武蔵野少女

らいか

第1話

 その少女は玉川上水で、水浴びをしていた。これから夏本番だというのに、彼女からは、何とも言えない冷気を感じる。

 空から木漏れ日が降って彼女を溶かしてしまいそうだ。

 それくらい彼女の体は雪のように白い。少しでも触れようものなら、そこから雪像のように崩れてしまいそうだった。 白い髪でうなじを隠して、うつむく彼女の姿は、学生くらいだろうか。それにしては、どこか哀愁を思わせる。


 その少女は井の頭公園の池を眺めていた。夏の暑さのせいで、彼女の姿は朧気おぼろげになっているが、今度は彼女の顔を拝むことができた。瞳は半透明で、表情はない。しかし改めて彼女が、美少女ということが分かる。

 水面みなもに映る自分の姿を彼女はどう思うだろう。というのも、彼女は、かわいいとも、美しいとも、妖艶ようえんともいえない。悲しく、寂しく、切なくて、そうして、あいらしい。


 その少女は月夜の禅林寺で、観音さまに手を合わせていた。すると一匹の黒猫が、彼女の足元にすり寄ってきた。彼女が猫に気が付くと、しゃがみこんで、猫の首元を優しく撫でた。その表情には明るさが戻ったようだ。しかしそれはどこか哀れみの表情にも思える。

瞳はまっすぐ猫の方へ向けられていて、その表情は真剣そのものだ。すると猫が突然、彼女の手を爪でひっかいた。彼女は瞳に涙を浮かべながら、猫を睨みつける。猫は彼女の表情を見るや、そそくさと逃げてしまった。彼女は立ち上がり、猫に手を振った。


その少女は御殿山のなかを歩いていた。月の光が、彼女を照らして、それは舞台の花道のようだった。

 しかしなぜか足音がなく、それでまた彼女の体は神妙なまでに軽そうだ。

 そして彼女は闇夜の先へと消えていった。

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武蔵野少女 らいか @ra8ito14ikasho612

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