第91話 ドレッド・クエスター・ナイツ

 アンス=バアル軍第六軍司令官イァン・リーは海洋異世界での謹慎――本人にとっては休暇――から呼び戻されて、大変憂鬱だった。

 異世界攻略を任される第六軍に与えられた新しい任務が、よりにもよって植民異世界の防衛任務だったからである。

 これでは六軍の持ち前である機動力をまったく生かせない。


「左遷かねぇ、これは……」


 サカハギに遭遇にしての転進、これは議会でも問題にならなかった。

 しかし、空挺部隊の失踪。これがサカハギと関係しているという証拠がないままMIA認定して引き上げてしまったため、イァンは責任を追及される形となったのだ。

 まあ、それだけなら形だけの処分でほとぼりが冷ますことができたかもしれない。


 しかし失踪艦にドレッド・クエスター・ナイツ……通称DQNドキュンが同乗していたのが非常にまずかった。

 DQNとはアンス=バアル合界国ステイツが召喚した日本人の若者を中心に構成されたチートホルダー部隊のことであり、同国家において非常に優遇されている。

 彼らは他のトリッパーと共に独立組織スクールに所属しており、合界国政府からの要請で能力を行使する代わりに特権を与えられているのだ。

 特にスクール生徒会長には異世界総督と同等の権限が与えられており、他の国民が許されていない植民世界間の次元航行を許可されているほどである。


 そして、イァンはその生徒会長に睨まれてしまったのだ。


「それにしたって無茶ぶりというレベルを超えてるね」


 植民惑星への現地入り後、与えられた自室でファイルに目を通しながら……イァンは投げやりになる気分を抑えられなかった。

 第六軍の装備は対Fクラス用……俗にいう剣と魔法のファンタジー世界の攻略及び交渉に特化している。

 イァン自身が積み立ててきた経験も、本国が未開蛮族と揶揄する王国やドラゴン、魔王を相手にして得てきたものだ。


 それが今回は、対Sクラス……いわゆる星の使徒を相手にしなければならない。

 しかも現地総督府の防衛軍とともに、だ。

 だが装備も戦術も指揮系統も違う彼らと連携など取れるわけもない。

 案の定着任早々、総督からは遊撃を命じられた。


「まあ、好きにやってくれって言われる分には助かるけど」


 リクライニングシートであくびをしながら伸びをして、コーヒーカップに手を伸ばした……そのとき。

 

「あれ?」


 カップの取っ手を掴もうした手がスカッと空振りした。

 見れば、先ほど机に置いてあったはずのコーヒーカップが消えている。


「アハハ! 随分と優雅じゃない、リー提督!」


 イァンがそのことを不思議に思うより早く、癇に障る笑い声が室内に響いた。


「君は……」


 イァンが目を細め、笑い声の主を見やる。

 部屋の反対側の壁に寄りかかっていたのはスクールのブレザーに袖を通したショートボブカットの少女だった。

 何故かイァンのコーヒーカップを持っており、嘲るような視線を送ってきている。

 スクールの制服で軍施設にいることから、この植民世界に派遣されたDQNだろうとイァンは察した。


「鍵はかかってたはずだけど。いったいどこから入ったんだい?」

「ハッ、それを俺たちに聞くか?」

 

 そう答えたのは少女ではなく、いつの間にかイァンの背後に立つ金髪の青年。


「そう、僕達には何の意味もない質問だよ」


 続いて、男の背後から銀髪の少年が現れた。


(確かに、何の意味もないだろうけど)


 いずれも制服。DQNの能力者に違いない。

 であれば、この部屋のセキュリティなど掻い潜れて当然だ。


(だけど、何をしに来たんだ?)


 DQNからしてみれば、イァンは仲間を見捨てた男だ。

 目的は復讐だろうか?

 いくら彼らでも軍司令官を手にかけたら、ただでは済まないのはわかっているはず。

 とはいえ、DQNは強大な能力故に無軌道になっている若者たちの集まりだ。有り得ない話ではない。


「それよりアンタ、もう帰っていいぜ」

「……どういうことだい?」


 青年のセリフに眉をひそめるイァン。


(ただの嫌がらせなのか?)


 これまでにも功績に対する妬みなどを受けてきたイァンは一瞬、そのように思案する。

 しかし、事態は予想のはるか斜め上に進行していた。


「ここだけの話だけど、この世界にサカハギが来るぞ」

「なんだって!?」


 勢いよく立ち上がった拍子に、ガタンと激しい音を立ててイァンは椅子を倒してしまった。

 その目は驚愕に見開き、全身からどっと汗が吹き出している。

 もしイァンの副官が同行していたなら、メガミクランの魔女に追い詰められたときでも、ここまで動揺を見せたことはなかったと証言しただろう。

 慌てふためくイァンを見てDQNたちはゲラゲラと、下品に笑うのだった。そう、彼らはこれが見たくてわざわざ来たのである。


「アハッ、あたしの能力はねー、未来予知。1時間以内の未来が断片的に見えるんだー」

「オメガ級災厄が来るんなら、軍は大手を振って撤退できるんだろ?」

「でも僕たちには関係ない」

「よせ! 彼は本当に危険なんだ!」


 これまでアンス=バアル軍がサカハギと遭遇して勝利したという記録はなく、それらの生き残りによって伝えられた話も眉唾な話が多い。

 次元潜航艇を粉々に砕いたとか、星を斬ったとか、邪神を召喚したとか、世界が消えたとか。

 どういう法則で出没するのかは不明だが、少なくとも世界と世界を超える転移能力がないということが判明している。

 逆に言うと手出しさえしなければいいのだ。


「うるせぇんだよ、タコが」


 だが、イァンの言葉に耳を貸すよう青少年はDQNにはいない。


「貴方は僕達の仲間を見殺しにした。本当ならこの場で殺してやりたいぐらいなんだ」

「次のビジョンが視えるのは40分後ぐらいかな?」

「アハハッ、サカハギの吠え面、先に視させてもらっちゃうからね! せいぜい早いところ尻尾巻いて逃げるといいよー!」


 そのように言いたい放題に捨てセリフを吐くと、全員がこつ然と消えた。


(……ああ、そうさせてもらう!)


 DQNに言われるまでもなく、イァンは早急に撤退……いや、緊急避難を決断していた。

 これまでサカハギと少なからぬ回数遭遇してきたイァンにとって、アレが立ち向かえるような相手ではないことを頭より先に体で理解しているからだ。

 早急に軍司令官の転移特権を行使し、この植民世界から避難しなくてはならない。


「防衛軍と総督に連絡だけは入れておこう。1時間以内か。到底間に合わないだろうが……!」


 イァンは1分1秒でも早くここを離れたかったが、軍司令官としての少なからぬ義務感が、いくばくかの命を救うことになった。




 尚。

 DQNの青少年たちがサカハギと遭遇することなくエヴァによって存在消去されたのは、イァンの避難が完了してから……わずか6分後の出来事である。




*******************************



・DQN出席簿


いずれも前話エヴァの「アンス=バアル全軍消去」により消滅。



名前: 在津ざいつ 来人らいと

種別: 次元転移系能力者

外見: スクールのブレザーを着た金髪の青年。喧嘩自慢。

もしサカハギと会っていたら?: 次元楔チートで完封され、ノーチート・ノーマジックの白兵戦でボコボコにされ、心をへし折られる。


名前: 時間ときま 神事しんじ

種別: 時間停止系能力者

外見: スクールのブレザーを着た銀髪の少年。3人組のリーダー格。

もしサカハギと会っていたら?: 「お前と同じようなのに最近会った」と二番煎じ扱いされる。そして、彼と同様の無残な最後を迎える。


名前: 向井むかい 歪未ひずみ

種別: 未来視系能力者

外見: スクールのブレザーを着たショートボブカットの少女。アハハと甲高く笑う。

もしサカハギと会っていたら?: あらゆる分岐未来に絶望して発狂するため、どう足掻いても遭遇できない。



※DQNの名称について

正式名称ドレッド・クエスター・ナイツ。

とある英語教師がお遊びでつけた名前。

彼は、ほとんどの生徒がNightsを騎士のKinghtsだと思いこんでいるのを嘲笑っている。

その英語教師の正体は……おっと誰か来たようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る