第49話 多弁な女神様は月が嫌い

「世間話をしましょう」


魔王様が言った。


退屈なのだろうか。世間話は自分から言うものではないと思うのだが。



俺が女神様の元に帰ってきて1週間が経過した。


この魔王の城には俺と魔王様以外に一切生物は住んでいなかった。

部下が一人もいないというのは本当なのだろう。


ただし、誰も訪れないわけではなかった。

城の掃除をさせるために、かつて洗脳した人間を呼び寄せてやらせたり、王都の騎士団が謁見に来たりしていた。


やはり王都の騎士団は洗脳されていたようだ。よかったな。


…やはり変だ。


時々俺の脳は論理的でない動きをする。


"騎士団が洗脳されていて、よかった"だなんて何故思ったのだろう?

今、俺は誰に心の中で語り掛けていたのだろう?


「ゴースケ。聞いていますか?」


俺の不安をかき消すように女神様が言った。

俺が頷くのを見ると、満足してくれたようで、胡坐をかく俺の膝の上に座った。お気に入りなのだろうか。


この1週間、無口、無機質、無表情の3拍子だと思っていた女神様が、意外にもお喋りである事を知った。


特に女神様が王都の騎士と謁見した後は、必ずと言っていい程話しかけてくる。

とは言ってもご存知の通り俺は返事ができないので長い独り言になるわけだが。


女神様が王都の騎士と話している時、俺は外に出されているため内容を知ることができないのだが、洗脳している相手でもやはり気を強く持つのは疲れるのだろうか。


「今日は月が綺麗ですね」


女神様の零した言葉にドキリと心臓がはねた。


この言葉が"愛している"という意味になるのは前世で住んでいた世界であることを思い出し、煩悩を消し、女神様の言葉に耳を傾けた。これは恐らく世間話をしようとしてでた言葉だ。


「…まぁ、私は光の勇者を思い出すので月はあまり好きではないのですが」


好きじゃないのかよ。

女神様は思った以上に光の勇者を恐れているらしくことあるごとにその話をしてくる。

いつか光の勇者と対峙した時は女神様の不安を打ち消すためにも本気で挑まなくてはならないなと、その話をするたびに身を引き締めるわけだが


「…考えてみれば、そもそも私はあまり好きなものがあまりありませんね。世の中嫌いなものばかりです。…しいていえば平穏でしょうか」


魔王様は俺を見上げた。


「その平穏を壊すあの男が憎いです。光の勇者。意味不明で滑稽で苛立って極めて深いな男」


魔王様でも御しきれない人がいるのだな。


「洗脳が効かないどころか、行動原理もわけがわからない男ですよ。本当に。巷では光の勇者だなんて呼ばれていますが私には清廉潔白な勇者だなんて思えません」


女神様は一応魔王という立場なのに清廉潔白を語るのはなんだか愉快な話だ。


「あの男、私が人を転生させる力があると知るやいなや、この世界を裏切って私を見逃して逃げ出したのですよ。貴方を生き返らせるためだけに私を野放しにするなんて」


光の勇者…が俺を生き返らせるために魔王を見逃した?


どういうことだ?前世で俺をわざわざ危険を冒してまで生き返らせてくれる人なんていただろうか。

父さんか母さん?そこまでして俺を生き返らせようとする人物それしか思い浮かばない。

生憎頭がぼんやりとしてうまく働かない。


「…しまった。口を滑らせてしまいました。」


口元を可愛らしく抑えて、女神様は俺にでこぴんをした。

今、胸中に去来していたモヤモヤがでこぴんの小さな衝撃と共に吹き飛んだ。

女神様はすごい。すぐに心を幸せな気分にしてくれる


そんなゆったりとした幸せな時間を、前方から飛んでくる何かが引き裂いた。


そんなに早さの無いそれはおぼつかない動きでこちらへ近寄ってくる。

俺は敵襲の可能性を考えて、手を伸ばしにぎりつぶす。


この真っ暗闇の中どこからこれを飛ばしたのだろうか。俺は城からでて巨大化して当たりを見回す。人間の声は一切聞こえない。

この時間にこの辺りにいたら確実に魔物と交戦することになるだろうにその気配するない。

一体どこから…?


「あちらの方から飛んできたようですね」


混乱している俺に対して、泰然自若な女神様は、ベランダに出てまっすぐ前を指さした。

一体どこを指しているのだろう。その高さにある建物は第5区第4区には無い。

そしてどう頑張っても視界に入るのは第5区が限界だ。


「………………………ばん」


女神様は指さした方に向かって銃を撃つ仕草をした。


何か撃ったのだろうか?俺の預かり知らぬところで戦いが始まっている?


「ただの挑発ですよ。そんな真剣な顔しないでください。」


ゴーレムなのに表情に出ていたのだろうか。恥ずかしい。


「それよりゴースケ、拳の中を見せてください」


俺は女神様の言う通り、謎の飛行物体を握りつぶした拳を開いた。


「手紙が入っていますね」


しわくちゃになった紙を手に取る。


俺は小さなサイズに戻り、女神様の手元を覗き込んだ。。


『予告状


明日のこの時間にゴースケを取り戻しにいくから。覚悟しておいてね♡


謎の超絶美少女剣士より』


たった3行の中身が無い手紙だ。わざわざこんなもののためにこの飛行物体を飛ばしたのか?


俺の疑問を余所に女神様の口元は笑っていた。


「明日の夜が楽しみですね。ゴースケ。」


女神様はいつもより瞳孔を開き目を爛々とさせていた。

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