16『ねえ、ちょっと』

秋物語り・16

『ねえ、ちょっと』


 主な人物:水沢亜紀(サトコ:縮めてトコ=わたし) 杉井麗(シホ) 高階美花=呉美花(サキ)


 ※( )内は、大阪のガールズバーのころの源氏名



 明日から暑さが戻ってくるらしいけど、取りあえず今日は秋らしい陽気。


 大阪から戻って、あのボンヤリした不安は無くなった。人生の将来に対する漠然とした不安。

 取りあえず、その日の天気がよくって、楽しくバイトの半日が終われば、それでよし。


 学校?


 そんなの関係有馬線(ハハ、変換したら、こんなになっちゃった)ただ卒業証書もらうためだけに行ってます。


 バイトも、それなりに大変なとこがあるんだけど、ガールズバーに比べればしれている。ただ万引き見つけた時には緊張する。

 一番あぶないのは、レジでお客さんの相手をしているとき。どうしても手許の商品やレジに目が行ってしまう。先輩の本職から、そういうときは、二度ほど顔を上げろと教えてもらった。不審な動きをしている人は、その時に、たいてい分かる。わたしは慣れてきたので、本のカバー掛けなどは、商品を見ないでもやれる。

 万引きは週に一二度見かける。


「田中さん、○番コーナー在庫点検ねがいま~す」


 これが符丁。直ぐに私服の警備員さんが行って処理してくれる。ガールズバーで、滝川さんがやっていたような仕事だ。

 学校の授業中に、新聞の書評や新刊本を気を付けてチェック。新刊本の並べ方などの参考にする。気に入った本……といっても、わたしはラノベや児童書だけど、日頃読んでおき、ポップを書いたりする。これが結構楽しい。元来アニメーター志望なんで、ちょっとした絵には自信がある。

 要は、本屋さんの店員としては自信がついたので、将来、軽いオミズ系や本屋の店員さんとしてはやっていけそう。


「ねえ、ちょっと」


 休憩時間がいっしょになったので、秋元君に声を掛ける。



 秋元君がバイトに入ってきたのは、この春だ。T大学の一年。関西方面からやって来たのは、言葉で直ぐに分かった。でも連休のころに、彼が、あのひっかけ橋マンモス交番の秋元警部補の息子さんだと分かった時にはタマゲタ。だって、ぜんぜん似ていない。秋元警部補は、ずんぐりむっくりの四角い顔のオッサンで、いつも笑顔だったけど、目だけはヤラシ~デカ目。念のためデカ目ってのは、大きい目じゃなくて、デカ(刑事)の、ヤラシ~目という意味。

 息子の方は、身長175センチのイケメン。多分お母さん似か突然変異。女で苦労しそうだと店長が言っていた。


 ひょっとして、わたしたちのこと知ってるのかと心配したけど、大丈夫だった。秋元警部補は、その点は職務に忠実で、仕事のことは一切身内には漏らしていないようだった。

 大学生なんで、いっこ年上なんだけど。バイトとしては、わたしが先輩なんで、秋元君で通している。


 その秋元君に元気がない。で、「ねえ、ちょっと」になったわけ。


「ちょっち、変だよ、このごろの秋元君」

「あ……やっぱ分かりますか」

「丸わかり。そのままじゃ、仕事でヘマしちゃうよ。わたしで良かったら、話してみそ」


 秋元君は、ツルリと顔を撫で、ため息一つして言った。


「実は、女の子のことで……」


 その唐突な切り出し方に、少し驚いた……。


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