第十三話:力の差
開幕。
キィィィン! キキィィィィン!!
刀同士が連続で交わる澄んだ高い音が、周囲に響き渡った。
御影が
素早く繰り返されし刀による攻防。それは一進一退にも見える。
しかし。
──
剣術であれば、互角とまではいかずとも善戦できるのでは。そう思っていたのだが。
ここ数日、
何度か剣戟を交える中。互いの刀刃を弾き、
自身の刀が弾かれた後の、
「何っ!?」
だが、刀が触れた瞬間。
「ぐっ!!」
爆風に吹き飛ばされた御影は、素早くバク転を繰り返し、一度大きく距離を取る。
その好機を、彼女は見逃さない。
「
己の姿と同じ
勿論、ただの分身ではない。
しかも。本人と
「参ります!!」
同時に忍者刀を構えた、次の瞬間。一気に御影に襲い掛かろうと迫る五人の
だが。迫りくる彼女達を見ながらも、御影は冷静だった。
「舞え!
刀を両手で持った彼女は、素早く連続で刀を振るる。斬撃に合わせ放たれたのは、青白い光を放つ燕達。
それは猛烈な早さで滑空し、
燕達を
御影へ迫る動きから一転。
何とか身一つで避けようと奮闘するも、その数と動きに翻弄され。
巻き込まれるように、触れた燕も吹き飛ぶ。が、しかし。未だその数は多い。
素早く、連続で迫る燕達の波状攻撃は、攻撃で払い除けられない分身で、避け続けることは困難だった。
燕が直撃し、次々に起こる
燕を避け、時に止むなく燕を斬り伏せながら。新たに呼び出した
だが。本体を見定めるべく
瞬間。
彼女は迷いなく、真っ直ぐ地を駆けた。
最後の一羽を切り捨てた
──来る!!
それは直感か。本能か。
彼女は咄嗟に新たな
迫る
「
御影が叫びと共に、二人となると。そのまま
刀が触れた瞬間起こる、新たな激しい爆発。
だが。その時既に、二人の御影は
まるで狼と
と、同時に。二人は刀の背で、彼女の胸と腹を目掛け、
「ぐふっ!!」
二つの衝撃を止めたはずの忍者刀が、あっさりと三つに折れ。
威力を殺せず二、三度石畳を転がった
痛みを堪え、何とか片膝を突き身体を起こした彼女が見たもの。それは既に一人に戻り、背中越しに横を向き、倒れし彼女に視線を向ける、凛とした御影。
──ここまで、差があるとは……。
折れたであろうあばら。
それでも、紅葉はよろよろと立ち上がった。
負けるわけにはいかないという、強い意志だけを瞳に宿して。
* * * * *
剣戟の音が響きだしたのと同じ時。
光里は、雅騎達から離れるように、
「咲き乱れよ。
静かに紡がれしその名と共に。彼女を囲うように、赤や紫、白といった色鮮やかな
それらが自然のものではないことは、透き通った光に覆われた神秘的な姿が物語っている。
だが、同時に彼は理解していた。
御影と違い、光里は武術に長けてはいない。勝機があるとすれば、そこを突くしかないと。
「荒ぶれ!
突如。石畳を破壊しながら、地面より岩の塊が勢いよく
進むにつれ高さを増し、光里の丈を超える程の波となった岩壁は、激しい岩のぶつかり合う轟音と共に、
瞬間。
激しく、儚く、艶やかに弾け飛ぶ、
その
「お覚悟!!」
だが。
ガキイィィッン
「何っ!?」
よくよく見れば。彼女の周囲を、目を凝らさなければ分からないほどに透き通りし、水仙や百合を模した氷壁が覆っていた。
それこそ、光里の
「その花達。決して
「くっ!!」
「だが、避けぬのなら!!」
だが。花の亀裂を僅かに増やすのみで、砕くには至らない。
と、その時。
驚きの理由。
それは
「こ、これは……」
「
戸惑いを見せる
気づけば何時の間にか。氷花を囲むように、膝丈ほどの
その赤き色に染まる美しい花達を、気づけば彼は踏みにじっている。
「この花の毒は、あなたの動きを奪うもの。そのままここに留まれば、いずれ動けなくなりますよ。
そう告げる光里の冷たき視線に、
だが。
「……構わん!」
「
氷花の目の前の
直後。
メキメキと乾いた音を立て、亀裂が広がる
そして。
パリィィィン
澄んだ氷の砕ける音と共に。厚き氷壁も。氷の中にいた光里も。同時に砕け散った。
──これが、光里様の真の力……。
砕け散った氷の細かな結晶が舞い落ちる中。
気づけば、
そう。目の前にあったのは、光里の幻。
真剣な眼差しの相手を目にした
大斧を持つ腕の力が、次第に弱まっていくのが分かる。
だが。それでも諦めきれぬ希望のため、彼は斧を肩に担ぎ構えると、強い眼光で光里を見つめ返した。
* * * * *
御影と光里はほぼ同時に、相手を劣勢に立たせていた。
それぞれ対する相手への警戒は怠らない。だが、どうしても目にせねばならぬ戦いがある。
──雅騎様は!
──お前は無事なのか!?
同時に視線を向けた瞬間。
姉妹は、はっきりと驚愕を
その表情に。
視線の先で繰り広げられし、
それは四人にとって。いや、
踏み込んだ
直撃。そう見えた蹴りは瞬間。
瞬時に背後に回った彼女は、迷わず
薙刀にて繰り出されし、素早く、力強い三連突き。
だが。雅騎は放った回し蹴りの回転を利用し。まるでひとつの技かのように、流れをそのままに、背後にいる
肘撃ちで初段を。膝蹴りで二連目の切っ先を
だが。僅かに変わりし薙刀の向きを見切り。彼の竜巻もまた、変化を遂げる。
雅騎は最後の蹴りを敢えて放たず、その脚で素早く大地を蹴り、跳ねた。
大きく躍動する、高き前宙。突き出されし薙刀は、宙で逆さになった彼の髪を掠め、空を切る。
勢いそのままに。舞い上がりし身体で縦に弧を描いた雅騎は、踏み込んだ
咄嗟に薙刀を引き両手で掴み直し、柄で頭上からの蹴りを受け止める
薙刀越しに伝わる強き衝撃に、思わず歯を食いしばるが、その直後。
彼女の目の前を一瞬、何かが通り過ぎた瞬間、背中に寒気が走る。
柄に掛かる、止めたはずの脚の力が再び増す。
戦いの感が、それを合図としたのか。無意識に
ほぼ同時に彼女の眼前を、雅騎の鋭い蹴り上げが、風切る音と共に掠めていく。
竜が敵を噛み砕かんとするかのように。
それは、
雅騎はその技を、浴びせ蹴りから派生し、
もし
蹴り脚の反動そのままに。まるで時間が巻き戻るかのように、雅騎が素早く宙を舞い戻る。
一足早く着地した雅騎が、瞬間右腕で蹴りを受けるも。強き武を感じる重き蹴りに、身を流されぬよう強く脚で踏みとどまった彼の動きが
それを
蹴りを弾かれた反動を利用し、
蹴りを避け、受ける相手に対し、連続でより広範囲の武器での薙ぎ払いを仕掛ける連携技。
蹴りの衝撃を堪えた事で、雅騎は長い薙刀の間合いの外に離れる動きを封じられた。無論、生身で刀刃を受けては致命傷に成りかねない。
判断を迷えば身を引き裂かれる危機的状況に。雅騎は迷わず、一歩だけ強く踏み込む。
同時に素早く身を捻ると、
鋭き技が切っ先の後ろの柄を
体勢を崩され、僅かに前のめりになる
至近距離での
「ぐっ!」
だが、空を舞い踊るかの如く。彼女は軽やかに空中で姿勢を整えると、そのまま二度ほどバク転し、勢いを殺しながら鳥居の前まで距離を取り、姿勢を正すと即座で目で雅騎を牽制した。
息をも
そこに
それだけであれば、御影達もそこまでの驚きを見せることはなかっただろう。
それは、
忍の技と、
ふたつが相成り、より洗練された動きは、それこそ同じ上忍である娘達でさえ付いていくのがやっとの、神業と呼ぶに相応しいもの。
だからこそ。雅騎では荷が重いと感じていたのだ。
だが、現実は違う。
雅騎はこれだけ怪我を負った身体で、彼女に必死に食らいついていた。
いや。それは充分、互角といって良い。
──何故だ!?
御影は、にわかに信じられなかった。
幼き頃、同門として共に鍛錬したのはたった一年ほど。以降は
そして今年の春に再会し、再び共に鍛錬をするようになってからも、雅騎がここまでの動きを見せたことはなかった。
しかし。今の彼は、あまりに戦い慣れた、鋭き動きを見せている。
何処で鍛えたのか。
何が彼をここまで強くしたのか。
数々の疑問が、御影の混乱に拍車を掛けていた。
最も親しき彼女の理解すら超えた動きは、光里や
──よくぞ、ここまで……。
未だ技を受けた手足に残る、強い痺れ。
それらは
自身に向けられし、彼の瞳に宿る力強さ。
それを改めて目にした時。
──「こやつ。どこか
ふと。昔耳にした義父の一言が、脳裏に
同時に、雅騎に重なる一人の若き男の姿があった。
男もまた、何時もそんな目をしていた。
優しく。希望に満ち。そして、強い決意を秘めた眼差し。
彼こそ。義父の息子であり、御影の父であり、
──お
ちらりと
──やはり、
「
強く言葉を口にされた言葉に、二人ははっとすると、より強い驚きを見せる。
それもそうだ。これは二人に敗北を認めろと言っているようなもの。
「しかし!」
だが。
「後は、
その言葉を口にした刹那。
突如。
彼女の身体も、装束も燃えはしない。だが、離れていても感じられる炎の熱は、それが偽りのものとは到底思えない。
「まさか!?」
その力を怨霊や妖魔相手に使っていた事は知っている。
だが。いくら体術に優れていても、相手はたかが人間。
そんな相手に、彼女が
そしてその気持ちは、御影と光里も同じだった。
「雅騎様!!」
「雅騎! 逃げろ!!」
二人は必死に叫ぶ。
だが。その叫びにも。
炎が何かを形作ると、頭上に現れたのは……炎の鳥だった。
「朱雀よ。
その名を呼ばれし朱雀は、翼を一度身体の前で畳んだかと思うと、瞬間。力強く、大きく、天に広げた。
両翼より放たれた炎が大地に降り立つと。突然激しき火柱として噴き上がった。
炎の高き火柱は壁となるように拡がりながら、左右から地面で大きな弧を描くと、雅騎に勢いよく迫る。
「雅騎!」
「雅騎様!」
姉妹の必死の叫びにも、彼は未だ驚きすら見せない。
ただ、両脇より迫る炎の熱は感じていたのか。
構えを解いた雅騎は、朱雀にも、迫る炎にも目を向ける事なく。
背後を、熱風と共に炎の壁が通り過ぎ。二つの炎の壁は一つの円陣となり、彼を取り囲んだ。
敵を逃さんと言わんばかりに、天高く立ち昇る激しき業火。
それは御影や光里、
キィィィィィィィィィッ!!
存在を高らかに示すかのように、甲高い鳴き声を上げる朱雀。
そんな炎の化身を従え。ゆっくりと、炎陣の内側に踏み入る
静かに目を向けし先に立つ雅騎は、これだけの事が起きているにも関わらず、凛とした表情を変えず、落ち着いたままそこに立っている。
声を失いし忍達に代わるように、騒がしく燃える
その中に立つ二人は、互いに炎を背にしたまま。暫しの間、静かに見つめ合っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます