第13話 俺の嫁の性欲がとどまるところを知らない

 俺の魔王デビューは鮮血とともに終了。

 魔界貴族どもに俺がお飾りなどではないことを知らしめた。


 んー、なんか普通に魔王をやっているような?

 気のせい気のせい。

 俺って魔王に向いてないしな。


 それはそれとして、先代魔王とやらはそれなりに大物だったようだ。

 まず魔王城が立派。俺が見てきた中でもかなり意匠を凝らしてあって、調度品の趣味も悪くない。

 そして領土も広い。外にはコロシアムなんかもあって、戦奴同士を戦わせて愉しむこともあったのだとか。

 まあ、もともとは魔界全土を治めていたってぐらいだから、これでも狭くなってるんだろうけど。


 ともあれ雑多なことはすべて美丈夫に任せて、俺は魔王の部屋に引き籠ることにした。

 実際、魔界のことなんて何一つわからんし知る気もないので、全部お任せだ。

 大昔から俺が魔王をやるときの方針は君臨すれども統治せずである。


「と、いうわけで。しばらくここが俺たちの寝室だ」


 久しぶりに封印珠から出してあげたというのに、シアンヌが不機嫌そうに俺を睨んでいる。


「別に心配しなくても、お前は俺の情婦ということにしてあるから、咎められたりは……」

「誰が貴様の情婦か!」


 へへへ、おっかねえの。


「だって、お前を嫁って呼ぶと怒るんだもん」

「当たり前だ!」


 シアンヌが殺気を漲らせて、己の身をかき抱く。


「父を殺した男に身体を弄ばれ、未だに復讐の本懐を遂げることもできず……クッ!」


 あー、この感じこの感じ。

 イツナにはないアブノーマルな興奮を味合わせてくれるのが、シアンヌの魅力だ。

 さしずめ気分は凌辱エロゲの主人公である。


「お前が誘惑するんじゃんか」


 俺の軽口に対してもキッと睨んでくる。

 最初に抱いたときから、その態度は一切変わっていない。

 夜の運動の最中にも幾度となく、あらゆる手で俺を殺しにかかってくる。

 デレることなく、暗殺失敗のペナルティに喘がされても、決して諦めない。

 相当なファザコンだ。


「まあまあ、しばらくはお前にチャンスが増えるぞ。なにしろ日中も一緒にいることになるからな」

「なっ……真昼間から相手をさせるつもりか!?」


 んあ?


「クッ……確かにルール5に昼はしないなどという記述はないが……」


 ルール5?

 いやいやいやいや!


「お前何か勘違いしてないか? しばらくお前と生活を共にするってだけなんだけど」


 あ、シアンヌ固まった。


「……そんな期待されてるとは思わなかったよ。別に一日中べったりでもかまわんけど?」

「なっ……謀ったな、サカハギ!」


 謀ってない謀ってない!

 ノットギルティだよ、シアンヌちゃん!


「クッ……貴様のような強姦魔などに屈すると思うな!」


 いやー、キミ、絶対このシチュエーションで興奮してるよね。

 割とMの素質ありそうなシアンヌちゃん。

 隠れ淫乱っぽいし、お母さんあたりサキュバスだったりして。


「はいはい、シアンヌは屈しないね」

「クッ!」


 まあ、実は悦んでるのはもう知ってるんだけどね。

 俺にガチで嫌がる女を抱く趣味はない。

 悔しそうに歯噛みしてるけど、その絵が煽情的で誘ってるようにしか見えないよ。


「で、それはそれとして。あの魔界貴族たちの陣容を見てもらったわけだけど。何か思ったりする?」

「別に何も」


 うっはー、にべもない。


「あのような連中に思うところなど何もない。磨けば光りそうな原石は、何人かいたことはいたが」


 と思ったら、ちゃんと見て意見を言ってくれやがんの。


「なかなかいい目をしてるな。俺もそう思う」

「ふ、ふん。適当なことを抜かすな」


 とか言いつつ、そっぽを向くシアンヌ。

 照れ隠しの下手なやつめ。


「本当さ。あの魔界貴族ども……俺を魔王に仕立て上げた連中のほとんどは十把一絡げ。はっきり言ってほとんどゴミクズ同然だ」


 それも当然のこと。

 後継魔王を異世界から召喚する……しかも多数派として盛り立てていくなんて体制を取る連中である。

 弱小連合がとりあえず頭だけ立てて真の有力魔界貴族に対抗したい目論見が見え見えだ。


 本来なら右も左もわからない若者が半ば脅迫されて魔王に仕立てられたはず。

 あんな利己的な召喚者どもなんて、死の制裁を与えられて当然……ではあるけども。


「まあ、しばらくは久々の魔王生活を満喫するかー」


 同じ魔王退治作業ばかりでは飽きるのも事実。時には息抜きも必要である。


 俺が伸びをすると、シアンヌがジーッと見つめてきた。

 しかし、俺と目が合うとぷいっと目をそらす。


 この兆候……まさかデレではなかろうな?

 やめてよね。本気で俺を殺そうとしてくれるからこそ、嫁にしてるんだから。

 自分で最大の魅力を捨てないでくれよなー。 


 さて、やることのない時間はチキンづくりに精を出すことにしよう。

 魔界にいる間はイツナを封印珠に入れっぱなしにすると決めたので、シアンヌぐらいしか話し相手がいない。

 しかし、シアンヌは俺のチキンづくりを胡乱な目で見るばかりか、不意に書架から本を取り出して読書を始めようとした。

 

「……読めない」

「当たり前だろ」


 世界が違えば文字も変わる、当然のことだ。


「ちょっと待ってろ」


 試作のドラゴン肉にある仕掛けを施し、シアンヌに差し出した。


「これ食ってみ」

「そのようなもので釣ろうなどと……」


 あ、胡乱な目で見てたんじゃなくて、ちょっと食べたいとか思ってたのか。

 かわいいやつめ。


「いいから食えよ」

「むう、ひとつだけだぞ」


 いいよー、ひとつだけでいいなら。

 毒でも疑っているのか、シアンヌがランタンに透かしたりした後、ドラゴン肉をぱくっと食べた。


 次の瞬間、その目がカッと見開かれる。


「お、おいしい!」

「せやろ」

「う、うん。すごくおいしかった……」


 ドヤ顔をする俺にうっとりとした目を向けるシアンヌ。

 だけど、すぐにハッとして、いつもの厳しい表情に戻った。

 そして、誤魔化すように読めないはずの本に目を落として……。


 再び、カッと目を見開いた。


「読める、読めるぞ……!」

「せやろ」 


 何故だとばかりにこちらを睨んでくるので、説明してあげることにする。


「お前が食った肉に翻訳チートを付与したんだ。俺は相手の欲を満たすことで、チート能力を授けることができるんだよ」


 尚、チート能力についてはイツナと同様、シアンヌにも教授済みである。


「それなら、私も貴様のチート能力を手に入れることができるのか……!」

「うん、できる。俺の作った料理を食ったり、俺と寝所を共にしたりすれば……理論上は俺の持ってるチート能力は全部付与できるぞ」


 だから大抵、俺の嫁になったヤツはとんでもないチート嫁になれる。

 ああ、でもイツナには何もあげてなかったな。元から超強力なのがあるし。

 今度何か欲しい能力があるか聞いてみようかな?


 なんて考えてたら、いつの間にか目の前にシアンヌが。


「お、おい?」

「もっと食わせろ!」


 なんて叫びながら、鬼気迫る表情で俺に組み付いてくる。


「おま、さっき自分で1個だけって言っただろうが!」

「だったら今から私を押し倒せ! 今夜は寝かさんぞ!」

「お前、自分が何を言ってるのかわかってるのか!?」 

「無論だ! 父の仇を討つために、貴様から力を奪う!」


 い、いや別に力は奪えないよ?

 それに何か勘違いしてるみたいだけど、俺から手に入れたチート能力は俺には効かないし、いつでも没収できるから……俺への復讐には使えないんだけどなー。


 まあ、本人が勝手にそう思ってる分にはいいか。

 積極的になったシアンヌ、それはそれで愉しめそう♪

 



「ふふ、今回のはかなりオリジナルに近づいたな」


 ドラゴン肉をかなりフェアチキの味に近づけることができた。

 もちろん本物そのままとはいかないが、やはりスパイスのおかげか。俺の無聊を慰める程度の出来ではある。

 そういえば魔界なら悪のドラゴンもいそうだし、いっそ魔王ライフと一緒にドラゴンハントにでも洒落こもうかな?


 扉がノックされたのは、そんなことを考えてるときだった。

 んー、暇だし話し相手になってもらうか。


「入れ」

「失礼します、魔王様」 


 美丈夫だ。

 未だに名前は覚えてないし、いつもどおり覚えなくていいだろう。


「魔界将の選抜についてのご相談があったのですが……何をしてらっしゃるのですか?」

「ああ、ちょっと至高の料理をな」


 正確には、それに近づけるための試行錯誤だ。


「意外でした。魔王様が料理を嗜んでいらっしゃるとは」

「こう見えても、結構得意なんだよ」


 一時期、嫁と一緒に宿屋兼レストランを開業してたからな。

 あの頃の俺は牙を抜かれて完全に平和ボケしてた。

 いったい何を悟ったつもりになっていたのやら。


「ああ、そうだ。ちょっと味見してもらえるか?」

「いえ、私は執務の真っ最中ですし……」

「命令だ」


 暗に食わねば殺すと脅すと、美丈夫がしぶしぶドラゴン肉を口にする。


「では失礼して……」


 その目がカッと見開かれた。


「こ、これは……!」

「美味いだろ」

「恥ずかしながら、これほどの美味には出会ったことがありません!」


 おお、この味の良さがわかるか。

 うんうん、なかなかいい舌を持ってるじゃないか、美丈夫くん。


「はっ。失敬……」


 今更ながら折り目を正す美丈夫くん。

 クールキャラかと思ってたけど、こいつちょっと面白いかもしんない。


「それでご相談したいのが、魔界将の選抜についてなのですが――」


 話によると魔界将というのはその名のとおり魔王軍幹部的サムシングで、名誉職であると同時に人界攻略を任される云々かんぬん。

 要するにテンプレだった。


「ふーん。それで、やりたいってやつはどんぐらいいんの?」

「こちらになります。さらに、本人が希望していない者についても私の方で何人か有力者を絞っておきました」


 用意のいいこった。

 だけど名簿に目を通したところで俺には区別なんてつかんし。

 適当でいいよな、適当で。


「それで、この中から何人選ぶんだ?」

「それは魔王様がご自由に決めていただいて構いません。ちなみに先代は7名を任命し、七魔将と呼称しておりました」

「じゃあ、同じやつらでいいんじゃないか?」

「いえ、残念ながら3名が勇者に倒され、さらに生き残った4名のうち3名も今回の召喚には反対――」


 ダメダメじゃないか。

 なんで俺を呼んだんだよ……そいつらの誰かが魔王でいいじゃん。

 まあ、それが嫌だっていう連中が集まったんだろうけど、いい迷惑だぜ。


「そして、唯一召喚に賛成したセクメトも……魔王様が自ら処断しましたので、筆頭候補がおりません」

「は?」


 セクメト?

 ひょっとして、さっき俺が始末しちゃった牛頭ごずか?


「セクメトは我らの中でも最も強い魔界貴族でしたので。魔界将はほぼ彼で決まりと見られていました」


 嘘だろ。あいつが元とはいえ魔王幹部?

 俺の指弾一発で頭が吹っ飛ぶような小物が?


「ありえん」


 ダメだ、やっぱり人材がゴミすぎる。

 やっぱり魔界を滅ぼす代理誓約立てた方が楽じゃね?


「まさかと思うが、昨日俺が殺したセクメトって奴は七魔将でも最も小物……だよな?」

「七魔将において二番手の使い手でした」


 ノォォー!


「ですが、それゆえに我らの中に魔王様に謀反を起こそうという者は出てきておりません」


 ああ、道理で全員借りてきた猫みたく大人しくなったわけだよ……。


「魔王様、候補者について詳細な説明をさせていただきたいのですが」

「いらん。全員あいつより弱いんじゃ話にならねえよ」

「い、いえ……恐れながら申し上げますが、魔王様が強すぎるのだと存じます」


 うっせー、知らねー!


 あーあー、どーすっかなー。

 闘技場もあることだし、いっそ連中をバトルロイヤルで殺し合いさせて、生き残ったひとりを魔界将にするか?


 いや、あのビビリどものことだ……「無慈悲なことはおやめください」とか「魔王様、どうかおゆるしを」とか縋り付いてくるに決まってる。

 そんなことをされれば、皆殺しどころか、俺のやる気自体も削がれるのは間違いない。

 下手をすれば俺に対する「魔王をやってほしい」という願望自体が完全に消失し、俺が異世界そのものからリコールされかねない。


 魔界にも魔王にも未練なんてないけど、そういうモヤッとした終わり方だけは絶対に御免である。

 代理誓約にせよ誓約破棄にせよ、やりたいことをやって自ら引導を渡すのが、俺の流儀だ。


 生きることに精一杯だとか、現状に不満だけ言って環境のせいにして大した努力もせず、他人任せにして妥協し続ける連中は殺す気すら失せる。

 あのゴミカスどもの目を開かせるところから始めないとダメなのか?


「しかし、実力があって魔王様の御眼鏡にかなうとなると……」


 美丈夫が俺に妥協させようと誘惑してくる。

 しかし、そのおかげで適任に思い当たった。


「いるさ。そこにひとりな」


 俺が見つめる先。

 ヴェールに覆われた天蓋付きのベッド。

 そこにはさっきまで俺と深夜プロレスを繰り広げていた女が、疲れ果てて眠っていた。

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