第71話 笑顔の友人は怖いほどにいつもの調子だ
「なんか、バタバタしてるッスね」
塀を超えて城の敷地内に侵入した後、ヒートが呟いた。
「恐らく、王の手にハニーが渡ってしまったことにより、嘘がバレたらまずい人間たちが既に襲いに来ているのだろうな」
「嘘がバレたらまずい連中?」
「内部から王の暗殺をたくらむもの、情報を得ようとするもの、犯罪を隠しているもの…まぁ、心を読まれてまずい人間はたくさんいるだろうな…」
以前、天音は「俺みたいな魔法つかう奴他にもいっぱいいるだろ」とかなんとか言っていたが、唯一無二どころか、王に求められる程希少な魔法らしいぞ。
よかったな。クソ。
「天音ちゃん大丈夫やろか…」
「さすがに王都の騎士がついてるんじゃないッスかね?」
「あぁ、実際騒いでいるのも、ハニーの暗殺に失敗した連中をどこに捕獲するかという話らしいな」
しかし、これは好都合かもしれない。この騒ぎに乗じて入り込めばいい。
俺達は騎士達が敵の処遇の決定に追われている隙に、屋根の上に登った。
街では未だに宴が行われているようで、この城の殺伐とした空気との非対称さにより奇妙な雰囲気を作り出していた。
さて、ここからどう忍び込むか。
心の声が聞こえてしまう天音にはアランの透明の魔法は無意味である。
しかし、天音は以前、現実の声と心の声の見分けがつきにくい、心を見えるか聞こえるものと言っていた。つまり、透明になりヒートに騒音をならさせれば完璧だ。
ヒートが離れのあたりを爆破する。一気に兵士がそこに集まるのが見える。
しかし、騎士団は人数が多く統率もとれているため、そちらへ向かったのは数人だ。とりあえず音を出し続けなくてはならないため、ヒートは屋根の上から爆破をし続ける
その隙に俺達は、チルハの錬成した縄をつたい、窓から中を観察した。
「ここだな」
アランは呟く。そこは中が見通せない程真っ暗な倉庫のような部屋だった。
ガラスを割り、忍び込む。3人で床に着地する。遠くから爆発音だけが聞こえ続けているおかげでこの音も気づかれないだろう。
「……誰かいるな」
アランの声で一気に空気が固まる
俺は2人の壁になれるように人間サイズになり前に
「……やっぱり来ちゃったかぁ」
聞き覚えのある声だった。
凍った心臓を溶かすような明るい声。
姿を見なくてもわかる。この暗い部屋の奥にいる人物は
「アマネちゃん……」
間違いなく、俺達のすべての動機の源、今回の目的である人間
――桐生天音が、倒れた椅子に行儀悪く座って微笑んでいた。
「ねぇ、姿見せてよ。俺、口の動き見ないと心の声なのか現実で言ってる声か判断できないからさ」
先程の婉麗なドレスを身に纏い、神秘的な雰囲気を醸し出しながらも、言動だけはいつもの天音だった。
正直、俺は天音が洗脳されている可能性を一番に考えていた。
あの天音が神様のような振る舞いができるとはとても思えなかったから。
しかし、この飄々とした陽気な感じは間違いなく天音だ。
「…やぁ、ハニー久しいな。酷いじゃないか。挨拶も無しに消えるなんて」
「ヒートがうるせぇから何言ってるわかんないな!」
「はぐらかすな。ハニー。」
「悪かったって!どう頑張っても険悪になる選択肢だし、俺がいなくなった時点で諦めてくれないかな~って願ってたの。まぁ、そうもいかないよな。俺、意外と愛されてる?嬉しい!」
天音はふざけた口調で、次々と言葉を紡ぐ。まるで俺達に口を挟ませず、最低限の会話ですむように。
「ハニー、頼む。今の状況を説明してくれ。」
アランが、真面目な声で天音の言葉を止める。それにより天音の笑顔はスンッと落ち着いた笑顔になった。口は笑っているが目だけは笑っていない。
「……俺はお前らを捨てたの。わかるだろ」
天音は諭すように言った。
「わからへん…わからへんよ。天音ちゃんがそんな事するわけないやん…」
「前も言ったけど、お前は俺を綺麗に見過ぎだって。実際魔法のこととかお前らにずっと黙ってたわけだし。あと、あれ、魔王倒したっていう名誉を手に入れるために利用したわけじゃん」
「利用…?」
「そうそう。この王宮で素晴らしく贅沢な生活をしつつちやほやされるためにお前らを利用したわけ」
「そんなこと天音ちゃんが考えるわけ…!」
「でも、お前らに魔法のこと隠してたのは事実だよ。お前の家族構成も、過去も、気持ちも全部知ってる」
2人は絶句する。
「だから、俺のこともう忘れなよ。俺もお前らのことなんて忘れるから」
しかし、天音の言っている理論は破綻している。
王都も知らなかった天音が狙ってコイツらを仲間にしたとはとても思えない。第一魔王を倒したのだってウーサーが訪れたことが発端だった。
俺は、困惑する2人をよそに天音に向かって走り出した。話は後でじっくり聞く。今はこの城から脱出せねば。
「お前はそうするよな。ゴースケ」
天音は、突進してくる俺に対して冷静な態度でいた。
ストップをかけるように右手を差し出し。
「吹き飛んで」
呟いた。
その言葉と同時にすさまじい空気の圧が前方から襲ってきた。
慌てて、アランとチルハを守るように盾になる。前に飛んでいたガラス片が全て部屋の奥に飛んでいく。
俺は踏ん張るのが精いっぱいだ。
「やっぱ無理かぁ」
天音の気の抜けた声と共にふと猛攻は止まった。
「ねぇ、気づいてる?外、静かだね」
気づいたら。爆発音が消えていた。
サーっと血の気が引いた。
その瞬間、部屋にパッと明かりがつく。
天音の後ろには数十人の騎士が敬礼をして立っていた。
「ハニー…どういうつもりだ…」
「お前らが逃げてくれないからいけないんだよ?」
すると、ヒートを魔法で拘束しているが一歩前にでた。
「ヒート君…!」
「……」
ヒートは気絶しているようで返事はない。
「そいつらを520監獄室へ」
天音が無表情になる。淡泊な指示を出すと「はっ!!!!!」と気持ち悪い程に揃った声と共に、地面から蔦のようなものが伸びてくる。
俺達は抵抗する術も無く捕らえられた。
胡坐を組み頬杖をした天音は張り付けたような笑顔で言った。
「俺のことなんて忘れて、遠くで幸せになれよ!」
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