宿屋のある世界

第92話 はるか遠き日の世界

「……というわけだ。お前ら、よろしく頼むぞ!」

「はーい!」

「フン!」

「あい、にーちゃ!」


 とある異世界、魔王城門前。

 封印珠から解放された俺の嫁たちが元気良く返事をした。

 遠足のようなノリに見えるかもだが、俺たちは現在モンスターどもに完全包囲されている。

 もっとも、今更この程度で怖気づくような嫁はひとりもいないわけだが。


「じゃあ、ひさしぶりに暴れるよー!」


 トレードマークの三つ編みからパチパチと火花を散らせながら、専用スタンバトンを二刀流で構えるジャージ姿のイツナ。


「かかってくるがいい、畜生ども。一匹残らず消してやる!」


 お得意のブラックマターを周辺に展開し、両手の鉤爪にも漆黒を纏う露出度抜群ボンテージ姿のシアンヌ。


「にーちゃのお手伝いするのー。みんな、がんばってー!」


 すっかり全盛期の元気さを取り戻し、満面の笑顔でミニ界魚の群れを従える白ワンピース幼女ステラちゃん。


「ひゃっはぁ! やっぱり、異世界の冒険っていうのはこうじゃなくっちゃなぁ!!」


 その中心で高らかに異世界への愛を叫ぶのはこの俺、逆萩亮二。

 いざ大好物のフェアチキを右手に。左手には調整豆乳。

 そして期待に胸膨らませる心には、取り戻した童心を。


「いいか、お前ら! こいつらは経験値にされるためだけに生まれてきたモンスターどもだ! この殺戮にはクソ神どもへの赦しも、もちろん俺の許可なんてモンも請うこたぁない! 盛大に祝い、思うさま転がし、好きなように奪え!!」

「あはー……サカハギさん完全復活だね」


 若干イツナの笑顔が引きつっているものの、その闘志に衰えはない。


「さあ、いくぜ!」


 俺の開始宣言と同時に、モンスターどもが咆哮をあげながら一斉に襲いかかってくるのだった。




 景気よく魔王軍を全滅させて、次の異世界。

 たまたま通りがかった草原の星空がきれいだったので、焚き火を囲んで嫁達と話し込んでいた。


「あちゃー。それでエヴァさんはお休みしてるんだ」


 クズラッシュとエヴァの異世界TASの話を終えると、イツナがばつが悪そうに眉根を寄せた。

 

「らしくないな。どんな誓約でも最短で終わらせるのが、貴様のやり方ではなかったのか」


 シアンヌが語る俺らしさ。

 どんな異世界も手早く、速攻で片付ける通りすがりの異世界トリッパー。


「そうだな。俺も自分はそうなんだと思ってたよ。でも、どうやら少し違ったみたいだ」


 それも俺だけど、別にそれだけというわけではなかった。

 いつまでも終わらない焦りから、そうだと思い込もうと自己暗示をかけていたのかもしれない。


「たぶん、あのままエヴァに任せてれば俺はなんの苦労もなくクソ神のところに辿り着けただろう。そんでもってアイツをぶっ殺して。全部終わってただろうな」

「それならにーちゃ、なんでー?」


 首をちょこんとかしげながら純粋な疑問をぶつけてきたステラちゃんに、俺は後頭部を掻きながら唸る。


「うーん。どうにも上手い言葉が見つからないんだが……そうだな。クズラッシュで手抜き仕事をしてたときも頭をよぎってたんだけど、最速攻略っていうのは俺が求めてたことじゃないんじゃないかって。実際、この異世界行脚って嫌になることもいっぱいあるけどさ。召喚者が突きつけてくる理不尽な無理難題を自分で決めたやり方、今ある手札で攻略したり。絶対強者を気取る魔王やらチート能力者を踏みつけて俺TUEEしたりするのって、気持ちいいし。あとはお前らと過ごす時間が結構楽しいのもあるかなあ。俺はひょっとしたら、そういうのがしたいんじゃねぇのかなって。それなりの過程を経て、結果として早めにクソ神を殴ってやるって目標立てて頑張ってたってだけなんじゃないかなってさ。それに少しばかしリアルに想像しちまったんだよなぁ。あのまま全部の異世界をスルーしてクソ神の本体に相対したとき、虚しそうな顔してる俺をさ。そんなのもったいねえじゃん。どうせならヤツの宇宙を全部俺のやり方で食い荒らして、クソみてぇに用意された運命をねじ伏せて。そんでもってボロボロになりながらも『とうとう来てやったぞ、覚悟しろ』ってツラしてぇって思うのが人情だろ? だからかなぁ。ちょっともったいないかもしれんけど、エヴァに頼った近道はやめといたほうがいいって思ったんだ。それとあんまり認めたくなかったけど……」


 一呼吸置いてから、本当に認めてしまっていいのか少しだけ悩んでから。


「俺は案外、異世界ってやつは好きなのかもしれない」


 まるでこれから死にそうなキャラのセリフがさらっと出てしまった。

 すると、嫁たちはそれぞれの笑顔を浮かべる。


「わあ。サカハギさん、ようやく素直になったんだね」

「確かに別に言うほど驚きもないな……」

「にーちゃは最初からそうだったのー」


 さらに大変不本意なことを口々に言われてしまった。

 ちょっとくすぐったい。


「言っておくが、帰る方法すら用意せずに許可も取らず地球人を喚びつけるような自分本位な召喚者どもは今でも嫌いだぞ。そういうクズどもには今までどおりに思い知らせるからな! それと元の俺のやり方に戻すってだけで、どっかの異世界で無意味なスローライフを送る気もない! そこを勘違いするんじゃないぞ!」

「はいはい、わかってるよー」

「なるほど。これが花嫁修行で習ったツンデレとかいうやつか」

「にーちゃ、ぎゅーして。ぎゅー!」


 こうして、異世界の夜は更けていく。

 きっとこれからも、俺達は旅していくのだろう。

 ときには何かを救い、時にはすべてを破壊しながら果てしない道を歩いていく。

 そこには俺ひとりじゃなくて、嫁たちがいてくれる。


 そういうふうに考えることができたからだろうか。

 次のあの世界にしたことで……今回の決断が正しかったと知るのだった。




「ぬおっ!?」


 召喚された途端、バタバタバタっと雑多な物が降り掛かってきた。

 すぐさま力場障壁を展開して防ぐ。


「物置かな?」


 ジャージについたホコリをはらいつつ、イツナが周囲をきょろきょろと見回す。


「そうみたいだなぁ」


 別に攻撃というわけじゃなくて、召喚の波動でその辺のものが落ちてきただけのようだ。


「狭いぞ! どけ、サカハギ! きつい!」


 シアンヌが俺の体に巨乳をぎゅうっと押し付けながら悪態を吐く。


「だから全員、一度封印珠にもどれって言っただろうに……」

「やだー! にーちゃとぎゅーするのー!」


 シアンヌとステラちゃんが好き勝手に文句を言う。

 現在、俺にはイツナ、シアンヌがしがみついていて、ステラちゃんに至っては俺に抱っこされている。

 物置は人が入れるようなスペースがほとんどないので、無理もないが。


「フン、こんなもの!」


 ブゥンという空間がブレるような音がしたかと思うと、周囲にあった雑多なものごと物置が消滅していた。

 シアンヌのブラックマターだ。彼女の生み出す黒い球体は物質と魔力を根こそぎ吸い取ってしまう。


「ふーっ。ようやく出られたね! いいお日様!」


 イツナが俺から離れてぐーっと伸びをする。

 物置を破壊したことで、俺達は雲ひとつない青空の下へと解放された。

 シアンヌの柔らかい感触が離れるのを少しばかり惜しく感じながら、一歩を踏み出す。


 そこで俺の目に飛び込んで来たものは、真っ白なシーツだった。

 一枚や二枚ではない。何枚ものシーツが物干し竿に干され、風に揺れている。


「んん……?」


 なんだ?

 これは、既視感デジャヴ

 俺は同じような光景を、確かにどこかで……。


「にーちゃ、あそこー」


 俺の首にしがみついたままのステラちゃんが指差した方向には、黒髪の男の子が目を丸くしたまま突っ立っていた。

 年の頃は4~5歳といったところか。服装は麻か何かでできた異世界人の子供服。両手に大きなボールを抱えていて、ひとり遊びの途中だったことが見て取れる。


「どうやら召喚者はあの子供のようだな」


 シアンヌが子供を睨みつけると。


「ままー!」


 不審者を親に報告しに行くかのような叫び声を上げて、子供が背を向けて走り去っていく。


「あっ、待って!」

「やれやれ……」


 イツナがすぐに追いかけていき、シアンヌがやる気なさそうに早歩きで続く。

 そんな光景を、俺は遠い景色であるかのように眺めていた。


「にーちゃ」


 ステラちゃんだけは俺の首にしがみついたまま離れない。

 そして、何かを察したかのように俺の瞳を覗き込む。


「へーき?」

「……ああ、平気だよ。ステラちゃん、自分で歩ける?」

「あい! でも手は繋ぐのー」


 降ろしたステラちゃんと手を繋ぎ、物干し竿とシーツの間を抜けながら、ゆっくりと歩いていく。


「ああ、そうか。この世界は――」


 木漏れ日を抜けると、見覚えのある家が見えてきた。

 こちらは裏側だ。風呂を沸かすための釜戸の側には大量の薪が蓄えられている。


「あ、サカハギさん!」

「子供は確保したぞ」

「うわあぁぁん!!」


 勝手口にあと一歩というところで、イツナに捕まったらしい。

 子供は泣きわめいていた。手を掴まれてるだけとはいえ、見知らぬ大人たちに囲まれれば当然だろう。


「この子、足が速くてびっくりしたよー」


 確かに普通の子供だったら数秒でイツナに捕まったはずだ。

 だけど、そうはならなかった、か……。


「イツナ、放してやれ」

「いいの? はい」

「まま! ままー!」


 解放された子供はすぐに裏口にてててっと走って、ドンドンと扉を叩いた。


「はいはい。どうしたの、シンジ」

「物置からヘンなひとたち出てきたの!!」


 がちゃりと扉が開かれ、そこからひとりの女性が出てきた。

 年の頃は二十代前半。やや茶色がかった長い髪を後頭部のあたりでポニーテールにしており……麻の普段着の上からたすき掛けにエプロンというその姿を見て、俺の背筋に電撃のようなものが走った。


「えっ……リョウ?」


 それはおそらく彼女も同様で。

 俺をひと目見た瞬間に、その手に持っていた野菜の入った籠を落としていた。


「ティナ」


 3000年以上も口に出すことのなかった、その名を呼ぶ。

 俺の記憶の中の彼女よりも少しだけ大人びていたが、間違いない。

 ああ、今の俺はどんな顔をしているのだろう。

 わからない。わからないが、口にすべき言葉だけは考えるまでもなく躍り出た。


「ただいま」

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