第3話 後のマツリ
彼女が欲しい、と僕は言った。
いや僕だけではない、顔を合わせれば大体の野郎共はそう言ったし、言わないのは既に彼女がいる奴か、彼氏が欲しい奴だけだった。
「で、マツリはどんな子がいいのよ?」
マツリとは僕の事だ。夏生まれの我ながらおめでたい名前であるが僕自身はあまりおめでたくない。
「どんなって」
よくある放課後のクラスメイトとの与太話のようであるが、実際にはニートのコウタと、浮気して彼女の家から叩き出された自称バンドマンのソウジローと、職歴なしフリーターの僕がコウタの家に昼からストロング片手に集まるというただの底辺の佃煮、地獄絵図だ。
「あるっしょ〜? こーいうのとかさぁ」
胸の前で2つ極端に大きく弧を描くジェスチャーをする自称バンドマンの幼なじみは、親同士が友達だったので赤ん坊からの付き合いだった。
身長180cmをこえるソウジローは外見だけなら芸能人並かもしれない。実際バンドもそこそこ人気があったらしい。でもメジャーデビューするのしないののゴタゴタで何かがあったのかぱったりチケットを売ってこなくなった。
今何してるのかは知らない。
どんな子がいいというか正直ただ女の子とセックスがしてみたいだけですと言ってもいいんだけど、こいつら相手ですらくだらない見栄もあってちょっと言い難い。
「気が合えばいいよ、あと出来ればかわいい子」
嘘ではない。気が合わないブスと付き合いたいとはさすがの僕も思わない。でももし付き合えるなら付き合うかもしれないと一瞬思うのが悲しい。
もうわざわざ言うまでもないが僕にとってセックスは未知の領域だった。
そもそも付き合うとか付き合わないとかの世界すら遠い。
もうダメなので矛先をソウジローに向ける。
「そういうソウジローはいっつも同じタイプだよな」
一言で言えばメンヘラ系。だいたいガリガリかものすごいデブで、フリルか鋲のついた服を着て、腕や脚がイカ焼きみたいになってて、目の周りが赤かったり黒かったりする。
「好きなんすよねぇ……依存されたいっていうの? あとめちゃくちゃエロいんだよね。エッチしよって泣きながら縋ってくるの最高」
「うわぁ……」
「で、でも浮気したら刺されるんだよね?」
コウタが苦笑する。コウタとは中学からの付き合いだが、だいたいいつもニコニコ人の話を聞いている奴だ。
悪いやつでは無い。良いやつすぎるぐらいだ。
「浮気って言ってもさぁ、ファンでーすって子達とカラオケ行っただけだよ?それで包丁振り回されたらさあ」
「カラオケでナニしてたんですかねぇ」
「そりゃ……へへへ」
ダメだこいつ、とコウタと顔を見合わせる。
「でもさぁ高校の時いい感じだった子いなかったっけ、マツリって」
「あー……」
にがいせいしゅんのおもいで。
「あ、知ってる。同じクラスだったよ」
コウタまで話に乗り始めた。
そもそもその子とは確かコウタを通じて知り合ったのだから当然か。
「うんまあ……最初は趣味が同じでさ、盛り上がったんだけど」
「ふーん? 趣味って?」
「なんだっけなあ」
「音楽じゃない? あの頃ソウジローのライブ以外にも色々行ってたよね」
「そうそう……」
趣味が同じ。マイナーな嗜好だった僕にとって彼女は運命の人とも言って良かった。それぐらいの事だったけどまあ突然運命の人とか言い始めたら普通に気持ち悪い。
「可愛かったんだけどなー」
「なんでダメだったん?」
「なんかどうしていいかわかんないって言って振られた」
「何それぇ」
どうしたらいいのかなんて僕にもわからなかったし、正直に言うと今でもよくわからない。
「んじゃ帰るわ、おばさんによろしく」
酔いつぶれたソウジローを床に転がして、僕は立ち上がった。酔いを感じるが、倒れるほどではない。
コウタの母はコウタと同じくいい人だが、やはりいい歳して人の家で昼間から飲んでいるクズとしては日中外で働いている常識人が帰ってくる前に退散したいのだ。
「うん」
「コウタはさ」
「うん?」
どんな子が好きなの? と聞きかけた。愚問だった。やはり酔ってるらしい。
「マツリちゃん、気をつけてね」
コウタは玄関まで僕を送り、手を振った。
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