第十三話『そんなんじゃないんだってば!』

秋物語り・13

『そんなんじゃないんだってば!』


 主な人物:サトコ(縮めてトコ:水沢亜紀=わたし) シホ(杉井麗) サキ(高階美花=呉美花)



「へえ、ほんとはサトコちゃんなんだ……そうだね、リョウのサトコと被るもんね」 


 静かに驚きながら吉岡さんが言った。


 吉岡さんは、大学院生で、週に二三度来る常連さん。


 幽霊の瞳さん事件の再検証が決まったころ、阿倍野ハルカスでばったり出会った。で、近くの喫茶店でお茶になっているという次第。

 最初、声を掛けられたときはびっくりした。わたしたちは、お店と、それ以外じゃ、かなりイメチェンしている。店外でお客さんに声を掛けられるのは初めて。


 吉岡さんは、お店に来ても雰囲気を楽しむ人で、あまり喋ったことがない。いつもニコニコしていて、気が付くと帰っている。レジ兼オーナーのリュウサンに聞くと、だいたい一時間ほどで帰ってしまうらしい。

 一度、友だちを連れてきたことがある。ポッチャリ以上デブ未満という感じの良く喋るニイチャン。

「吉岡のオヤジって、○○会社の社長なんだぜ!」

 ニイチャンがそう言った時は、静かに、でも真剣に怒っていた。そのニイチャンは二度と店には現れなかった。

「トコちゃんは、独特の雰囲気があるからね、写真ならともかく、動いていたらよくわかる」

「え、どういうとこがですか?」

「うん、テンポが人とちがう。どっちかって言うとゆっくりめ。自分から喋る方じゃないけど、人のことはよく見ている。お客さんとの会話でも、そういうとこ出てるよ。で、興味のあることには、とことん真剣になる」

「そうですか……」

 それから、店のメンバーの品評会になった。あまり喋らない人なのに、評が的確だった。

「うん、言えてる、言えてる!」

 って感じで、お店に来るときの何十倍も話した。

 でも、賑やかそうな男女四人組が来ると、二人とも話しに集中できなくなり、店を出た。


「週末と水曜は、だいたいこのへんの古本屋うろついてるから、見かけたら、また声かけていい?」

「もちろん。お店にも来て下さいね!」

「もちろんだよ、じゃあ!」

 吉岡さんは、そのまま行ってしまった。普通の男みたいにスマホの番号も聞いてこない。わたしは、吉岡さんが信号を渡って見えなくなるまで見ていた。こんなことって初めて。


 その日も、吉岡さんは、お店に来た。


 いつものように寡黙で、適当に女の子と話を合わせて、一時間ほどで帰っていった。せめて一言ぐらい声かけてくれてもいいのに。

 ちょっぴり寂しかった。

「あのニイチャン、珍しい、わしの料理、しっかり食べていきよった」

「きっと、おいしかったんでしょ」

「ハハ、他にも上手いもんはあるのになあ」

「え?」

 タキさんは、それには答えず、メグさんをからかって、コワイ顔をされていた。


 その二日後、開店前にリョウのサトコさんが真顔でやってきた。

「あら、珍しい、御本家サトコ、どうしたのよ?」

「さっき、サカスのユウコが引っ張られた」

 ユウコってのは知らないけど、サカスは知っている。リョウと肩を並べているガールズバーだ。

「容疑はなんや、客引きか?」

「客と寝たのを内偵されてたみたい。あの子パープリンだから、余計なことしゃべって、今夜あたり店のガサイレだろうね。あんたとこも気を付けてね。リュウさん、しっかりしてね」

 それだけ言うと、サトコさんは自分の店に戻っていった。


 サトコさんの言った通り、深夜になってサカスに警察が踏み込んだ。容疑は管理売春ということらしい。問題は、そのトバッチリを受けて、リョウにも警察が顔を出したことだ。


「チ、無いこと無いことでケチつけよって、評判落として潰すつもりやな」

 シゲさんとタキさんが、揃って鼻の穴からタバコの煙を吐き出した、ポルコロッソとピッコロ社の社長みたいだった。

「サトコは体張ってるからね、『そんなんじゃないんだってば!』って、息巻いてるんだろうね」

 メグさんが、呟いた。

「今夜は、もう閉めよか?」

「ばかね、後ろめたいですって言ってるようなもんじゃないの。さあ、今夜はパーッといくよ!」


 その数日後、自分の身にふりかかってくるとは、夢にも思わなかった。

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