6『とりあえず一週間』
秋物語り・6
『とりあえず一週間』
主な人物:サトコ(水沢亜紀=わたし) シホ(杉井麗) サキ(高階美花=呉美花)
開店三日目で、女の子にとって大事なものを失った……。
何を想像してもいいけど、多分あなたの想像しているものではありません。名前です、名前!
もともと偽名なんだけど、サトコの「サ」が取れてトコになってしまった。
理由は二つ、わたし以外は、シホ、サキ、メグと二文字なのでいつのまにか、まずメグさんが「トコ」って呼び始め、お客さん達も「トコ」と呼ぶようになった。
もう一つの理由は、近所のガールズバー『リョウ』ってとこにサトコって売れっ子がいるので、元もと店の名前も紛らわしいので、トコで定着してしまった。
それから、三日目には、メグさんが新しいスマホを、わたしたちにくれた。
「今までのは、使うなって言わないけど、できたら電源切ってしまっとき。意味は分かるなあ」
「業務用ですよね?」
「せや。ときどきウチが履歴チェックするけど、悪う思わんといてな。あんたらみたいな子ぉ使おと思たら、これくらいはしとかんとな」
ガールズバーってのは、むろん若いサラリーマン風やら、自由業風(この範疇は広い)の人。たまに芸能関係のハシクレみたいな男の人が多い。
メグさんは話術が上手く、それ目当てのお客さんもつき始めた。わたしたちは、教えられたとおりカクテルこさえたり、ときどきAKBの歌を歌ったり。あとはお客さんの話を聞いて上げる。大阪の特徴かもしれないけど、お客さん同士も、よく喋る。話しているうちにボケとツッコミができて、店全体がバラエティーのスタジオみたくなることもある。で、冷房がよく効いているので、Tシャツのお客さんなんか30分ほどで寒くなってきて、店は程よく回転していく。
サキのシェイクが、ちょっと評判になった。身長が148しかないサキはシェイクすると、体中がブルブル振動する。で、眉がアニメキャラが困ったときのようにヘタレ八の字になり、とてもケナゲで、お客さんに人気になった。
「あ、そーなんだ」
これが、わたしの口癖らしい。「エー!」とか「ヤダア!」とかをかわいく言えないわたしは、ついなんだか無感動に「あー、そうなんだ」を言う。塾の先生をやってるお客さんに、距離感の取り方のいい言葉だといわれた。大阪弁は「ほんま!?」「そー!?」と音節が短く、その分、言葉にパワーが要る。これは、メグさんや、厨房(と言っても客席からはムキだし)のタキさんの担当。
あ、タキさんてのは滝川さんのこと。昼間は南森町ってとこで『志忠屋』って洋食屋さんのオーナーシェフ。最近は、別のシェフにほとんどまかせっきりで、どっちが本職か分からない映画評論なんかもやっている。で、元気を持て余して、リュウさんのお父さんに頼まれて期間限定で厨房に入っている。週末には、タキさんがガールズバーで厨房に入っていることを知った女の人たちもやってくるようになった。
メグさんといい、タキさんといい、歳は親子ほどちがうけど、話題が豊富で、人の気をそらさないところは、さすがだ。
四日目に、秋元さんが来た。最初は私服なんで分からなかったけど、目力で分かってしまった。
「三人とも、すっかり板についてきたなあ。これもメグさんの仕込みがええからかなあ」
「いややわ、この子ら、飲み込みがええんですわ。なあ、トコちゃん」
「え、どうでしょ、アハハハ」
わたしは愛想笑いしている自分に感動してしまった。
そして、週末の土曜日。その日は11時の早じまいになった。
「みんなお疲れさん。第一週の売り上げは、148万5000円。目標達成!」
「ヒュー、サキの身長といっしょだ!」
「あ、ほんとだ148・5センチ」
早明けした三人は、お好み焼き『雪月花』に行った。
そこに、ガールズバーの先輩である『リョウ』のサトコが居た。
なんで、分かったかというと、向こうから声をかけてきたからなんだけど……。
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