第51話 高揚する女神様は太陽が嫌い

果たし状が来てから女神様は楽しそうに話し続けていた。


「あの傷が1週間で治るはずがありませんよね?一体あなたの仲間はどういうつもりなのでしょう」

「あなたの仲間は4人中2人が大けがを負っていましたよね。それでは2人で挑んでくるのでしょうか」

「わざわざ予告状を出してくるだなんて本当に意味がわからない方々ですね」

「まぁそもそも洗脳の魔法で恐怖を植え付けておいたので近寄ることも難しいでしょうね」

「あぁ一気に退屈が消え去りました」


驚く事に会話は、日が昇りきってからも続いていた。


表情はいつもの無表情で決して笑顔ではない。

それでも誕生日会前日の子供のようにはしゃいでいるのがわかった。


「あ」


ノンストップで紡がれていた言葉がふいに途切れた。


どうしたものかと、女神様の顔を覗き込んでみると、指先と指先を合わせ祈るようなポーズで静止していた。


「ゴースケ。私気づいてしまいました」


手で小さな口が隠されているにも関わらず、口角が上がったのがわかった。


「あの人達は、ついに光の勇者を見つけたのではないでしょうか」


2年前、女神様が殺されかけたという光の勇者。あんなに憎んでいた光の勇者が来るというのか。


それなのに女神様の口調は興奮で声がうわずっていた


「あぁ、あの憎たらしい男をついにぶち殺せるのですね。前回は攻撃の決定打に欠けましたが今回は貴方という騎士がいる…!これで完全なる平穏と安心が手に入りますよ」


よくわからないけど、女神様が嬉しそうで何よりだ。俺も女神様の宿敵を倒せるように気合いを入れないといけないな。


「力が入っていますね。ゴースケ。安心してくださいあなたにかかればあんな男一発ですよ」


女神様でも負けそうになった相手に俺がそんな簡単に勝てるわけないだろう。

何故女神様は俺にそんな期待をかけるんだ?

いや、命の恩人に恩を報いる最大のチャンスなんだ。期待には応えないと。


「光の勇者と言っておきながら、魔法は心を読むだけで、力は平均的です。ただし、戦闘中こちらを苛立たせようとして心を乱してきます。決して耳を傾けてはいけませんよ」


聴いている限り、光の勇者という名前から連想される煌びやかで公明正大な人物とは程遠そうな人間だ。


「今夜に向けて、休んでいなさい。あなた、ゴーレムの癖に睡眠が必要なんですものね」


そういって女神様は俺の膝から降りた。

女神様は不死身という体質故か、睡眠を取らなくても特に支障はない。大変便利そうな身体だ。


俺はお言葉に甘えて睡眠を取るとしよう。


「えぇ、どうせなら私の膝で眠りますか?」


休むために縮めた身体が衝撃で再び大きくなりそうになった。


「ただの気まぐれです。あなたにはその分働いてもらいますから。」


そう言って、俺の頭を無理やり膝の上に乗せる。女神様にそんな事をさせるわけにはいかない。俺は慌てて離れて巨大化して、逆に女神様を膝に乗せた。


「あら、そのまま寝るつもりですか」


こうすれば女神様も守れて一石二鳥でしょう。


「…まぁ、あなたによかかって空でも見ていれば勇者が来るまでの退屈は和らぎますね。いいでしょう」


女神は俺によっかかった。もうすぐお昼の時間だろうか。陽の光がちょうど俺と女神様を照らす。


「眩しいですね」


女神様は俺によっかかったまま、太陽向けて手を伸ばした。


「太陽は嫌いです。まるで、あの光の勇者のよう」


そう言って目を細めた。

昨夜は月が光の勇者のようで嫌いと言っていた。この人は、太陽からも月からも光の勇者を連想してしまうのか。


どう頑張っても逃れられない光、否応が無しにこちらを照らしてくる光。一方的な光

平穏を望む女神様には酷なのだろう。なんて生きづらそうな人なのだろう。


俺は膝に座る女神様に抱きしめるように手を回した。女神様はため息をついていたが、特に俺を諫めることはしなかった。鬱陶しいとは感じていそうだが、これが女神様を守るための仕草だと伝わったらしい。


「…どうせなら、あの光を遮ってください。頼んでも無いのに纏わりついて、私の届かないところでこちらを見下しているあの忌々しい太陽を」


「ナハハ!なにそれ、まるで俺みたいじゃん」


突如、女神様以外の声が、


この静かに流れる時間を一刀両断した。


「来ちゃった」


長い金髪、白い肌、グラマラスで直視しにくい体格の美女。

大きな瞳に釣り目、猫口、チラリと見える八重歯。


妖艶な雰囲気と幼気な雰囲気を両立させ、


太陽の後光を背負い金色の髪をきらめかせるその姿はまさに太陽のようだった。


俺は思わず見惚れる。


「…まだ正午ですよ。夜に来るとか言ってませんでした?」


女神様が俺の膝から退き、ゆらりと笑った。


「今来た方が嫌がるかと思って♡」


少女は太陽のような見た目の癖に、性格の悪い笑みを浮かべ、高窓から飛び降りた。


「敵の言う事を信じるなんて純粋な魔王でちゅね♡」


「あなた一人ですか」


女神様は、少女の煽りをスルーして、冷静に言葉を放った。明らかに落胆が垣間見える。

あれだけ光の勇者を倒すことを楽しみにしていたのに、来たのが無謀な少女一人だったのだ。落胆も当然だと言える。


それでも、予告状を送ってきたにも関わらず内容をガン無視して真昼間にきた失礼な少女に対して冷静沈着でいられるなんてさすが女神様だ。


「み~んな、誰かさんのせいで怖くてこのお城に近づけないみたいだから俺一人だよ。もやしっ子一人なら俺一人でも倒せるしじ?」


「…何故あなたには洗脳が効かない」


女神様の声が刃物のように鋭い口調になった。


俺はまさにナイフを首に当てられているような緊張感だったが、少女はそんなこと知らんとでもいうように「俺が怖いもの知らずの馬鹿だから♡」とふざけた様子で答えた。


「よく俺のこと、そこのゴースケくんが心の中でそう称してたの」


少女はまっすぐ俺を指さして不敵に笑った。


「……貴方、心が読めるのですね」


女神様の語気が強くなっていく。


「うん!アンタが考えてることもわかっちゃう。"何であんな怪我をしていたのにピンピンしてるんだ?まさかコイツ不死身か!?最強か!?"って思っちゃってるでしょ?」


「……」


「まぁ人徳っていうかぁ?前に騎士団から助けた女の子の魔法が回復だったから協力してもらえたっていうかぁ?お前と違って慕われてるんで!1日で回復しちゃいました!」


女神様の少女を見つめていた冷徹な瞳が、静かに燃え上がったのが見えた。


「…性別が違うから気づきませんでした。その忌々しい魔法、神経を逆なでする話し方、目障りな金髪…」


女神様の口角が上がった。





少女は女神様の言葉に返事をせず、へらりと笑った。

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