第二十一話:選びし道の果て

 雅騎は刹那、その身を八つに分かつと、それぞれが別の軌道を描き。空から、大地から、疾風はやてとなり羅恨らこんに一気に迫る。

 その彼の動きを目にした豪雷ごうらいは、苦しみの最中さなかにありながら、感謝とも、安堵ともとれる柔らかな笑みを見せた。


 八人の幻影術師イリュージョニストが描きし軌跡。

 それは豪雷ごうらい陽炎かげろうの仇を討つべく、技を放った道そのものだった。


 息子の為に選びし父の道は誤りではない。そう強く示そうとしたのか。

 はたまた。弟子が今こそ師を超えんと、力強く躍動したのか。


 雅騎達は相手に触れる恐怖などまったく見せずに羅恨らこんの懐に飛び込むと、豪雷ごうらいが一度斬り払った八つの部位に向け、こぶしを、蹴りを。同時に繰り出した。

 拳撃、蹴撃が怨念のからだに触れる直前。その八撃から同時に放たれたのは凍氷る冷槍キヴァリエ・シャルト

 瞬間。八本の氷槍ひょうそうは、羅恨らこんに避ける暇も与えず、一気にその全身を貫いた。


 神名寺流みなでらりゅう胡舞術こぶじゅつ奥義、改。

 舞竜爪翔旋ぶりゅうそうしょうせん樹氷じゅひょう


 そう呼んでも差し支えないであろう、神名寺流みなでらりゅう胡舞術こぶじゅつ幻影術師イリュージョニストの技と術が。槍をまるで枝とし。刺さりし身体を幹に変え。闇の体躯たいくを一気に芯まで凍りつかせ、そこに巨大な氷のを生んだ。


「雅騎……!」

「雅騎様……」


 息を呑みその光景を見守っていた御影と光里が、瞬間表情を引き締めた。


 この光景こそが、未来への道。

 そして。そこにありし光景こそ。彼のすべてだとはっきりと悟る。


 羅恨らこんの頭上にて拳撃を与えた本体のみ残し、他の雅騎がすっと姿を消す。

 宿した氷の力に身体を蝕まれ。己の魔流シストをぎりぎりまで使い切った自分が動けるのは、もうここまで。


  ──後は、頼むよ……。

 

 彼は後を託した。

 己が信じる仲間達に。


「今だぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 頭部に拳を撃ち込んだ反動で大きく空を舞った雅騎は、最後の力を振り絞り強く叫ぶと、呼応するように、神名寺みなでらの双子は同時に動き出した。


 光里が素早く背に乗ると、白虎は樹氷に向け一気に駆け出した。

 白き虎は疾風はやての如く、ただ只管ひたすらに風を切り、樹氷じゅひょうに向け大地を直疾ひたはしる。

 光里は強く靡く漆黒の長髪を気にすることもなく、必死に雅騎を視界に捉え続けた。


 同じ時。


  ──『お前は想いと共に、己の技を振るえ』


「ああ! 頼むぞ、青龍!!」


 御影は青龍の言葉を聞くや否や、迷わずその場から天に向け高く跳んだ。

 長く黒い総髪そうがみを大きくなびかせ、未だ晴れぬ夜空を舞い。上空で霊刀れいとう朧月ろうげつを頭上に構えると。彼女は羅恨らこんだった物に向け、力強く刀を振るった。


天鷹斬てんおうざん!!」


 最後に頼りし技もまた、力足りなかった己の最強の技。

 だが。放たれし鷹は、今までとは違う、激しきいかづちを身に纏っていた。


 雅騎が己の全てを失ったかのように、重力に惹かれ力なく墜ちる。


「間に合って!」


  ──『まっかせなさーい!』


 地を駆けた白虎が、疾風怒濤しっぷうどとうの勢いそのままに。大地より樹氷の幹に移ると、枝を避けながら、雅騎に向け真っ直ぐ駆け上がる。

 の上に墜ちかけた彼に向け、光里が白虎の背を蹴り飛び出してその身を宙でかかえあげると。同時に姿を消した白虎は二人を包み込む風となり、彼等を強く、高く舞い上がらせた。


 天高く舞いし光里達の背後で、御影の放った天鷹斬てんおうざんが、樹氷に激突する。


 瞬間。

 強い爆発と共に、蒼き鷹がその身を蒼き竜に変えると、樹氷に絡みつくような動きで天に舞い昇っていく。


 軌道と共に帯電するように走る稲妻。

 龍の怒りを体現たいげんするように天より降る激しい雷槌いかづち

 それらが、樹氷を削り、砕き。その存在を消し去っていく。


 そして……。

 激しき衝撃、光、轟音。

 それらがすべて収まった時。

 闇夜の中にの樹氷は、欠片一つ残らず、その場から消え失せていた。


 大地に舞い降りた御影と光里。

 大地より見守っていた銀杏いちょう豪雷ごうらい


 神名寺みなでらの面々はふと、何かから解き放たれたかのように、己の身が軽くなる感触を、はっきりと感じ取る。


 彼等はこの瞬間気づいた。

 我々は本当に、の物の呪いと共にあったのだと。

 そして今、千年に渡る長き呪縛より解放されたのだと。


 そう。

 呪いが消え。樹氷が消えた今。

 羅恨らこんもまた、この世より消え失せたのだった。


* * * * *


 戦いに勝利したはずの御影達。

 しかし。その表情には未だ、暗い薄紫色不安と心配ばかりを強く見せていた。


「はぁ……はぁ……」


 未だ暗雲漂う寒空の元。

 苦しげに横たわり、よりはっきりとした白き息をく雅騎。


「雅騎、しっかりしろ! 雅騎!!」


 彼の上半身を抱え、しゃがみ込んだ御影が、涙声で必死に声を掛ける。


 まだ意識はある。

 だが。傷だらけで、血まみれで、より冷え切った身体。

 そして、まるで命の危機を象徴するかのように、雅騎の右手首に浮かび上がっている、帯状の謎の赤き文様の怪しげな点滅。


 見るも無惨なその姿に、誰もが彼の命が助かると、信じる事ができなかった。


「大丈夫、だって……」


 苦しげな表情を誤魔化すように、無理に笑う雅騎。だが、その痛々しさがより、御影の心に刺さる。


  ──私は、何もできぬのか!? 最期を見届ける事しかできないか!?


 考えたくもない閉ざされし彼の未来。

 だが、どうしても頭を離れないそんな無力ばかりが、心震わせ、身体を震わせる。


「母上! どうにかならないのですか!?」


 涙目で姉の脇で彼を見守っていた光里が、銀杏いちょうすがるような視線を向ける。

 しかし。隣で豪雷ごうらいじゃを祓い続ける彼女もまた、悔しそうに首を横に振る事しかできなかった。


 八百万やおよろずの神の中には勿論、人を癒やす力を持つ神も存在する。

 しかし。残念ながら現世の神降之忍かみおろしのしのび達に、そんな神の力を借りれる者はいない。


「私は、結局無力なのか? お前を死なせてしまうのか?」


 必死に涙を堪え、かすれそうな声で口にする御影。

 あるのはもう、絶望しかないと言わんばかりの表情だけ。

 そんな彼女に向け、雅騎はまたも、力なく笑う。


「己で道、を……選ぶって……辛い、だろ?」

「確かに私は道を選んだ! だが、それはお前が生きてなければ意味を成さぬ! 私のせいでお前が死ぬ道を選んだ訳ではない!!」


 こらえきれず、御影が一筋の涙を流すと、彼は少しだけ、辛そうな顔をした。


「悪い、な……」

「うるさい! 謝る位なら生きろ! 生きてくれ!」


 本音が涙と共に溢れる。

 もう止められない想いだけが、口をく。


 誰もが、もう諦めを見せていた、その時。


「分かって、るって……。だから俺を、信じて……」

「信じろ、だと……!?」


 雅騎は弱々しく微笑み、こんな事を口にした。

 だが、今その言葉を信じられる者などいない。


「まだ、何かすべが!?」

 

 あり得ないと強く感じつつも、光里が思わず疑問の声を上げると、雅騎は彼女にも弱々しい笑みを向けた後、ゆっくり目を閉じた。


「ああ。まだ……希望は……」


 息も絶え絶えな彼の表情が、ふと何処か安堵するものに変わる。

 まるでそれは、最期の時を迎えようとするかのように。


「ふざけるな! 今、何処に希望などあるのだ! 死ぬな! 雅騎!!」


 御影が強く絶望と願望を泣き叫ぶも。雅騎は言葉を返さない。

 光里は思わず涙し。銀杏いちょう豪雷ごうらいも口惜しげな顔を見せ。

 誰も、彼女の言葉に応えられる者など誰もいない……はずだった。


「希望、ね。随分と信頼してくれてるじゃない」


 突然。

 何処からともなく澄んだ女性の声が、神名寺みなでらの者達の耳に届く。


「!? その声、まさか!?」


 耳にした声に、真っ先に驚きの声を上げたのは銀杏いちょうだった。


 彼女はその声の主を知っている。

 だからこそ。何故ここで聞こえるはずのない相手の声が聞こえたのか。強く戸惑いを見せる。


 驚きの中にある銀杏いちょうに応えるかのように。突如声がした空間が、闇を吸い込むかのように強い光を放った。

 あまりの眩しさに、みなが咄嗟に目を閉じ、思わず腕で顔を覆う。


 強き光の中に、ゆっくりと人影が浮かんだかと思うと、次の瞬間。

 光がすっと闇に吸い込まれるように消え。そこに立っていたのは、金髪の長髪と青い瞳を持つ、神秘的な女性だった。


 青と白を貴重とした多くの布を組み合わされ生み出されたローブに、金のサークレット。

 直線的で身の丈程の長い錫杖を、両手で地に立てるように手にしている。


 まるで異世界からやってきたかのような女性の姿に、誰もが声も出せず呆然とする中。雅騎は目を閉じたまま、弱々しい安堵の笑みと共に、こう呟いた。


「ごめん……。フェル、ねえ……」


 そう。

 そこに立っていた者は、天野フェルミナだった。


「どうして貴女が!?」


 銀杏いちょうが驚き声を掛ける。が。


「その話は後にしましょう」


 フェルミナは話の腰を折ると、真剣な表情のまま、横になる痛々しい雅騎の姿を見つめた。


  ──あなたって子は……。


 血塗られ、傷だらけの身体。

 彼女が封じたはずの『人の思いを読む』力を、またも解放した形跡。

 過去に彼が命を落としかけた、氷の力を宿す為に放った術、魔霊胴帯シャル・ゲルトの力。

 そして。身体の魔流シストを限界まで使い切った事を示す、手首の封印の光。


 己の身に何があっても、ここにいる者達を助けようとした。

 そんな強い意思をはっきり感じ取れる状況に、フェルミナは内心で憤慨ふんがいしていた。


 しかし。

 彼はこうなるかもしれない戦いを、自分に告げていったからこそ。

 彼女はその怒りを無理に抑え込む。


「雅騎は助かるのですか!?」


 まるで神にすがるような目を向ける御影に、


「まだ分からないわ」


 フェルミナは首を横に振る。

 だが、次の瞬間。


「でも、助けるためにここに来たの。だから、力を貸してくれる?」


 普段店で見せるかのような、爽やかな笑顔を向ける。

 そこに感じる希望の光に、御影は袖で涙を拭うと、強く頷き返した。


「流石にこんな寒くて野晒しな場所じゃダメね。神名寺みなでらさん。どこかいい場所はない? できる限り温かくて、広い室内がよいのだけど」

「であれば旅館の大広間が!」


 銀杏いちょうへ問い掛けたフェルミナに、力強く答えたのは光里だった。

 彼女も御影とフェルミナのやりとりに希望を見出したのか。流した涙を隠そうともせず、真剣な表情で彼女を見つめる。


「それなら良さそうね。案内してもらえる?」

「はい!」


 光里の返事を合図に、御影は雅騎を両手で抱えあげ、立ち上がった。

 未だ雅騎から感じるのは、冷えた身体と、苦しげな呼吸。不安を掻き立てるものしかないはずだが。彼女の表情には既に、諦めは感じられなかった。


  ──死ぬでないぞ。絶対に!


 御影が心で強くそう願うと、みなと急ぎ、その場所を後にした。


* * * * *


 あれから少し経ち。

 フェルミナ達のいる旅館の大広間は、何とも不可思議な空間と化していた。


 煌々こうこうと明かりに照らされた、強く暖房の効いた大広間の中央の畳の上に、雅騎は直接横にされている。

 痛々しさも、荒い呼吸も変わらない。

 ただ、フェルミナが駆けつけたことを知って気が緩んだのか。あの後より彼の意識はなく、声を掛けても反応すらない。


 彼を囲む程大きさで畳に描かれているのは、青白く光る魔方陣。

 その中で、雅騎の頭側に立つのはフェルミナ。

 そして彼を挟むように、御影と光里が正座し、向かい合っている。

 銀杏いちょう豪雷ごうらいを介抱するため別室に行っており、この場にはいない。

 今この空間には、若き四人だけがあった。


「移動中に話した通り、二人の生命力を少し借りるわね」

「はい!」

「この生命いのち、いくらでも!」


 短く返事をする光里に対し。

 気がはやったのか。御影は必死な顔でそんな事を言う。

 あまりの熱意に、フェルミナは思わず苦笑すると。


「これから使う術では最低限の事をするだけ。流石にあなたの命を取るような真似はしないわよ」


 そう言い終えた後、改めて表情に真剣さを宿した。


「じゃあいくわね。二人共リラックスして」

「「はい」」


 応えた彼女達の声に頷くと、フェルミナは目を閉じ、錫杖で魔方陣に触れると、この世界の言語ではない言葉で詠唱を始めた。


 生命転移ラルト・ルーデン


 彼女の詠唱が一度区切られた時。

 ふっと御影と光里は己の身体から僅かに何かが抜けるていく感触と、気だるさを感じ始めた。

 同時に二人の身体を淡い赤白い光が包むと、光は雅騎に伸び、触れ。ゆっくりと彼の身体を包み込んでいく。


 すると。

 光に包まれし彼の身体にあった無数の傷が、少しずつ、ゆっくりと、塞がり始めた。

 その状況を感じ取ってか。再びフェルミナは続く詠唱を開始する。


  ──雅騎……。


 御影は心配そうに、自分達の未来のために傷ついた彼を見つめていた。

 確かに傷は少しずつ癒えていくも、未だその呼吸は荒く、顔色も悪い。

 側では未だ、あの氷の側にいるようなひんやりとした空気も感じている。


  ──どうか、ご無事で……。


 光里も心で彼の無事を強く願いながら、身体の傷が塞がっていく様を、同じく願うように見守り続けた。


 それから暫くして。

 最後まで残っていた彼の左肩の大きな傷も、うっすらとした跡を残すだけとなった所で、フェルミナはその詠唱を止めた。


「ふぅ……」


 額に掻いた汗を腕で拭いながら、フェルミナは一度大きく息をく。


「終わったのですか?」


 御影の問いに、ゆっくりと首を振った。


「まだ傷を治しただけ。ただ、この後が問題なの」

「問題、ですか?」

「ええ。彼の命を支えるひとつに魔流シストっていう力があって、今それが彼には不足しているの。それを補わないといけないのもあるのだけど……」


 光里の問いに答えたフェルミナの表情が曇るのを見て、二人の不安が助長する。


「同時に今、彼の身体では氷の力が暴れ回っててね。それも抑えこまないといけないのよ。でもね……」

「でも?」


 思わず復唱してしまう光里に、彼女は困った顔を向けた。


「……今の私の力では、どちらかしか、何とかできそうにないのよ」


 そう。

 彼女にとって予想外だった。

 雅騎の身体が傷つきすぎていたことが。


 生命転移ラルト・ルーデンは、治療が長くなればなる程、詠唱も長くなり、より多くの魔流シストを消費する。

 できる限り消費を抑えるべく展開した魔方陣と、同じ効果を持つ装備をってしても、予想以上に魔流シストを消費せざるを得なかったのだ。


「私達の生命を、先程のように使う事はできぬのですか?」


 何とか力になれないのかと、御影が必死な形相で尋ねる。

 だが。


「二人には雅騎と同じ命の力はあるからあれができたの。あなたたちが持っていない魔流シストまで、彼に譲ることはできないのよ」


 フェルミナが悔しそうに首を横に振ると、御影は思わず悔しそうに唇を噛んだ。


「どちらも雅騎には命に関わる事。だから、急いでどうにかしないといけないのだけど……」


 彼女は話しながら、必死に考えを巡らす。


 命療石ラフィア魔療石シフィアは、雅騎がこの戦いに赴くと聞いた時に、今あったものを全て渡してしまっていた。

 それを使い切っている今。

 魔流シストの薄いこの世界で、フェルミナ自身の魔流シストの自然回復を待って行動を起こすのでは、どうしても遅すぎる。


  ──何か、手は……。


 あらゆる手段を考えるも、今の自分だけではその解法が浮かばない。せめてどちらだけでも、別の手段でなんとかできれば、雅騎を救えるのだが。


 苦しげな表情で唇を噛むフェルミナを心配そうに見ていた光里だったが。

 突然、はっとすると。


「あの! こんな方法では駄目でしょうか?」


 そう声をあげた。

 突然の言葉に、フェルミナと御影の視線が集まると、彼女は意を決し、その手段を二人に話して聞かせる。


 妙案。

 だが、それを試したことはない。


  ──いけるのかしら……。


 フェルミナは少しだけ悩むも。今は選択肢もなく、時間も惜しい。

 だからこそ、彼女は二人に改めて真剣な顔を向け、こう言った。


「時間もないわ。それに賭けてみましょう」


* * * * *


 ゆらりゆらりと、雅騎の身体が仰向けになり、浮いている。

 未だこびり付いた血と、色濃く傷の痕跡を残す私服を身に付けた身体のまま。

 強く立ち昇るに囲まれ浮いていた。

 そう。『清めの湯』の湯船に。


 彼の脇には、返り血を浴びた白き巫女装束を着替えもせず。膝立ちで湯に浸かり、彼が沈まぬように支えている双子の姿があった。


 未だに雅騎の意識はなく、二人が支える腕に感じる体温にもまだ、人の温かさは足りていない。

 しかしそれでも、御影や光里が彼を助けるべく抱えていた時と比べ、冷たさが和らいだように感じられる。


 右手首にあった光の文様も既に消え失せ、雅騎の表情も呼吸も、随分と穏やかなものに変わっていた。


 彼の頭側でローブを纏ったまま立つフェルミナが、額に手をそっと当てる。


「どうなのですか?」


 御影はそう問いながら、光里と共にフェルミナに向け、期待と不安の入り混じった顔を向ける。

 彼女にすぐに応えることはなく。フェルミナは目を閉じ、何かを感じ取ろうとする。


 彼女の手に伝わる、雅騎の身体にある氷の力。

 その動きを追っていたフェルミナは、ひとつ、ため息を漏らす。


「……これなら、いけそうね」

「本当ですか!?」


 光里が思わず嬉しそうな声をあげ、希望が生まれた喜びをあらわにする御影と顔を見合わせる。

 フェルミナも目を開くと、二人に釣られ、笑顔を向けた。


 雅騎が失っていた魔流シストは、ここでフェルミナ自身から魔流転移シスト・ルーデンにて彼に譲り渡し、生命の危機を脅かす状態を回避していた。


 問題となったのは氷の力。

 これも光里の機転で雅騎を温泉に入れ、湯の熱で抑える事で、少しずつ落ち着き始めている。


 残ったのは、未だ封印できていない彼の心の色を視る力。

 だがこれは生命に関わるものではない為、フェルミナの魔流シストが回復した頃合いを見て、後で封じ直してやればよい。


 結果。

 これで何とか、彼の命が繋がれた事になる。


「時間は掛かるけれど、後は大丈夫よ。ここは私が見ているから、二人は先に休んで頂戴」


 安心したフェルミナは、軽い気持ちで二人にそう促す。

 しかし……。


「いえ。このままご助力いたします!」

「私も是非!」


 双子はまったく同じ真剣な表情で、フェルミナをじっと見上げていた。

 その瞳に彼の無事を最後まで見届けねばならないという、強き意思を宿して。


「あのね。湯船にずっと浸かっていたら、逆上のぼせてあなた達が倒れちゃうわよ」


 フェルミナが思わず呆れてそう言葉にするも。


「それでも構いませぬ!」

「できる限り、お力になりたいのです!」


 彼女達は頑なにその意思を変えようとしない。

 互いに色濃い疲れを感じさせる表情であるにも関わらず。


  ──まったく……。


 熱い視線を受けたフェルミナは、思わず大きなため息をく。


 彼に助けられた者は、一様にこんな目を向ける。

 昔、彼が助けた赤髪の少女も。

 今の彼女達も。

 そしてきっと、あの時の自分も。


 彼女達の気持ちもわからなくはない。

 だからといって、その申し出を受け入れる訳にはいかなかった。


「ダメよ。戦いを終えた後で、雅騎のために生命力だって使っている。これ以上無茶はさせられないわ」

「ですが!!」


 強く否定する彼女に、思わず御影は食らいつくように声を荒げる。

 あまりの真剣さに。


「……ふふっ」


 フェルミナは手を口にあて、思わず吹き出した。

 突然の行動に思わず呆然とする姉妹を他所に、彼女はクスクスと笑い続ける。


「あ、あの……」


 どうすればよいか分からず、思わず光里がきょとんとした顔で声を掛けると。


「ごめんなさい。あまりにその子が必死だったから」


 やっと落ち着いてきたのか。フェルミナは軽く深呼吸して息を整えると、悪戯っぽい笑みでそう答えた。


「え? あ……」


 それが自分を指すと気づいた御影は、湯に浸かり火照っていた顔をより真っ赤にし、恥ずかしそうにうつむき意気消沈する。

 そんな彼女を相手に、敢えてフェルミナは真剣な表情で語り出した。


「いい? あなた達は休まないとダメ。あなた達が無理して倒れでもしたら、後で雅騎に怒られるの私なのよ?」


 御影はそれを聞き、無意識に身体を一瞬びくっと震わせった。


 今日の闘いで見た、今まで知らなかった雅騎の一面。

 冷たさ。怒り。

 これまで向けられた事のなかった彼の負の感情を思い返し、思わず顔が強ばる。

 姉の表情に光里も気づいたのか。釣られて表情を曇らせた。


 二人の空気の変化にフェルミナも気づく。

 だが、それでも表情は変えず、そのまま語り続ける。


「私は、雅騎が目を覚ました時に、疲れ切ったあなた達を見て心配してほしくないのよ。だからこそ休んでほしいの。彼のために」


 彼のために。


 フェルミナははっきりと、この言葉を強調した。

 雅騎が望むであろう気持ちを、彼女達にしっかりと伝えるために。


「……わかりました」


 しばしの沈黙の後、御影は覚悟を決めた表情でそう返すと、


「雅騎を、よろしくお願いします」


 フェルミナに深々と頭を下げる。

 釣られて光里も頭を下げると、彼女は表情を和らげ、


「ええ。お姉さんに任せない」


 優しく二人に微笑んで見せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る