第九話『ちょっと、あんた!』

秋物語り・9

『ちょっと、あんた!』       


 主な人物:サトコ(水沢亜紀=わたし) シホ(杉井麗) サキ(高階美花=呉美花)





「ちょっと、あんた!」


 メグさんの一言で、シホは全部喋ってしまった。


「そんなつもりは無いんです、ほんとです。雄貴は馴染みのお客さんだし、休みの日に、梅田でばったり会っちゃって、最初は、ご飯食べたりお茶したりだけだったんです……」

「で、ラブホに行ったんは、何回目でや?」

「に、二回目です……」

「金、もろたんか……?」

「もらってません、最初は」

「最初は……今まで、何回行ったんじゃ!?」

「せ、正確には覚えてないけど、五回ぐらいです」

「で、金は二回目からやねんな?」

「……はい」

「あ~あ、どないしょ……?」



 メグさんは、わたしの知る限り、初めてタバコを喫った。



「しばらく様子見たら。わしの見るとこ、この店に目ぇつけてるポリさんは、秋元のおっちゃんだけみたいやし」

 タキさんが、厨房の中でボソっと言った。

「ほ、他の子らはやってへんやろな!?」

 リュウさんが、声を裏返して言った。みんなが首を振って、互いの顔をチラ見した。

「スマホかし」

 メグさんが、ひったくるようにしてシホからスマホを取り上げると、優子と登録してある雄貴のアドレスと、着信履歴を消した。

「リュウさん、使うて悪いけど、このスマホの番号変えてきて」

「わ、分かった。亜紀、いっしょに来い」

 リュウさんは、思わずシホの本名を呼んでスマホ屋さんに急いだ。


「ほんまやったら、首やけどな。店もアゲアゲやし、今回は様子見いにする。ええか、外でお客さんに会うて、無視することもでけへんけど、絶対寝たらあかんで。寝たら……こういうことになるかもなあ」


 メグさんは、そっと左の小指に右手を添えると、なんと右手の小指の先を取ってしまった。


「……う」


 みんなから、声にならないうめき声がした。

「ちょっと、トイ……」

 サキが、最後まで言えずにトイレに駆け込んだ。

「バイトの三人! あんたら、まだ高校生やねんさかい、特に気いつけてや……」

 そういうと、メグさんは小指の先を元通りにはめた。メグさんが、自分については語りたがらないワケが分かったような気がした。

「メグのときは、この包丁やったかなあ……」

 タキさんが、でっかい出刃包丁を出した。

「かなんオッサンやなあ、そんなもん早よ、しもて!」

 足を組み替えて、メグさんはイラつき、もう一本タバコに火を付けた。

 サキが戻ってくると、バイトのトモちゃんが立ち上がってキクちゃんに耳打ちし、なにやら小袋を受け取ると、入れ違いにトイレに向かった。

「……オモラシ」

 カオルちゃんに言ったのが、小声だけどよく分かった。でも、誰も笑わなかった。


 トモちゃんが照れかくしに流した水の音が、いやに大きく響いた……。


 その夜、お店は、いつものように賑わっていた。そう、あの雄貴がやって来てさえ。

 ただ、雄貴の相手はメグさんだった。シホは因果を含め早引け、それもシゲさんが直接のお出迎えで。

「はい、どうぞ」

 メグさんはカクテルを出すフリをして、器用にこぼして雄貴のシャツにかかるようにした。

「あ、ごめん、かんにん雄貴君!」

 メグさんはカウンターから出て、甲斐甲斐しくオシボリで雄貴の服を拭いた。そして、何気なく自分の小指の先がないことを見せた。あきらかに雄貴の顔色が変わった。

 当然話も弾まず、雄貴は十分ほどで立ち上がった。

「お客さん、ちょっとお待ちを……」

 厨房からタキさんが出てきて雄貴を店の外に連れだした。


「女の子と寝て、金貸したら、勘違いされまっせ。これ、シホちゃんから預かってたお金。確かに返しましたよってにな。今日のお代は、ちゃんと引かせてもらいました。ほな、またお越し……」

 わたしは、メグさんのタスポを借りてタバコを買いに行くフリをして、そのダメ押しを聞いてしまった。


「じゃあ、今夜はメグのマジックショーをやりまーす!」


 みんなが、メグさんに注目した。

「うちの左手にご注目!」

 メグさんは、マジシャンのように手をくねらせて、左手の健在を示した。

「アン、ドゥ、トヮ!」

 メグさんの左の小指が消えた……シャレになんないよ。

「これが、むしり取った、小指。ターさん持っててくれはる」

「おいよ。うわー、ようでけてんなあ!」

 そりゃあ、そうだろう。一カ月近くいっしょに仕事してて、わたしたちの誰も気づかなかったんだから。

「では、この指を再生いたしまーす。アン、ドゥ、トヮ!」

 

 ぶったまげた、メグさんの小指が戻っちゃった!


 メグさんは、お客さんに見せた後、わたしたち女の子にも見せてくれた。握ってもひっぱても、当たり前の小指だった。他の仲間は納得したようだったが、わたしは、半分不審に思った。それが顔に出た。


「ちょっと、あんた!……本物やろ?」

 そう言って、小指でデキャンタを持ち上げて、わたしは、やっと納得した。


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