うーん、まあ、言われてみればそうだなあ」

 わかってくれたか、と思ったのも束の間、肩に酷い激痛が走る。衝撃と痛みで立っていられず、膝をつく。気づけば棒状のものが肩に突き刺さっており、振り返って見ると、背後にボウガンを持った男がいた。

「痛っ……痛、いな……」

「あんた、自分の立場わかってんの? さっきから偉そうに口聞いてくれちゃってさー」

 死にはしない。

 けれど、ちゃんと痛い。

 このひどく不自然な体は、こういうとき本当に忌々しい。秋田、逃げろ、と言おうとして顔を上げたが、彼は何やら指を差して、男達の人数を数えている。

「に、し、ろ……なな。うん、やっぱり七人だ」

「は? だからなんなんだよ」

 問われて、へへ、とまた秋田は笑う。

「ほら、世の中には、決まりってものがあるだろ? 東北の山にもあるんだ。『七人で山に入っちゃいけない』っていう掟がね。縁起が悪いってんで。お前らだってわかってるべ? ルールは守んねえと」

「俺は特にそうは思わないねえ。今の世の中、真面目にルール守って生きてたって、どーせ意味ないんだって。結局は要領良い奴とか、口の回る嘘つきだけが得をする。現に今だってそうだろ。だからこうやって頭使って、自分の得になることをやっていかなきゃ、生き残れないんだよ」

「そうか。そうかもね」

 ぽつぽつと語る秋田の視線の先が気になり、それを追って視線を向けた。彼が何を見ているかわかったとき、ぞっと背筋に悪寒が走る。


「じゃ、あんたたちは、どのみちうまくやれなかったわけだ」


 追突した車の山の中から、ぱち……、と小さな音が鳴り。


 次の瞬間、辺りは炎と爆風に包まれた。


















「――――……う、」




 都道府県は、肉体の破損程度では死なない。


 仮説を立てるとすれば、おそらく俺達の『魂』は、体とは別のところに宿っていて。


 それが損なわれない限り、いくら無惨に破損しても、またおよそゾンビのように惨たらしく変化しても、


 永遠に死ぬことはできないのだろう。


「……どでんした、な」


 ゆっくりと、瞼を開く。

 爆発で千々になったはずの体は、五体満足の状態に戻っていた。いつもと同じだ。ゲームオーバーからやり直すときのように、致命傷を負ったら一定時間意識を失い、それから元に戻る。生き返れる……と言えば聞こえは良いが、それだっていつも戻れる確証はないし、通常ものすごい不快感を伴うため、後々住民に影響が出るのを恐れて誰も望んで死んだりはしない。

 とにかく、俺は吹っ飛ばされて、道路脇の草むらに寝ていたらしい。身を起こすと、隣には秋田が倒れていた。仰向けで目は開いているが、まだ起き上がれないようだ。近寄っていって、声をかける。

「おい、秋田」

「なんだ、岩手」

「全部計算ずく、か?」

 尋ねると、秋田は目を細める。


 車両火災が起こったのは、見えた。


 だが、なぜ、男達の奪った物資が爆発を起こしたのか。


 その答えが、今になってわかる。。おそらくは全国花火大会に使うはずだった花火玉。男達は強盗を働くとき、それらの花火玉を食糧などの物資とまぜこぜにしていたのだろう。

「んなわけねーべよ。偶然だ偶然。山の神様は本当にだじゃぐだな」

「だじゃぐなのはおだ。そんな危ねえもんを、黙って俺の車に乗せてたなんてよ」

「まあ、それは……スリル?」

「なーにが、スリルだ」

 頭を小突くと、へへっ、と笑う。やがて秋田は、空を見上げたまま「あ」と呟く。

「なした?」

「流れ星」

 同じように見上げれば、もう時刻は夕暮れ時のようで、黄昏に染まった空に一線の光が見えた。かなり明るく燃えていて、流れ星というよりは、火球に近い。

「珍しいな」

「ほんとだな」

 江戸時代からこちら、『流れ星は災厄のしるし』と言われてきた。けれどそれを差し引いても、空一面に尾を引かんばかりの光の筋は見惚れるほどに妖美で、秋田が動けるようになるまでの間、ただぼんやりと眺めていた。

 

 

 

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