第七話:真実を知り、現実を知る

 佳穂達と御影の家に向かう前。

 雅騎は、二人にこんな説明をしていた。


 彼は、先天性の特殊な力を持っている。

 それは、


 相手が強く思っている感情や思いをことができるもので、普段はそれを封印し生活しているのだが。雅騎はこの力を解放しようと言うのだ。


 何故そんなことを考えたのか。

 その理由は、より強く発した感情は、暫くの間その場に残る事を知っている為。


 例えば。人が死んで守護霊や地縛霊になる、という話を耳にする事はないだろうか。

 実はこの現象。人や場所にその者の強い思いが残ったために起きているものなのだ。


 より強い感情を見せた場所に、残留する思い。

 雅騎はこれを色として視て、より強い感情が残っている場所を探り当て、何があったかを知ろうと考えていた。


 しかし。

 に持っているという事実。

 これは同時に、側にいる佳穂やエルフィの感情をも視えるようになることを示す。


 意図して掛ける術であれば抵抗すればよい。だが、本人の才として自然に持ち合わせる力を、他者が抵抗する事はできない。

 人が普段、その目で意識せずに他者を見る事ができるように。


「この力を解放したら、俺は二人の心の色も視えるようになる。そんなの嫌でしょ?」


 雅騎は敢えて、その真実を語り。二人に釘を刺し、同行を避けるよう促そうとした。勿論その力を知り、彼女達は強い戸惑いを見せた。


 そう。見せたのだが……。


「私は、御影と霧華の力になれるかもしれなら、何とかしたいの」


 結局。佳穂が強い決意を示し、


『佳穂の望みは、わたくしの望みでもありますから』


 エルフィもそれに同調してしまった。


 こうなった彼女達は、梃子てこでも動かない。それを知る雅騎にとって、それは最悪の回答だった。


* * * * *


「悪いけど、覚悟して」


 仄暗い光球ドゥルファリテに照らされた雅騎は、僅かに苦渋の表情を見せると、静かに目を閉じた。

 彼の表情が、佳穂とエルフィを僅かに不安にさせる。

 だが。自ら決意を固め付いてきた以上、その理由を尋ねることなどできようもない。


  ──そう。覚悟を決めろ。雅騎……。


 二人に掛けた言葉を自分に言い聞かせるように。心を奮い立たせようとする。

 だがその時。脳裏に思い返されたもの。それは彼が幼き日に経験した、思い出したくない光景の数々だった。


  ──「あの子は普通と違うのだから、近寄っちゃダメよ」

  ──「雅騎君……。ごめんね……」

  ──「あいつ悪魔の子じゃねーのか!?」


 大人、子供。大小の多くの黒い人影。

 その影を覆う、どす黒い薄紫や赤紫。漆黒といった、黒の強い色の数々。

 ある者は冷たく。ある者は怯え。ある者は汚らわしそうに。好意の欠片すらない視線を向ける。


 思い出される、幼き日の心的外傷トラウマ

 その恐怖が、雅騎の身を僅かに震わせる。


 だが。

 その闇を深呼吸して無理矢理き捨てると。彼は静かに、心の中で解呪魔法ダル・ゲイドを詠唱した。


 刹那。雅騎を包む空気が一瞬、僅かに震えた。その変化を感じ、佳穂とエルフィは彼を心配そうに見つめる。


 静かに。雅騎が目を開く。

 普通の人間相手であれば、相手はその変化に気づくことはなかっただろう。

 しかし。それは天使の力を持つ者の才なのか。その瞳の奥に、普段とは違う薄っすらとした青白い光が宿っていることに気づく。


「速水君……」


 不安そうな佳穂の声に、ゆっくりと彼女達に視線を向ける。

 そこにいる二人を包む、やや暗い薄紫のオーラ。その色は、佳穂の表情からみ取れる、不安と心配。


「大丈夫だから。そんなに心配しないで」


 安心させるよう笑みを浮かべた彼に、二人は頷き返すと、同じく笑みを返す。

 だが……。彼女達の色は、僅かに明るさを戻したのみで、ほぼ変わらない。


  ──だよな……。


 自分の力が二人に迷惑をかけ、心配させている。

 彼女達の強がりを色で理解し、彼の心が強く痛む。だが、それでも表情は崩さなかった。


 雅騎がゆっくりと、部屋の中を見回す。

 部屋の中の色は、銀杏いちょうと御影が家を留守にして三日経ったという事もあったためか。強い色を残している場所はない。

 彼はその状況に、少しだけ安堵した。いきなり何か真実を知るであろう色を強く見せられていたら、その色に対する恐れや苦しみを、表情に出さない自信がなかったからだ。


「付いて来て」


 雅騎はそう言って歩き出すと、再び廊下に出て、左右を見渡す。

 その瞳に映った世界の中に。二箇所、色が強く残る部屋のドアを視て取ることができた。

 ひとつは玄関側にある客間。その部屋にほんのりと見える赤紫色が示すもの。それは、怒りと哀しみ。

 先の佳穂の話から、それが三日前の霧華や御影、銀杏いちょうの感情だと察するのは容易だった。


  ──ってことは……。


 雅騎はもうひとつの部屋に視線を向けた。

 そこは……廊下の突き当りの角にある、御影の部屋。

 ドアに視える色もまた、強い赤紫の色。但しその色は、より、黒い。


 黒き色。

 それは、絶望の濃さ。


「ふぅ……」


 雅騎が静かに息をく。その雰囲気から緊張を感じ取ったのか。後ろにいる二人も表情を固くする。


「行くよ」


 彼女達を見ることなく。雅騎は音も立てず、廊下を歩き出す。

 追って付いてくる佳穂の歩みに合わせ、床板が小さくきしむ。

 僅かに照らされているとはいえ。薄暗い家の中は、この先にある何かを暗示するかのように、気味悪く見えるもの。

 佳穂とエルフィもそんな音と暗がりに、気づけば緊張した面持ちを浮かべていた。


 御影の部屋の前で歩みを止めると、雅騎はドアに対し向き直る。

 自身の身体を僅かに伝う嫌な汗から知る、己の緊張感の高まり。それを和らげようと、またも目を閉じ、大きく深呼吸し。そして。

 目を開くと、ドアの取手に手をかけ、ゆっくりと、開けた。


 と、部屋の中が見えた瞬間。

 彼はより辛そうに大きく顔をしかめ、奥歯を噛んだ。


「速水君!?」


 只事ただごとでない気配を感じ、彼女達が慌てて、彼の背後から部屋の中を同じように覗き見る。しかしそこにあるのは、闇に包まれし部屋だけ。

 エルフィが仄暗い光球ドゥルファリテを先行させると、部屋が淡い光で浮かび上がる。


 そこには……何も起きていなかった。

 部屋が荒れたような形跡もなく。目に映るのは、可愛げのある女の子らしい部屋だけ。


『貴方には、何が見えているのですか?』


 二人と全く異なる反応を見せる雅騎に、エルフィが戸惑いの声をあげる。

 その声に釣られるように。雅騎はもう一度、ゆっくりと室内に目をやる。とても辛そうな表情を変えずに。


御影あいつは多分……ここで、泣き叫んでた」

「御影が?」


 それを聞き、佳穂の脳裏にあの夜の事が思い浮かぶ。

 目を赤く腫らし、憔悴しょうすいしきったような御影の姿が。


 強く感じた心の痛みを抑えこむかのように。佳穂は無意識に胸に片手をやり、コートをぎゅっと握りしめる。


 雅騎はゆっくりと、彼にしか視えない絶望的な怒りと哀しみどす黒い赤紫に満たされた空間に入っていった。

 色の重々しさに、顔がより強ばる。だがそれでも。必死に、湧き上がる心的外傷トラウマを抑え込む。


 続いて入った佳穂とエルフィが改めて部屋を見る。しかし、やはり雅騎のような異変を感じ取ることはできなかった。


  ──御影、悪い……。これで、最後だからな。


 彼は、そこにいない御影彼女に心で謝罪した。

 色だけでは掴めない、真実を知るために。


「やっぱり、二人は帰ったほうがいい」


 雅騎は振り返ると、彼女達にそう切り出した。

 より黒さを増した不安と心配薄紫色を見せる二人の表情は、既に緊張を隠せてはいない。

 そして。そんな彼女達を楽にしてやるすべが思い浮かばない。

 だからこそ、彼は決意していた。


「色だけで分かるのは推測だけ。より詳しく知るためには、もうひとつ術を掛ける必要がある。だけど、それは……」


 本当は口にしてはいけないかも知れない。

 そんな想いからか。悔しそうに、二人から視線を落とす。


「きっと二人に、より辛い想いをさせる。だから……」


 ごめん。


 今にもそう口にしそうな程に、表情が歪む。

 隠せない苦しみ。そこには、今までの戦いで見てきたの姿は微塵もない。


『雅騎……』


 彼に掛ける言葉を失い、エルフィは不安と心配薄紫色を、より強い黒に染め始める。


 だが。

 隣に立つ佳穂は、その色をゆっくりと変え始めていた。


「速水君」


 静かに自分を呼ぶ佳穂の声に、雅騎は静かに顔を上げる。

 真剣な目を向ける彼女。そこには既に、不安と心配薄紫色の色は感じられなかった。

 そこに入れ替わるように、新たに見せていた色。

 それは、鮮やかな深緑。


「速水君は強いと思う。だから何でも一人で抱えようとしてる」

「強くなんて、ないさ」

「ううん」


 今の自身の状況を知っている雅騎は、自分に自信など持てない。

 だからこその否定。それを佳穂は強く首を振り、違うと否定する。


「今だって私達には視えないものを見て、辛さを抱え込んでくれてる。そして、この先の事を心配して、私達に気を遣ってくれてる」


 彼女の言葉が、少し強くなる。

 続くように。より鮮やかとなった深緑想いにあるもの。それは、勇気と決意。


「速水君のそういう気持ちは嬉しい。でも、速水君が一人で苦しむのは嫌。確かにこれからの事で私達がより辛い気持ちになるかもしれない。でも一人で抱えるより、皆で抱えたほうが、きっと心も楽になるはずだよ。だから……」


 最後に口にすべき一言を、佳穂は一度飲み込む。

 それを言うことは、彼の気持ちを踏みにじる。そう思ってしまったのだから。

 しかし。その一言は、絶対に口にしなければならない。


 そう感じ取ったからこそ。

 彼女エルフィが、その言葉をつむぐ。


私達わたくしたちにも、貴方と同じ苦しみを共有してください』


 まるで佳穂の深緑に塗り替えられるように。

 エルフィの色もまた、より深く、鮮やかな深緑に染まる。それは暗色ではない、強い気持ちの表れ。

 そんな二人の気持ちが、雅騎にあった不安と心配薄紫色をも、少しずつ変えていく。


『頼りないかも知れません。貴方を不安にさせたかも知れません。ですが。それでも私達わたくしたちは、貴方に頼っていただきたいのです。貴方と共にありたい。そう伝えた想いは、嘘ではないのですから』


 貴方と共にありたい。


 雅騎が天使達との邂逅かいこうで九死に一生を得たあの日。

 夜の海岸で彼女より口にされたその言葉を、雅騎は噛みしめる。

 同時に。先程まで不安と心配薄紫色に包まれていた彼女達を勝手に心配し、身勝手に遠ざけようとした己を戒めた。


 雅騎はふぅっと息をくと、微笑ほほえみ返す。


「ありがとう」


 それは消え去りそうな、小さな言葉。

 同時にそれは、彼女達の気持ちを温かく、より強くする魔法の言葉。

 そんな言葉が、彼女達にも微笑ほほえみをもたらした。


 二人から貰った勇気を振り絞るように、雅騎はゆっくりと語り始める。


「これから見せるのは、ここに残っている感情の記憶を具現化したもの」

『具現化、ですか?』

「そう。ここで行われていたやりとりを映像として見聞きできるようにするんだ」

「じゃあ、私やエルフィもそれが視られるの?」

「ああ。だから今まで俺が視てきた色とは別に、二人もここであった事が分かると、思う」


 最後に僅かに、申し訳無さそうな雰囲気を見せる彼に、


「分かった」


 表情を引き締め直して、佳穂は大きく頷き、


『始めてください』


 エルフィは覚悟をあらわにしつつ、行動を促した。


 そんな二人に心で感謝し、頷いて見せた雅騎は、そのまま振り返り、部屋の中でその感情が色濃く残る部屋の中央まで歩み寄った。

 目を閉じ静かに右手を伸ばすと、そこに集る青白い淡い光。


 心での詠唱を終えると、雅騎は幻視アストルを解放する。

 瞬間、彼の手にあった淡い光が、弾けるように消え。


 ──その物語が幕を開けた。


* * * * *


「どういうことですか! 母上!!」


 悲痛な声を上げ、立ったま銀杏いちょうに詰め寄る御影。

 そんな彼女を、母は悲しげな瞳で見下ろす。


「貴女は、あの夢を見たのでしょう? 光里あやめる夢を」

「な!?」


 銀杏いちょうの言葉に、御影は大きく目を見開き、驚きを見せた。それはまるで「一度も話したことなどないのに」と言わんばかりに。


「貴女がその夢を見た。それは、神降之忍かみおろしのしのびにて代々続く、羅恨らこんにえを捧げる儀が近づいた証なのです」

羅恨らこん!?」


 心当たりがあるのか。より大きな声でその名を叫ぶ御影。

 そんな彼女に、銀杏いちょうは静かに頷いた。


「で、ですが! あれは伝承上の……」

「いいえ。あれこそ我々神名寺みなでらが、代々、双子の一人をにえとし、鎮魂してきた相手なのです」

「そんな!?」


 信じられない言葉だったのか。

 霧華は大きく目を見開き、驚愕をあらわにする。


「あれは妖魔ではないですか!! 何故ゆえに!?」

「……神降之忍かみおろしのしのびである我々が、生き続けるため」

「!?」


 御影は瞬間、言葉を失った。

 彼女達がくみしているであろう神降之忍かみおろしのしのび。それは妖魔と戦う者であるはずなのに。命を犠牲にし、羅恨らこんという存在を鎮魂する、という矛盾した言葉。それはつまり……。


「千年前。先祖は羅恨らこんを何とか封ずる事に成功しました。しかし、その時に我らは呪いを受けたのです。神名寺みなでらに双子が生まれし時に、の者は復活を遂げると。それを避けたくば、双子どちらかの魂を、その刀と共に捧げよ、と」


 そう。

 神降之忍かみおろしのしのびは屈していた。その存在に対し。

 初めて知らされた事実なのか。信じられないといった顔で、御影は呆然とする。


「双子は二百年毎に生まれてきました。そして、その度に我々は、にえとしてその一人を捧げ、封じ続ける道を選んだのです」

「我々とて神降之忍かみおろしのしのびの物と戦うべき存在ではないのですか!?」


 妖魔に屈しているという事実を認められなかったのだろうか。食い下がるように問い詰める御影に、


「先代がそれをしなかったと、お思いですか?」


 銀杏いちょうは、そう冷たく言い放った。


羅恨らこんを封じた二百年後。の物は再び蘇ったのです。勿論、神降之忍かみおろしのしのびの者達は勇敢に戦いました。しかし、ある者は羅恨らこんに殺され、ある者は羅恨らこん傀儡くぐつとなり同志に殺められた。その結果、当時の神名寺みなでらの双子の一人、夢であやめられし者が、自らの命を捧げることで封じ直した。そう、書にしたためられています」

「ですがそれは遥か昔の──」

「丁度二百年前。前回も、神名寺みなでら神降之忍かみおろしのしのびは、あらがう道を選択をしました。ですが結果は……言わずとも、分かりますね」


 御影が何か言おうとしても。答えが分かっているようにさえぎられる。

 彼女の言葉は銀杏いちょうに届くことも、銀杏いちょうを変えることもなかった。ただ……彼女の顔は娘同様、悲痛な表情に変わる。

 それはあらがえぬ現実を、受け止めているかのように。


羅恨らこんを蘇らせては、我々だけではなく、より多くの者達が犠牲となるでしょう。そうする訳にはいかないのです」

「ならば! ならばせめて、光里ではなく私を! 私をにえとして捧げることは出来ぬのですか!!」


 御影は強く叫んだ。気づけば溢れ出る涙を隠しもせず。銀杏いちょうの胸にすがりつくように掴まり。身体を震わせ。懇願するように。


 しかし。

 強い想いを見せていた御影の顔が何かで濡れ。はっと唖然とした表情に変わる。その視線の先にあったのは、静かに首を振った母の、涙。


「貴女が朧月ろうげつに選ばれ、あの夢を見た。そのさだめは、変えることはできないのです」

「そんな……嘘だ! 嘘だと言ってください!! 母上!! お願いです! 母上! 母上……母、う……え……」


 何度呼び掛けても、返る言葉はない。

 その事実が、否が応でも心に現実を突きつけたのだろうか。

 自らが神名寺家の。神降之忍かみおろしのしのびの。そして見もしない世の中の者の為、たった一人の妹である光里を殺さなければいけないという、哀しい現実を。


 御影にとって未来のない絶望が。あらがうことが許されない無力さが。母を叫ぶ声をも、散らした。


 やるせない。情けない。悔しい。そして、受け入れねばならない。


 様々な負の感情が、彼女を支配したのか。刹那。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 御影は、絶望にただ叫び、いた。

 銀杏いちょうにすがりついた手を離せず。涙の雨をませることもできず。その場に膝を突き崩れ。ただ只管ひたすらに、いた。


 そんな彼女に。

 母もまた、ゆっくりと膝を突き、娘を抱きしめ、涙した。


「ごめんなさい。貴女にこんなさだめを背負わせてしまって……ごめんなさい……」


 互いを強く抱きしめ。只々ただただ二人の嗚咽おえつが響き。

 その幻はゆっくりと、消えていった。


* * * * *


「うぅっ……」


 消えた幻を前に、佳穂は口を手で覆い、必死に涙を堪えていた。


 人を殺すことすらはばかられるもの。

 それなのに。家族である妹を殺さねばならない事実を受け入れなければならない御影。

 そして。それを告げなければいけない銀杏いちょうの苦悩。


「こんなのって……ないよ……」


 母娘ははこの苦しみと辛さを知り。佳穂の哀しき感情が、よりたかぶっていく。


 エルフィもまた、同じ心の痛みを強く感じていた。だがそれを顔には出さず、気丈さを見せる彼女は、慰めるように、佳穂の頭を優しく撫でる。

 それで感極まってしまったのか。彼女は思わずエルフィの胸に顔をうずめると、隠すことなく、大きな嗚咽おえつを漏らし、涙した。


 そして雅騎は……ただ、何も言わず俯き、たたずんでいた。

 拳を力強く握るも、怒りのやり場は何処にもなく。この幻を見ても、彼女達に辿り着くことは叶わない。

 その、蚊帳かやの外と言わんばかりの状況と無力感だけが、心を支配する。


  ──情けないな、俺は。


 うれいだけを浮かべる雅騎は、顔を上げると周囲を見渡す。

 未だ黒き赤紫の世界の中。彼は何かを見つけ、静かに歩み寄った。

 そこにあったのは、本棚の上にあった、ふたつの写真立て。


 雅騎は、迷わずにが写っている写真立てを手に取る。

 浴衣姿の御影と、同じような浴衣姿の、顔が瓜二つの少女の姿。今まで何度か彼女の部屋に入ったことはあったが、こんな写真が飾られていたことはない。


  ──勝手に御影アイツの事を知った気でいた。けど……。


 彼は妹の存在など知らなかった。幼馴染だった過去から、今この時まで一度も、その事実を口にされたこともなかった。

 そして、神降之忍かみおろしのしのびの力についても。

 そう。本当の御影を、何一つ知らなかった。


 そして雅騎もまた。己の力について御影に語ってこなかった。

 その力を知られれば、気味悪がられ、恐れられ、折角できた友達が離れてしまうかもしれない。そんな怯えが常に心にあった。


 だからこそ。ドラゴンとの戦いでの邂逅で、彼女達の記憶を消した。

 彼女達にとっても。自身にとっても。知らなければ、互いが知られたくない事を知らず。今までの関係でいられると思っていた。


 そう。

 結局彼もまた。変わることを恐れ。

 何も、できなかった。


  ──こっちだって、何も話してないじゃないか。何を自惚うぬぼれてんだか……。


 結局。お互い何処か、一線を引いていたのかも知れない。

 そして。だからこそ、佳穂やエルフィ、霧華ですら知り得た事を、自分は知らされなかったのだろう。


  ──やっぱり、ただの、だよな……。


 雅騎はそうした。御影の気持ちなど知らずに。


 彼は、泣くことはなかった。

 しかし、その心は。絶望的な怒りと哀しみどす黒い赤紫に染まったこの部屋と、ひとつになっていた。

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