第142話 ガフの部屋の正体
全員が死に絶えていた。
三崎も。マスカレードも。マリちゃんも。帝星も。
御遣いですら、弾けて消えた。
「もう充分です。この世界が何なのか。既にわかっているのでしょう? サカハギリョウジ」
金色の瞳を輝かせる野上シノの表情には憂いが帯びていた。
その声は囁きのようでありながら、箱庭世界すべてに響き渡る。
「であれば、もはや
神の
箱庭世界で繰り広げられるチートホルダー同士の殺し合い。
最終的にすべての魂を収集し、ガフの部屋に送り込むというクソ神推奨の催し物。
そのすべてが擬態。
観客神などというものは最初からおらず、あの御遣いも偽の記憶を与えられて踊っていただけ。
あれだけ御遣いを殺しまくったのに全能視が使えるはずの主催者サイドからクレームのひとつも出なかったことが、その証左。
「やっぱり、アンタはチート転生神か。しかもこの『死』の権能の強度は『創世作家』だな」
「ご明察のとおりです、サカハギリョウジ。野上シノ……真名です。作家名は別にありますが、そのまま呼んでくださって結構ですよ」
創世作家。
創世神たちを創造し、宇宙の始まりから終わりまでの歴史を『作品』として生み出す神々。
俺が勝手になぞらえている位格で分類すると最高位神に相当する。
「まさか、そんな大物が俺を召喚するとはな」
「誤解があるようですが、わたしはあなたを召喚するつもりはまだありませんでした。ですから、もしわたしが誓約者だとしたら偶然です」
まだ……ということは、いずれ召喚するつもりだったと。
そして、今回の誓約者の可能性もあるというわけか。
というか、誓約者のルールを知っているってことは……この女神……。
「おそらく正しく理解していただいていることと思いますが、そちらの皆さんには一時的に死んでいただいただけです。魂はきちんとこの世界に保管されていますので……癇癪を起して世界を破壊したりませんよう、お願い申し上げます」
つまり怒るな、と?
それはどだい無理な話だ。
三崎は別にいいが、マスちゃんを虫けらみたく殺したことだけは絶対に許せない。
礼儀正しく接して誠意を見せてきたつもりなんだろうが……そういう人間の機微ってやつをついつい忘れちまうのは如何にも神らしいミスだ。
代償は必ず払ってもらうが、今は――
「そうまでして俺とふたりっきりで話したかったってか」
「はい、そうです。もし聞き入れていただけないようであれば、この世界を自壊させます」
箱庭世界には自壊して保管した魂をガフに回収する機能がある。
擬態であっても、いや擬態だからこそ……その機能は付与されているということか。
「させると思ってんのか?」
「はい。あなたがこの世界を覆う結界を張る直前に自壊するようインプットしてありますので。魂を離散しないように隔離しようとしても駄目ですよ」
やはり、か。
こいつは俺のことをかなり知り尽くしている。
よく調べ、よく研究し、俺がどういう手を使って異世界を攻略して、どういう思想をでもって決断し、どういう弱点があるかを理解している。
これは……ここ最近の俺の戦いはすべてチェックされたと考えてよさそうだ。
すぐに正体を現さずに
プロのチートホルダーになぞらえて言うなら、プロのチート転生神。
しかも最高位神ともなれば、準備もなしに相対するのは危険すぎる相手だ。
とはいえ無理に第一の封印を解けば、やはりこの世界を破壊してしまうことになる。
エヴァを解放する時間もさすがにもらえないだろうな。時間停止も作家相手じゃやるだけ無駄だし。
箱庭世界が自壊すれば、魂はガフの部屋へと向かう。
一度、世界の外側に魂が逝ってしまったが最後、俺には絶対に回収することができない。
うーん……これは手持ちのカードだと今すぐアクションを起こすのは無謀かな。
「……何が望みだ?」
俺が何者かを知った上で召喚するつもりだったということは、はっきりとした願いがあるということだ。
そして、俺の予想は当たっていた。
むしろ当たりすぎていた。
「異世界の破壊者サカハギリョウジ……あなたに望む願いは、たったひとつ」
野上シノは再び閉じた瞳をカッと見開き、こう言った。
「ガフの部屋の破壊です」
「……は? はぁぁぁっ!? ちょ、ちょっと待て……アンタ、実は狂気も司ってたりすんのか!!?」
「いいえ、わたしは正気です」
ガフの部屋はすべての宇宙の魂を自動回収してエネルギ―に変換するシステムだ。
クソ神宇宙の根幹を成すといってもいい。
さすがの俺も実物は見たことないが、エヴァから知識だけは聞きかじっている。
その破壊ともなれば、クソ神に対するクーデターも同然だ。
「……アンタ、ひょっとして冥界派閥なのか」
「そのとおりです。よくご存じで」
冥界派閥とは、旧全宇宙に存在した死後の
実際に数多くの違反神が出ているように、冥界派閥は表にこそ出てこないものの……かなり多数を占めるという。
しかも創世作家ってことは、実質派閥のトップってことじゃないのか?
「かつて、魂はすべて各々の世界において個別に管理されていました。九層地獄、無限奈落、黄泉平坂、エリュシオン、ヘルヘイム、ヴァルハラ……さまざまな
ううーむ……。
「世界はそこに住む者たちのものであるべきです。死後は安息が約束されるべきです。すべての転移と転生を禁じることはできませんが、きちんと管理して、世界側で転移や転生を拒否できるようにはするべきです。今のナロンが支配する宇宙の在り方は間違っています」
どうしよう。
同意できる。
できてしまう。
現状の異世界に不満を持っている者として、クソ神を殺してやりたいと思っている者として……野上シノの意見には一理あると思えてしまう。
転移転生が隔離されれば、それらを受け入れない世界に俺が召喚されることはなくなるし、ガフの部屋がなくなれば今のような並行世界の乱立や創世ラッシュは発生しづらくなる。
もちろん、そこまで俺が思い至ることを理解した上で提案してきているのだろうが……。
「話はだいたいわかったけどよ。ガフの部屋をぶっ壊すったって、どうすりゃいいんだよ。俺は世界同士の壁を越えて力を振るうことができないんだぞ」
「いいえ、あなたにガフの破壊は可能です。というより、あなたにしかできないのです」
「……そうなの?」
知らなかった。
「ガフの部屋の正体は『
「……ああ、そうか。そういうことだったのか!!」
確かに、疑問に思うことはあった。
魔王が復活する手段としてよく見かける『ソウルイーター』が、どうして最優先とされるガフの部屋の魂回収機能に割り込んで、魂を収集することができるのか。
答えは実に単純。
ガフの部屋も『ソウルイーター』だから。
魂は近い方の『ソウルイーター』に回収されていただけだったわけだ。
「仮に多くの並行宇宙が同時に消滅して回収される魂のエネルギーが発生しても、ガフの部屋にはいくつもの安全装置があります。多方面からのエネルギーではうまくバイパス処理され、余分なものに関しては途中で廃棄され、治水されてしまうでしょう。しかし、たったひとつの箱庭世界から特大のエネルギーがガフの部屋へと流れたのなら、それはもはや津波。何をしようと無駄です。ガフの部屋は確実にパンクします」
「うわーうわーうわー!! なるほどねえ、まったくもってそのとおりだ!! 理論上はできないってことはないな!!」
つまり、野上シノは俺の所持するエネルギーをこの箱庭世界に入れてから自壊させようというのだ。
よくこんなこと考えついたな……いや、逆か。
冥界派閥の最高位神が俺の存在を知ったからこそ、こんな壮大な計画を立てられたのだろう。
「でも、そんな一気にエネルギーを箱庭世界にぶち込んだら必要量をため込む前にここが破裂しちまわないか?」
「フフ……わたしは作家ですよ? 割りてられた容量のすべてをここに振り分けてあります。問題ありません」
そりゃそうだよなあ。
既に問題はクリアされているからこそ、こうして俺に話を振ってきたんだもんなぁ。
こりゃ、俺を召喚する手筈も整っていたのかもしれない。
となると、誓約者の可能性が大だなぁ……。
あー、どうしよう。
野上シノのやったことは許せないけど、これはこれですっげー面白そう。
ガフの部屋……ぶっ壊したら、さぞかし痛快だろうなぁ。
ああ、でも待て待て落ち着け。
確かに新しく創世される世界は減るかもしれないが、幽世が復古すれば死者の復活を願う者たちによって召喚されやすくなってしまうはずだ。
うーん、このメリットとデメリットは俺の視点からじゃ天秤にかけられん。
ちょっと視点を変えてみよう。
これは誰にとって得で、誰にとって損になる?
ガフの部屋は神々にとってはメリットだらけだけど、世界で暮らす人間にとっては何もいいことないよな。
魂を加工されて材料にされるなんて冗談じゃないだろって話だし。
みんな死後があるって騙されて、何も知らずに霊体を解体されるのだ。あのスワンプ勇者のように。
最近の嫁達は何て言うだろうか?
ちょっと脳内シミュレートしてみよう。
「サカハギさんがいいなら、いいんじゃないかなー?」
「フン……神々が用意したものなど、別に壊してしまってもかまわんだろう」
「にーちゃ、ぎゅー!」
うん、何の参考にもならない。
あとはエヴァだな。
うーん……別に相談しなくても平気かな?
俺がやると決めたことなら、たとえ現世のすべて滅びることになろうとも反対しないはず。
もちろん、いい顔もされないだろうけど。
ふむ……まとめると、ガフの部屋は完全に神々の都合によって運営されており、現世の人間にとっては百害あって一利なしってことだよな。
いわゆるガフの部屋って新規雇用を増やす公共事業みたいなもんだから、チート転生神が何柱か世界を失って路頭に迷うかもしれないが、俺の知ったことではないし。
あ、でもマスちゃんのお仕事は失敗になっちまうな。
うーん、何か両立させる方法はないものか?
……よし。
いつもだったら絶対にやらないけど、これもマスちゃんのお仕事のためだ……。
「……よし、わかった。ガフの部屋を壊そう!」
「おお、受けてくれますか! では、こちらの世界核にエネルギーを注いでください」
野上シノが両手を掲げると、舞台上に巨大な青の球体が出現した。
なんというか見た目が地球儀に似てる。
「さて……ガフの部屋を壊すのは構わんが、条件がある。この
「もちろんです。しかし、あなたがエネルギーを注いで世界を破壊するまでは完全に信用することはできません。参加者たちの魂はすべて、このわたしが預かります」
ああ、そうか。
偽装のためでもあるけど、人質にするためでもあったわけか。
となると、こいつとの妥協点は――
「おいおい、この世界が自壊しちまったら俺は別の異世界に召喚されるんだぞ? そしたらアンタとはこれっきりだ。せめて今回俺を召喚した可能性のある連中だけは先に生き返らせて、結界の中に保護させてくれよ。そうすりゃ俺は召喚されずに済むし、アンタが約束を果たすかどうかを見届けられる。これが駄目だっていうなら、答えは何があろうとノーだ」
「……いいでしょう。妙な真似をしたら、わかっていますね?」
野上シノの瞳がひと際大きな輝きを放つと、舞台上に今回の参加者全員が生き返った状態で現れた。
早速、全員を俺の結界で囲い込む。
これでひとまず、今回の参加者たちの安全は確保できたってわけだ。
残りの参加者は顔も見たこともないわけだし……この後の作戦がうまくいかなかったら、ご冥福をお祈りいたします。
「あれ? 試合どうなっちゃった?」
「……やられ、た?」
「はっ、拙者は一体どうしたでござるか」
「ゴローさん! よかったあああ!!」
他の面々もおっかなびっくり、自分の体に異常がないかを確かめている。
「さ、逆萩! これはどうなってるんだ!?」
「よう、樋口。無事に全員復活ってわけだ。よかったな」
「そうか……君が最後の勝者になって、願いを叶えたのか」
「ま、そんなとこ」
誤解だけど、間違ってないっちゃ間違ってない。
「ちょっ★ これは一体何が起きてるんですかねぇー!?」
なんか変な奴も生き返ってるけど。
まあ確かに誓約者候補ではあるけどさ。
「さあ、約束を果たしてもらいましょうか。サカハギリョウジ」
野上シノが俺を急かしてくる。
「ああ、言われるまでもない」
舞台上の蒼い球体の前に立って、俺は手を掲げた。
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