エヴァといる異世界②

第90話 逆萩亮二の平凡な日常

「よくぞ召喚に応えてくれた、異世界の勇者よ!」


 やあ。

 ようこそ、異世界へ。

 玉座にふんぞり返った王の第一声はサービスだから、まずはよく聞いて落ち着いてくれ。


「この世界は今、魔王グラリュースによって危機に瀕しておる……」


 うん、またなんだ。すまない。

 だけど、俺の召喚条件を一番満たしやすいのはどうしてもこのパターンだから、どうか許してほしい。


 悠斗とリリィとの決戦の後、俺は元通りのルーチンワークに帰還した。

 一種のハメに近い同一宇宙クズラッシュを越え、さまざまな宇宙……異世界を旅する身分に晴れて戻ることができたってわけだ。

 まあ、囚人の立場であることに変わりはない。


 いや、しかし……なんだかなぁ。


 ん、また問題が起きたのかって?

 いいや、問題なんて何もない。むしろ順調過ぎて怖いぐらいだ。

 具体的にはここんとこ5ヶ月くらいは文字通り話のネタにも困るぐらいだったよ。

 

「――と、いうわけで。我々の力では、グラリュースに太刀打ちできんのだ。故に古代より伝わる勇者召喚で……」

「もう結構。お話は充分です」


 王の言葉を遮ったのは、俺ではない。隣の少女だ。

 白い肌に紫を基調としたローブ。手首や胸元をきつく縛り上げる黒い帯紐。右手に銀河の錫杖、左手にローブと同じ紫色の装丁に黒い紐を無数に巻き付けた本。そして絶世の美少女という、目立たない要素が皆無なのに、その辺の石ころのように誰にも気にされていなかった俺の嫁、エヴァンジェリンである。

 

 そして、王がそれに何かリアクションをする前に。

 世界が静止した。

 王も兵士も誰もが同じポーズのまま、完全に固まってしまっている。


「魔王グラリュース……ふむ、真名ではないようですが、そのように認識されている存在を対象として規定。まあ、即死でよろしいでしょう」


 エヴァがぶつぶつと呟くと、俺の足元に召喚陣が出現した。

 次の瞬間には予備動作もなく俺の腕にきゅっとしがみついている。

 その間、俺はノーリアクションであった。


「今回も特に問題はなかったですね。おや……ああ、時間を進めないと召喚も進まないんでしたね。わたくしってばうっかりしてました」


 かわいらしく舌を出したりしてアピールしてくるが、直前に行っていた行動を鑑みれば苦笑を返すしかない。


「うぬぅ!? いったい何事か!」


 時間が動き出したことで、エヴァと召喚陣という異常に気づいた王と兵士たちが慌て始める。


「あー……そういや、自己紹介が遅れたな。俺は逆萩亮二。通りすがりの異世界トリッパーだ。と、いうわけで……お邪魔しました」


 言い切るかどうかのところで、俺は……いや、俺たちは次の異世界へと召喚される。

 眼の前にはさっき喚ばれたのとそっくりな召喚部屋に、俺を取り囲む魔術師たち。

 そして、彼らをかき分けて現れたきれいなお姫様が。


「お待ちしておりました勇者様! どうか、世界をお救いください!」

「え? あ、うん。お救いしますよ、たぶん。俺の嫁が」


 俺の乾いた笑みを見て、傍らに侍る美少女がくすくすと笑った。




「なぁ、エヴァ……」

「おやマスター、どうかしましたか?」


 さらにそこから無数の魔王が顔も見ないままエヴァの手によって死んだり、存在を消去されたり、突然改心して世界を救ったりしてから……俺は「ようこそ勇者」をし始めた召喚者達の時間を停めて、エヴァにその話を切り出した。


「いや、手伝ってくれるのは本当に嬉しいし、おかげで遅れがかなり取り戻せるのはありがたいんだけど……」


 事実、これはありがたい話なのだ。

 なにしろこれまで「これはマスターがやるのがルールですから」の一言で断られてきたエヴァの直接介入が、なんと本人からの申し出によって実現しているのだから。

 今までそこそこ手伝いをしてくれても、エヴァの完全主導によるお任せモードはやった試しがなかったので、俺は二つ返事で了承したのだが……。


「なんというか、その。味気ないっていうかさ。こう、直接魔王の城に乗り込んで倒さないとやった実感がないっていうか……」


 自分で言ってて贅沢な要望だってことはわかってる。

 前回のクズラッシュと違い、日替わりどころか秒殺ペースでクソ神に近づけているはず。

 だけど、この流れに慣れ切ってしまったら絶対にマズイと俺の第六感が告げている。どこかで間違いなくツケを払う場面に出くわすだろう。

 せっかくエヴァが自分からやると言い出したことにケチを付けるのはリスクがでかいので、かなり迷ってんだが……。


「いや、すごく助かってるんだけど! なんというか、俺にも出番がほしいなぁ……とか」


 エヴァがどう出るか……ちらちらと様子を伺う。

 きょとんとして、首を傾げている。

 怒ってはなさそうだけど……。


「ムシがいいのはわかってる! でも、その、できればいつもどおりに俺のやり方を補助する方向に戻してくれないか?」


 誠心誠意、頭を下げる。

 これでもエヴァが許してくれるかどうか……。

 しばらく口を利いてくれないぐらいならマシな方。

 最悪、癇癪を起こしたエヴァが無関係なこの異世界を滅ぼすかもしれない。

 おそるおそる顔を上げると……。


「ぐすっ……」


 えっ、涙ぐんでる!?

 予想外!


「わたくしのしていることは、余計なことでしたか……?」

「あ、いやいや! ぜんっぜんそんなことはなくって! むしろ効率的でいいと思うぜ!」


 慌ててあやし始めるけど、何がまずかったのか……エヴァは顔を覆い、堰を切ったようにわんわんと泣き始めた。

 うおおお……エヴァのギャン泣きとか、嫁にするって言って以来だぞ! どうすりゃいいかさっぱりわかんねえ! ずっと恐妻だったから……!


「わたくし、わたくしは……!」

「悪かった! 悪かったから、泣かないでくれ!」


 このままじゃ何が起きるかわからないので、必死に慰める。

 またヤンデレループ結界の中で永劫平和エンドとかはマジ勘弁だぞ!


 幸い、エヴァは数分泣きわめいた後、少しずつ落ち着いてきた。

 しゃっくりしながら聞いてくる。

 

「う、ううっ……わたくし、邪魔ですか?」

「邪魔じゃないぞ! 大丈夫だ!」

「一緒にいるのはお嫌ですか?」

「嫌じゃない!」


 もう考えるのはやめた。

 とにかく抱きしめる。


「……嬉しいです。マスター」


 安心したのか、エヴァが抱き返してきた。

 少し体を離してから、こちらを見上げる少女を見つめる。


「きついこと言ってすまなかったな、エヴァ」

「わたくし、自分のことばかり考えてました。反省します。確かにマスターのおっしゃるとおりでしたね。これからはちゃんと効率的な方法を取るようにしますね」

「そうかよかった……ん?」


 何か言われていることがおかしい気が……。


「え、今までのは違ったの?」

「もちろんです。お恥ずかしいながら、マスターと一緒にいられる時間が嬉しくってつい引き伸ばしを」


 引き伸ばし?


「それなのにマスターに効率が良かったと言われてしまうなんて……わたくしは自分が恥ずかしいです」


 な、なんだか感覚がすごくズレてる気がするんだが……。


「じ、じゃあその効率のいい方法っていうのを一発やってもらっていい?」

「はい、では時間を動かしてください」


 ああ、停めてたのは俺だったな。

 別にやらなくてもいいけど気分の問題で指をパチンと鳴らし、時間を再開する。


「あれ、うまくいかなかったかな?」

「いいえ、今度はわたくしが停めましたので」

「そうなのか……ん? あれ。いつの間にか召喚陣が出てるんだけど……」

「召喚者の記憶を読みました。願いは魔王ステュギアの討伐。もう叶えましたので、この世界はおしまいですね。では、次にわたくしたちの周りだけ時間を加速します」

「お、召喚されたっ……って、また停まってるぞ。えーと、ここは……」

「ユベルス魔法学院。召喚者はそちらのガンブルドア先生。使い魔召喚ですね。代わりの使い魔を置いておきましょう。達成です。おや、次は奴隷洗脳召喚ですか。もちろん召喚者郎党を皆殺しでよろしいですね? マスター、代理誓約を立ててください。これで達成ですか。さて今度はまた勇者召喚ですね。ふむ、他の勇者召喚の巻き込みのようです。魔王退治……と見せかけて、侵略戦争の道具に仕立てるつもりのようですね。あの王を魔王のところに転移させましょう。これで戦争は終わりますね。サービスで他の勇者の皆さんも元の世界に帰還させましょう。おやマスター、まだ代理を立ててなかったのですか? 早くしてください。今度は……どうやら星の意思による直接召喚ですね。アンス゠バアル軍による植民化の阻止と追放が願いのようです。全軍消去完了しました。さて次は――」

「エヴァ」


 俺は彼女の名を呼び、満面の笑みを向けた。


「ああ、マスター!」


 とても嬉しそうに。

 飼い主に褒めてもらえる子犬のような瞳で見上げてくるエヴァ。

 そんな彼女に、俺は一言こう告げた。


「もどして」

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