第141話 帝星堕夜は殺せない

 俺は聖銀銃をしまい、代わりに拳大の水晶を取り出した。

 怪訝な顔をする帝星を尻目に、何かしら念じるフリをする。

 すると、水晶は妖しげな光を放ちながら明滅し……周囲の景色が雪原に変化した。

 しかも、猛吹雪のだ。


「この急激な環境変化……天候操作だけじゃない、何をした!?」

「言うなれば『環境召喚』だ。でも、それだけじゃないぜ」


 周囲には雪男のようなモンスターたちが現れている。

 そいつらは、俺をスルーして帝星に襲い掛かった。


「フン、こんな雑魚モンスターどもでボクを倒せるとでも思ったのか?」


 帝星が少し余裕を取り戻したのか、腕組みをして雪男たちを睨みつける。

 雪男たちは攻撃モーションに入った途端、バタバタと倒れた。

 雪の地面から顔を見せたスノウワームも跳び出てきた途端に死んでいる。


「やっぱりな……」


 帝星が認識していない者が不意打ちしてきたとしてもカウンターが発動し、殺害した対象の攻撃を無効化するようだ。

 つまりはオートカウンター。攻撃意思の察知から反撃までを即死チートが完全に代行している。

 だから手帖に名前が書かれたとき、帝星は即死チートが発動したことに気づかなかったのだ。


 相手が死んだところを見て初めて能力が発動したことを知るってわけだな。

 帝星は耐性貫通チートと不死殺しチートを全部持っているから、即死耐性と不死と復活をすべて無力化して即死を通せる。

 今まで死ななかった奴はいなかったんだろう。


「フン……どうした。銃を捨てたなら、かかってこいよ!」


 こちらに殴りかかってくる帝星。


 なかなか堂に入った型だ。何かしら格闘技をやっているな。

 どれどれ、少し組手に付き合ってやるか。





(僕は空手も柔道も黒帯なんだぞ! しかも奴は片手に水晶を持っているのに……どうして、かすりもしない!)


 数分が経過すると、帝星の動きが明らかに精彩を欠き始めた。

 ゼェゼェと吐く息も白く、手足がかじかんでいる。


「この吹雪はお前がその水晶で起こしてるはずだ……だからこの寒さでボクが死んだら、お前の負けだぞ!」

「そうだな。お前が死んで、俺は負ける。つまり……お前が死んだら、そっちのチームに一勝をやるって話だよ」

「ふざけるな、チームが勝ってもボクが死んだら何の意味もないんだ! この吹雪を止めろ!」


 俺の手中にあった水晶が割れる。

 やっぱりか……帝星が自発的に即死チートを撃てるようになる条件は、怒りだ。

 対象への強い悪意や殺意が奴の中の枷を外す。

 

「クソッ、なんで吹雪が止まらない!!」

「あれ、おかしいな。暴走したのかも」


 言うまでもなく水晶は矛先をそらすためのブラフである。

 この吹雪は、法則変更チートとワールドデバックチートの合わせ技でグリードシード・オンラインの『FPSステージ雪原6マップ』を箱庭世界にインストールしたから発生している。

 展開領域は舞台の上だけに留めたので、外側からはドーム状の範囲だけが吹雪いてるように見えてるはずだ。

 別に天候操作魔法でもよかったんだけど、こいつの即死チートがゲームデータのモンスターを殺せるかどうか、カウンターが本当にオートなのかを確かめたかった。


 即死チートは本来、自発的に使用する能力なのだが……能力覚醒時に帝星の人格に合わせ発動方式がオートカウンターに変化したものと思われる。

 だが、案の定オートカウンターだけではなかった。

 帝星は自分を害する者や自分のプライドを傷つける者に対して強い憤りを覚えたとき、即死チートを自発的に使用できる。

 しかも、それは帝星本人が思い込んでさえいれば濡れ衣でもいい。


「ふざけるな! この吹雪を止めろ!」

「どうした。俺に対する殺意が足りないか?」


 この様子だと吹雪の現象そのものを殺して無効化する……のは無理みたいだな。

 即死チートの本来のスペックから考えれば可能なはずだが「意思のない自然現象」に対して恨みを抱くのは難しいようだ。

 そして、意思なき現象にはオートカウンターのトリガーとなる悪意がない。

 だから帝星はわかりやすい八つ当たりの標的として水晶を殺した。

 こうもすべてが予想の範囲内だとさすがにつまらないな。


「やっぱりボクの能力のことを……!」

「お前の『自動勝利』……即死チートは敵が勝手に自滅してくれる能力だ。だから俺に攻撃してほしかったんだよな」


 全身を苛む寒さからガチガチと歯を鳴らしながら怒りの視線を向けてくる帝星に、俺はわざとらしく肩を竦めてみせた。


「楽でいいよな、それ。お前自身は能力発動のトリガーを引かないんだから罪悪感を一切抱かないで済む。自分に攻撃してくるような奴は死んだって仕方ない、正当防衛だ……そういう風に考えてしまえば気楽だもんな。それでも本気の殺意を抱いた相手……自分を傷つける敵への怒りさえあればカウンターじゃなくても即死チートを発動できる……そうだろ?」


 つまり帝星堕夜は自分さえよければ誰が死のうが構わないが、そんなことで気を紛らわせるのは御免だと考えている。

 邪魔者は自分の知らないところで勝手に死んでほしい、自分のストレスにならないでほしい……ってわけだ。

 とんでもない自己愛野郎だが、ここまでわかれば能力を封印するのに強奪チートを使うまでもない。


 というか、こんな歪なカタチに変異してしまった即死チートは欲しくない。

 在り方からして俺の主義に反する。


「よくも、ボクをこんな目に! お前が吹雪なんて起こすから、僕はこんな目に遭ってる……お前を殺す。殺してやるぞ!」


 帝星があまりの寒さに耐えかねて縮こまりながらも、凄まじい怒りを孕んだ目で俺を睨んでくる。

 俺の瞳を、まっすぐに。


「どうした? 俺を殺したいんだろう? やれよ」


 帝星の俺に対する殺意は既にマックスになっている。

 即死チートで俺を標的にできるようになっているはずだ。


 しかし、何も起こらない。

 即死チートを俺が無効化しているのではない。

 帝星が能力を何度も発動しようとして……自分で中断しているのだ。


「くそっ……なんで……!!」


 帝星が何度も俺を殺そうとする。

 何度も何度も何度も。

 だけど、殺せない。

 吹雪はどんどん強くなっていくのに。


「お前、ボクに何をした……!」

「さすがに気づいたか。実を言うとさっき目が合ったときにちょっとした術をかけたんだよ。『他人を大切な相手だと誤認してしまう』って術をな。でも安心しろ。俺を殺しても本当にそいつが死ぬわけじゃない。そいつを殺した実感を得るだけで、あくまで死ぬのは俺だ。幻覚も解ける。さあ、殺せよ」

「殺して……やるぞぉ。殺すころすころすころすころすぅー……」


 口から洩れる呪詛とは裏腹に帝星の殺意は衰えていく。

 何度も能力を発動しようとして引っ込めるまでもなく殺意が足りずに失敗する。

 その繰り返しだ。

 

 やがて、帝星は泣き崩れた。


「無理ィ……殺せない、ボクは殺せないいいいいい……」

「それはつまり、お前の負けということになるがいいのか?」

「ああ、そうだ……だから、吹雪を……頼むよ……」


 こうして帝星は『即死チートで大切な人を殺す』という体験に耐えられず、敗北を認めた。

 試合そのものはこれで決着だが……俺の戦いはまだ終わっていない。


「お前にいいことを教えてやろう、帝星」


 GSOの雪原マップを解除して、労うように帝星の肩を叩いた。


「お前にかけたのは『他人を最も大切な存在だと認識してしまう』って呪いなんだ。お前はよっぽど殺したくなかったんだな。何よりも、そいつのことが好きだったんだ。お前は愛する者を殺すって体験に耐えられなかった……いやはや人間として素晴らしいことじゃないか。幻覚がもたらした認識であろうと、そのとき抱く罪悪感だけは本物なんだ。泣けるよ泣ける、よかったなぁ」


 そして、帝星の耳元でこう囁いた。


「で? お前は俺が誰に見えた?」


 帝星がびくり、と肩を震わせる。 


「ま、お前の能力の詳細からして……どう見えてたかなんて想像がつくけどな」


 帝星が俺から目を背けるように、舞台の外側に視線を向けた。

 その瞬間、茫然と呟く。


「……これは、どういうことだ」


 舞台の周辺を順番に見回す帝星。

 三崎洸。マスカレード。マリちゃん。野上シノ。御遣い。


「どうして……他の連中も『ボク』であるかのように思えるんだ!?」

「ん? さっき言っただろ? お前には『他人が大切な人に見える』呪いをかけたって。だからそうなってる」


 叫び散らす帝星にどうでもよさげな返事をする。


「よかったな。お前はこれからも常に勝ち続ける。お前が勝っても、相手が勝っても、勝つのはお前なんだからな」

「待って! 解いてくれ!」

「断る。逆恨みで殺されちゃたまらないからなぁ?」

「うう、くそっ……いや、そうだ! 呪いだとわかれば呪いを殺せる! ……そん、な。呪いの核すらも……ボクに見え……!!」

「最強の能力を気取るんなら自分ぐらい殺せるようになっておけって話だ。大好きな自分だけがいる世界で、どうかお幸せに」


 テキトーに手を振ってから舞台を降りると、三崎とマスちゃんが俺を出迎えた。


「おつかれ、リョウジ!」

「お、再生終わったのか」

「うん、もう平気だよ」


 三崎が復活ぶりをアピールするようにポーズをとる。

 あちこち千切れていた服も元通りになっているのは、三崎の持つ再生チートの効果だろう。


「それにしてもチャンピオンの帝星を倒すなんて、やっぱりリョウジは強いね!」

「どんだけ完成された最強の力を持ってたって、中身が伽藍洞がらんどうじゃてんで話にならねぇよ」

「何はともあれ、これであとは……あの女の子だけだね!」


 三崎が相手チーム最後のひとり……喪服のような真っ黒なセーラー服を着た少女、野上シノを指差している。


「必ず仕事……やりとげる……」


 マスカレードが仕事モードのまま、仮面越しに野上シノを見据えた。


「ゴローさん……ぜったい勝って、生き返らせてあげるから」


 マリちゃんも立ち直ったのか、野上シノの方をキッと見た。


「ボクは……ボクは……いったい、どうしたら」


 舞台の上から一向に降りようとしない帝星が、救いを求めるように野上シノの方を振り返った。


「そんな……まさか、チャンピオンがあんな簡単にやられちまうなんてぇ……★ いや、でも、まだノガミシノが残って……あれ? でも――」


 御遣いが野上シノの姿を瞳に映しながら弱々しく、自信なさげに呟いた。









「ノガミシノって、だれ?」









 野上シノが閉じていた目を開いた瞬間。


 俺と野上シノ以外の全員が死んだ。

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