第69話 自由な友人にあんな服は似合わない

国民の万歳は天音が一歩下がり、自分の出番が終わった事を示しても続いた。

天音はそれが些事であるかのように、無表情で下を見つめていた。


確かに俺は、天音が世間に認められて、祝福されることを望んでいた。


ボロボロに何ながらも魔王を倒し、孤独だった人々を照らし、最後まで笑顔だった天音を、みんなが好きになってほしかった。


その中心で笑っていてほしかった。


こんなつまらなそうな表情で、天音の本質も知らない、見た目と魔法のみで陶酔する民衆に持ち上げられているこの現状が、理想の姿だとはとても思えなかった。


「この女神の登場により、冤罪も、クーデターも、他国からの侵略も無くなり我々の国は過去最高に平和になるだろう!!」


天音を祝福する宴は次の日の朝まで続いた。


――――――――――――――――――――――――


「チルハくん…泣き止んでください…!」


ヒートがホットミルクをすすり泣くチルハの横に置いた。


「うっ…うっ…」


チルハは俺達に気を遣わせないためか、泣き顔を隠すようにフードを深くかぶる。しかし、その苦しげな嗚咽は俺達の心をも痛くさせた。


「姐さん、あんな芸当できたんスね…」


「光の勇者…だからな…」


こいつらは誰も天音の本当の魔法を知らなかった。

信頼していた人間に重大な隠し事をされていたショックは俺よりも大きいものだろう。


俺にも、きっと俺が気づかないならアイツは隠し通すつもりだった。


建前では恥ずいからと言っていたが、それほどまでに俺達から嫌われなくなかったのだと思う。



「俺達、姐さんのことなんも知らなかったんスね…すごいショックッス…」


「本当に、あの人はアマネちゃんやったんかな…わからへん…」


涙声でチルハが言う。

そう思ってしまう程に、そう思いこみたいほどに、天音から輝きは失われてしまっていた。

教室の中心で鬱陶しぐらいに眩しく煌めいていた男が、美術館の奥に飾られている難解な絵のように遠い存在になってしまった。


「もしかして、魔王はまだ生きてて、洗脳されたとか…?」


「しかしハニーは第5区のあの日、確実に正常なまま、王都の騎士団について言っていた。」


「…じゃあやっぱり姐さん俺達を捨てて神様になる道を選んだってことッスか?」


全員が黙り込んだ。


今は、そうとしか解釈できない状況だ。

まず、天音は洗脳されようがないためその線は考えにくい。

また、何か目的があって王都の騎士団に付いていったにしても、一人では無謀だ。アランを透明にするなり俺を最大限縮めるなりすれば連れていくことは容易だっただろう。

そして何より天音が別れ際にあんな表情をするとは思えなかった。俺達に何も告げずにいなくなる意味がわからない。


「…姐さんは、下を向いてばかりの俺に上を向くことを教えてくれたッス。恩人だと思ってるし、あの人の力になりたい、ずっとついていきたい。そう思ってるッス」


沈黙の中ヒートが口を開いた。


「だからこそ、姐さんには幸せになってほしいッス」


ヒートの言葉は最もだった。いつでも死と隣合わせの今の生活よりも王の暮らしの方が確実に幸せになれるのは確かである。

それが正論だ。


「…そうだな…目立ちたがりで愛されたがりのハニーだ。民全員に愛される今の状況はきっと喜ばしいものなんだ。」


「じゃあウチらは、祝福するしかないん?」


「…そうだな。友人として、仲間として、今のハニーを応援するのが一番ハニーのためになるだろう」


今の生活よりも多分にいい生活で、人に愛されて、天下も取れた。天音が願ってもいない


それでも、それでも

俺にはあれが幸せそうだなんて見えなかった。


何よりも自由を好むアイツが窮屈なドレスを着て、


誰よりも寂しがりなアイツが誰よりも高く孤独な場所で


何があっても笑顔だったアイツがあんな顔をする今が


幸せであるはずがない。幸せであるはずないんだ。


アイツが幸せだと納得していても、俺はそんなの嫌だ。


俺はジェスチャーで意思を伝えようとした。

城を指さし、王とも戦う意思があることを剣を振るジェスチャーで示す。

奇妙な動きをしだした俺を3人はポカンと見つめる


「ふっ」


先程まで泣いていたチルハから、笑いが吹き出した。


「かわええなぁゴースケくん」


和むな。俺は真剣なんだ。


「……ウチやっぱ嫌やわ。アマネちゃんとこんなお別れすんの絶対嫌」


チルハは、俺を抱き上げて起立をした。

いつも、他のメンバーの意見を肯定しがちなチルハが立ち上がった。


「友達として、その服似合わんって教えてやらなあかんもん!」


全くだ。天音はあんな高級そうな服よりも、いっぱい動けるパンツスタイルの方がよっぽど似合っている。

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