第143話 最凶最悪のタッグ

 全員がわけもわからず見守る中、俺は球体に向けてエネルギーを注いでいく。


「もっとです! もっと、もっと!」


 野上シノが宿願の成就に神々しい雰囲気を霧散させ、テンションを上げている。


「ちょ、ちょ! サカハギリョウジィ、何をやってるんですぅ!!? それはここの世界の核ですよぉ!! そんなことしたら世界が風船みたいに弾けちゃうじゃないですかぁー!!」

「よいのですよ、キャピエル」

「ノガミシノ! ……いや、思い出しました……貴女様はシノカミ様!!」


 ぶっ。

 ノガミシノの作家名がシノカミ、死の神ってわけね。

 なるほどねぇ、これが作家の遊び心ってやつか。


「今まで正体を隠してきて申し訳ありませんでしたね。貴女はこれまで大変よく働いてくれました。お礼を言います」

「いえいえいえ! 主上様が行方不明になって途方に暮れていたキャピを拾ってくださった御恩に報いましただけのことぉ★ これからもどうかビシビシこき使ってくださいましぃー!!」


 あー、この御遣い……野上シノに創られた存在じゃないのか。

 これ、明らかにもう用済みだったけど俺が要望したからついでに生き返らせたってだけだよね。


「ねぇ、それって何してるわけ?」


 結界の中から外の俺に向かって話しかけてくる三崎。

 音は遮断してないが、こちらに来ることはできない。


「面白いこと」

「そうなんだ! じゃあ、見てようっと」


 あっけらかんと笑い、三崎はその場に胡坐をかいた。


「……ボス」


 マスカレードが呟く。

 しばらく自分が呼ばれたのだと気づかなかった。


「そっか……バレてたのか」


 マスカレードは俺にだけ指向性マイクかなにかで声を送ってきている。三崎にも聞かれていないはずだ。

 こちらも音声転移チートで同じことをする。


「いつ気づいた?」

「……符丁を聞いたとき。『あの超絶ダサい符丁は他の団員同士では絶対に使わない。もし使う人間がおまえの前に現れたら、そいつが俺たちのボスだ』って山猫サンタが言ってた……」

「あんにゃろう……」


 あー、こっちの主観時間だと2800年近く経ったっていうのに。

 俺は未だにあいつの掌の上で踊らされてるかー。


「それでボス、この世界は……」

「ああ、お前さんの言ってたのとは違ったけど……むしろもっとヤバかったよ。主催者は完全にクロだった」


 マスカレードの仕事は、このナロンコンの『違法性を調べること』だった。

 遊戯ゲームの中身が基本的に非公開だったり、ナロンコンの名前の成立経緯など後ろ暗いところが多数見られたため、箱庭世界のエネルギーをガフの部屋を通さず他世界に横流ししていると疑われていたらしい。

 クソ神の系列神から外注業者に卸された仕事を『T.F.』が引き受けて、その実行にマスカレードが送り込まれた。

 つまり、マスカレードは雇われの潜入調査員だったのである。


「……じゃあ、もう?」

「ああ、。マスちゃんにやってもらうつもりだったけど、そうもいかなくなったからな」

「じゃあ……お仕事、おしまい」


 マスカレードが仮面を外し、マスちゃんに戻った。


「……あのね。あたし、ずっとボスに会いたいと思ってたの……」

「俺と? なんで?」

「ボスは天魔大戦で他のギルドを全部平定した伝説の存在だって聞かされてたの……」


 天魔大戦……ああ、GSOの大規模キャンペーンか。

 まあ、ぶっちゃけあのゲーム箱庭世界は俺だけチートモードみたいなもんだったし。

 そりゃ他のプレイヤーを蹂躙殲滅しまくるのは楽しかったけどさ。


「それに、わたしみたいな子供をたくさん保護してたって……」


 うん、確かに。

 でも言い出しっぺは山猫サンタで俺は手伝いっていうか、軽く演説とかしただけだけだよ。


「T・ファインダーズはね……あたしみたいに親のいない子供が……たくさんいるんだ……」


 方針が変わっていないなら、そうだろうな。

 身寄りのない子供は保護して食べ物と服と生きるための力を与える。

 限りある命を最大限に活用する……それが『T.F.』の理念だったはずだ。

 

「T・ファインダーズがなかったら……ボスがいなかったら、あたしやみんなは死んでたし……こうして、みんなと暮らせなかったの……」

「そういうことだったのか」


 会ったこともないボスの話にいろいろ尾ひれがついちゃって、それを信じていたということか。

 あんまり話すと幻滅されちゃいそうで怖いなぁ。


「お話しは苦手だけど……それでもボスとはお話ししたいこと、いっぱいあるの……だからボス。がんばってね……」

「おうともさ」


 とは答えたものの、誓約を果たせばマスちゃんとは別れることになるだろう。

 仕事中のマスちゃんを嫁に誘うのも気が引けるし。

 マスちゃんを通して『T.F.』に存在を認知される以上、俺が指名召喚されるって可能性は大いにある。

 そのあたりに期待するとしようか。


 他の人達も互いに生存を喜びあっている。

 人狼サイドだった奴らが村人サイドに謝ったりしてたけど、こちらも吊ったからお互い様だし恨みっこなしだとか話してるみたい。

 ヲタクとマリちゃんに至っては、もはや付き合ってるんじゃないかってぐらい手を繋いで見つめ合ったりしてる。

 もし帰還したら全員バラバラになるけど……同じ地球出身だといいねぇ。


「ああ……ようやくあの忌まわしい魂喰らいが滅びるときが来たのですね! 死者に安息のある世界が再び蘇るのです!!!」


 俺が注ぎ込んだエネルギーはとっくに野上シノが管理する全宇宙容量に到達しつつある。

 だが、今回はエネルギーそのものを爆弾にして送りつけようというのだ……念には念を入れて完全にこの世界が破裂するぐらいまで注ぎ続けねば。


「うえぇ。でもこれ結構疲れるぞー」

「もうちょっとです、サカハギリョウジ! ファイトですよ! 破壊者としての意地を見せなさい!」


 ずいぶんと気楽に言ってくれやがる。

 俺が完全に協力してると思ってるわけではなかろうが、それでも積年の想いの詰まった乾坤一擲の作戦だったのだろう。

 応援には少なからぬ誠意を感じた。


 だけどな、野上シノ。

 やっぱり俺に言わせれば……お前も他の神と同じだよ。

 死者のためとか言ってるけど、結局は管理していた領域と利権を取り戻したいんだろ?


 しかも、どうせ生き返らせるから参加者を一旦死なせてもいいって思ってたよな?

 俺も同じことをしてたけど、それでも死者の冥福ぐらいは祈ってたぜ。

 アンタはそんな素振りを微塵も見せなかったよな……なまじ生と死なんかを司ってるから命の重みに対して鈍感になるんだよ。


 そういうわけで騙して悪いが――


「レディィィィィィス!! エェェェェェェェェエン!! ジェントルメェェェェェェェェン!!!!」


 突然、世界中に響き渡るようなアナウンスとともに周囲が一気に暗くなり、照明装置でも動き出したかのように舞台上で色とりどりのスポットライトが乱舞する。


「なっ……これは……なにが!?」


 最上位神の野上シノをして、事態を把握できていなかった。

 創世作家……全能の神にとって自身が管理する世界で起きる未知の出来事など、あるものではない。


 だが、奴の宇宙において、ありえないなんてことはないのだ。


 最たるが、この男。

 どこからか流れ始めたポップな音楽にリズムを合わせながら、どこからともなくムーンウォークで入場してきたシルクハットを被り燕尾服に袖を通した奇妙奇天烈な姿。

 ステッキをクルクルと振り回しつつ踊りながら、スポットライトを独り占めにするエンターテイメントの神を自認する存在。


 すなわち――


「さーてさてさて。ここにお集まりいただきましたのは、総勢12名の哀れな犠牲者たちと1柱の神! そしてそしてぇ……僕の最高傑作!! さか! はぎ! りょう――」

「誰がテメーの最高傑作だ!!」


 俺のガチツッコミを受けたクソ神が木っ端みじんに爆散した。

 もちろん、すぐさま別の代行分体を出現させてくる。


「ちょーっとちょっと! ついついノリと流れでキミを紹介しちゃったけど……なんでここにいるんだい!? いいかい、僕は通報を受けてきたんだよ。要するにお仕事中! キミと遊んでる暇なんてないんだからね!」

「全能視でゼロタイム把握できる神が言っていいセリフじゃねーぞ」

「やだよぉ、全能視って結構疲れちゃうんだから。それに僕は事が終わって手遅れになってから確認する主義なのさ!」


 うん、知ってた。


「サカハギリョウジィィィィィィ!!!! 何をしたぁぁぁぁぁ!!! なんでそいつがここにいるぅぅぅぅぅっっ!!!!」

「おやぁ、どしたんだい野上シノさん。そんなに慌てちまってよぉ?」

「おやぁ、シノちゃんじゃないか。奇遇だねぇ! というか、ここはキミの管理する箱庭世界なんだね! キミはとっても真面目にお仕事を頑張ってくれるからいつも助かるよ! それはそれとして、どうして通報なんてしたんだい? 見た感じ遊戯ゲームをやってたみたいだけど? あ、わかった! まーたサカハギくんがやらかしたんだね! いやあ、ごめんごめん! サカハギくんさあ、いつもそうなんだ! 箱庭世界に召喚されると遊戯ゲームを滅茶苦茶にしちゃうんだよね! たしかに僕が間接的原因なんだけど補償は一切してあげられないんだ! だからここはひとつ大人しく泣き寝入りしてね!」


 むぅ、クソ神の天然煽り性能の前では俺の挑発なんて霞んでしまうな。

 負けないように今後も罵詈雑言ばりぞうごん語彙力ごいりょくを上げねば。


「い、いえ……わたしは呼んでいません! ましてや通報なんて……!!!」

「おやぁ? でもここには他に神はいないよね? キミ以外にいったい誰が――」

「俺だ」


 挙手した。

 二柱ふたりの視線が俺に集まる。


「俺が通報した」

「「えええええええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!?」」


 野上シノはともかく、クソ神までそんなに驚くとこ?


「な、何故ですかサカハギリョウジ! あなた自ら至高神ナロンの代行分体を呼ぶだなんて……ありえない!!!」

「嘘だよね! サカハギくんが通報システムを利用してくれるなんて! 僕の顔なんて殺したくなるだけだから絶対見たくないってあれほど言ってたサカハギくんが!!!!」

「うん、普段なら絶対にしなかった。でも、昔の仲間の子のためだしなー」


 結界の中のマスちゃんを指し示しつつ、何でもないことのように答える。


「至高神の代行分体……ナウロン・ノイエに相違ない……?」

「キミは?」

「マスカレード……仕事、受けてた」


 マスカレードが結界越しに名刺を見せる。

 だが、そこに書かれていたのは『T.F.』の刻印ではない。カイゼル髭のようなマークだ。

 ……あれ、あの名刺もどっかで見たことあんぞ。どこだっけ。


「あー……彼の案件か。そういうことだったんだね。概ね事態は理解したよ」


 クソ神の顔から、口元だけに浮かんでいた笑みが消えた。

 真剣な顔つきで野上シノに向き直る。


「やあやあ、シノちゃん。ひょっとしたらとっくに勘づいていたかもしれないけど、実を言うとキミの箱庭世界のことはずっと前から内偵を進めていたんだ。何かやらかしてくれるんじゃないかと期待してたけど、どうやら……ただのエネルギー不正じゃないみたいだねぇ?」


 野上シノが後ずさる。

 如何な最上位神であろうとも……いや、だからこそ至高神には絶対に敵わない。

 たとえそれがゴブリンにも殺される宇宙最弱の神であろうとも。


「クッ……サカハギリョウジ! 参加者たちの魂を無事に返してほしかったらエネルギーを注ぎ続けなさい!」

「ん、まだやってるよ」

「はいぃ!? あなた、どっちの味方なんですか!?」

「どっちの味方でもねーよ」

「サカハギくん、それ何やってんの?」


 クソ神が興味深そうに割り込んでくる。


「ん、ガフの部屋に送り込む魂エネルギーを貯めてる」

「ふーん、そうかぁ……ってその量をかい!? これって……シノちゃんの担当容量全部に匹敵する量じゃないか! そんなのを一気に送り込んだら、いくらガフの部屋でも――」

「フフフ、そうよ。破壊される! あの忌まわしきシステムが終わりを迎える日が来たのよ!!」


 驚愕するクソ神を見て野上シノが勝ち誇り出した。

 さっきまで気圧されていたのに完全に勢いを取り戻している。

 っていうか、キャラ変わってんじゃん。


「さあ、ナウロン……わたしを消すかしら? かまわないわよ。ガフの部屋とわたしの存在とが引き換えなら、お釣りが来るわ! それともサカハギリョウジを消して、ガフの部屋を守るかしら? いいえ、できないわよね! あなたでもサカハギリョウジを消し去ることはできない! ちゃんと知っているんだから! そして魂喰源理ソウルイーターを材料にしている以上、ガフの再建には悠久にも等しい時間がいる! さあ、消しなさい……やってみせなさいよナウロン!!」


 それほどの覚悟があるのだと胸を張る野上シノ。

 死者たちの死後、ひいては死者の世界を治める神々の未来の礎になるのだと、野上シノの黄金の瞳は語っていた。


 対するクソ神の目はひどく酷薄で。

 野上シノの言葉の意味がそもそもわからないと言わんばかりの唖然とした顔のまま、ついにその口を開いた。


「なんで?」

「……へ?」


 野上シノが間抜けな声をあげた。


「なんで、キミを消す必要があるんだい?」


 クソ神のそれは、まるで子供に問いただすような口調だった。

 いや、事実そうなのだ。クソ神にとって自分以外のすべての神は世話のかかる子供であり、弄ぶための玩具でもある。


「なんでって……わたしはガフを――」

「うん。だから、自分のためにエネルギーをちょろまかしてたわけじゃないんでしょ。ガフにエネルギーを送ろうとしてる。何一つ問題はないよね。送るエネルギーの上限は決まってないんだし……結果的に送られたエネルギーでガフが壊れちゃってもさぁ、それはシステム側の不備だよね? それともキミは現在の管理領域がこの箱庭世界だけだっていうのに、不正幽世ふせいかくりよでも持っているのかい? これだけ容量の大きな世界を創ったんだから……そんな余裕はなかったはずだよねぇ?」

「そ、それはそうだけど……え?」


 うん。

 こうなる気はしていた。

 通報で駆けつけるのが頭の固い法の神とかならともかく、こいつだからね。

 さて、一応確認しとくか。

 

「それ、マジなんだな? 俺が身を切る思いでお前を呼んだのに、そいつってお咎めなしってことになっちゃうんだな?」

「うーん……だって別にガフの部屋がなくなったって、僕は困らないし。きっとどこの万神殿パンテオンも大変な騒ぎになるけど、責任取るのは僕じゃないからね!」


 ガフの部屋をぶっ壊せばクソ神が慌てるんじゃないかとちょっとだけ期待してたんだけど、やっぱり駄目だったか。

 そうだよな。全宇宙が大混乱に陥ること間違いなしなんだもの。

 全力で見逃して実質的に加担するに決まってるよな。


 どうやら野上シノは、クソ神の……そこんところをこれっぽっちもわかっていなかったみたいで茫然としていた。


「でも、それだと俺の気が済まないんだよなぁ」

「だったら、シノちゃんはキミの好きにすればいいんじゃないかな? 個々のトラブルに関して僕は関知しないよ」

「あー……じゃあ、こいつ俺の嫁にしてもいい? 顔が好み」

「ん、いいよー」

「えっ?」


 野上シノがクソ神の方を向いた。


「じゃ、そういうことで」

「えっ?」


 野上シノがこちらの方を向いた。


「マスちゃん殺した分は深夜プロレスでたっぷり返してもらうから。いやー、ちょうど手持ちに最上位神の嫁がいなくなってたから助かるよ。つーか、俺のユスペリアだったらあの世作っていいよ、ガフとかないし。全然アリアリだから、嫁に来なって。ハーレムルールは後で説明するから」

「ちょ、ちょっと待って。いやハーレムルールのことは知ってるけど、なんで誘われてるのか……全然流れについていけない。それに、わたしはまだ――」

「あ、でもでも僕がガフの部屋の破壊をみすみす見逃した……って話になったら、うるさいひとたちがいるなぁ! キミは違法行為はしていないけど、責任は間違いなく取らされる。僕も方々ほうぼうからお叱りを受ける。だから、いなくなってくれたら嬉しいな! そういうわけでサカハギくんのお嫁さんとして幸せな結婚生活を過ごしてね♪ あ、それとも口封じってことでやっぱ消えとく?」


 俺とクソ神に迫られ、涙目になっていく野上シノ。

 ククク、なかなかいい顔するじゃないか……。


「俺の嫁になるか」「僕に消されるか」

「待ってよ……」

「好きな方を選ばせてやるよ」「好きな方を選ばせてあげるよ」

「いやぁ……」

「どちらにせよ終わりだ」「キミに道はない」

「アンタたちいったい……なんなのよぉ!!」





「通りすがりの異世界トリッパーだ。覚えておけ!」「全宇宙を束ねる至高神さ。アディオス!」





 こうして野上シノはクソ神に拘束されたのち、俺の封印珠に入れられ。

 念願だったガフの部屋の破壊を最後まで見届けることは、ついに叶わなかったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る