第8話 神に祈れば悪魔が微笑む

「えへへへ、これが一番いいー」

「そうかそうか」


 最終的に俺がベッドに座り、膝の上にイツナをだっこして、ナデナデ。

 俺の胸にイツナの背中が当たって、あったかく、鼓動も伝わってくる。

 不思議とエッチな気分にならないのは、ワンコオーラの為せる業か。


「それでどうだった?」

「あ、うん。それでね、子供たちは悪魔と……サカハギさんと遊びたいんだって!」

「……そんだけ?」

「うん、子供たちが言ってたお願い自体はそれだけかな。でもね、ちょっと思うんだけど――」


 遊びたいだけかー。

 ん、待て。嫌な予感がする。このパターンは確か前にも……。


「いつまでだ?」


 何か言いかけてるイツナに割り込んで質問した。


「――あの子たち……え? うーんと、なんかずっと遊びたいみたいなこと言ってた」

「ずっとって……」


 いや、ありえない。

 ガキどもだっていずれ大人になるし、せいぜい飽きるまでだろう。それでもだ。


「一番下のガキが遊ばなくなるまででも、十年は見積もらないとダメくさいんだが」

「そういうことなのかな?」


 イツナがなんであっけらかんとしてられるか理解できんが……決まりだな。


「誓約破棄だ」

「え、なんで!?」


 俺の無慈悲な宣言に、イツナが抗議の声を上げる。


「当たり前だろ。十年もゴッコ遊びに付き合えるかよ」

「別に悪魔ゴッコじゃなくてもいいんじゃないかな。鬼ゴッコとか!」

「遊びの内容の問題じゃないっての」


 まったく、冗談じゃない。

 少しでも早く効率的にノルマをこなすために頭を捻ってるというのに、あんなガキどもとのママゴトで時間を浪費してたまるか。


「となると、問題は代理誓約の内容をどうするかだな」

「待って、待って! そんな簡単に決めないであげてっ! 最後までわたしの考えを聞いてよっ!」


 俺が次の話に持っていこうと検討し始めると、イツナが必死に縋り付いてきた。


「ルール2を忘れてないか?」


 ちょっとかわいそうとは思うが、心を鬼にして確認する。


「違うよ!」


 だけど、イツナは譲らなかった。


「別にかわいそうだからとか、そういう理由で待ってって言ってるわけじゃないの!」


 話していい? と確認してきたので頷き返す。


「ここにはたくさん子供がいるんだよ? 遊び相手はたくさんいるはずなの。それでもサカハギさんに遊んでほしいってことは、きっと大人に遊んでほしいっていう想いの裏返しなんじゃないかなってわたしは思ったんだ!」


 むう、イツナにしては頭の良さそうなことを。


「確かにそうだけど、それが俺じゃなきゃいけない理由は?」

「サカハギさん……っていうか、怒らないで聞いてね? 神さまに――」


 ぷっつ、


「怒らないで!」


 びりびり!


「……うい」

「神さまにお祈りしてたらしいの、あの子たち! シスターが忙しくて遊んでくれなくて寂しいですっ、て」 


 ほうほうほう。


「ええとね、それでね……えっとえっと」


 イツナがテンパってどろもどろになる。だけど、この子が言わんとしていることはわかった。


「つまり、ガキどもはシスターが遊んでくれない分、遊んでくれる大人を望んだ。だから、俺が喚ばれた。そういうことか?」

「そうそう、それそれ! うまくまとめられなくてごめんなさい!」

「いや、よくやった」


 笑顔で撫でてやると、一安心したのかイツナが俺の胸の中で甘えるように丸まった。

 確かにそういうことなら、誓約破棄をしなくてもやりようはある。代理に立てられそうな誓約も特に思いつかないし。


「それなら、この誓約を消滅させられるかもしれないな」

「消滅?」


 きょとんとして見上げてくるイツナの頭を撫でつつ、鷹揚に頷く。


「ああ。時々あるんだけどな……要するに召喚者の願いが消えてなくなることがあるんだよ。魔王を倒してほしいという願いで召喚されたと思ったら、ちょうど少し前に勇者が魔王を倒していた、とかな」

「なるほど!」

「そういうときは誓約が取り消しになって、俺が次の異世界へ飛ばされる」


 俺という存在は、いわば願いを叶える代行手段だ。

 願いを叶えたいという召喚者がいて初めて、俺は異世界にいられる。

 だから願い自体がないなら、異世界へ留まる理由がない……次の呼び出しに応じることになる。


「今回の場合は『召喚者の本当の願望が違った』ってパターンだな」

「本当の願望? ひゃっ」


 聞き返してくるイツナを抱きかかえて、ベッドの脇に立たせた。


「あのガキども、本当なら一緒に遊んでくれる何かじゃなくて、シスターの多忙の原因を排除せよって願うべきだったんだよ」

「そんな怖いこと考える子供はヤダよ!?」


 そうか? ガキの頃の俺は「ウザい先公がいなくならねーかなー」とかしょっちゅう思ってたけど、客観的に考えると確かに嫌な子供だな。


「しっかし、よりによってこの俺が欲求の代償行為として喚び出されるとはな。ガキどもも無意識のうちにシスターに遊んでもらうことを諦めてる。代わりに俺に遊んでもらうことで欲求を満たそうとしてやがったんだ」


 イツナに続いて、俺もベッドから立ち上がる。やることが決まった。


「よし。まずはシスターの一日のスケジュールを調べるぞ。どこかに必ずシスターを多忙にさせる原因があるはずだ」

「なんか面白くなってきたね!」


 俺のガッツポーズにイツナが久しぶりに目をキラキラッとさせる。

 どうせやらなきゃいけないことなのだ。ならば、徹底的に、骨の髄まで楽しむまでのことよ!





「なんかあっさりわかっちゃったねー」

「…………はぁ」


 さっきまでの気合いはどこへやら。

 俺とイツナは居間でのほほんとお茶をいただいていた。

 シスターの多忙の原因は調べるまでもなく、火を見るよりも明らかだったのである。


「お祈り長いねー」


 そう、シスターはずっと礼拝堂に籠もって一心不乱に祈り続けていたのだ。

 しかも毎日、欠かすことがないのだとガキどもが寂しそうに、それでも「お祈りなら仕方ないよね」と呟いていたくように言っていた。


「…………ふぅ」


 この茶葉も悪くないの使ってやがるな。

 きっとここの世界の豊穣神とやらは人々を騙して、大量の寄付をさせている悪徳宗教に違いない。


「俺にいい考えがある」

「え、ホント?」


 そう。こんな長時間の祈りを強制する悪徳宗教にいるからいけない。つまり!


「シスターを破門させよう! そうすれば祈る必要はなくなる」

「駄目だよ!? 破門なんて普通に駄目だけど、そうしたらシスターがここにいられなくなって、子供たちが寂しがるよ!!」


 なにっ、そうすると結局俺は解放されないということか!


「くっ……名案だと思ったのに」

「……ひょっとしてサカハギさんってバカなのかな」


 ガーン! イツナにバカにされた! バカにバカって言われた……。


「って、ちょっ!? サカハギさん、地面に沈んでる!?」


 おおっと、いけない。

 気分がダウナーになったせいで重力制御が暴走してしまったようだな、ははは。

 ハァ……。


「あくまだ!」

「あそんでー!」

「あくまあそんでー!」


 ううう、ガキどもめ、人の気も知らないで。

 いっそのこと本物の悪魔みたくガキどもを全員魔界へさらってしまおうか。


「あっ……みんな、ごめんね! ちょっと悪魔さんは魔界が恋しいみたいだから、こっち行こうか!」


 イツナが何を察したか、子供達を俺の前から退散させる。

 ファインプレーだぜ、イツナ……。


 うーん、なんかいい手はないもんか。

 あー、駄目だ、シスターを殺して祈りをやめさせるとか、本末転倒だし。

 ガキどもをこの世界から解放して寂しいだとか遊びたいだとかいう願い自体を消し去るみたいな、ロクでもない発想しか浮かばねー。


 イツナの手前それをやるわけにはいかないって以前に、誓約者を殺したところで『召喚と誓約』が読み取った願いの履歴が消えてなくなるわけじゃないからなぁ。そういう方向で代理誓約を立てるとしたら、子供たちがひたすら不幸になるような話になるのは避けられないし、どうしたもんか。


 うーん……ちょっと最近、根を詰めすぎてるのかもしれない。

 ほんのちょっとぐらい、この異世界でのんびりしてもいいのかな……いや駄目だ駄目だ、そうやって怠けて前に何年フイにしたと思ってんだ。


「クソッ、なんかわかりやすくブッ倒したらスカッと終わりみたいなボスはいないのかよー」


 なんて言ってたからか、裏口の扉がノックされる。


「おお、ボスが空気読んで来たか!?」


 思わず飛び起きて椅子から飛び上がって急行したが、もちろんボスじゃない。

 扉の向こうにいたのは小汚い恰好のハゲ親父だった。


「おや、新しい人かい?」

「え、ああ、まあ」


 人の好さそうな微笑みをたたえながら、髪の薄いオッサンが手ぬぐいで汗を拭いている。

 服装からして農民かな?


「じゃあ、寄付品をいつもみたく倉庫の方に運んでおくからね。シスターによろしく伝えておくれよ」

「ああ、はい……って、ちょっと! これ全部!?」


 扉の外にはとんでもない量の貨物が積まれた荷車、それが数台。


「ああ。村人全員で集めた分だよ。こういうときは助け合いだからねぇ」

「助け合い……ねえ。ちょっとこれ、見せてもらっていいですか?」

「え? どうぞ」


 オッサンの許可を得て、荷物を改めさせてもらう。

 こっそり鑑定眼を起動するのも忘れない。

 その結果を見た俺は、営業スマイルを作ってオッサンに振り返った。


「いやあ、ずいぶん品質がいいものをくださるんですねぇ」

「おお、わかるのかい? そうなんだよ、ここ最近はずいぶん作物の実りも良くてね」

「でも、こんなにくださるとは驚きです。なんでなんですかね」

「そ、それはもちろん豊穣の神ライエリーランシアへの感謝を込めて……」


 オッサンの汗を拭く速度が上がった。

 嘘、ではないか……何か隠してやがるな。


「それは素晴らしいお心がけですね。ですが、これではさすがにもらいすぎ過ぎというもの。いくらかお返ししますよ」

「え、いやあ、それは……うーん」

「どうかされましたか?」


 ニコニコ笑いつつ、歯切れの悪いオッサンを問い詰める。


「いや、ワシが話していいものか」

「もちろんです」


 ギリッと歯噛みしつつ。


「……神はすべてをお許しになります」


 小声でクソ、を頭につけることで何とか言い切ることができた。


「そういうものかねえ」


 オッサンは釈然としない顔だったけど、事情を話してくれた。


「……そうだったのですね」


「ワシが言ったって、シスターには言わないでおくれよ」


 オッサンはバツが悪そうに去っていった。その背にもはや興味はない。


「ようやく尻尾を掴んだぜ……この異世界のボスの尻尾をよ」


 俺は身を翻し、シスターのいる礼拝堂へと向かった。





 礼拝堂と言っても、ここは小さな教会。

 荘厳な雰囲気はむしろなく、窓から差し込む春の日差しのおかげか、誰でも受け入れてもらえそうな親しみやすい温かみがある。

 正面のステンドグラスには伝承通りの緑色の衣を纏った女性が描かれており、それが唯一の偶像でもあった。


 ここではシスターが、今も祈り続けている。

 無垢で、無為で、無駄な祈りを捧げているのだ。

 いつまでも、いつまでも。


「よう、シスターさん」


 声をかけても、もちろんシスターは振り返らない。

 祈りを中断することは戒律に背くとか、そんなあたりだろうか。


「アンタ、ちょっとばかり祈りすぎ過ぎじゃないか? ああ、そのまま聞いてくれていい。俺は勝手に喋る」


 本当なら、祈るのを邪魔してもいけないんだろうけどな。

 生憎と職業柄、人も神も大量に仕留めてる罰当たりな殺戮者なもんで、そんなの気にならんのですわ。


「十二時間。最低限の食事と水分補給、花摘みを除いて、ずーっと祈ってるそうじゃないか。都の司教だってアンタに比べたら不信心者だよ。大した根性だ。俺は最初、アンタのその敬虔な態度に対して品質のいい食料やらが寄付されてんのかなーって思ったんだけど、ちょっとアテが外れたみたいだ。ここ最近景気がいいのだって北伐戦争で蛮族に勝ったおかげ。何かと国が潤ってるんだってね」


 豊穣の神ライエリーランシアの恵みだなんて言われてるらしい。

 蛮族からしてみれば豊穣の神なんて、土地と作物を略奪する民を育てる邪神に過ぎんだろうね。


「あのガキども、戦災孤児だろ。あいつらは大人に……いや、親に飢えてたからな」


 だからこそ、俺が喚ばれるほどの誓約に成り得た。


「でも、これすらもただの背景情報だ。戦勝の情報だって、高品質で多種多様な食料品を小さな教会に寄付という名目でおすそ分けできる余裕が、この辺の村落にあるってだけの話に過ぎない。アンタが豊穣の神に祈ってるおかげでたくさんの作物ができたから、その還元のために……っていうのですら、村人達が自分達に言い聞かせ信じ込もうとしてる耳当たりのいい欺瞞だ。要点はひとつ、たったひとつだけ」


 ひと呼吸置いて、告げる。


「その北伐戦争で、アンタの兄が戦死した」


 祈りの祝詞が途絶えた。


「アンタの家族が、この国の……いや。世界の都合に奪われた」


 俺からはシスターの表情こそ見えないが、何を思い出しているのかは背中を見れば想像がつく。その背中に歩み寄りながら喋り続ける。


「ここまでわかれば、あとは簡単。アンタは兄貴の魂の安息を今でも祈ってる。あるいは兄を理不尽に失った怒りのぶつけどころがなくて自戒のために祈ってるのかもしれないけど、まあそこはいろいろあるだろうし聞かないよ。俺が確認したいのは、アンタがガキどもから目を背けていつまでこんなバカな逃避を続けるのかっていう、その一点に尽きる。アンタの愛していた兄は永遠に還ってこないし、ましてや神の御許になんて運ばれてもいない。人間の魂は死んだらそれで世界に溶けて新しいエネルギーになって循環するんだからアンタがやってる神へのお祈りなんてのはまさに無為無駄無策もいいところでそんな時間があるならせいぜい兄貴の分まで精一杯に生き――」






「――貴方に……っ!!」






 その瞬間、凄まじい勢いで押し倒された。






「貴方に何がわかるっ!!」






 シスターが振り返りざま、いきなり飛び掛かってきた。俺に覆いかぶさって泣き叫びながら、殴りかかってくる。まるで、祈っていた分のなぎをすべて帳消しにするように。それこそ大時化おおしけになった海みたく修道衣を振り乱し、荒ぶる。


 俺は敢えて脱力し、すべての防御能力を無効にして、されるがまま何度も何度も殴られた。

 そうしなければ、シスターの身体を破壊してしまうからだ。

 それ以前に彼女の痛みを共有し、その怒りを一身に引き受けるというのに、防御なんざ無粋の極みだ。


「……その顔だ」


 ああ、なんて酷い。

 むごたらしい。

 神の使徒とは到底思えない、悪魔の如き形相。

 だけど、それがいい。


 最悪に最恐で……最高だ。


「それが見たかった。アンタの生の感情を」


 ああ、シスター。そんないいもん見せてもらえたんだ。

 神殺しの悪魔でよければ、気が済むまでいくらでもぶん殴らせてやらぁ。

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