第十四話:幻影術師
「雅騎よ。今ここで許しを請い、二人に
周囲の炎の熱とは真逆の、酷く冷たさを感じる低い声で、そう告げる
だが。
雅騎はそんな彼女に、呆れた笑みを返した。
いや。
──まったく。最近、
周囲の炎から感じる灼熱。それを雅騎はここ最近幾度も経験した。
ドラゴンとの戦い。ティアファルトの
そう。
最近、あまりに炎と縁がある最近の自分に、呆れるしかなかったのだ。
既に治ったはずの
それもまた戦いで受けし、ひとつの
だが。
その
しかし、それを凌駕するように。より強く主張する、炎から発せられる感情が、彼の心に痛みに刺さり続けていたのだから。
「
雅騎は、ふっと優しい笑みを浮かべると、
彼の意外な表情に、彼女は思わず
「あなたが手紙をくれた時。俺は、届かないと思った御影にまだ手に届く。そんな希望を手に入れたんです。だから、本当に感謝してます」
胸の前で、右腕の拳を、ぎゅっと握る。
未だ血が
「でも俺は、同時にあなたの甘さが気に入らない」
刹那。彼はぎっと奥歯を噛むと、凛とした表情を
「あなたは
突然口にされたのは、不可思議な言葉。
──何を言っている!?
御影は戸惑いを
母はこの戦いで、殆ど何も語ってなどいない。
自分達に
そう理解していたからこそ。
続く言葉は、彼女だけでなく、その場にいる全員を、より驚愕させた。
「御影達が俺の味方についた事にほっとして。戦いの最中も、ただ
それを聞いた瞬間、
何故知っているのか。そう言わんばかりに。
そして、驚愕したのは御影達も同じだった。
無論。彼女は、そんな事を一度も口にしてはいない。
だが。その母だけが知る事実を前に、現実を突きつけるように。
「娘達には命のやり取りをさせておいて、自分だけ現実から目を背けるなんて。最低ですよ」
雅騎は冷たく、そう言い切った。
「この炎とその朱雀で、
周囲の戸惑いが加速する中。彼は再び、右半身を後ろに引き。
「だから
そうはっきりと告げると、相対するように、戦いの構えを取った。
だが。
見せた構えはやはり、
何が起きるのか分からない、先の見えない展開に、周囲が
──
光里は、彼の構え以上に、その名が引っかかっていた。
何処かで聞いた事があるはず、なのだが。
この緊迫した戦いを前にして、思考が回らないのか。答えに辿り着く事ができずにいた。
そして。御影もまた、
──それが、お前がドラゴンを倒した力なのか?
雅騎が
それは以前、御影達を救ったであろう力。
それを倒したのが雅騎だとするならば。彼は、自身をも超える力を持っているはず。
そんな未知の可能性を信じ、母との戦いを許したのだ。
──すまぬ……。
御影は悔しそうに唇を噛む。
自身では、あの時のドラゴンも、今の母も止められない。己の命運を託さざるを得ないこの状況の歯痒さが、強く心を責める。
「貴方の決意は受け取りました。では、
と。雅騎の覚悟を受け止めたのか。
静かに
──『良いのですか?』
ふと。彼女の心に向け、尋ねる声があった。それは、彼女を頭上から見守る者より掛けられし、心の声。
──……ええ。
未練を捨てるように覚悟を決めた
──「すまぬ……
心に浮かぶ、何者かの言葉。
彼女は一度目を伏せ、その悲しみを心の奥底にしまうと、朱雀同様、鋭い眼光を雅騎に向けた。
「苦しまぬよう、一撃で決めましょう」
再び朱雀と
決して炎として大きくはない。だが、そこに力が集約したかのような激しき熱が、間違いなくより強大な力を持つであろうことを、雅騎は強く肌で感じ取る。
神秘的で、まるで魔法にも見える
──「良いかい? 全ては、最初が肝心なんだ」
それは、幼き頃より尊敬し、師事した者から受けし教え。
──最初こそ、
最初をどう制するか。それが相手への印象を決める。
教えからそう理解していたからこそ。彼は、最初で最期となるかもしれない、
「言い残すことはありませんね」
「ああ」
両者が静かに言葉を交わし、じっと相手を見る。
周囲は誰一人、声を発せない。それほどまでの緊張が、炎の熱と共に周囲を支配する。
「
言葉と共に交わされしは、
「
動きに合わせ、薙刀より巨大な炎が天に昇り。改めて姿を現した朱雀は、空高く、より力強く舞い上がると、そのまま一気に雅騎に向け急降下した。
炎の
彼はその場から動く事なく。ただ静かに、両腕を体の前で、上下にくの字に突き出し、相対せんとした。
まさかの構えに。
「馬鹿な!?」
御影は思わずあり得ないと言わんばかりの声を上げ、
「……!!」
光里は驚きで言葉を失い、
──何故その技を!?
彼が全てを託しし技は、
この戦いでも襲いかかる下忍に繰り出していた、相手の技を受け流し、地に叩き伏せる合気の構え。
しかし。それはあくまで対人の技。
炎の化身である朱雀相手に、意図して繰り出すような代物ではない。
大体、もし一度地に伏せたとして。ただの人の技が、神を凌駕する力を見せるはずもない。
そんな技でどう抗おうというのか。
命を無惨に捨てる気なのか。
誰もがそう、強く感じる。
だが。
朱雀が目前に迫ってもなお、雅騎はその構えを崩そうとはしなかった。
見届けるしかできない、御影の。光里の額を冷や汗が流れ。作りし拳に力が入り。
ありえぬ
ふたつが交わった瞬間。
荒ぶる
石畳が激しく砕け、破片が吹き飛ぶほどの衝撃。
何時、彼が振り返り様、朱雀を大地に叩きつけたのか。それを見切った者はほんの一握り。
それ程までの、電光石火と呼ぶに
神を捕らえ、叩きつけた時に触れたであろう左手が、炎で燃えている。
だが、雅騎はその熱を感じさせる事すらなく。静かに構えを解き、
瞬間。
まるで刀に付いた血が
キィィッ!! キィィィィィィィッ!!
甲高い声を上げながら、地に張り付いたまま身悶える朱雀。
それは、
彼女は未だ充分に感じていた。
朱雀の
もし叩きつけられただけであれば、すぐ
繰り出した
「何を!?」
目を
「向けられた力を、全力で否定しただけです」
そんな答えにならぬ答えを返した後、ゆっくりと
「俺は、納得がいかないんですよ」
まるで、彼女を憐れむかのように。雅騎は瞳を悲しげな色に染める。
「
突然の言葉に。
だが。
言葉を返さず、目を伏し、悲痛な表情で唇を噛む彼女の姿は、それもまた事実だと無言で訴えている。
「それなのに何故、それを御影にさせるんですか?」
「それは、
「ふざけないでください」
歩みを止めず、強く
「ふざけてなど……」
顔を上げぬまま、絞り出すように言葉を返そうとする
雅騎はそれを聞き、あからさまに表情を変えた。
誰が見ても分かるほどの怒りに。
「……じゃあ、やっぱり
彼女の前で歩みを止めた彼は、震える声に、力を込める。
「倒せない敵だと分かれば恐れをなし。倒せる相手と思えば人一人殺しに掛かる。つまり
「それは……」
だが、言い返せなかった。
それは彼女だけではない。御影も、光里も。他の忍達も。
誰もが感じていた。
しかし。
過去にも
その言い伝えが疑念を闇に葬り、相手に挑む選択を、なかった事としてしまっていた。
一人の命で、より多くの
疑念の先にある、誰もが思う現実を突きつけられ。忍達は各々に心を責め、表情を曇らせていく。
雅騎は、尚も語る。
「
御影はその言葉に、悔しそうに歯を食いしばった。
彼は信じてくれていた。にも関わらず、一度はその信頼を踏みにじってしまった。
そんな自分を、許せないかのように。
「光里さんだって、俺に辛い思いをさせたくないからって、手助けをするから逃げてほしいって言ってくれたんです。自分が死ぬ運命であるにも関わらず、助けてほしいなんて一言も言わずに」
光里はその言葉に、雅騎から目を離せなかった。
出会ってすぐ、自身の信じられないような言葉を真摯に受け止め、信じてくれた。
そんな相手を、目に焼き付けるように。
「俺は
強く握った拳を、わなわなと震えさせていた雅騎は、瞬間。
激しく吠えた。
「それがなんだ! 敵が強すぎるから敵に従う!? 仲間の命を求める相手がそんなに信用できる相手なのかよ! 仲間を犠牲にすれば自分達の未来が繋がる!? そんなの未来で
「お前らみたいな臆病者は、さっさとここから逃げ出しちまえ! そして
怒りと共に、思いの丈を
「……それでも、自分達が正しいって言うなら、幾らでも掛かってきてください。俺はそれを、全力で否定し続けます」
彼は右手を顔の高さまで上げると、指をパチリと鳴らす。
瞬間。何かから解放されたことに気づいたのか。朱雀は突然身を捻り起き上がると、再び空に舞い戻った。
キィィィィィィィィィッ!!
無様な仕打ちを受けた怒りか。強く甲高い怒りが籠もった鳴き声が、彼の背後から耳に届く。
強き炎の勢いが、より大きくなる。だが雅騎は振り返ろうともせず。ただじっと、強き瞳で
今にも襲いかからんとする朱雀。
だが。
「止めなさい」
それを制したのは
向けられし
キィィィ……
彼女の言葉を聞き、弱々しく鳴いた朱雀がゆっくりと空に舞い上がると、まるで夜空に溶け込むように、その姿を消す。
朱雀が消えゆくのに合わせ、周囲を囲んでいた
戦いは、終わった。
だが。
心に響く程の叫びを受けた者達も。強く真実を突きつけた男も。誰一人、言葉も発する事も、動くことすらもできず。寒さに凍りついたような時間が、永遠に続くかと思われた。
と、その時。
「がぁっはっはっはっは!!」
突如、静寂を破るように。豪快な男の
雅騎も。銀杏も。御影や光里も。
強い眼光で、彼等を見下ろしながら。
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