第八話:心撃ちし銃弾
結局あの後。雅騎達三人は、それ以上の手がかりを得ることができず。それぞれ家路に着いた。
哀しき真実を知れど、解決できる糸口は何も掴めず。何も出来ぬ失意の中にあったせいだろうか。
翌日。
佳穂と雅騎はお互い、体調不良を理由に学校を休んでいた。
佳穂は両親に気持ち悪いと嘘をつき、家で寝込んでいた。
親に悪いと思うものの。どうしても、普段の生活に戻れるほどの気持ちが付いてこなかったのだ。
御影が既に、光里の命を奪っているかも知れぬ事に涙し。
彼女がもう、自分達の元に姿を見せる事はないのではと不安になり。
佳穂はただじっと。そんな強い哀しみを抱えたまま、一日をベッドで過ごした。
唯一の救いは、彼女が一人ではなかったことだろう。
エルフィが側にいて、慰めてくれたからこそ。何とか失意の闇の中に、心を仕舞い込まずに済んでいた。
そして同じ頃。
雅騎も佳穂と同様、強く心を痛めていた。だが、彼が学校を休んだのは、彼女とは別の理由がある。
人の心を視る力。
これは封じ直さない限り、ずっと発動したままのものなのだ。
先天的な力のため、体内の
だが。
善も悪も。嘘も
常にそんな心が視えるような生活など。いくら雅騎であっても、弱りきっている心で耐えれるような甘い世界ではない。
だからこそ。彼はこの日、その力を封じることに専念していた。
* * * * *
そして、明けて金曜日。
翌日は隔週に来る、土曜ながら学校が休みという、学生にとっては嬉しい週末前日。
しかし。登校してきた雅騎と佳穂の表情は相変わらず冴えなかった。
佳穂は、親友、
とはいえ。それは、佳穂にとっては救いの時間といってよかった。
恵里菜の気遣いと明るさ、優しさで、御影への想いを和らげる事ができたのだから。
一方、雅騎はといえば。
普段と比べると言葉数も少なく、愛想がないことを友達は皆心配した。
だが。彼もまた、病み上がりという最もらしい理由を口にすることで、周囲を納得させ、学校生活を静かに送っていた。
しかし。
そんな理由を良しとしない者が、学園内には存在する。
* * * * *
既に陽が沈み、夕焼けも終りを迎えた頃。
雅騎は制服にダッフルコートを羽織った姿のまま、
六階建てのその店舗は、一階に大型の筐体ゲームやプリクラが並び、二階には通常の筐体ゲーム機が並ぶゲームセンター。三階より上にはボーリング場やカラオケ、ビリヤードにダーツ、フットサル場など。様々な娯楽を提供している。
そんな巨大な店舗を呆然と見上げている彼の隣に立つのは、同じく制服にコート姿の霧華。
「何で、ここ?」
雅騎は、予想外な場所に案内された事に、思わず戸惑いの顔を向け、そう問いかけた。
既に学校内でも有名な話だが、彼女は如月財閥の令嬢である。
登下校時はリムジンで送迎され。学校外では何かと執事と共にいる。そんな
彼女を知る者が見れば、それはとても異様に映るに違いない。
そしてそれは、雅騎とて例外ではない。
その戸惑いを察し。
「あら。私には不釣り合いとでも?」
皮肉めいた言葉を返す霧華に、彼は思わず苦笑した。
「いや、そういう訳じゃないけど。意外だなって」
「私だって人並みに遊んだりはするし、こういう所にもよく来るわ」
──いやいや。それにしたって、だよなぁ。
腕を組み、
雅騎は続けたくなる、そんな言葉を心に留めた。
何故この二人がこんな場所で一緒にいるのか。
それは今朝の図書委員の活動での事。
昨日、図書委員活動も休まざるを得なかった雅騎が、霧華に謝罪した際。突然「だったらお詫びとして、放課後私に付き合いなさい」と言われたのがきっかけだった。
「こっちよ」
霧華は羽織っていたコートを脱ぎながら、何かに導かれるように建物に入ると、やや薄暗い一階の奥へ進み始めた。
雅騎は本気で入るのか、と呆れた顔をしつつ、彼女に続く。
「でも、なんでまた急に付き合えなんてさ」
「貴方もまだ引きずっているんでしょ? あの事」
彼の問いかけに振り返ることなく、霧華は歩きながらそう返した。
あの事。
その言葉に、雅騎の表情が僅かに
前を先導する霧華は、その変化に気づくことはない。
だが。その答えを聞かずとも、彼女は分かっていたのだろう。
「私もよ。だからたまには、息抜きくらい付き合いなさい」
そう言うと、一階の最も奥にある、大型筐体の前で足を止めた。
そこにあったのは、株式会社MEGAが送るアーケードゲーム『ACADEMY of The DEAD』。
魔法学院で突如起こったゾンビ騒動。
その最中に
ゲーマーの中でも難易度がかなり高いと有名な本作。
導入から早一ヶ月弱にも関わらず、未だ攻略情報が出揃わない事もあるためか。
プレイヤーの列はあまり出来ないが、ギャラリーは異様に多いという、なんとも店泣かせな稼働を見せるゲームとなっていた。
他校の男子学生二人がそれを楽しんでいるのを横目に。
「如月さんはこういうのが好きなの?」
待ち人のない順番待ちの位置に移動し、雅騎がコートを脱ぎながらそう問いかけると。
「あら。何かいけないのかしら?」
相変わらず、皮肉混じりの言葉を返す霧華。
その普段通りの反応に、彼は苦笑しつつも心で安堵する。
「別に。ただ、このゲーム得意なのかと思ってさ」
そう改めて雅騎が質問し直した瞬間。それが引き金になったかのように、プレイしていた学生達がゲームオーバーとなった。
二人組がスコア画面でネームを入れ、荷物を取って振り返ると。
「あ!
「あれ? 今日はお供が
まるで芸能人が来店したかのように、驚きの声を上げる学生達に釣られ、周囲のギャラリーの視線が一気に雅騎達に集まる。
そんな反応を気にも留めず。霧華は大型画面に流れるソロプレイのインターネットランキングを指差した。
「一応、あそこに名前があるわ」
釣られるように画面に目を向けた雅騎が見たもの。
それは、ランキングの二位にある『KIRIKA』という名前。
──おいおい、マジかよ……。
それを見て、雅騎はちょっと困ったように頭を掻いた。
インターネットランキングの二位。それは全国で二位とほぼ同じようなもの。
そして。この周囲のギャラリーのざわつきと盛り上がり。それが、あのスコアを叩き出したのが彼女であると、はっきりと語っている。
「このゲームは初めて?」
「いや」
「ならすぐ始めましょう」
さらりとそう言うと、霧華は筐体に向かって右側に立ち荷物を置く。
「俺なんかとやったって、面白くないと思うけど」
雅騎も困り顔をしつつ筐体左側に立つと、同じように荷物を下ろした。
「言ったでしょ。息抜きだって」
財布から百円とIDカードを取り出すと、手慣れた動きでクレジットを投入し、カードをスロットに挿す霧華。
対する雅騎も自身の財布から百円と、幾つかのIDカードから一枚を取り出し、同じように準備する。
そして。二人は同時に、銃型コントローラーを筐体のホルダーからすっと抜き出した。
「準備はいいかしら?」
「全部任せてもいいかな?」
「好きになさい」
銃を構えながら苦笑いする雅騎と、まだ銃を構えずまっすぐ立ったまま、冷静な表情の霧華。
二人の立ち姿が、周囲の期待を高めていく。
しかし、やはり注目は霧華だった。
全国屈指の実力が見られると期待するギャラリーの視線が集まる中。二人は銃の先で、同時にスタートボタンを押した。
開幕の美麗なムービーで、ロミナが謎のガーゴイルに
迫りくるゾンビ。ガーゴイル。ゴースト。
現れた怪物たちは出てきた矢先。霧華が片手で構えた銃で、次々と倒されていく。
しかも、スコア狙いをする人間であれば必須である
対する雅騎も銃を片手で構え、敵に狙いを定める。が、照準を合わせた時には既に敵が倒れているため、反復練習のようにただ、敵を狙う動きを繰り返すだけに留まっていた。
実は霧華も、二人プレイは初めての経験なのだが。参加人数に合わせ、敵が多く出現しているにも関わらず、その想定外のはずの敵ですら撃ち漏らさない神業を、惜しげもなく披露していく。
相変わらずの腕前に、ギャラリーも感嘆の声を上げ、
そして登場したのは一面のボス、ミノタウロス。
流石にここは、雅騎も加勢に入った。
霧華が周囲に湧く雑魚を、ボスを狙いつつも合間で処理しつつ。ボスには二人の銃撃が加えられる。
互いに迷いなく弱点である角を狙い撃ち、ボスの動きを止め、体力を削っていき。
最後の一撃を喰らわせ、ミノタウロスが絶叫し倒れる映像が流れる中。
──一応、プレイはしてるみたいね。
ボス戦での動きに感心しながら、霧華は横目で彼を見た。
一方の雅騎も、彼女の腕前に内心舌を巻いていた。そんな中、彼女の視線に気づき、思わず苦笑いを返す。
そして。二面開始前のムービーが始まった。
突如大きな鎌を構えし死神が現れた。
『大事な親友とやらに手も届かず。救う事も叶わぬお前達に、存在する価値もなかろう?』
そう告げると高らかに
それは普段と変わらぬもの……のはずだった。
だが、これを見終えた瞬間。霧華の表情が、僅かに曇った。
そして。そのまま二面が始まったのだが。
そこから急に、彼女の動きに少しずつ狂いが生じ始めた。
ヘッドショットを外し。時に敵を撃ち漏らす。そんな露骨なミスが目立ってきたのだ。
その原因。それは彼女の心の動揺。
普段なら気にも留めなかったムービー。
だが、霧華は気づいていなかった。
御影が彼女の元を去ったことで、自分の心がここまで弱くなっているなど。
──確かに今の私では、
反復する言葉が、心を責める。
今の自分では、御影に何もしてやれない。そして、今彼女は何処にいて、何をしているかも分からない。
『存在する価値もなかろう』
重ねる必要もない他愛の無い言葉を、まるで己の事のように錯覚し。
気づけばその言葉が、呪いのように霧華に重くのしかかっていく。
そんな彼女の異変を、ギャラリーも、雅騎もはっきりと感じ取っていた。
撃ち漏らした敵を彼がカバーし撃ち取るものの。霧華のミスは、目に見えてより酷くなっていく。
──私はもう、
心が深い闇に落ちるように。霧華の集中力が切れた。
それでも敵を撃ち続けているのは、経験が成せる技とでも言うべきか。
……だが。
──結局、信じて待つことしかできないのに……。
身体が抗っていても、心は抗えていない。
そんな状態では残念ながら、この熾烈な戦いに身を置き続ける事など、できはしない。
──それすら信じられないんじゃ、確かに存在する価値も、ないわね……。
無力さが心を支配した時。彼女はついに、銃を持つ腕を、力なく下ろした。
画面を見ることもせず。憂いを
満たされし絶望が、彼女の心の門をゆっくりと閉じ。開かぬ扉が、戦いを
「如月さん!!」
突如。
「信じるって決めたんだろ!? 帰ってくるって信じてやれよ!」
二発、三発。
銃痕が扉に刻まれ、その隙間から光が射し込むかのように。心情を見透かしたような言葉の数々が、彼女の心を少しずつ照らし出す。
霧華が力なく隣を見ると、
素早いリロード。迷いなく敵の弱点に撃ち込まれる銃弾。
そして。霧華に引けを取らないその一挙手一投足に沸く、ギャラリーの歓声と熱狂。
そう。雅騎は未だ、諦めてなどいない。
そして。その戦いは未だ、終わってなど、いない。
ドゴォォォォン!!
突如、筐体から響く大きな爆発音。
それは二面のボス、ワイバーンの回避不能のブレスを無効化すべく、雅騎が
「
マガジンに六発という弾数制限があるにも関わらず。まるでリロードを感じさせない速射で、ワイバーンの弱点である頭を的確に撃ち抜き続け。
「今できることは……」
ワイバーンが再び回避不能のブレスを
「それだけだ!!」
強き叫びと共に繰り出された銃弾が、間一髪。先に相手の体力を削り切った。
絶叫を上げ、墜ちていくワイバーン。そして同時に、周囲に巻き起こったのは、熱狂の渦。
「今度はあいつ一人でノーダメで倒しちまったよ!!」
「あいつもランカーなのか!?」
「わざわざ演技までして魅せプレイとか、超カッコよくない!?」
ギャラリーがより一層大きな歓声をあげる。どうやら彼らは、霧華が落ち込み攻撃しないのを演技だと捉えていたようだ。
戸惑いの色を隠さず、霧華が彼を見ると。雅騎は周囲の熱狂など全く意に介さず。片手で銃を構えたまま、ほっと一息
そして。
「まだ息抜きは、終わってないよね?」
雅騎は彼女に視線を向けると、軽くウィンクして見せる。
息抜きに誘ったはずの自分が、結局彼に助けられている。
そんなありえない事実を、霧華のプライドが──許していた。
彼が何故、諦めずにいられるのかは分からない。
だが。あの炎の中、自分達を助けてくれたのが彼だと知っているからこそ。その強き言葉に、希望を感じることができたのだから。
「フフッ。そうね」
雅騎の笑みに釣られるように、霧華も小さく
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