第5話 極悪非道のハーレムルール

 異世界軍を全滅させて、しばらくした後。

 施設に対する攻撃がぱったりと途絶えた。

 俺の計画が無事成功し、王族の相当数がくたばったからだろう。


 さすがに王族も絶滅はしないだろうけど、むしろ好都合。

 せいぜい跡目を巡って争い合うといい。


 さて、無抵抗の奴隷が殺される前に計画を早めないといけない。

 だから急ピッチで施設の真上にあるものを用意している。


「わっ、サカハギさん! これ、なに作ってるのー!?」


 三つ編みちゃんが地下の入り口から顔を出した。結界を張って地上もほぼ安全になったと聞いて来たんだろう。


「奴隷解放で必要になる装置をちょっとね」

「でも、こんな大きいものをどうやって!?」


 三つ編みちゃんが見上げる先は、空。俺の装置は天高く聳える塔みたくなっている。


「『クラフト』を使ってるんだよ」

「クラフト! ……クラフト?」

「『クラフトチート』。まあ要するに材料を加工してアイテムを作ったり建築するって作業を全部いっしょくたにやる能力」

「へー、すごーい!」


 三つ編みちゃんの目がキラキラした。


「サカハギさんは何でもできるんだね」

「いやぁ、ははは。まあ、何でもはできないよ」


 できたらとっくに元の世界に帰ってるってのー。

 ああ、チキンが恋しい。


「サカハギさん、サカハギさん!」


 何が嬉しいのかはしゃぎながらひっついてくる。


「おう、なんだー」

「なんで、そんなにいろんな能力を持ってるの?」

「ああ。実を言うと、異世界に召喚されるの、初めてじゃないんだよ」

「そうなんだ!?」


 まあ、別に隠すことじゃないしなー。


「最初はほとんどなーんもできなかったけど、いろいろ頑張って少しずつ強くなったんだ」

「ふわあああっ」


 ううーん。

 そう素直に目をキラキラされると、ささくれた俺の心にダメージがががが。


「すごい、すごい! わたしにもできるようになるかな?」

「時間と機会と忍耐と殺る気があれば、なれるんじゃねーかな」


 数百年の実戦修行を積めれば、どんな奴だってレベルカンストぐらいまでならいけると思う。

 そこから先はチート能力次第だけど。


「やる気はあるよ!」


 んー、なんでだろう、ちゃんと伝わりきってない気がするのは。


「まあ、確かにモチベーションが途切れないのは重要だなー」

「モチベーション! ……モチベーション?」


 あれ、なんでこの子、モチベーションっておいしいの? って顔してるんだろう。

 しばらくウーンウーンって唸ってるのを見守ってたら、ぽんって手を叩いた。

 結論が出たらしい。


「サカハギさんはすごいんだね!」

「あ、はい」


 ううーむ、なんか和んじゃうな。

 いかんないかん、変に愛着が湧くと別れが惜しくなるっつーのに。

 いっそ嫁に誘ってみるか。でもなあー。


「……つか、何やってんだあいつら」


 視線を感じると思って見たら、女子どもがこっちを見てキャッキャとはしゃいでいた。


 くそう、あいつら人をダシにしやがって。

 ああっ、こういう空気はダメだ!

 もっと殺伐とした戦場にいないと腐っちまう。


 早いところ、この異世界からオサラバしないといけないな。





「なぁ、もう俺達から攻めるべきじゃないのか?」

「いや、もう少し慎重に待った方がいいよ!」


 ちょっと息抜きに下に降りたら、角刈りとイケメンがまたやり合っていた。

 そろそろこいつらにも、今後起きることを話しておかないとまずいかな。


「なあ、ふたりとも。相談があるんだけど」

「ああ、サカハギ! 何でも聞いてよ」

「力になるぜ!」

「お、おう」


 こいつら、なんで俺が来ると急に仲良くなるんだ?

 まあ男同士の仲にケチをつける気はないけど。

 俺さえ巻き込まなければ。


「実を言うと、俺が独断で王城に攻撃を仕掛けた」

「えっ!?」

「マジかよ! 抜け駆けはなしだぜ……」


 何やら角刈りはぐずっているが、イケメンは考え込んで頷いた。


「そうか、サカハギの攻撃のおかげで、僕達への攻撃が止んだのか」

「そういうこと」

「結界のおかげじゃなかったのか」


 まあ、角刈りの言う通り、それもあるかもしれんけど。


「それで今後のことなんだけど。実は王国側に攻撃したときに、奴隷を制御するマザーシステムを破壊しちまったんだよ」


 これは嘘。指輪と首輪は独立しており、そんな装置は存在しない。


「たぶん、もう少ししたら全世界の奴隷が自動的に解放される」

「マジか!」


 角刈りは喜びの口笛を吹いたが、イケメンの顔が真っ青になった。


「そんな……そんなことになったら、大変なことになるよ!」


 そのとおり。

 今現在、この国で利用されている召喚奴隷のすべてが、突如自我に目覚めることになる。

 解放された奴隷は混乱し、かなりの血が流れるのは間違いない。

 ただでさえ、俺のせいで奴隷への扱いは酷くなっているだろうし。


「わかってる。だから、あのタワーを造ってるんだよ。あれは解放奴隷を呼ぶための装置なんだ」


 これが一部本当で、一部嘘。

 あのタワーが発信する魔力波動は、指輪のマスター権限を使った奴隷解放を全世界規模で行える。

 つまり、奴隷を解放するのは存在しないマザーシステムの破壊によってではなく、あのタワーによって為されるのだ。

 そのついでに、奴隷にはすべての事情とこの地の座標を覚えこませる、という仕組みである。


「ここを拠点にして、安住の地を広げるんだ。そのために、あの結界はタワーから少しずつ広げられるようにしてある」


 要するに俺がいなくなった後の事後処理をそのまま続けてくれる装置が、あのタワーなのだ。

 奴隷解放シグナルを発信した時点で、俺はおそらく次の異世界へと召喚される。

 だからアフターケアぐらいはできるようにという、俺の心優しい配慮なわけだ。


 もしタワーで強引に全奴隷を解放すると正直に教えたらイケメンが絶対に反対するだろうし、三つ編みちゃんが大泣きする。

 でも、俺の誓約である奴隷制度破壊を短期で成し遂げるには絶対必要なプロセスなのだ。

 みんなには悪いけど、奴隷はいずれ解放されてしまうという設定をでっち上げさせてもらった。


「で……たぶんかなりの混乱を巻き起こすことになる。だから、俺は責任を取ってリーダーをお前らのどっちかに譲ろうと思ってる」

「そんな!」

「嘘だろ!?」


 ふたりが悲鳴を上げる。


「むしろ責任を取るつもりなら、最後までやってほしいよ」


 イケメンの非難がましい視線に、俺は首を横に振るしかない。


「……悪いな。実を言うと、俺の方の事情でこの世界にはもうすぐいられなくなるのさ」


 俺が異世界トリッパーであること。

 いろんな世界に強制的に召喚されては、そこでの誓約を果たして消える存在であること。

 それをふたりに話した。


「そういうことだったのか……」


 あ、イケメンの探るような表情。

 ひょっとすると、俺の嘘に気づいたかもな。


 だけど、それ以上は何も追及してこない。

 このイケメン主人公のことだ。短期的な犠牲と混乱は大きくとも、チマチマひとりずつ解放するより犠牲は少なくて済むということにも気づくだろう。


「ふざけんなよ!」


 突っかかってきたのは意外にも角刈りの方だった。

 うーん、奴隷さえ解放できれば万歳ぐらいに考えてる奴だと思ったんだけどな。

 だけど、角刈りの怒りの方向は俺の予想斜め上だった。


「それじゃあ、あいつは! イツナの気持ちはどうなる!」

「……イツナ?」


 思わず聞き返しちゃったけど。ひょっとして三つ編みちゃんか?

 さすがに名前を憶えてないとは思わなかったみたいだけど、それでも胸倉を掴まれた。


「おい、なんとか言えよ! わかってんだろテメエ!」

「よせ! 落ち着け!」


 イケメンが、角刈りを羽交い絞めにして取り押さえる。


 ああ……そういうことか。

 イケメンと角刈りが俺の目の前ではヤケに協調してると思ったけど。

 三つ編みちゃんのことを応援していたからか。


 でもな、悪いんだけど。

 お前らの大切な友達との仲を応援されるような、そういう男じゃないんだよ、俺は。

 どんな女でもホイホイついて来るならどんな女でも構わず喰っちまう、そういう人種なんだぜ?


 まあ、こういう奴に目を覚まさせるセリフを俺は知っている。

 それはチートでも魔法でもない。

 冷静を装いつつ、暴れる角刈りの前に顔を近づけ、一言。


「俺は既婚者だ」

「!?」


 角刈りの動きがピタリと止まった。同じくイケメンも。


「他に何かあるか?」

「いや……」


 じゃあ解散だ、と言いかけたところでガタン、と物音がした。


「あ、あの……」


 三つ編みちゃんだった。


「ごめんなさい!」


 そのまま走り去っていく。

 対処法を求めてイケメンと角刈りの方を向くと、追いかけろと言わんばかりに俺を非難がましく見ていた。


 ……言っていいか?


 俺、シリアスとラブコメって苦手なんだよぉ~!





「こんなところで何してんだ」


 三つ編みちゃんはタワーのてっぺんにちょこんと座っていた。

 寂しそうな背中への問いかけに、三つ編みちゃんは振り返らない。


「ここ、いい眺めだよ」


 と、三つ編みちゃんはそれだけ呟く。


 確かにいい眺めだった。

 住んでるのはクソみたいな奴らだけど、夕焼け空っていうのは、どこの異世界でも綺麗なもんだ。


「そうか」


 俺もそれだけ返す。

 しばしの静寂の後、三つ編みちゃんは立ち上がってゆっくりと振り返った。


「行っちゃうの?」

「ああ」


 自嘲するでもなく、淡々と応じる。


「俺はひとつの世界に留まれない」

「もっと早く言ってほしかった」

「悪ぃ」


 また静寂。


「もし……」


 三つ編みちゃんが言い淀んだ。


「もしさ。連れて行ってほしいって言ったら、どうする?」

「ん、いいぞー」

「……へ?」


 俺のあっさりした返事に、三つ編みちゃんが呆けた。

 ちょっといい雰囲気だったのが、一気にダレる。

 だが、それでいい。このまま俺のペースにするのが、いつもの俺の手管なのだから。


「ただしルールがある」


 宣言しつつ指を立てる。


「ルール1.俺は基本、嫁になることを承諾した女しか連れて行かない。


 ルール2.俺は誓約を果たすためなら、どんなことでもやる。そこにお前らの倫理観を持ち込むな。


 ルール3.俺はしょっちゅうお前らに嘘を吐(つ)く。本当のことを全部言わない。それでも疑うな。


 ルール4.俺には既に何人か嫁がいる。そいつらと仲良くやれ。


 ルール5.俺に求められたら拒否するな。常に夜は準備をしておけ。


 ルール6.俺はお前らを幸せにしない。お前らが自力で幸せになれ。


 ルール7.俺は用のない嫁を寝ている間に封印珠に入れることがある。目覚めたら百年経ってても文句を言うな。


 ルール番外.俺は勝手にルールを増やす。そんときお前らは黙って従え。


 以上だ。何かひとつでもできないと判断したら、その世界で置いていく。何か質問は?」


 静寂静寂、さっきよりはるかに長い静寂。

 しかしそれは意味深なものではなく、ただただ理解不能みたいな感じのものであり。


「えっと……いや、質問しかないみたいな。え、嫁?」


 ようやく正気を取り戻して現実に帰ってきた三つ編みちゃんが、目をぱちくりさせた。


「そう、嫁だ。実を言うと俺は何人かの女と結婚していて、封印珠っつーアイテムに入れて持ち歩いてる」

「それはお嫁さんの扱いとしてはどうなの!?」

「どうもない。俺が楽」


 本当言うと、もうちょっち理由があるんだけど、今の時点で教える気はさらさらない。俺にもプライバシーがあるからな。


「お嫁さんは一人だけって言うのが普通じゃ?」

「生憎と俺達は一夫多妻制を採用している。ハーレムっていって、ちゃんと由緒正しい結婚形式なんだぞ」

「そうなの? それならいいのかな」


 あ、それで納得しちゃうんだ。


「ごめんなさい、もう一回さっきのルール教えて! メモするから」

「あ、うん」


 まあ、何度でもそらで言えるし、それぐらい構わんよ。


「えーと、1はわかったし、2の誓約っていうのがよくわかんないけど、がんばる。3……」

「どうした、ギブアップか?」

「ううん、たぶんわたし嘘とかわかんないから疑わないよ。大丈夫」


 それは大丈夫っていうのか?


「4は自信ある! ところで、この5の……夜の準備ってなぁに?」


「嫁と夜って言ったら、セックスのことに決まってるだろ」


 きっと赤面するぞ、ククク。


「セックス! ……セックス?」


 って、知らんのかーい!

 さすがに三つ編みちゃんの歳なら普通知ってると思うぞー。

 まあ、施設がどうこうつってたから、場合によっちゃ教育を受けてないって可能性もあるか?


「あー……お前は幼児体型だし、ルール5はなしでもいいや」

「なんで! 腹立つんだけど! ちゃんと大人だし……ルール5! 夜、頑張るよ!」


 そっか、頑張るかー。頑張ってもらおうじゃないの。


「ルール6は平気! ところで、ルール7のこれ! サカハギさんは、百年も生きられるの!? そっちの方が気になるよ」

「生きられる。俺は不老不死だ」

「うわー、やっぱりサカハギさんすごいや」


 褒めても何も出ないぞ、このやろー。


 とりあえずルール2の誓約についても、改めてしっかり説明した。

 でも、あんまり理解してないっぽいので、これはまたいつかもっと時間を取って説明することになるかもな。


「というか、ルール番外が一番ひどい!」


 オウフ、三つ編みちゃんが突然笑い出したぞ。

 なんかツボに入るところでもあったんか。


「あっはははは、なんかもう、サイテーすぎて幻滅しちゃいそう!」

「だろ? でも、冗談はひとつもない」


 笑いごとじゃねーぞ、と脅しても三つ編みちゃんは笑い続けていた。


「というか、この条件でついてく女の子がそんなにいるんだ」

「いや、滅多にいねーな」


 メモ帳をまじまじと見つめる三つ編みちゃんに、思わずマジレス。

 もともと現実を知らしめ、ふるい落とすためのハーレムルールだ。

 フるよりもフラれるほうが超絶気楽なのだよ。

 ルールを甘く見てついてきた女は、だいたいリリースしてるしな。


「それで、どうする?」


 俺としては諦めさせてやるために、だいぶ盛った部分もあったのだけど。


「いっしょに行く」


 まさかの即答だった。

 しかも、まったく迷いのない、清々しい笑顔。


「あいつらとはもう、二度と会えなくなるぞ」

「わかってる」


 いつものキラキラッとした瞳を向けてくる。

 ま、まぶしいっ!


「サカハギさんといっしょなら、後悔なんてしないよ!」

「どーだろう。たぶん、若気の至りだと思うけどなー」


 ヘラッと笑いかけると「もーっ!」っとほっぺを膨らませながら、ポカポカ叩いてきた。

 なにこいつ、超かわいいんだけど。


 ……でも、うん。

 了承得たし、お持ち帰り確定ってことで。

 本人がいいって言ってるなら、俺が遠慮する必要まったくなし。


「さて、じゃあそろそろ次の異世界に行くか」

「えっ、嘘! まだみんなにお別れの挨拶とかしてないのに」


 いきなりのことに慌てふためく三つ編みちゃんに、俺は最後のチャンスをあげることにした。


「そういうのはナシだ。俺らは基本、やることやったら次に行くんだよ。やっぱりやめとくか?」

「ううん、行く!」


 はぇぇ。ほんと、思い切りいいのな。

 まあ、どこまでついてこれるか知らんが、現時点で嫁の資格は充分にあるようだ。


「よし」


 頷くと、俺はタワーのスイッチを入れた。

 これでこの異世界の奴隷は洗脳から解放され、ここへ来るようメッセージが頭の中に響くだろう。

 どれだけの奴隷が辿り着けるかわからんけども、まあ連中の運と実力次第だな。


「ほれ」


 三つ編みちゃんに手を差し出す。


「な、なに?」

「手を繋ぐんだよ。ほら、転移に置いてかれるぞ」

「あ、そーなんだ!」


 迷いなく俺の手をギュッと掴んでくる。


「えへへー」


 嬉しそうに笑いながら、見上げてきた。

 いいねぇ、嫌いじゃないぜ。

 守りたい、その笑顔。


「来たぞ」


 俺の足元に魔法陣。次の異世界からの召喚だ。


「みんな……さようならっ!」


 ちょっと涙ぐんでいたけど、三つ編みちゃん……いや。


 イツナはきちんと、今いた世界と仲間に手を振った。

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