第48話 命の恩人の女神様は退屈に飽く

ボロボロに壊れた魔王城は、日が沈むころには元の姿に戻っていた。


魔法などではない。女神様が洗脳した人間が修復したのだ。


「あなたの仲間が気になりますか?」


女神様は当たり前のように俺の膝の上に座った。ゴツゴツして堅いだろうに、物好きな人だ。


「大丈夫ですよ。この城に対して恐怖の感情を植え付けておいたので二度とこの城に踏み入れることは無いでしょう」


なんだか頭に靄がかかったようにぼんやりとしていた。女神様が言っていることもよくわからない。考えるという行為がとてもなく面倒くさく感じるのだ。


「あぁ、仲間の記憶は混濁しているようですね。では、何故魔王城を洗脳させた人に直させたかどうか知りたいのでしょうか」


特に知りたいとは思っていないが、俺はそれを伝える術がないので魔王様は会話を続ける。


「私は部下を作らないのです。魔物や挑んできた人間を洗脳して私を守るようにして過ごしているから、必要ないとも言えますね。そもそも意思のある物を仲間にする人の気がしれません。裏切るかもしれないでしょう。予定調和が一番なのです。」


意外と良く喋る人だ。

俺はゴーレムであるが故に返事などできない。傍から見たらほぼ独り言である。それでも魔王様は歌うように話し続ける


「えぇ、えぇ、貴方がここに帰ってくるのも予定調和です。光の勇者がいないことだけが予想外でしたが」


帰巣本能という奴だろうか。動物は必ず巣に戻る。人間だってそうだ。それと同じくらい当然のように、俺はここに戻ってきた。


「…光の勇者はどうしたのですか?」


光の勇者?


アマネの事だろうか。いや、アイツは光の勇者とたまたま同じ魔法を使えるだけで光の勇者などではない。転生したのだって最近だし


……………アマネ?




アマネって誰だ…?




「反応からすると、まだ出会ってなかったようですね。どこかで野垂れ死んでいるのでしょうか」


まるで俺と光の勇者に接点があるかのような物言いだ。

俺はこの世界に来てであった前世からのつながりがある人なんて……

まただ、

また、身に覚えのない少女が頭に浮かんだ。


「知りたいですか?」


しかし、その少女の幻影を女神様の声がかき消した。


「ふふっ、これ以上は教えませんよ。きっと教えない方が光の勇者が嫌な思いをするので」


それならば仕方がない。

光の勇者は女神様を倒せる唯一の騎士だと聞いている。


どうせいつか殺すことになるのだ。知らない方が良いだろう。


「…少し話過ぎましたかね。貴方、返事が無いのでこちらが一方的に話すしかないのですもの」


女神様が頬に触れた。


ナイフを突きつけられるような緊張感は消えている。

まるで、幼いころ風邪でうなされていた時、母に背中をさすってもらっていた時のような不思議な安心感があった。

異様に長い髪の毛がブランケットのようで、この人を膝に座らせるだけでとてつもない安心感を感じるのだ。


それなのに、俺はこの感謝を女神様に伝えられない。

生き返らせてくれてありがとう、と伝えたいのに。会話をしてあげたいのに。


「申し訳なさそうにしなくても良いですよ。貴方をその身体にしたのは私なのですから」


事務的で無機質な声で女神様は言った。


「でも、やはり少し退屈です。会話ができる人間を洗脳して連れてきましょうか。いや、洗脳が薄くなってきて反対意見がでると苛立って殺してしまいますから資源の無駄になってしまいますね。当分は貴方で我慢してあげましょう」


ありがたい話だ。

この、孤独で可哀想な女神様に寄り添ってあげることができたのなら、

それはとても嬉しいことだ。


「あぁ、退屈ですね」


女神様はため息をつくように呟いた。

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