第7話 悪魔らしいやり方で

 こうして俺達は昼飯にありつけることになったわけだが。


「なんだかすごいね」

「てっきり粥とパンぐらいかと思ったら、結構豪勢だな」


 教会というより孤児を預かる修道院か何かだろうとタカを括っていたので、出てくるメシも貧相だろうと思っていたのだけど肉と魚まである。

 調理法は塩かけて焼いたぐらいの適当な感じだった。でも、こういう異世界の教会とか修道院とか神殿っていうのは慎ましやかな食事をしてるのがセオリーだから、素材が揃ってるだけでもびっくりだ。


「豊穣の神ライエリーランシアよ。お恵みをありがとうございます」

「ありがとうございますー」

「あいあとーごらいますー」


 シスターに続いて祈りを捧げるガキども。


「ライエリーランシアねぇ?」

「あら、ご存知ありませんか? たくさんの恵みをくださる女神様なんですよ。作物の緑を象徴する衣を纏って降臨される、ありがたーい神様なんです! ここでもライエリーランシア様を祀っているんですよ」


 シスターが聞いてもいない神の話をし始めたので、頭痛がしてきた。


「サカハギさんをひどい目に遭わせたのとは違う神様なんだし、ちゃんとお祈りしよ?」


 イツナに促され、仕方なく小声で祈っておく。

 あ、でもごはんは確かにおいしかったです。ごちそうさまでした。


 それからなんやかんやあって、この教会に泊めてもらえることになった。

 旅人に貸してる宿所も兼ねてるとかなんとからしい。


 というか、ほとんどイツナが交渉して勝手に決めたから俺もよくわかってない。しかも、


「お願いはわたしが聞いてくるから! サカハギさんは部屋でおとなしくしてて!」


 とか言って、有無を言わさず俺を部屋に軟禁しやがったのである。


「俺がこんなところで大人しくしていると思っているのかぁ?」


 と悪魔スマイルで返事したら、いい天気なのに外ででっかい雷が落ちて、イツナに見られた。

 曇りなき眼でジィーッと見つめられたのだ。


「うん、今回は大人しくしてよう」


 そういうわけで悪魔の格好から着替え、部屋の隅で正座してる。

 でもまあ施設出身のイツナは年下の子供の扱いがうまいみたいだし。

 俺がやるよりも、うまく聞き出すだろう。


 だけど暇。超、暇だった。


「なんかやることあった気がするけど」


 胸にひっかかりを覚える。昨今の異世界の記憶を辿ると、すぐ思い至った。


「ああ、そういや、もうひとりいたな。嫁候補」


 ちょうどよくイツナもいないし、今のうちに済ませてしまうか。

 封印珠のひとつをアイテムボックスから取り出し、ベッドの上に転がす。


「封印解除」


 ポン! と煙が出て、中から妖艶な美女が出てきた。

 すぅすぅと寝息を立てている。

 名前なんだっけ。忘れたけど、魔王の娘だ。一応、託された……って形になるんかね。


「つーか、ほんとエロい恰好してんな」


 あのときもムラッとして戦闘中にセクハラしまくったが、やはりいいカラダをしている。

 無防備に寝ているところを襲うのもそそるものがあるが、さすがに卑怯だろう。

 起きているところを堂々と正面から落とすのが、俺のやり方だ。


 暴れられることを想定し、結界を展開。

 魔王の娘が振り回していた大鎌が傍らに転がっていたのでアイテムボックスに没収してから、その肩を揺する。


「おい起きろ」

「ぅうーん……はっ!」

「おおっと」


 すぐに魔王の娘の両手首を片手でまとめて掴みマウントポジションを取った。

 すると今度は舌を噛み切って自殺を図ろうとしたので、強引にもう一方の腕を口に挟んで阻止する。


「~~~~ッ!!」


 すると今度は腕を噛んでくるが、もちろん俺はビクともしない。

 酸欠寸前になるまで追い込んでから、ようやく解放した。

 魔王の娘がキッと睨んでくる。


 さーて、行き当たりばったりだけどどうするか。

 いいや。特に奇をてらわず、事実と状況だけ伝えれば自殺しようとはしなくなるだろ。


「お前の父親は死んだ」

「嘘だ!」

「そうかな? だったらどうして俺が生きて、お前がこうなっている?」


 周囲の状況を見まわし、悔しそうに歯噛みする魔王の娘。


「父上が負けるはずがない! どうせロクでもない手を使ったのだろう、卑怯者め!」


 あまりに期待通りの反応を返してくれるので、俺も興が乗ってくる。


「ああ、そうとも。真正面から堂々と、不意を討って殺してやった」


 俺が舌なめずりをすると、手首を通してびくりと娘の体が震えるのが伝わってくる。しばらくすると、観念したように脱力した。


「私を犯したいならば、そうすればいい」


 しかし、心は絶対に屈しないと目で訴えてくる。

 あの大魔王の娘だけあって、いい覚悟してやがるな。


「お前の父親の遺言をもらった」

「……父上に?」


 俺の声のニュアンスが変わったことに気づいたのか、あるいは尊敬する父親の話題だからか。心のガードが下がった。


「娘を頼むと言われたよ」


 魔王の娘が息を呑む。


「信じるかどうかは自由だが……あれだけの男に頼まれたからな。約束したわけじゃないが、お前のことは頼まれたつもりだ」


 別にこの娘の歓心を得るために魔王を褒めたとか、そういう計算をしたつもりはない。

 おかしな話だと思われるかもしれないが、俺は本気で遺言を守るつもりでいる。

 こういう因果な事をやっていると、たまに筋を通したくなるものなのだ。


「だから、俺はお前を殺さない。だけど、お前は俺を殺してもいいぞ。殺せるもんならな」

「……どういうことだ?」


 理解できない、とばかりに聞き返してくる。

 話を聞いてくれるぐらいにはなっただろうか。


「手を離すぞ。暴れるなよ」


 魔王の娘がしばし無言を貫いた後、目を伏して頷いた。

 ゆっくりと掴んでいた手首を離して娘から体をどける。

 半身を起こした娘が続きを話せとばかりに睨んできた。


「ええと、お前は確か……」

「シアンヌだ。魔王アクダーが娘、漆黒のシアンヌ」

「俺は逆萩亮二」

「その名は生涯忘れん」


 険悪な自己紹介を交わしてから、俺は改めて口を開いた。


「俺はお前を連れていく。お前は俺についてくる。だから、寝首をかけると思ったときに俺の命を狙えばいいのさ」

「……ほう」


 興味深げに目を細める魔王の娘の眼前に指を突き付ける。


「だけど、連れていくには条件がある」


 ここで、俺が異世界を股にかけるトリッパーであること、ここが既に別の異世界であること、誓約についてと、イツナにも話したハーレムルールを説明した。


「ふざけるな!」


 ルールをすべて聞き終えたシアンヌが怒りに声を荒げる。


「大真面目だ。お前は俺の嫁になる以外に、父親の仇を討つことはできない」

「だからといって、誰が貴様の花嫁になど……!」

「そうか」


 肩を竦めてみせてから、俺はどっかと椅子に座る。

 ため息交じりに、できるだけどうでもよさそうに首を振ってみせた。


「だったら、お前と俺はこれっきりだ。このどことも知れない異世界で新しい人生を掴むといい」

「ならば、この世界に住む人間どもを皆殺しにしてやるぞ!」

「好きにすれば? 別に俺と関係ない世界だし……なんなら手伝ってやろうか?」


 俺の残虐な笑みに本気を感じ取ったのか、シアンヌが青ざめる。


「まあ、そうさな……お前がここで魔王になるっていうなら、ひょっとしたら、いつか誰かがお前を倒すために俺を喚んでくれるかもなぁ? だけど、そのときのお前にチャンスはない。お前の崇拝する父親を殺せるような男が、今度はお前を殺しにくるんだからな」


 絶対の自信を込めて言い放つ。

 かつて俺との戦闘を経験しているシアンヌの脳裏には、その光景がまざまざと浮かぶはず。

 セクハラしかしてない気もするけど、うん。浮かぶはずだ。


「俺はどっちでもいいんだ。この選択肢を与えるまでが、お前の父親に対する義理立てだよ。で、どうする?」


 なかば投げやりな俺の口調に、シアンヌは黙り込んでしまった。


「言っとくけど、あんまり時間ないぞ。俺の嫁のひとりが動いてるからな。タイムリミットは俺がこの世界から消えるまでだ」

「しかし……愛し合ってもいないのに、花嫁など……」

「難しく考えるこたぁない。嫁って言っても、俺とお前の立場は対等じゃない。一方的な従属関係……つまり奴隷。お前は俺の奴隷になるんだよ。最初にお前が考えてたとおりの虜囚ってことさ」


 シアンヌが自分の身を守るように、己が肢体を抱きしめる。


「別に心配しなくても、嫌になったらいつでも解放してやるし」

「信用できん」

「まあ、そうだろうな」


 ルール番外がある限り、結局は俺の気分ひとつ。


「父上……」


 しばしシアンヌは瞑目していたが、やがて決意を固めたように双眸を開いた。


「わかった。お前の嫁になろう」


 悲壮な、それでいて凶暴な響きを持つ声音。

 いいぞシアンヌ。復讐を志す奴はそうでないとな。


「勘違いするなよ……貴様の甘言に乗ったのではない。父の仇を討つため。それだけだ」

「ああ、それでいい。よろしくな」


 握手を交わそうと手を差し出す。

 シアンヌが応じるように手を上げた。

 その指から鋭い鉤爪が生える。

 俺の首を直接かき切ろうとした腕を掴み、強引に抱き寄せた。


「くっ……!」

「ひひひ、いいね。そのハングリー精神。楽しめそうだ」


 悔しそうな顔とは裏腹に、シアンヌの瞳は何かを期待するように潤んでいる。

 だから俺は遠慮なく、新たな嫁をベッドに押し倒した。





 シアンヌを眠らせ再度封印。

 結界を解いた頃、ちょうどいい具合にイツナが帰ってきた。


「ただいまー」

「おかえり。ずいぶんかかったな」

「ごめんね! 子供たちにせがまれちゃって……ん?」


 イツナが怪訝そうな顔をした後、クンクンと鼻を鳴らす。


「……なんかいた?」


 警察犬か、お前は。シアンヌの残り香でも嗅ぎつけたかね。


「いや、別に」

「むー」


 イツナが疑わしげな視線を送ってきたので、俺は一言。


「ルール3」

「むっ!」


 イツナがササッとメモ帳を取り出してルールを確認している。

 ちなみにルール3は「俺は嘘を吐くけど疑うな」だ。


「うーうーうー」


 唸るイツナを、俺はわざとらしくジーッと観察する。

 イツナは前に「自分は疑わないから平気」と言っていた。でも、俺の発言が「嘘だ」と仄(ほの)めかされるとまでは思ってなかったはずだ。


 ぶっちゃけ、イツナのルール3に対する認識は甘いと言わざるをえない。

 重要なのは嘘と気づくかどうかじゃなくて、嘘があるとわかった上でルール3を守れるのかどうかなのだ。


 ルール3をわざわざ明言することで、俺は暗に嘘を認めると同時に、話はここで終わりだとも告げている。

 かわいそうだけど、ここで口を噤めないようだとイツナは今後やっていけない。


 嫁と呼んでこそいるが、シアンヌにも言った通り、その実態は一種の契約奴隷である。

 来る者拒まず、去る者は追わず。俺という絶対者が常にピラミッドの頂点に君臨することで成り立っている小社会。

 ルールを守れない嫁は容赦なくリリースされる運命にある。


 ……なんてな。


 偉そうなことを言わせてもらったが、本当のところは俺が女の尻に敷かれることの方が多かったりする。

 白状しよう。俺は嫁に甘い。ダダ甘い。イツナなんかだったら、年がら年中甘やかし続ける自信がある。


 そして俺は様々なチート能力を持っており、嫁のお願い事はだいたい叶えられてしまう。

 だからこういうルールを決めておかないと、すぐに嫁を調子に乗らせてしまうのだ。

 お姫様状態になった嫁は手が付けられなくなり、泣く泣くリリースするハメになるのである。


 もうおわかりだろう。

 それを防ぐためのハーレムルール。

 つまり、嫁以上に俺を律するための鋼の掟なのだ。


 千年以上の歴史を持つ由緒正しきハーレムルール。

 嫁候補の皆さんには俺の暴政を象徴するものだと誤解されやすい。

 あのシアンヌはもちろん、おそらくイツナですらそう思っているだろう。

 そう錯覚させておくためのルールでもある。


 ところがどっこい、ルールを考案したのは俺じゃない。古参嫁のひとりなのだ。


 こんな逸話がある。

 あるとき俺は、その古参嫁にこんな問いを投げかけた。


「ルール4に『女同士仲良くやれ』っていうのがあるのに、どうして新しい嫁をルール使っていびるんだ。それこそルール破りじゃないのか」


 そうしたらね。


「これが女同士、仲良くやるコツなのです」


 って返事が返ってきたの! 女って怖いね!


 まあ要するに、これぐらいはキチンとできないとイツナが他の嫁に叩かれるんだよな。

 ほら、イツナが他の嫁に虐められたら嫌じゃん?

 だってイツナかわいいし、リアクションいいし、面白いし。

 名前覚えたら愛着湧いちゃったんだよな。せっかくついてきてくれたんだし、今更リリースしたくない。

 ルール4は言葉通りの意味でみんなに守ってほしい、ホントに。


 さあ、イツナ、どうか愛の鞭を耐え切って!


「………………お願い事、聞き出せたよ」


 えらい! イツナえらい!


「おー、よしよしよしよし!」


「ひゃうわあああっ」


 わしゃわしゃと抱きしめて撫でまくる。

 驚いたイツナが全身からバリバリバリーッと放電しまくってるが、構わず撫で続ける。


「なにっ、なんなのーっ!?」

「イツナ、お前はいい子だー!」


 かわいいをたっぷり堪能したった。

 解放されたイツナはゼェゼェと息をついている。よほどびっくりしたのだろう。まだ周囲にパチパチとプラズマが出てる。


「褒められたはずなのに、褒められた気がしない!」

「人はそうやって大人になっていくのさ」

「そんなの絶対おかしいよ!」


 イツナが納得してくれなかったので、普通に撫でてあげてあげようかね。

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