第28話『それぞれの秋・3』

秋物語り・28

『それぞれの秋・3』     


 主な人物:水沢亜紀(サトコ:縮めてトコ=わたし) 杉井麗(シホ) 高階美花=呉美花(サキ)


 ※( )内は、大阪のガールズバーのころの源氏名




 渋谷でバイトしているくせに今まで足を向けたことのない渋谷の奥に踏み込んだ。


 秋元君と前後しながら歩いた。

 どちらがリードするわけでもなく、そこの前にたどり着いた。そして当たり前のように中に入った。


 入って直ぐ脇に、部屋の写真のパネルが並んでいる。1/3程が暗く陰り、残りの部屋が明るくなっている……空室だ。

 

「ここがいい」

「うん……」


 一瞬ためらって、秋元君はボタンを押した。


 本能的に分かっていた。変な間が空くととたんに萎んでしまいそう。

 穴だらけの風船を膨らまし続けるためには、続いて息を吹き込まなければならない。

 萎んでしまえば、もう二度と秋元君と、こんなところに来ることはないだろう。


 かそけき音をさせてキーが落ちてきた。


 自販機みたく音の予感があったので、少し拍子抜け。秋元君がキーを取る間にエレベーターの前に立ってボタンを押す。

 意外に落ち着いてここまで来れた。まずは合格。

 シックに照明を落とした廊下では誰にも会わなかった、客の流れがよく管理されている。


 そして、キーホルダーと同じ番号の部屋にたどり着いた。


 このホテルは、以前麗がスマホでからかい半分に見せてくれたところだ。

「今は、使うようなことはしてないよ」

 わたしが眉をひそめると、麗は、イタズラっぽくスィーツのお店に切り替えた。ほんの数秒だったけど、わたしは覚えていたんだ。でも秋元君は……まあ、似たようなことがあったんだろう。オチケンにも発展系の人は何人か居た。


「ウェルカムドリンクがあるけど」


「お茶がいいな」

「あ、うん……」


 わたしが、備え付けのポットに手を掛けお茶を入れるのと、秋元君が冷蔵庫のお茶のペットボトルに手を掛けるのが同時だった。

「落ち着こうよ。わたしは友だちの家にお泊まりだって、メールしといたから」

「あ、そうなんだ」

 ティーバッグのお茶だけど、淹れてゆっくり飲むことで、気持ちをシンクロさせたかった。

「やっぱ、オチケンは、暖かいお茶でしょ……」

「なんか一席やりたくなるなあ」

「フフ、それは、また今度聞かせてもらうわ。今夜は二人羽織よ」


 秋元君の喉がゴクンと鳴った。


 お風呂がガラス張りなのには、少したじろいだが、ここは思い切りだ。

「シャワーだけにしとくから、いっしょに入らない?」

 ペラペラのナイトガウンを持って声を掛ける。

「ぼく、あと……」

「もちろん、脱ぐのは別々。シャワ-の音がしたら入っといでよ」


 照明のせいだろうか、自分の肌が白くきめ細やかに感じる。自分の体じゃないみたい……自分で自分の体にトキメイテどうするんだ、落ち着け亜紀!

 シャワーしながら、部屋を見る。ボクネンジンはテレビを見ていた。ただ本人は点けたチャンネルがNHKのニュース解説だとは分かっていない様子だ。


 けっきょく秋元君は、いっしょにはバスルームに入らなかった。


 秋元君がシャワーしている間に、部屋をムーディーな照明に切り替え、FMの大人しめのニューミュージックにする。シャワーを浴びている秋元君の体は、意外に鍛えられていた。さすが警察官の息子。それともいざというときにたるんだ体を見られたくないため? 

 わたしの頭の中をドーパミンやセロトニン、アドレナリンなんかが駆けめぐっている。


 ようは初体験の予感に興奮している。


 秋元君が、小さな衣擦れの音をさせて、ベッドに入ってきた……いよいよ!


 五分近くたってもボクネンジンは、三十センチ隣りで横になっているだけ。


「秋元君。このままだと眠っちゃいそうよ……」

「……亜紀ちゃん」


 あとが続かない。


「お互い一歩前に進むんだよ」


 それでも返事がなかった。


 わたしは、ガウンを自分で開き、秋元君の手を握った。そして……ゆっくりわたしの丘に誘った。

「キスしてもいい…………?」

「フ……わたしたち、それ以上のことをしようとしているんだよ。秋元君」


 ちょっと意地悪な目で見てやった。やっと秋元君の重いスイッチが入った……。


 お互い初めてなんで、少し時間がかかった……思ったほど痛くはなかったけど、秋元君のスイッチはONしかなく。彼のサーモスタットが切れるのを待つしかなかった。

 

 で、秋元君のサーモスタットが切れると、やはり、何かが吹っ切れたような気がした。


「……ねえ」


 数分あって、やっと息が整い、声が出せた。


「ご、ごめん、亜紀ちゃん」

 秋元君の声は、まだ弾んでいた。

「ごめんなんて言わないの。悪いことしたんじゃないんだからね」

「そうか、よかった。亜紀ちゃん苦しいんじゃないかと……でも、止められなかったから」

「もう……すんだことは言いません」

「ありがとう、亜紀ちゃん……」

 秋元君の手が伸びてきたので、寝返りするふりして、距離を取った。

 しばらくすると、意外にかわいい寝息が聞こえてきた……。 


「亜紀ちゃん、どうかした?」


 わたしをどうにかした張本人が、朝の目覚めで口にした第一声がこれだった。


「大丈夫……」


 わたしは、何か体の芯に残った違和感で、変な足つきでシャワーを浴びに行った。

 驚いたことに、秋元君はNHKも見ないで、いっしょにシャワーを浴びに来た。

 わたしは、さっさとシャワーを済ませると、服を身につけた。あのまま、サーモスタットが切り替わって、もう一度挑まれては体がもたない。


「いっしょにバンジージャンプを飛んだ、それ以上でも、それ以下でもないからね」

 わたしは言わずもがなのことを言った。

「分かってる。亜紀ちゃんには感謝してる。それ以上でも、それ以下でもない」

 モーニングをかっ込みながら、秋元君は、いつもの顔に戻って言った。


 それから、喫茶店を出て、駅の改札に入ってから別れた。わたしは駅のトイレで制服に着替えた。


 制服を、とても白々しいものに感じながら、いつもより少し早い時間に学校に着いた。


 それぞれの秋は、さらに鮮やかに色を変えつつあった……。


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