第二十話:信じるべきもの
『き、貴様は一体!?』
今までに目にしなかった不可解な術。そして己の心をも読んだ相手に、
そんな相手を前に。
「お前が千年待った愚を、
雅騎は己の得体のしれなさを怪しき笑みで強調しながら、相手を
彼は
怨念の塊である相手に触れることができぬ中で、相手から知れる色は、真の心を隠す怨念の
雅騎はじっと相手の言葉や動きを追い続け、心を読んだと錯覚させる為、推測から一か八かの賭けに打ってでただけに過ぎない。
一歩間違えば、愚策。
だがそこまでしてでも、雅騎は
でなければ。
己の限界を悟られ、勝機を手放す事になってしまうかもしれないのだから。
──まだいける……。まだ、届く……。
そう。
彼は今、この闘いに勝機を
そして豪雷が己の身で示したように。
だが。
彼女は狂気に襲われる事もなく、凍りし腕を吹き飛ばしている。
──あいつの全てを凍らせ、再生するまでの時間を稼げれば……。
それができれば、
これこそが、彼が掴みかけし勝機だった。
ただ、同時に理解していた。
己の力で
全てを己で何とかするには、既に力を使い過ぎている。
やれるとすれば、
しかもそれでさえ、己の命を危険に晒さねば、成す事はできない。
……彼には、切り札があった。
だがそれは、幼き日に生死を
今の己の状態で、それを使うべきではない。
本当は、分かっている。
だが。
──ごめん……。
それでも、未来に手を伸ばす者達の手を取り、導く為に。
彼はその力を知るある者に心で謝罪すると。迷いを捨て、その
突然。
御影と光里は周囲の空気の変化を感じた。
身体に強く感じたのは、
それは真冬に近づいた季節から来るものでも、
「雅騎!?」
反射的に御影が、そして光里が雅騎に顔を向けた。
彼は未だ、
だが。その様子は明らかにおかしい。
まるで彼自身が氷柱にでもなったかのように。
雅騎の
何が起きたのか分からず、戸惑いを隠せない二人。
それは
そんな中。彼は視線だけを御影に向けた。
「御影。俺ごとあいつを吹き飛ばせるか?」
一転して向けられる、真剣な表情。
何をするのかは分からない。
しかし、己の命を捨てると言わんばかりの言葉に、嘘を感じることもない。
だからこそ。
「ふざけるな! 共に歩むと言ったのだ! お前も生き残る策を示せ!」
御影は思わず怒鳴り。
「そうです!
光里からも強い言葉が漏れた。
間髪入れずに返って来た二人の言葉に、雅騎はふっと小さく笑みを浮かべる。
「なら、御影は俺の指示に合わせて、お前の全力をあいつにぶつけろ」
「何だと!?」
「腕一本飛ばすだけじゃだめだ。あいつの全てを吹き飛ばせ」
突然の言葉に、御影の戸惑いが加速する。
だが、これだけは分かる。
それは、彼を巻き込む事への否定にはなってはいない。
「だが! 私はお前ごとなど──」
「そこは光里さんに託す」
御影の疑問を遮るように、彼は今度は視線を光里に向けた。
「光里さんは同時に、俺をあいつから出来る限り引き離すんだ。体を引きずろうとも、無理矢理吹き飛ばそうとも構わないから」
ただならぬ言葉の数々を耳にし、二人は彼が言わんとする事に気づいた。
雅騎から合図があった時。彼はもう、動く事はできない。
「できる?」
それができれば、皆で生きる希望がある。
そう感じる笑みを見せる雅騎に、
「……分かりました」
光里が真剣な顔でそう応える。
彼は頷くと、そのまま御影に顔を向ける。
互いの視線が重なると。彼女もまた言葉を交わす事なく、妹と同じ真剣さを宿し、小さく頷いた。
心強い反応を返した二人。
……相手が雅騎でなければ、それは迷わず信じてもらえたであろうか。
彼女達は闘いの中で、すっかり忘れていた。
彼にある、心を色で視る力を。
彼女達の表情とは裏腹に、視えたのは強い
その色から彼は、彼女達には応えられる力がないのだと、はっきりと感じ取ってしまう。
雅騎はふぅっと、長い息と共に、
──もし、二人が駄目なら……。
この命を捨ててでも。
御影の。皆の未来を繋ぐ。
自らが望んだ道の為、自身の未来だけを閉ざす。
そんな覚悟を決めようとした、その時。
彼の心にふと、
──「くれぐれも、お嬢様達を悲しませるような事のなきよう」
静かに頭を下げた
──「死んでもいいなんて、言わないで……」
涙ながらに訴えた佳穂。
そして。
──「私は、お前がくれるそんな未来を、お前と見たいのだ!」
絶望から立ち上がり、笑顔を向けた御影。
それらはまるで、彼の想いを
──……そう、だよな。
雅騎はぐっと、奥歯で覚悟を噛み殺した。
死ぬかもしれない。
だが、死んではいけない。
でなければ、
だからこそ。
「……任せたぞ」
彼は、二人に己の未来を託した。
心の不安を知りながら、敢えて。
『はっ! 姑息な策を
強気な言葉とは裏腹に、未だ怯えた目を向ける
得体の知れぬ圧に、思わず
『……人に。人ごときに儂が、
抑え込んでいた不安が爆発したのか。
突如取り乱すように絶叫すると、両腕を頭上に掲げた。
そこに生み出されたもの。それは無数の瞳が浮かぶ、巨大な
「なっ!?」
「そんなっ!?」
今までにない大きな闇に、思わず
あんな物を喰らえばひとたまりもない。
だが、未だ動けぬ
思わず御影と光里の顔に戦慄が走り。
『死ねえぇぇぇぇぇぇっ!!』
……だが。
「無駄だよ」
雅騎は冷たく言い放つと、希望を捨てぬ右腕を前に突き出す。
と。
即座に生み出されたのは、
飛来する闇に
『な、何だ!?』
渾身の力を一瞬にして無力にされた
雅騎は
術によって生まれし強き重力が、
「俺は、御影達を苦しめたお前を絶対に許しはしない。だから俺が……」
背の丈の倍はある巨大な氷塊を前に、雅騎が向けた
と。
氷塊がより軋み。亀裂が増え。
そして。
「お前を、消し飛ばす」
ガシャァァァァァン!!
決意と共に雅騎が希望を掴むべく
舞い散る氷の先より未だ向けられる、彼の冷たく鋭い眼差し。
それが
『な、何だ!? 何なのだ! 貴様はぁっ!?』
本当に手を出してはいけない相手だったのでは。
そんな現実を目の当たりにし、
そんな中。雅騎はまたも何処からか呼び出した
そして、凍りつきし
数々の術で大量の
──これが、最後。
既に道は視えている。
だがもうこれ以上、彼が即座に
つまり。この
雅騎は己にある生命と
『お前など! お前などぉぉぉぉっ!!』
狂乱したのか。
それらを
彼等に挑みし者も、雅騎のみ。
雅騎は
絶望に叫ぶ事も許されず、一瞬で凍りつく
彼は素早く槍を引き抜くと同時に、薙ぎ払うように回し蹴りを繰り出し、氷塊と化した物を一撃で粉砕する。
側面から彼に襲いかかる
二体をほぼ同時に貫きし三連の
合間に放たれ飛来した
雅騎は地を、
『お前など! お前などただの死に体! 死ね! さっさと死ねぇぇっ!!』
炎の化身であった時同様、圧倒的な力を見せる雅騎に対し。
……いや。振るう事ができなかった。
自らが雅騎を殴ろうものならば、先程のようにその身を凍らせられてしまうかもしれず。
万が一、自身の真の心を凍らされてしまう事があれば、己がこの世から消え失せるかもしれない。
そして何より。
この怯えた心すら読まれているのだとしたら……。
あの男に隙を与えては、殺される。
まるで
まるで命を燃やすように。
死を
未来を託されたはずの姉妹は、身を粉にして戦う彼の姿を、焦燥感の中、ただ目で追う事しかできずにいた。
──どうすれば雅騎に応えられるのだ!
御影は己の力のなさに、歯がゆさを隠そうともせず。
──私の力では、雅騎様を助け出す事など……。
光里もまた、同じ理由で強い不安だけを浮かべてしまう。
二人は、雅騎の感じた通り、期待に応える術を持っていなかった。
先に見せた
体術に劣る自分が、己の
希望を失いたくないからこそ、嘘でも頷いた。
それを信じてくれた雅騎は、未来に向け
にも関わらず。自分達が未だどうすれば力になれるのか、未だ答えが
何もできず、彼が選んでくれた道を自ら閉じてしまうのか。
そんな娘達の焦りと不安を、背後で
──私も力を貸せれば……。
四聖獣の力を駆使すれば、あるいは。
そう頭に
「……御、影……。光、里」
三人は弱々しい声を耳にし、思わず相手に顔を向けた。
声の主は、未だ苦しげに横になり、息を荒くした
何時、意識を取り戻したのか。未だ命の危機を感じさせる男は、息絶え絶えながら必死に語る。
「お前達も、
「どういうことですか!?」
苦しげに語る彼に、思わず問い返す光里。
そんな中、
「貴女達もまた、お
「そんな!? ですが私は一度もそんな力を感じたことなど!」
希望への進言。
だが、あり得ない。信じられない。
そんな気持ちが御影に本音を口にさせる。
しかし。二人は今までに四聖獣の存在など、母や祖父の力でし存在を知らず。己を加護する物など視た事も、感じた事もなかった。
そんな自分達がどうやって、見えぬ四聖獣と心を通わせれば良いというのか。
そして、神々しきその物達は、簡単に心を通わせ、力を貸してくれるものなのか。
未だ先の見えぬ未来を背負う者達に、二人は告げる。
「おま、え、達……。助けたいの、じゃろ?」
「助け、たい……」
「強く願うのです。今、貴女達が
「強く、願う……」
「想いが届けば、必ず
彼女は娘達に強く頷き。弱々しく視線を向ける
──想い……。
──願い……。
双子は、まるで合わせたかのように、静かに目を閉じた。
──私は、
──雅騎は今も我等のため、命懸けで戦ってくれている。私は、そんな
死なせるわけにはいかない。
勝たなければいけない。
だからこそ。
──
──
──……助けたい!
二人はぎゅっと強く目を閉じ、強く心に願った。
未来の為ではなく。彼の為に。
──力無き者が願う。
人でなき
だが彼等は、
そしてその
だからこそ。その純粋で強き想いは届いた。
代々
──『やれやれ。今まで気づかぬとは、情けない』
御影の心に、呆れるような男の声が届き。
──『やっと気づいてくれたね! 力になるよ!』
光里の心に、快活そうな少女の声が届く。
「お前は!?」
「あなたは?」
はっとした二人は、自身の身体を見て、思わず目を
突如湧き上がる強い力。それは御影を蒼き
驚く二人の脇に、現れた物達があった。
御影の脇に居たのは、彼女の身の丈を超える長き胴をゆらゆらと動かしながら浮かぶ、蒼き龍。
──『我が名は青龍。覚えておけ』
光里の脇に立つのは、彼女の腰ほどの大きさがある、白き虎。
──『あたしは白虎。よろしくね!』
神々しい二匹の姿に、二人は母や祖父の力となりし物と同じ力をひしひしと感じる。
「私に、力を貸してくれるのか?」
──『無論だ。あの男を助けるのであろう?』
「私に、力を貸してくださるのですか?」
──『まっかせなさい! 彼の期待に応えちゃおう!』
彼等の頼もしい声が、
初めて存在を知り、語り、いきなり力を貸せなどという
まるで。二人を
あの男はまだ生きるべき。そう告げるように。
『な、何だ!? 今更そんな力で、何を!?』
それは
だが、それが脅威とならぬ訳ではない。
確かに。今までの
生身で。そして
だが。
だからこそ、
そんな強きはずの怨念が、今この瞬間。
より強く、はっきりと恐怖し、絶望した。
突如強き神の力を宿した双子に。
そして。未だ謎多き、死に損ないと思っていた
──御影……。光里さん……。
はっきりと感じる
瞬間。
「未来に、
最後の
『く、来るなぁぁぁっ!!』
またも二、三歩後ずさる相手に対し、彼は強く、冷たい眼差しを向けたまま、刹那。
「これで、最期だぁぁぁぁぁっ!!」
強き叫びと共に。絶望を与え続けた闇に飛び掛かった。
恐怖に支配されし
それは己に迫り来る、忌まわしき
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