5『初出勤だよ~ん!(^0^)!』

秋物語り・5

『初出勤だよ~ん!(^0^)!』        


 人物:サトコ(水沢亜紀=わたし) シホ(杉井麗) サキ(高階美花=呉美花)





 あー、さっぱりした! 真夏のお風呂って、やっぱサイコー!


 人殺し(厳密には傷害致死で、病院で亡くなってる)のあった部屋でも、真っ昼間は気にならなくなった。

 シホがエアコンをガンガン効かしてくれていたので、ゴクラクゴクラクだ!


「お、シホ、ビールなんか飲んじゃってるじゃん!」

 いっしょにお風呂入ったサキが陽気に叫んだ。

「ノンアルコール。冷蔵庫開けてみな」


――仕事以外での飲酒喫煙禁止!――


 冷蔵庫の裏側に張り紙がしてあった。

「シビアなんだね……」

 サキが感心したように言った。


「キャー!」


 風呂上がりのシホが、洗濯をしようとして、叫んだ。

「ゴキブリでも入ってた?」

「ううん、もっとスゴイよ……」

 わたしとサキが覗いて、同じように驚いた。洗濯機の中に男物の下着やTシャツが入っていたのだ!

「……ちょっと、フタの裏に張り紙」


――洗濯物は、男物といっしょに洗って干す。下着は中で干すこと。ダミーの男物は新品、安心せえ――


「行き届いてんね」

「それだけ、物騒なのかもね」


 それから目覚ましを5時に設定してから昼寝した。初めての家出の興奮で眠れないかと思ったら、意外に5時まで寝てしまった。身支度して、ちょっと濃いめのメイクをシホにやってもらい。最後にルージュを引いて、口をパカパカやってると、ドアベルが鳴った。

 スコープで覗くと、シゲのオジサンが、スーツ姿にメガネで立っている。

「オジサン、イメチェンじゃん!」

 ドアを開けながら、シホが叫び、わたしとサキは目を丸くした。どう見ても銀行の課長ぐらいに見える。

「アホ、大きな声出すな。この辺はカタギの人が多いねんさかいな」

 そういうと、シゲさんは下駄箱から、男物の靴とサンダルを出した。

「ええか、玄関には、こないやって男物の履き物を置いとくこと、戸締まりは大丈夫やろな?」

「うん、ベランダとか二重のロックにしておいた」

「よっしゃ。洗濯もんは、ちゃんとやったな?」

「はい、張り紙通りインナーは部屋の中でーす」

 サキが、リビングの一角を指差した。色とりどりの下着を見ても、シゲさんは「ウン」と頷くだけであった。


 廊下に出ると、タイミング良くお隣さんが顔を出した。二十代とも四十代とも取れそうな女の人だった。

「あ、これが、さっき言うてた子らですわ。あんたらも挨拶しとき、こちら、お隣の雨宮美香子さん。さっき、わし挨拶しといたさかい」

「どうも……雨宮です」

「吉田志穂です」

「氷川聡子です」

「田中咲です」

 わたしたちは高校生のように挨拶した……って、本物の高校生なんだけどね。


「雨宮さんて、ひょっとしてラノベとか書いてる雨宮さんですか?」

 駅へ行く道すがらサキが思い出したように聞いた。

「なんやよう知らんけど、作家の先生らしい」

「サインとかもらっちゃおうかな。あたし、たまに雨宮さん読むから」

「ま、そんなことは親しいなってから。それより、道しっかり覚えときや」


 周りは、大阪の下町と町工場がチラホラという感じ。曲がる角をしっかり頭にたたき込む。


「ほら、イコカや、とりあえず一万円チャージしたあるさかい、あとは給料もろたときに自分でやり」

 シゲさんはイコカを配ってくれた。


 布施って駅で乗って、四つ目の難波で降りた。で御堂筋を北に向かい、橋を渡って、二つ角を曲がると、朝は気づかなかった新品の『ガールズバー リュウ』の看板が眩しかった。

「「「おはようございまーす」」」

 期せずして三人揃っての挨拶になった。寒いくらいにエアコンが効いていて、思わずゾクっときた。


 ゾクっときたのはエアコンのせいばかりではなかった。カウンターにスゴミたっぷりのオネエサンが座っていた。


「この子らやね、リュウちゃん?」

「うん、大晦日の餅や」

「つきたてホヤホヤ……もうちょっとギャグは勉強せなあかんな、リュウちゃん」

「うん、勉強するわ」

「はい、ほんなら自己紹介から」


 三人、型どおりの自己紹介をした。


「ムツカシイことは、うちの接客見て覚え。今は一言。喋るときは相手の顔見て、笑顔を絶やさんこと。あとはガールズバーやから、多少素人っぽい方が、ええ」

「はい」

「三人とも、スカートめくってみい」

「え!?」

「言われたことは、ちゃちゃっとする。ヘソのとこまでスカートめくれ!」



 言われたとおりに、スカートをめくった。


 オネエサンはめくったスカートの中よりも、顔の方をしっかり見ているようだ。シゲさんはポーカーフェイス。リュウさんはグラサンなんでよく分からない。

「サトコちゃんだけやな、男知らんのは……」

 シホとサキが俯いた。わたしは意味が分かるのに数秒かかり、分かったら顔が赤くなった。

「ええか、ここはリュウちゃんがまっとうになるための店や。ガールズバー言うのは本来は2号営業いうて、0時以降の営業はでけへんけども、ここは深夜酒類提供飲食店の許可とってるよって深夜営業もやる。せやけど接待行為はでけへん」

「あ、それ説明いりまっせ」

「ここはカウンターだけや。意味分かるなあ……あんたらは、こっちゃ側には出てきたらあかん。カウンターにいっしょに座って酒注いだら、それが接待行為や。カラオケのセットもあるけど、お客といっしょに歌うたらあかん。まあ、カウンター越しに軽い話が限界。分かるなあシホちゃんサキちゃん。どんな誘いがあっても、お客とややこしい関係になったらあかん。店外恋愛、あるいは類似行為はいっさい、あ・き・ま・せ・ん」

「はい」

 シホとサキが、しおらしく返事をした。

「サトコちゃん、あんたも気いつけてなあ。ま、ウチが気いつけるけど。リュウちゃん、あんたもしっかりしいや」

「うん」

「ほなら、まず着替えてもらおか」


 カウンターの上にAKBのようなコスがドサリと置かれた。


「これやったら、長袖で上着も付いてミセパンで、オケツ冷えんのも防げるしな。ほな、かかろか」

 で、シホにしてもらったメイクは全部取らされて、ツケマこそしているけど、清純のモテカワ系に仕上がった。

「学校のことは、なるべく喋らんように。で、ヒマがあったらAKBやらNMBの勉強と学校のこと、よう調べとき。それから、あ……きたきた。厨房やってくれはる滝川さんや。2/3用心棒やけどな」

「冗談きついな、メグ。わし、ほんまに厨房だけやねんさかい」


 滝川さんの人相と、体つきは、わたしが見ても普通のオジサンではなかった。マジ怖げだった。


「ほんなら開店や、シゲさんとサトコちゃんで呼び込み、リュウちゃんは、店の外やら内やら見てお勉強、さあ、イッツ ショータイムや!」


 店の外に出るとタマゲタ。看板の中に仕込んだ照明がきらびやかで、店の前には小ぶりだけど「祝開店の花輪」がいくつも並んでいた。


「ええか、ミナミは客引き厳しいよってにな、大きな声出したらあかんで、さりげのうティッシュ出して、受け取ってもらうだけでええ。あとは普通の声で、いらっしゃいませ、とか、本日開店です、とか言うとったらええからな。うちは、あくまでも清く正しいガールズバーめざすんやさかいな。あ、ありがとうございます……」

 シゲさんは、そう指導しながらも、もう5人ほども、チラシティッシュを配り、二人お客さんをゲットしていた。

「すごいですね、シゲさん」

「あら、サクラや」

 シゲさんが、腹話術のように言った。三十分で交代して店に戻った。三人のお客さん相手に、メグさんは、そつなく。シホとサキはぎこちなくやっていた。


 初日は、こうやって始まっていった……。

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