第55話 機転の利く友人はどんなピンチも光に変える
背中を刺されたことにより、魔王の手が一瞬緩んだ。
その隙を見逃さず、天音は魔王を蹴り飛ばし、距離を取ることに成功した。
ウーサーの姿は無い。
しかし、荒い呼吸の音だけが聞こえる。
恐らく、アランの魔法がかかっている紐をにぎっているのだろう。
それでも、ただでさえ天音しか目に入っていなかった魔王には充分な一撃だった。
「そうだ、君が残っていましたね。そうでしたそうでした。」
魔王は、背中から血を流しながら、蜃気楼のようにゆらゆらと立ち上がってから後ろを振り返り、ナイフを背中に刺したまま何事も無いように言った。
「ヒモを離して私の元に近寄ってください」
しまった。洗脳魔法が効かないのは天音だけだ。
「っ!?ウーサー!!今すぐ逃げろ!!!!」
「もう遅いです」
ウーサーは実体化し、焦点の合わない目で魔王に一歩、一歩と近づいた。
まずい。今度はウーサーが危険だ。どうすれば、どうすればいい?!
「馬鹿ですね。私に一撃傷をつけたところですぐ治ります。この少年はさっさと逃げた方が好計でした。」
魔王は同じくらいの背丈のウーサーの首に手刀を当てた。
天音は悔しそうに睨むことしかできない。
「……………………………わかった」
強張っていた天音の身体がゆるみ、脱力した笑みを見せた。
「どうすればソイツを開放してもらえる?」
天音は手を挙げて降参のポーズを取る。
「……あなたが死ねば開放しましょう」
「そんなん信用できねーな~俺が死んだら本当に開放したか確認できねーじゃん」
「……私はあなたを全く信用していません。特にこういう駆け引きでは妥協したら終わりだと思っています。私が先にこの子を開放したところであなたが素直に死ぬとはとても思えない」
「ガードかて~」
天音は緊張感のかけらもない事を言う。
俺にはハラハラと見守ることしかできない。
「わかった。じゃあ俺のこと縛って動けないようにしてみて。それならすぐ俺のこと殺せるでしょ?」
「……わかりました。貴方、あの女を拘束しなさい」
頭の良い魔王はわざと天音が抵抗できないようウーサーを使って天音を拘束させた。
胴体と腕、手首、足首としっかりと大人しく拘束される。
「はい。拘束されたよ。早くソイツ開放して」
「……いいでしょう。城の外に出ていきなさい。」
ウーサーは人形のような仕草で頷き、フラフラと城の外に出ていった。
「……洗脳は城から出れば解けるように設定してありますが、城に対して恐怖を感じるようにしています。助けは来ませんよ」
「はいはい」
「さて、どう殺しましょうか。」
「あ、待って待ってどうせなら遺言残させて~!」
「嫌です。何故あなたの遺言を私が聴かなくてはならないのですか。」
「いや、ゴースケに」
そう言って天音は俺を指さした。
しかし、その様子を見て、魔王はいい事を思いついたとばかりにニヤリと笑った。ゾワッと毛が逆立つような感覚になる。。
「良い事を思いつきました。ゴースケはあとどのくらいで毒が抜けるのでしょう」
「……5分」
「あら、意外と短いのですね。好都合です」
魔王はわざとらしく俺の腕に絡みつき淡々と言った。
「どうせならゴースケに貴方を殺させます」
「…なんでそんな事させんの」
「貴方が嫌がるからに決まっているでしょう」
俺が、天音を殺す…?
結局、俺は天音に迷惑をかけてばかりだ。
洗脳され、仲間を傷つけ、こんな強い力を持っていても俺なんかでは宝の持ち腐れだった。完全なる足手まとい。
「大丈夫だよゴースケ。お前は悪くない」
そんな事言うな。俺が悪いんだ。俺がこの城に侵入したときに警戒していればこんなことには。
「言っただろ?反省会は後でやろ」
「後なんてありませんよ。今、存分に遺言を残してください。命乞いでもいいですよ。」
「じゃあ聞いちゃおうかな!なんで俺をこの世界に転生させたのかって」
天音もこの魔王に転生させられたというのか?
先程から起こること全てが衝撃で、正直思考はついていっていない。頭がこんがらがってきた。天音が光の勇者であることも他人事のように感じてしまう。
「教えるわけないでしょう」
「残念☆聞こえちゃいます」
「…本当に忌々しい人ですね」
「へぇ~転生者は強力な魔法使いになることが多いんだ~俺も強い魔法使いを集める一環で転生させたわけね」
魔王は無表情のまま舌打ちをして、口封じの代わりに天音を蹴り飛ばした。
「ゴホッ…っ…へぇ~、やっぱり、お前ひとりじゃないじゃん。ずっとぼっちなのかと思ってたわ」
「は?」
魔王の口調が崩れた。一気にこの空間が氷点下に達したような寒気がする。
「お前トップかと思ってたら中間管理職ってわけ~!?あまりにもえらそーだからわかんなかったわ!!」
「~~っ!!!………………………………………………………………ふふっ」
一瞬にして魔王の沸点が上がったと思ったら、突如、爆発して何も無くなったかのように、冷静になった。
そして、乾いた笑いをし始めた。
「同じ手は2度も食いませんよ。貴方が言っていたのは今聞こえた情報ではない。私が貴方を首絞めた時に読んだものですね。私を怒らせてゴースケが殺す前に殺させようとしていたのでしょうか」
今度は天音が舌打ちをした。
天音の魔法は密着すればするほど心理の深層部分まで読み取ることができる。なるほど、首を絞められていた時にちゃっかり心を読んでいたのか。だとしても捨て身すぎる。本当に自分を大事にできない奴だ。
頼むから、もうこれ以上傷つかないでくれ。
「…時間切れです。5分経ちました」
願いも虚しく、魔王は冷酷に告げた。
再び白い髪の毛が背後から絡みつき操り人形のように吊るされたような感覚に陥る。
そして魔王は、魔王様は、女神様は、終わりの合図として左手を上げた。
――――しかし、俺の身体は未だに小指一本動かせなった。
天音の見立てが間違えたか。魔王のカウントが間違えていたのか。
しかし、それは全て違う。
魔王がウーサーを逃がしたこと、
魔王様が背中のナイフを抜かなかったこと
女神様が俺に天音を殺させようとしたこと、
俺の毒がまだ切れていなかったこと
その全てが天音の勝利への流れであったことに、天音の見せた性格の悪い笑みで悟ってしまった。
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