第38話 話し上手な友人をよそに核心に近づく③

「さて、二人きりだな」


ヒルダは足を組んでやたら尊大な態度でこちらを向いた。


生まれて初めて根っからの女性と2人きりの空間にいるのに、性欲以外の感情からこんなにドキドキさせられると思っていなかった。

先程のチルハに怒鳴っていた姿がフラッシュバックして若干怖い。


「結論から話そう。私は魔王の持つ魔法を知っている。」


思いにもよらない重要な情報だった。


どうして一市民が知っているんだ?だとか、そんな重要な情報を今まで誰にも話さなかったのか?とか様々な疑問が次々と沸き起こるが一旦全てを抑え込み、ヒルダの話に耳を傾けた。


「私の魔法は遠視。ここからあの魔王の城の内部まで見ることができる」


今、実際やってみせているのだろうか。絵画の比率をはかるように片目をつむっている。


「ただ、私はひきこもりなのでね。あの窓から見える部屋しか見えることができないのだよ。」


そんなに魔王の城に興味があるなら他の角度から見に行きそうなものだが…チルハだったら直接城に突撃しにいくかもしれない。


「ここから見える魔王の城の範囲だと廊下しか見えないから滅多に魔法を使ってるところなんて見れないが、まぁ10年も観察してれば数回は目にすることができたよ。奴の魔法は間違いなく、"洗脳"だ。挑んだ戦士は戦うことすらできずに帰ることになる」


洗脳


従来のイメージの魔王としては異質の能力だ。

しかし、こんなに騎士が多くいるのに近づいたことすらない人がほとんどだということは近づいたほとんどを洗脳して返しているということだろうか。


しかし、それなら光の勇者が天音と同じ心を読む魔法だということにも納得がいく。

自分が洗脳されたことに気づいてしまう魔法だ。確かに天敵に違いない。


「どうだ、有益な情報だっただろう」


考え込んでうつ向いていた俺の顎を筆で持ち上げヒルダは感謝を促した。

俺は慌て頭を下げる。やり方は性格が悪いが有益な情報がもらえたのは事実だ。


「…………チルハは楽しそうか?」


情報を与え終わって交わすべき会話が終わり沈黙が広がった後、ヒルダがそんな言葉を漏らした。


先程までの不仲な態度から出るとは思えない言葉に思わずヒルダを二度見する。


「これでも小さい頃は、仲が良かったんだ。…毎日、この私の部屋で本を読んでやったりしていた」


俺の2度見に答えるように、ヒルダは語った。自分とチルハのことを。


「私はね、この魔法故にわざわざ部屋をでる必要が無いのだよ。外よりこの部屋の肩が楽しいし、それで生活できているからなんも問題が無い。だから引きこもっている。アイツの魔法だって、必要なものは何でも作り出せるんだから部屋だけで一生を終えることも不可能ではないだろう。」


ヒルダは頬杖をついて、呆れるような、羨望のようなため息をついた。


「それなのにアイツはわざわざ外にでる。常人じゃ考えられないぐらいの行動力で外に出る。…まるでこの部屋じゃ狭すぎるとでも言うようにな。」


年齢に不相応な分厚い本を2人で広げて読んでいた。そんな幼い日常がキャンバスに書いてあるかのようにヒルダはそこから目を離さなかった。


「…もういいだろう。これ以上私の醜い嫉妬の話をさせないでくれ」


あぁ、彼女はずっとその感情とこの狭い部屋で向き合わざるを得なかったのだな。


妹離れができないのはこちらの方だったか。

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