第二章「枯れた夢」1-2

 3度目の記念日、記憶ではこの日はいつも雨であったが今日は快晴である。その代わり30度以上という暑さ、こまめに水分補給を必要とする。真里と磯村、そして西田は渋谷駅に降り立った。場所は西田が指定した。都会の街並みで撮ってみたかったという。

「こうして並んでいるところをみると本当にお似合いですね、こんなにも相性の良さそうなカップル初めて見たかも」

 二人を先頭に西田は後ろからついていく。場所によってはカメラを意識してポーズをしてもらう事もあるが基本、普段通りデートをしてもらいその何気ない場面も撮る形でいく。スポーツカメラマンのように相手がカメラなどお構いなしに動く中、どれだけ良い写真が撮れるのか挑戦してみたいという。

「でもやっぱり撮られているって分かっていると普段通りっていうのは難しいよな」

 カメラ慣れしてない磯村は照れくさそうにそう言う。

「多少は意識するのは仕方がないですけど、あくまで自然体でお願いしますね。では、ここから私はいないもんだと思って楽しんでください。ここではポーズを決めてほしいって思ったら声かけますので」

 手を繋ぎスクランブル交差点前に立つ二人。信号が青になり歩こうかと見つめ合った瞬間を早速、カメラに収めた。

 磯村が新しいバッグが欲しいということで百貨店などをくまなく回る。途中、真里が暑さからかアイスクリームを食べたいと言ってきたりするのでちょくちょく寄り道はする。

なかなか良さそうな物がないと思い悩む中、気がつけばお昼。昼食はなにか食べたいものはあるかと磯村が聞くとケバプサンドと答えた真里。それは何なのか磯村は想像がつかない様子で、知らないのと真里がやや小馬鹿にしてきた。スマホで調べてみると中東をはじめとする周辺地域の料理という検索結果で出てくる。

「馬鹿にするけど、むしろなんで中東なんてマイナーな国の料理を知っているのって聞きたいよ」

「友達からおいしいって教えてくれたの」

「へぇー」

 探せばなんでもありそうな渋谷というだけあってケバブ屋はいくつか近くにある。一番場所が分かりやすい所だとセンター街を通り抜けて横断歩道を渡り坂を登った所にある。そこへ行ってみることにした。

 トルコ人と思われる人が売っていた。厳密に言えば所々、日本語がおかしかったり単語を単発で発しているだけであったが、それでも意味は伝わる。

「けっこうな量だね、これでこの値段だったら安いかも」

「うん、私全部食べれるか分からない」

 予想以上に美味しいという反応の二人、有り難いことにいつの間にか西田の存在を忘れてしまっているかのように楽しんでいた。

 他人の幸せを妬む人がいるが西田にはその気持ちが理解できなかった。その瞬間を目の前で目撃することができる、それをカメラで記録する。こんな素晴らしい作業はないのではなかろうか。こっちまでその幸せを分けてもらうように共有もできる。きっと他人の良さを見つけることができない人、幸せを自分事のように共感できない人はカメラマンには向いていないだろうとカメラを趣味にしてからこの日、初めてそう思う。

「じゃあ、さっきアイス食べている時は撮れなかったから今度はバッチリカメラ目線でお願いしまーす」


 空は夕焼けに染まっている。今日、撮った写真をハチ公前で確認する西田と真里。お互い表情が緩んで嬉しそうであった。

「いやー初めてにしてはできた方かな」

「うん、モデルが良いっていうのもあるけど麻里もなかなかの腕じゃん」

「いうね」

 そこへ二人からやや外れた所で眺めている磯村が言いづらそうではあったが意を決してある指摘をした。

「この人ってさ、真里の友達じゃないの? ほら、この隅に写っているサングラスをした女性」

「えっ?」

 指差しをした箇所をよく見る。ハッと何かに気がついた瞬間に真里はカメラを西田から奪い取るように自分の顔へ近づけて、その箇所をズームした。二人がカメラ目線で比較的、カメラ近くで撮った写真、その端の通路の奥に一際、目のつく女性が歩いている。

「(この人、もしかして……凛?)」

 夏なのに相変わらず長袖、長ズボン、サングラスをしている、あの時と同じような格好、場所も同じく渋谷……ハット帽を被ってはいたがおそらく9割5分、凛である。それはつまりほぼ間違いないということである。ズームした事により画質は粗くなっても凛の姿、シルエットが眼に、脳裏に焼き付いている真里なら分かる。

「(これって、どういうこと?)」

「違うかな……?」

 磯村が気まずそうに聞く。

「なんでそう思ったの、見た事があるの?」

 言い方が少し不自然な質問だと言ってから思った真里。もう言ってしまった以上は修正する気もない。

「うん、実は、去年の夏だったかな。横浜駅で真里とその女性が一緒に歩いているところをたまたま見た事があって、似てるなって思ったんだ」

 まさか唯一、凛と共に街を歩き回っていた日を磯村に目撃されていた。凛の存在が他の誰かに見られたことに焦りが押し寄せる。

「そうなんだ。うん、確かに似ているかもね。でも、どうだろう〜絶対にそうだとは言えないかな。帽子被ってよく顔が見えないし」

「そうか。なに、あの時、歩いてた子は中学時代の友達? うちの高校の子ではないよね」

「そうそう。そんな感じ」

 磯村がそう言うからそうしておこうと半ば投げ遣りに答えてしまった。もうこの話はおしまいにしてほしかった。

 磯村は真里も似たような服を持っているよねと続けて質問してみたくなったが、西田が「スタイルの良い女性だね。まさにモデル体型って感じ」と話に入ってきたのでタイミングを見失う。真里は真里で相槌を打ちながら別の写真に切り替えてしまった事によりその機会は完全に失われたと意気消沈した。

 磯村はなぜだか分からないが急に気分が悪くなってきていた。吐き気がする。それで余計に気分が沈んでいると自覚した。暑さのせい? つまり熱中症か? それなら水分が欲しいとどこか自販機でもないか辺りを見渡す。そう思ってしまうと何かスポーツドリンク系の飲料を猛烈に欲した。もはや先程の疑問などはどうでもよくなっていた。早くこの気持ち悪さ、静まれとひたすら願う事に専念した。

 真里も、もう写真どころではなくなっていた。凛は内緒で未だにこの時代に足を踏み入れていると知ってしまったからには。会わない理由はなぜか? 知りたくてたまらないがもうそれを本人から聞く事はもうできないような気がしていた。

「(なんでなの? 凛)」




 宮田はな……午後2時50分ごろ小学校から帰宅後、午後3時20分に友達と遊びに行ってくると家に居た母親に告げ外出。それが最後に家族が見たはなちゃんの姿であった。午後4時半ごろから昨日に続き再び雨が降り始めた。母親は傘を持っていないであろうはなちゃんを心配するも買い物のため外出する。母親が買い物から帰ってきたのは午後5時20分、小降りとはいえ雨も降っているしさすがにはなちゃんは帰って来ているであろうと思っていたがその姿はなかった。いつもであれば大体、午後5時には帰ってくるがたまに遅い日は6時を回ることもあるのでもう少し待ってみようかと思ったが今日は雨が降っている。心配になった母親ははなちゃんの友達の家に居るのかもと思いよく遊んでいる友達の家に電話をするも皆、口々に今日は遊びに来ていないと返ってくる。いよいよ居ても立ってもいられなくなった母親は、はなちゃんの傘を持って近所を探し回るも見つかることはなかった。午後8時、遂に警察に届け出ることになる。この事件はテレビ、新聞でも大きく取り上げられた。その報道を見たある人物から新しい情報が入る。はなちゃんは事件当日、隣町にある小学校に通う同い年の女の子と遊んでいた事が判明した。通報したのはその母親である。最後にはなちゃんとその女の子が別れた場所は、はなちゃんの自宅から約1・5キロほど離れた場所でありその周辺を捜索するも発見に至ることはなかった。最後の姿をみた女の子は雨が降ってきたので急いで帰ろうとなって走って別れた、しかしその女の子の証言が正しければはなちゃんは自宅とは逆方向へ走って行ったという不可解な行動をとっている……。



 磯村は未だに発見されていない行方不明者についてネットで調べていた。その中で宮田はなという人物の項目を真剣に読んでいる。

 天からなにか降ってきたような感覚で思い出した。

「ん? まてよ」

 この宮田はなの情報提供を呼びかけるチラシは当時、磯村が通っていた小学校にも貼られていた。一時、無くなったと思ったらまた小学5年生頃になると下駄箱付近の掲示物を張る所に張り出された。それを見た小学低学年であろう女児3人が「この子見たことない?」と騒いでいた。

 よく考えてみたらおかしなことであった。そのチラシに使われている写真は当然、行方不明になった時の年齢と近いものである。磯村が小学5年生の時、もしもその宮田はなが存命しているのであれば……計算に少し戸惑う磯村。

 ようやく整理できた。この行方不明事件は磯村がちょうど生まれた年に起こった。小学2年生だから8歳だとしよう、そこから自分が小学5年生になって11歳になる。つまりこの時、宮田はなの年齢は19歳ということになる。19歳ともなればもう中身は置いておいて体はほぼ大人である。さすがに8歳と19歳では身長、体つきも大きく異なり面影はもちろんあっても大分、印象、見た目も変わるはずである。

 では、なぜあの女児達は約10年前の写真を見て「この子見たことない?」と言うことができたのか?

 そう思うと不気味な話であるが小さい子供が言っていた事、たまたま似ている人を見かけて勘違いしてしまったということで済むであろう。それでも磯村はあの経験からそれで決着できない引っかかりが胸の内にあった。



 8月初旬、女子高校生の行方が分からなくなるというニュースが報じられる――そのニュースを見た真里は今更ながらある事について調べてみようと思い立つ。凛は、この時代で普通に暮らしていてもおかしくないかもしれない、あんな事がなければ。その凛の本当の正体、もしかしたら調べれば出てくるのではないか。確かもうそんな大昔の情報は闇に葬られていると言っていた。でも、まだこの時代ならその情報は生きて、多くの人々に共有できる状態であるかもしれない。怖いと思ったが、こう思ってしまった以上、調べないまま生活することは困難な心理状況になっていると認識した。真里はスマホから検索する。

『行方不明者』そこに『未解決事件』というワードも付け加えた。サイトがズラーっと表示される。過去に起きた未だ発見に至っていない失踪事件がまとめて見られるサイトをタップした。何歳の時に行方不明になったのか分からないが、あの時、凛が教えてくれた話を思い出すとまだ幼い頃なのではないかと推測できた。だからそこから何十年経っても、歳を取るスピードが遅いからまだ見た目がどんなにいっても20代と若い。

 真里は女の子で、幼い子供の失踪者が目に止まったら詳しくその詳細を読んだ。歳を重ね大人になっても、どこかに面影があるはずだ。そう期待をしながらページをスクロールしていた時、写真を見ただけで頭痛に近い衝撃が頭に走る。

「これは……」

 髪の長さは短いが、今の凛をそのまま縮めて、幼くしたような顔。見つけた、これだ、これしかないそう何度も声には出さずとも心の中で連呼した。

 宮田はな、小学2年生の時に自宅から数キロ離れた隣町で行方が分からなくなる。

 その今も見つかっていないこの人物と私は会って話しもした。その子は長い間、人智がまだ存在を認めていない空間を彷徨い、未来人によって発見され保護されたのだ。今では立派に成長して、新しい人生を歩んでいる。

 これがこの事件の真相だ。それを日本、いや世界中に生きている人間の中で真里だけが知っている。

 もう一つ驚くべき事実を知る。凛がいなくなったとされる場所、この辺りの土地勘はないが県、市、区まで、ここは磯村が住む辺りと全く一致していた。町、あの辺りはなんと言うのであろう。あの日、二人で出発した駅周辺の地図を表示させた。その歩いた道は今では途中まで真里が今、通う大学と同じ道のりである、あの苦労して上った長い坂道を上り大学へ行くなら横断歩道を渡り右側、磯村の自宅へ向かうなら左側の坂道を今度は下る。

 やはりというべきなのか、その町の名前と凛がいなくなったとされる町名は一致している。あの日、真里は凛がいなくなった場所の近くを偶然にも歩いていたのだ。

 人が消えると噂される神社と、その近くで行方不明になった人――確か磯村はそんな事を言っていた。その行方不明者とは凛のことを指していたのであろう。そして真里も同じ体験をした。運が悪ければ永遠に時の揺り篭を彷徨うことに。磯村のあの突拍子もない推理は当たっていたのだ。

「恭ちゃん、すごいな。でも、じゃあ、なんで?」

 アクセスしたサイトの情報によると凛は最後、自宅とは逆方向へ向かって走ったと書かれている。その向かった先があの神社なら、なぜ凛はそこへ行こうと思ったのか。本人に聞ければと思うも、当の本人も記憶がない。

 どうやらまだ一つ謎が残されていた。それでも、とにかく真里はもう一度、凛と会いたかった。だが『あの日』がもう間近に迫っている。このままもう二度と会えないのか。

 そのサイトを離れるとあるその直ぐ下にこんなタイトルの記事が表示されていた。

『失踪から10年、両親が苦しい胸中を明かす』

 この事を話すべきか。そもそも信じてくれるのか分からないような想像、妄想といっていいかもしれない話。未来人、タイムマシン、時の揺り篭。そんなものよりも遥かに重たいものを真里は背負ってしまった。

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