第14話 魔王、キミはどこに堕ちたい?

「私に魔界将をやれだと?」


 聞くや否や、シアンヌがおもいっきり難色を示した。


「頼むよーやってくれよー。どう考えても他に任せられるヤツはいないんだ」


 お願い、このとおり! とばかりに頭を下げる。

 俺の殊勝な態度がまんざらでもないのか、シアンヌが大きな胸をプルンと張った。


「だが、魔界将というのは人界攻略も任される重役ではないのか」

「うん、そうらしい。でも楽勝だろ、お前なら」


 俺のおべっかにもシアンヌが自信満々で頷く。


「うむ。もちろん、この漆黒のシアンヌ。人間如きに遅れは取らない」

「へへへへへへ、そうでしょうとも、シアンヌ様」

「き、気持ち悪いからやめろ」


 あ、さすがに引かれてしまった。

 どうやら揉み手がお気に召さなかったらしい。


「ちなみに俺も人間なんだけど」

「お前は人間じゃない」

「ひでえ!」


 豆腐メンタルの俺に向かって、なんてことを言いやがるんだ。


「問題はそこではない。この書類によると、軍を率いる関係上、お前からはだいぶ離れて行動することも多くなるはずだ」

「せやな」

「それは困る! お前を殺すチャンスがなくなるではないか!」


 オウフ、そういやそうだった。

 なんか言いくるめる手は……よし!


「じゃあ、今回の魔界将は魔王の近衛隊長みたいな扱いにしよう! それなら俺の背後をいつでも狙えるだろう」

「ふむ……」


 お、この顔はメリットとデメリットを天秤にかけている顔だぜ!


「どうせあのゴミども人界攻略なんてしねーし! お前にまでハチが回ってくることなんてないって」


 シアンヌが組んだ腕を人差し指でトントンと小刻みに叩きながら怪訝そうに眉を上げる。


「ならば、別に魔界将自体、いらないのではないか?」

「俺も面倒とは思うけど、魔界将すらいない魔王っていうのは、ここだと認めてもらえないんだってさ。だからここはひとつ――」

「大変です!」


 執務があるからと出て行ったはずの美丈夫が、慌てた様子で割り込んできた。


「何事だよ、今ちょうど――」

「元七魔将のシュレザッドが魔王宣言をしました!」


 しちましょう? しゅれざっど?


「そんなのどうでもいいよ! 今は魔界将の方が重要だろ!」

「ええっ! い、いえ、此度の事は魔界将の案件より重要な」

「今いいところだったんだから邪魔すんなよな!」

「シュレザッドとは?」


 俺の顔を押しのけてシアンヌが美丈夫に確認した。

 って、なにするのさ。新手のプレイ?


「え、ええ。セクメトを凌ぐ最強の七魔将でして。その者が我こそ魔王であると宣言したのです!」

「ほう」


 顎に手を当てて、なにやら不穏な表情で思案を始めるシアンヌさん。


「シアンヌ、今はそんなことより魔界将!」

「いいだろう、やってやる」

「ほんとか!」


 やったー!

 これでまたチキンづくり……じゃなくて、魔王としての威厳あるまったり生活に戻れるぞ!


「さて、魔王殿。早速だが私に出陣の命を」


 なにやらシアンヌが妙なことを言い出した。


「出陣? どこいくのさ」

「お前を差し置いて自らを魔王と名乗った不埒者のツラを見に行こうと思ってな」

「いいじゃん、そんなの放っておけよ」


 誓約に全然関係ないし。

 むしろそいつが魔王だって認められるように俺が倒されたフリすれば、この世界での誓約も満たせて全部解決じゃんヤッター!


「悪いが……こればかりは許すことができんよ」


 ……っと。

 なんかいつの間にかシアンヌがシリアスモードに入ってる。

 具体的には俺の顔を押しのけたあたりから、声音が違った気が。


「それに早速試したいのだ。お前から奪ったチート能力をな!」


 いや、だから奪えてるわけじゃないんですけど!


「魔界将シアンヌ、出陣する! 用意せよ!」

「はっ!」


 バサーッと黒マントをはためかせるシアンヌ先生。

 美丈夫まで勢いに飲まれてついていっちゃってるし。


「なんか俺より魔王みたい」


 そりゃそうか、魔王の娘だもんな!

 シアンヌさま、かっこいー。


 さ~て、なんかシアンヌが出かけちゃったし、俺はチキンづくりに戻るかな。




 それからしばらくは時間を忘れて没頭できた。

 しかしアイテムボックスから追加のドラゴン肉の切り身を取り出そうとしたとき、とんでもないミスに気がついたのだ。

 

「あ、やべ。ドラゴンの肉、補充しないともうないな」


 作り過ぎだったか。思った以上に消費が早かったみたい。


「となれば、ドラゴンハントだな!」


 思い立ったが吉日。

 ちょうど部屋の外を歩いていた羊角のかわいいメイドさんを捕まえる。


「ひ、ひぃ! なにか粗相がありました!? どうか命ばかりはお助けを!」

「いやいや、殺さないから。この辺にドラゴンっている? できるだけ長年魔力を食ってでっかくなってるヤツがいいんだけど」

「そ、それでしたらシュレザッド様が魔界で最高齢のドラゴンですが……」

「シュレザッド?」


 なんか聞いたことある気がするけど、まあ気のせいだろう。


「じゃあ、そのシュレザッドのところに行くぞ。用意しろ!」

「魔王様が自ら!? わ、わたくしの権限では判断できませんので……」

「それなら話の分かるヤツに、こう伝えろ。ドラゴンハントの時間だとな!」


 俺の宣言に羊角のメイドさんが大慌てで駆けていった。

 あの子、怯える顔がちょっと好みだったなー。

 シアンヌが夜までに帰って来なかったら寝所に呼ぼうかしら。


「魔界将が出陣したって本当か!?」

「魔王様がシュレザッド様と!」

「ま、魔界戦争だ!」

「大変なことになるぞ!」


 なにやら城が騒がしい気がするけど、なんやかんやあって魔王専用の馬車が用意された。


 というか、超かっこいいんですけど、この馬車。

 禍々しく邪悪なトゲトゲが生えていて、すっごく俺好み。

 引いてる黒毛馬も足から蒼い炎とか出ちゃって、ナイトメアみたいだし。

 どうしよう、もらって帰ろうかな。


「ま、魔王様、準備が整いました」


 羊角メイドちゃんが御者だった。

 この子、結構万能?


「じゃあ出発だ!」


 おー、この馬車は空を飛べるのか。

 先代魔王もいいもん持ってたんだな。

 死ぬ前に会えてたら話が合ったろうに、もったいない。


「さて、武器は何にしようかなー♪」


 竜殺し系のアイテムは本当にたくさん収集してある。

 俺が召喚される異世界はほとんどファンタジーで、最強のモンスターも大抵ドラゴン。

 ドラゴン退治は魔王退治に次いで誓約となることが多いため、暇さえあればいろんな世界で竜殺しアイテムを集めている。


「よし、今回はこれにしよう! 逆鱗捲げきりんめくり!」


 とあるチート転生コックから譲り受けたドラゴンに特効ダメージのある剣……ではなく、包丁である。

 逆鱗に突き立てることで竜を一撃の下に葬るという。実際にまだ試したことはないけど。

 でも切れ味は抜群なので、ドラゴン肉を捌くのに非常に重宝していたりする。

 これなら倒すついでに部位の切り分けも全部その場でやってしまえる。

 できるだけ生きのいい状態で保存したいねー。


 道中景色を楽しむでもなく、久々のドラゴンハントに心をウキウキさせていると。


「魔王様、これ以上は近づけません!」

「おー?」


 窓から下を覗くと、何やらモンスター同士がぶつかりあっていた。

 けたたましい轟音が空気を震わせて、馬車にまで響いてくる。

 

「あれは何をやっているんだ?」

「ええっ!?」


 俺ののんきな問いかけに、何故だか羊角ちゃんが目を剥いた。


「何って、魔界将シアンヌ様率いる我が軍とシュレザッド様の軍が戦ってるんじゃないですか!」


 うーん?

 なんか引っかかる。

 よし、記憶を辿ってみよう。


 ぽくぽくぽく、ちーん。


「はっ。七魔将シュレザッド! 魔界最高齢のドラゴン! クソッ、なんで気づかなかったんだ!」

「そこはすぐ気づいてくださいよ!」

 

 羊角ちゃんの悲痛な叫びを聞き流し、馬車の扉を開ける。

 

「お、お待ちください、何をするつもりですか!」

「決まってるだろ、降りるんだよ」

「ああ、魔王様は飛べるのですね」


 羊角ちゃんが安心したように息をつく。


「いや飛ばない。こういうときは落ちるに限る!」

「考え直してー!」


 大粒の涙を風に吹っ飛ばされながら羊角ちゃんが叫ぶ。


「俺のために泣いてくれるのかい? ハハッ、もし良かったら、あとで嫁に来てくれ」

「え、いや、あの」


 唐突に口説きつつ、グッとサムズアップ。

 やっぱり堕ちるときと言えばあのセリフだな!


「メリークリスマス!」

「魔王様ぁぁぁッ!!?」


 イイイヤッホーウウウ!!

 やっぱ風を全身で切り裂く快感は何度味わっても最高だな!


 さーて、このまま自由落下すればシュレザッド軍と思しき方に堕ちるはず。

 予定がだいぶ狂ったけれど……これも醍醐味!


「こういうのを待ってんだぁぁぁぁッ!!!」


 予定外! 予想外! 運命外!

 次に何が起きるかよくわからないぐらいが異世界ではちょうどいい!

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