豊穣神のいる異世界

第6話 神にも悪魔にも

 召喚の光がおさまり目を開けると、ガキがふたりほど腰を抜かしてた。


「あわわわわ」

「あやややや」


 俺の足元にはラクガキみたいな魔法陣、ってことは。


「お前らか? 俺を喚んだのは」 


 俺の威圧混じりの問いかけに、ガキのひとりが首を傾げる。


「……かみさま?」


 はぁ?


「だーれが神さまじゃーっ!」

「「ひゃー!」」


 一喝すると、ガキどもが一目散に逃げていった。


「って。ちょっ、サカハギさん! なにしてるのっ!」


 隣でイツナがびっくり仰天している。

 そういや一緒にいたんだった。


「俺をクソ神の眷属呼ばわりした、あいつらが悪い」

「もー、大人げないよ」


 イツナが俺の手を離し、ガキどもを追いかけていく。

 ラクガキ魔法陣で待っていると、イツナがガキどもを引率して戻ってきた。


「ほら、怒らせちゃったみたいだから一応謝って」


 背後に隠れていたガキどもをイツナが優しく俺の前に押し出す。

 なんで一応か。誠心誠意、謝らせんかい。


「神さまと間違えてごめんなさい」

「ごめんなひゃい」


 ふむ。まあ、よしとするか。


「いいか。神さまってのは悪い奴なんだ。あんなのに祈ってるとロクな大人になれないんだぞー」

「えー!」

「えー、じゃねー! とにかく俺は神さまなんかじゃない」


 まったく、どういう教育を受けてんだよ。

 でも俺だって分別ある大人なわけだし、許してやらないわけにはいかんか。


 そう思って立ち上がろうとした瞬間。

 もう片方のガキが小首をちょこんと傾げ、こう言った。


「じゃあ、てんしさま?」


 ぷっつん。


「はぁぁっ!? だーれがクソ神のパシリじゃー!」

「「きゃー!」」


 ガキどもが一目散に逃げていく。


「サカハギさん!?」

「もう知らーん!」


 春うららかな林の中、意固地になった俺はイツナに説き伏せられるまでテコでも動かなかった。





「もう、子供たち完全にどっか行っちゃったよ!」


 木立の合間を縫うように歩きつつ、イツナの説教を受ける俺。

 反省してないので、申し訳なさそうなポーズだけとっておく。


「あの子供たちに喚ばれたんだったら、ちゃんとお話聞かなきゃ駄目なんでしょ?」

「まあ、そうなんだけどよ」


 実のところ子供が俺を喚び出すケースは、そこそこある。

 なにしろ俺を喚ぶのに必要なのは『願望の誓約』と召喚魔法陣だけ。

 しかも正しい魔法陣とか呪文とか、そんなものは一切ない。

 それらしい条件さえ満たせば猿でさえ、俺を召喚できるのだ。


「『召喚された異世界から先に進むためには、誓約が何なのかを知る必要がある』……ドヤ顔でそう言ってたのはサカハギさんだよ!」


 イツナってば、前の異世界で俺から聞いた誓約の説明をきっちり引用してきやがったぞ。

 どう見ても、ぼーっと聞いてるだけに見えたのに。


「一応、呼び出された直後はブチ切れないように気を付けてるんだけどなぁ」


 たいていの侮辱は辛抱できるけど、俺だって人の子。

 さすがにクソ神どもと一緒にされるのは無理だって。


「『いいか、イツナ。どんなに気に入らない誓約でも別の誓約を立てるために、ちゃんと召喚者の話は聞かなきゃいけないからおとなしくしてろよ。これがルール2の基本だからな。これができないようじゃ嫁失格だぜ』……って言ってたじゃん! サカハギさんが怒ったら元も子もないよ!」


 どうやらイツナは普段からメモ癖をつけているせいか記憶力がいいらしい。

 こうも一言一句、完璧に俺のセリフを真似されては反論のしようがない。


「面目次第もありやせん」

「サカハギさんの神さま嫌いはわかったけど。だからってあんな風に子供を怒鳴るなんて」

「召喚者のガキを相手にするときは、大抵こんなもんだぞ」


 ただでさえガキが召喚者の場合、誓約を聞き出すのが大変だしな。


「それってサカハギさんが子供っぽいってことなんじゃあ……」

「うん、よく言われる」


 特に嫁どもにな。実際そうなんだろうし、もう気にしてもいない。


「もう。あの子たちが迷子になってたらどうするの?」


 開き直った俺に呆れたようなジト目を向けてくるイツナ。


「まあ、この辺に住んでるガキなんだろうし、適当に探せば見つかるだろ」


 なんて言ってたら、いい匂いが漂ってきた。


「くんくん。サカハギさん、ごはんの香りしない?」

「おう、するな。イツナも気づいたか」


 俺でも気づくかどうかだったのに、ほんと犬みたいだなイツナって。


「そういえばお腹減ったよー」


 イツナがお腹をさすさすしつつ、空腹を訴える。

 確かに前の世界の食事から結構経ってる気がするな。


「あれかなー?」


 たなびく炊煙に吸い寄せられるハラペコわんこのイツナ。

 む、あのシルエット……ひょっとして教会?

 つまり、神の家か。


「ちょっとブッ壊してもいいかな?」

「なんで!? 駄目だよ!!」





「あっ、あくま!」

「あくまだー!」


 教会の近くではさっきのガキどもが遊んでいた。

 他にも見覚えのないガキが何人もいる。

 十人ぐらいか? なるほど、ここがあのガキどものハウスね。


 しかし、人を指さしながら神の反逆者呼ばわりするとは……。


 ……ん?


「そのとおり。俺は悪魔だ!」

「わー!」


 気を良くした俺が悪魔風コーディネートに瞬時に変身して追いかけ回すと、ガキどもがキャッキャと喜んで逃げまどう。


「わはー。サカハギさん、完全に子供ー」


 イツナの微笑ましい呟きが聞こえた気がする。

 お前だってセックスの意味すら知らないガキなんだからな!


「さあ、みんな。そろそろお昼……あら?」


 時間を忘れて遊びほうけていると、教会から若いシスターが出てきた。


「ち、ちょっと! 何をなさっているのですか!」


 シスターが悲鳴を上げる。

 無理もない。悪魔風コーディネートに身を包んだ俺がガキどもを大鍋に入れて、調理していたのだから。


「ふははは! 俺様は悪魔だからなぁ~? ガキどもは鍋で煮て喰ってやるのだー!!」

「きゃー、シスター!」

「たべられちゃうー」


 もちろん全部フリだ。

 ガキどもも大きな鍋の中でグルグルかき回されて、楽しそうに笑っていたりするわけで。


「ああ、なんというむごいことを。神よ、どうか子供達をお救いください」


 懸命にお祈りを始めるシスターさん。

 死ぬほど神が嫌いな俺だけど、実を言うと信心深い人は大好きだ。


「ヒャッハァ! 神の使徒をからかうことほど楽しい娯楽はないぜぇ。なぁ、イツナ、お前もそう思うだろぉ?」


 イツナが、にっこり笑った。

 すると俺に向かって指を振り下ろし、ピシャーンと雷を落とす。

 悪魔サカハギは黒焦げになって倒れた。


「ああ、悪魔に神罰がくだりました! 神よ、ありがとうございます!」

「シスター、こわかったよー!」

「しすたー!」


 ガキどもが一斉に大鍋から脱出し、キャッキャとシスターの下へ殺到する。


「悪魔は雷に打たれて死んじゃいました。めでたしめでたしー」

「イツナ……貴様、裏切ったなー」


 俺の近くにてくてく歩いてきたイツナに向かって手を伸ばす。


「えー、わたしは最初から悪魔に魂を売ってないもん。サカハギさんのお嫁さんだしー」


 俺の手を、イツナは迷わず取ってくれた。


「ほら、いつまでも寝てないで起きて!」

「おう」


 さくっと起きて埃と煤をはたいたら、あら不思議。完全復活である。


「あくまがいきかえったー」

「あくまー!」

「ああっ、ダメですよ! みんな戻りなさいっ!!」


 俺達のところへ駆けてくるガキどもに、シスターが絶望的な叫び声を上げる。


「すいません。わたしたち、この子たちとゴッコ遊びで遊んでただけなんです」


 すかさずイツナがフォローした。

 むぅ、もうネタ晴らしするのか。もうちょっと引っ張りたかったのに。


「あらあら、そうだったのですか。わたくしったらてっきり……でも、さっきの雷は?」


「気にしないでください」


 えっとさ、イツナ。おさげの先端から放電してるとシスターさんを脅しているようにしか見えないんだけど。

 まあ、シスターからはイツナの背に隠れて見えないけどさ。


「子供達と遊んでくださっていたのですね。ありがとうございます」

「いえいえ」


 俺がしゃべらん方が話が進みそうだし黙っておくかな。

 おとなしくガキどもの相手でもしてよっと。


「これからお昼をいただきますが、もしよろしかったら一緒にいかがですか? 村の方からパンもたくさん寄付してもらって、余っておりますし」

「え、そんな、悪いですよー」


 遠慮してみせながらも、イツナのお腹がグーと鳴る。

 完璧なタイミング……まさか、わざと鳴らしたのか。


「お腹をすかしている方に施すのも、わたくし達の使命。さあ、どうぞ」

「あー、なんだか催促したみたいで、すいませんー」


 照れながらも、シスターに見えないようペロリと舌を出すイツナ。


「ほら、行こう!」

「ああ、そうだな」 


 イツナの笑顔に俺も笑い返しながら、伸ばされた手を取った。

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