第54話 絶体絶命の友人はそれでも煽る

「…考えなしに見えて意外と用意周到なのですね」


静かに怒りを燃やし、風に髪を靡かせるその姿は白い炎のように見えた。


「降参する?」


「まさか」


魔王がそう呟いた時には、既にそこには姿が無かった。


咄嗟に天音に目を移すと、可憐で儚い姿から出るとは思えない威力の蹴りを食らわせる魔王の姿があった。


次の瞬間には天音が思い切り壁に打ち付けられる。


俺は咄嗟に駆けつけようとするが、案の定身体は痺れて動けない。


魔王はストン、と妖精のように着地をした。

魔王は脚から汚れを払ってから相変わらずの無表情で天音を見据えた。

吹っ飛ばされた天音は咳き込みながらもゆらりと立ち上がる。


「ガキの着ぐるみ着てるゴリラかと思った…」


「…不死身なので。致死量のドーピングもできますし、人間が無意識にリミッターをかける力も自在に引き出せるのです」


説明し終わらないうちに魔王は再び走り出した。


今度は天音もナイフを構える。しかし、構えた瞬間ナイフは宙に舞う。魔王に蹴り上げられたのだ。

「マジかよ」小さく天音が呟いたのが聞こえた。

二撃目は天音に向かうが地面に転がることでギリギリ回避した。


この状況は非常にまずい。天音に攻撃方法は武器を使ったナイフしかないのだ。


「魔法とあなたの能力が噛み合っていませんね。あなた、天性の勘で戦うタイプでしょう」


痛い所をつく。天音は確かに獣の勘的なもので行動するタイプだ。考えながら戦わなくてはならない頭を使う戦闘は向いていない。


「そう?アンタも魔法と能力が噛み合ってないんじゃない?魔王サマの力が洗脳とかセコすぎるっしょ!」


それでも天音は煽りを辞めない。

以前言っていた、”感情は大きくなるほど聞き取りやすくなる”というやつだろう。


それでも魔王は冷静に攻撃をし続ける。攻撃のしようがない天音は避けることしかできない。


そして、体力が減るという概念が無い魔王と戦った時、明らかに不利なのは天音だ。


ついに魔王の蹴りが天音の腹に敵中した。


「あ”っ!!!1」


魔王は蹲る天音に近づいて真上からかかと落としを一発食らわせ、足で踏みにじる


「ふふっ無様ですね。光の勇者。」


「そ、んなだっせー、名前知らんわ…っダサ、すぎて俺の、事だって全然気づかなかったし」


天音は息を切らし、途切れ途切れながらも言葉を紡ぐ。今すぐ助太刀したい。それなのに身体は痺れて小指一つも動かすことができない。

チルハの有能さを最悪なタイミングで実感する。


「…なぜ今まで身を隠していたのですか。ゴースケを手に入れたのならすぐ私を倒しに来るべきだったのでは?」


「な、に?世界が、っ自分。中心に動いてると思ってる、タイプ…っ?お、前のことは、俺が、楽し、く暮らすのにたまたま目障りだったからっ…倒しに来ただけ」


「へぇ、楽しく暮らす…ですか。私用で私の悪事を見逃し逃げた貴方にそんな権利があると?」


「あるよ。お前見てたらマジでそう思うわ。貰い物の魔法を我が物面して魔王サマやれるなんて」


天音が嘲笑気味に言った瞬間。

完全に頭に血が上ったのか、減らず口を物理的に止めたかったのか、女神様は天音に上乗りになって首を絞めた。


「っ、か、はぁ……っ、ぅ…!」


天音の表情が痛々しく歪む。やめてくれ。やめてくれ


「苦しそうですね。貴方もただの人間なのですね安心しました」


俺は動かない身体とわかっていながら全身に力を入れる痺れごときで止まってられない


「どうせならめいっぱい苦しませてから殺しまいましょう」


それでも俺の身体は動かない。


魔王は一時的に天音の首に加えた力を緩めた。天音は生理的に出る涙を流しながら苦しそうに咳き込む。

しかし、それを許さないとでも言うように魔王は再び首を絞める。


「光の勇者の死が絞死だなんて、あっけなさすぎて笑えてしまいますね。」


魔王はため息をついた。光の勇者の死により目標への喪失感か、再び始まる退屈への憂鬱か、


そんな魔王の首に、苦悶の表情を浮かべながらも天音は抱きしめるように手を回した。明らかに力が入っていない。


「なんのつもりです?」


それでも、魔王の世界を天音と魔王の二人きりにするのには十分だった。


いや、正確には、


魔王の長くて白い、天使の羽のような後ろ髪がじわりと赤色に染まった。


ポタリポタリと背中から血の雫が落ちる。


その背中には、魔王が蹴り上げて天音が手を離してしまったはずのナイフが深々と突き刺さっていた。


天音が攻撃できるわけがない、ましてや動けない俺でもない。


「あぁ、なるほど君が残っていましたか」


残るは、


「やるじゃんウーサー。カッコいいよ」


大事な人を魔物に殺され、魔王を恨み、光の勇者を渇望していた少年、ウーサーだった。

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