4 『ガールズバー リュウ』

秋物語り2018・4

『ガールズバー リュウ』        





「えーーーほんまに来たんか!?」


 これが第一声だった。


「来いつったのは、リュウさんの方だよ」

「……しゃあないなあ」

 お調子者だが、気の弱そうなリュウさんが頭を掻いた。


 で、わたしたちサトコ(わたし=亜紀)シホ(麗)サキ(美花)三人の大阪での落ち着き場所が決まった。

 落ち着き場所とは二つの意味がある。働き場所と、寝泊まりするところ。


「あ、シゲさん。いま女の子三人スカウトしたよって……むろんゴトやがな。んで、ドヤなんとかしたってえな。え、シゲさん自身来てくれんのん! そら心強いわ!」

 どうやら、ゴトが仕事で、ドヤが寝泊まりするところであると見当がついた。

「そやけど、レイちゃん、よう決心したなあ」

「そりゃ、アゲアゲ気分のときに一気にやらなきゃ、こんなことできないよ。で、ほかにお仲間いるの?」

「お仲間?」

「女の子よ。狭い店だからさ、まあ、シフト考えても五人が限度」

「ああ、まだ一人だけ。夕方には紹介するわ」

「じゃあ、あたしらが来て正解じゃん。あ、この子がサキ、向こうがサトコ。同じ東都短大の一年てことになってる。ほら、学生証、出す出す」

 わたしとサキは、ハーパンの後ろから学生証を出した。

「……ようでけてる。高こついたやろ、保険証は安うできるけど、学生証は高いで」

「坂本興産のリュウさんのアシストって言ったら、二日で作ってくれた」

「え、オレの名前出したんか!?」

「イザってときは、そう言えっていったじゃん」

「これは、イザやない。ああ、またオトンに怒られるわあ……」


 と、かくして、わたしたち三人は、どうやらできたてらしい『ガールズバー リュウ』で働くことになった。


    


 お昼は、お店の近所のお好み焼き屋さんに連れていってもらった。

 途中ひっかけ橋の異名を持つ戎橋を通った。目の前に名物のグリコのバンザイゴールの看板があった。

「リュウちゃん、シャメ撮ってよ」

「ああ、ええよ」

 リュウさんは、気軽に引き受けたが、なかなかアングルが決まらない。

「早くしてよ、暑いんだからさ!」

 麗……いや、シホがタンクトップの胸をパカパカしながらせっついた。気づくと、橋にたむろってる男の子たちがチラ見しているのに気づく。やっぱ、ビミョーに大阪の女の子とは違うオーラがあるんだろう。東京じゃどっちかっていうとくすんでるわたしは、晴れがましいような、ハズイような、ビミョーな気持ち。


 橋を渡り終えると、ポリボックスがあって、中のお巡りさんが一人出てきた。


「おう、リュウやんけ。昼間からマブイ子三人も連れて、ええ身分やな」

「あ、秋元さん。この子ら、うちの従業員ですねん。今日から働いてもらうんで、昼飯です」

「たしか双左右衛門町のネキやったな」

「ネキちゃいます。ちゃんと双左右衛門町です。あ、お世話になってる秋元警部補さんや、挨拶しとき」

「吉田志穂です。よろしく」

「田中咲です……」

「あ、氷川聡子です……」


 秋元警部補は、恵比寿さんのような、でも光のある目で、わたしたちを見た。


「あんたら、関西の子ぉとちゃうなあ」

「ええ、東京です」

 意外に美花……サキが自然な感じで言った。

「東京か、サミットでかり出されて以来やなあ。で、君ら干支は?」

「あ、みんな子年(ねどし)です」

「十八か……」

「わたしは、もう五月で十九になっちゃいましたけど」

「かいらしい盛りやのう。リュウ、オトンに迷惑かけんなよ。わかっとんな」

「そ、そらもう。ボクはカタギでいきまっさかい」

「ハハ、ほんなら、オトンはカタギやないのんけ?」

「秋元さん、冗談キツイわ。坂本興産は立派な株式会社でおま」

「まあ、風営法守って、あんじょうやりや」

「はい、そら、もう。ほんなら」


「う~ん、ガチ美味いよ!」


 シホ(麗)がマジで喜んだ。シホは食べ物にうるさい。と言っても、セレブじゃないんで、銀座や六本木の高級レストランなどへは行ったことがない。わたしは、お父さんの見栄で、フランス料理に一回いった。さすがにホアグラなんか美味しいと思ったけど、シホはきっと美味しいとは思わないだろ。なんたって、好物は学校の食堂のカレーうどんなんだから。

 そのかわり、B級ってかジャンクってか、そういう食べ物にはうるさい。ハンバーガーのパテの素材が変わっただけで「値段そのままで、味おとした」と言うぐらいである。

 わたしたちが行った時間帯は、いわゆるランチタイム。店が引けた後なんかに来ると、このあたりの風俗の女の子がよく来るそうで、それも、わりとマットーな子が多いらしい。

「これがよ、この『雪月花』 で、こう広げていくと、似たような店がこんなにあるけど、今から言うところは出入りしたら、あかんで」

「なんで?」

「裏のプロが出入りしよる。良くも悪くも目えつけられたらろくなことないさかいな」

 リュウさんは、真剣な目で言った。

「あほ、メモなんかとるんやない。目えで覚え、目えで!」

 メモをとろうとしたサキ(美花)を叱った。


 食後に焙じ茶飲んでたら、リュウさんのスマホが鳴った。どうやらお迎えのシゲさんのようだ。


「いやあ、わりにいいじゃん! ワンルームのすし詰め覚悟してたのにさ」


 案内されたのは、東成区のコジャレたマンションだった。さすがに、新築じゃないけど、内装なんかやりかえて、畳やフローリングまで張り替えてあった。

「いずれ、分かることだから、あらかじめ言うとくけどな。前の住人、ここで刺されて死んだんや」


「「「えー!!!?」」」


 三人同時に声が上がった。

「まあ、まあ、まあ……」

 シゲさんは、ビビるあたしたちを、優しく制した。

「刺されたんは、ここやけど……」

 と、わたしの足もとを差した。

「ヒエー!」

 自分でも分かるほど、ブスな驚き方をした。

「「「エンガチョ、エンガチョ」」」

 あたしは、両手の人差し指と親指で輪を作った。

「エンガチョ切った!」

 シホが、エンガチョを切ってくれた。

「死によったんは、病院やさかいな。安心しい」

「ア、アハハハ……」

 流れる汗は、暑さのせいばかりではなかった……。

「せやけど、エンガチョて、ほんまにやるんやなあ。わしは『千と千尋の金隠し』のオリジナルや思てた」

「うん、東京じゃ、やってる」

「で、金隠しじゃなくて神隠しだから」

「ハハ、シャレで言うてんねんがな、シャレで」

「なんだ、オヤジギャグかよ」

「ハハ、オヤジか……これでも若頭……いや、営業部長や。いちおう名刺渡しとくわな」

 シゲさんは、名刺を渡しながら、真面目な顔になってきた。

「どうかしたんですか?」

「いや、オレから言うのもなんやけどな、リュウぼんのことよろしゅうな。くれぐれも真っ当な素人にしてくれ言うて、ぼんのお父さんお母さんからも言われてるさかい、頼んだで。ほな、おっちゃん夕方に迎えにくるさかい、それまで、昼寝なとしときいや。夜行バスやったんやろ。あ、バス・トイレはあっちゃ」

 と、下手なギャグで締めくくって、シゲさんは行ってしまった。


 わたしたちの、夏が始まった……。

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