第3話 ウイルス、寒さで死ぬ説
映画オタクではないので詳しくは知らない。
でも確か昔に見たゾンビ映画で、「ウイルスは寒いところだと生命活動を停止する」とかなんとか言っていた気がする。
「まあ、寒いといえば北海道さんだけど……」
幸いまだネット回線は生きているようで、インターネットの検索窓を開き、SNSをのぞいてみる。案の定「北海道に逃げろ」、そして「富士山に登れ」というこの二種類の投稿が異様に多く、パニックになっている様子が伺えた。やはり騒ぎは全国的に広がっているらしい。
その時、スカイプの着信音が鳴った。噂をすれば北海道だ。
「うわぁ」
全画面表示にして、ついのけぞった。全都道府県中最大の面積に反してひどく小柄な北海道が、口の周りを汚しながら大盛りの塩辛ご飯を食っていた。
「うわあ、とはなんだうわあとは」
「す、すいません。でもそれちょっと今心臓に悪いですよ」
大きな丼で塩辛と白飯をかっくらう北海道は、子供のように無垢で無邪気に見えるが、中身は結構強かで豪胆である。その愛くるしい見た目と懐の広さで、都道府県魅力ランキング一位を取り続けている彼だが、開拓時代のタフネスは健在らしい。
「全く、岩手は軟弱だな。こんなわやくちゃな状況だから、飯食う時しか時間がねえんだべや。そもそもお前の方から連絡してきたくせに、ちょっと失礼なんじゃないかい」
「俺から? 何もしてないですけど……?」
「あ、そう? じゃ俺の勘違いかね。お前らみんな似たような
はっはっは、と朗らかに笑う北海道に、俺は尋ねる。
「あのぉ、それで、そっちにはその……ゾンビっています?」
「いるよ」
「いるんかい」
「北大の連中が『ワクチン作るべ』つって頑張ってっけどね」
「そうですか。ていうか、北海道さん今どこにいるんですか?」
「函館。避難所で戦ってるよ。まあ俺の出る幕なんてほぼねえけどさ。それよりこっちになだれ込んでくる奴らが厄介だ。純粋に助けを求めてくる人はいいけど、マナー悪い連中も結構いるからな。まあこういう感覚、懐かしいっちゃ懐かしいけど」
からからと笑う北海道に感心するとともに、少し羨ましくもあった。最北の地にして、最大の地。そのおおらかさは決して豊かさだけからくるものではないのだろう。過酷な環境を乗り越えてきた歴史が、彼の強みなのだ。
「俺らは人ではないから、必要以上に人の世に干渉してはならないって決まりがある。岩手、お前もわかってんべ?」
「まあ、わかってます、けど……」
もごもご言う俺をよそに、北海道はジョッキ一杯のソフトカツゲンを飲み干し、ふう、と大きく息を吐く。
「東京と連絡がつかねえんだ」
「え、東京さんと?」
「この感染騒ぎだからね。俺んとこは広いし、食糧が唸るほどあるからなんとかなってるけど、関東の連中はひとたまりもないっしょ。全く、『札幌でマラソンさせてくれ』って言ってきたときは昼も夜も関係なしに電話してきたくせに、今じゃ何回かけても繋がらん」
「そんな……」
うちで一番賑わっているのは盛岡あたりだが、それでも人口は30万人ほどである。東京といえば、その何倍もの人々が密集して暮らしている場所だ。どれだけ悲惨な状況になっているかを想像するだけで身震いしてしまう。
「なあ岩手。俺のとこはなんも心配いらんから、なんとか東京の様子見に行ってやってくれない?」
「え!? 俺がですか!?」
「ああ。
「ちょ、ちょっと!?」
こちらが何か言う前に、通話は切られてしまった。思わずどっと疲れが押し寄せる。秋田といい北海道といい、なんでいつも俺なんだ。
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