第4話 異世界の破壊者サカハギ

 結局、俺は奴隷解放運動のリーダーとして担ぎ出されることになってしまった。


 最初はどうにかしてイケメンあたりに押し付けようと思っていたのだ。

 しかしリーダーに就任させられた直後にひとりの眼鏡っ娘が俺のところにやってきて。


「助けてくれてありがとうございました! あの、わたし、刺繍ぐらいしか取柄がなくって。だから、これ作りました……リーダー、使ってください!!」


 と、気合いの入ったリーダー用ジャケットを差し出してきた。

 あんなキラキラした期待の眼差しを向けられては、さしもの俺も「お、おう……」とジャケットを受け取らざるを得なかった。


 まあ、リーダーになったおかげで高見の見物を決め込みながら、のんびりできている。

 既に施設のセキュリティも全部乗っ取り済み。

 もともと異世界人より異世界トリッパーの方が強いので、数で圧倒されない限り負けることはないだろう。


 最初のうちは事態をよく把握していなかった異世界軍が、召喚奴隷を中心とした部隊を派遣してきた。

 慎重派のイケメンが何人かを戦死させたと思い込ませた上でこっそり解放し、こちらに組み入れるという作戦を提案するも、強硬派の角刈りが反対。

 結局、敵部隊の召喚奴隷を全員解放した。


 その結果、異世界側もこちらにマスター権限を奪われていることを把握。

 以後、召喚奴隷は派遣されなくなった。


 こうして、解放運動は膠着状態に陥っている。


「だから少しずつやるべきだったんだ! これでもう、奴隷は隠される!」

「だからって、奴隷のまま送り返すなんてことはできないだろうが! 俺らの大義名分は奴隷解放なんだぞ!」


 イケメンと角刈りが喧々囂々とぶつかり合っている。

 まあ、もともとが烏合の衆。しかも年端もいかぬ若者達だからな。仕方ない。


 幸い施設の中で奴隷や錬金術師達が暮らせるようになっており、しばらくは籠城できる。

 換気口を塞がれたり、水攻めされたり、煙でまとめていぶされそうになったけど、隔壁や排水装置も揃っていたおかげでどうにでもなった。

 案の定、召喚奴隷のチート能力の中に『カスタマイズチート』を含めて生産系チートが豊富にあったから、物資についても心配ないと言えるだろう。


 問題は士気のほう。

 当初は解放のためってことで頭に血が昇っていたから勢い任せのクーデターが成功したけど、ここからは難しいはず。

 まあ、こちとら元からひとりでやる算段を立てているので、別にこいつらが失敗してもいいっちゃいいんだが。


 指輪と首輪のシステムは既に把握してる。

 たぶん、前にやったのと同じ方法で何とかなるはずだ。

 とはいえ、それやるとイケメンが大反対するだろうし、三つ編みちゃんも泣いて俺を止めようとするだろう。

 だから、俺の計画はあくまでひっそりと、誰にも知らせることなく実行する。


「ねえ、サカハギさん。何か言ってあげてよ……」


 見るに見かねた三つ編みちゃんが、ひそひそっと俺に耳打ちする。

 この子はいつの間にか俺の懐刀ポジションみたくなってるな。


「それくらいにしておけ、ふたりとも」


 ふたりがピタリと動きを止めて、こちらに向き直ると背筋を正した。


「俺にはどちらの気持ちもよくわかる。好きなだけ喧嘩して構わないけど、ちゃんとお互い納得した上で仲直りしろよ」


 ふたりは当たり障りのない俺の言葉にハッと顔を上げて、しっかりと頷き返してくれる。

 うんうん、こういうときに『カリスマチート』は便利だ。

 三つ編みちゃんに至っては目をキラキラさせながら見てくる。


「今は守りに徹する。三人とも、みんなの不安を少しでも和らげてあげるよう、心がけてくれ」


 俺の指示に全員が頷いた。

 いいのかな、こいつら。せっかく自由になったっていうのに、わざわざ俺の奴隷にならないでほしいんだけど。

 まあ、連中が俺にリーダーやれっていう以上、フリでもやってやらんとな。一応、責任もあるし。


「ちょっと、入口を見てくる」

「あっ、わたしも行く!」


 俺の暇つぶし宣言に、三つ編みちゃんがてくてくとついてきた。

 その様子を見てイケメンと角刈りが微笑ましそうに笑う。


「頑張ってね」

「応援してるぜ」

「な、なんのことっ」


 三つ編みちゃんが赤くなった。

 仲いいなぁ、こいつら……一緒に組んで行動してた頃の記憶とか、ちょっとぐらいはあるのかもしれん。


「何を考えてるのー?」


 道すがら、三つ編みちゃんがちょこんと首を傾げてくる。


「いや、お前ら仲いいなって」


「あ、うんとね。わたしたち、ここに喚ばれる前も同じ施設で暮らしてたの」


「ほう」


 なるほど、道理で。

 同系列の属性系チートが偶然三人揃ったんじゃなくて、同じ世界から召喚されてたわけか。

 それなら魔力波動が似通ってるのも当たり前だな。


「だからねっ、わたしたちサカハギさんには本当に感謝してるの!」

「そ、そっか」


 うーん、あいつらはあいつらで、本気の感謝を向けてくれてたらしい。

 へっ、『カリスマチート』を過信してた間抜けは俺の方だったみたいだな。


 しかし、三つ編みちゃんの俺を見る目。

 例によってアレなんだろうけど、俺、三つ編みちゃんの名前すら覚えてあげてないんだよな。

 俺に惚れると火傷じゃすまないんだよ、冗談抜きに。


 基本、俺からはどうもしない。

 気づかないフリを続ける。

 俺の自意識過剰なんだと思い込む。


 本人の心の問題は本人でケリをつけなきゃだし、あと数日で二度と会えなくなるわけだしな。





 入口付近に到着すると、階段から今まさにモンスターが投入されてくるところだった。

 三つ編みちゃんが防衛組にすかさず加勢する。

 既に何度か見かけた自爆型モンスターを、三つ編みちゃんの雷が自爆を許さずまとめて焼き滅ぼした。


「みんな、大丈夫?」

「ありがとう、助かったよ!」


 三つ編みちゃんの登場に色めき立っていた防衛組が、勝利を祝うように肩をたたき合う。

 そこに俺が歩み寄ると、一同が緊張した様子で背筋を伸ばした。


「状況は?」

「攻撃は、だいぶ散発的になっています。もう連中も疲れているのかもしれません」

「奴らを甘く見るな!」


 弛緩した空気を喝破するべく、わざと大きな声を出した。


「見下げ果てた下衆どもだが、それだけに悪知恵の回る奴がいる。こいつはどう見ても時間稼ぎ……そのうち何か仕掛けてくるぞ」


 異世界軍の連中は、俺達という集団がどういう反応をする集団なのか試している。

 こちらがモンスターを討伐し続け、奴隷を必ず解放するという動きを示している以上、おそらく連中が打ってくる手は――


「あっ、あれは!」


 防衛男子のひとりが、地上へ通じる階段の方を指差した。

 そこからゆっくり降りてくる人影は、首輪をつけられた少女だった。そしてその手には、小型になっているが自爆モンスター。

 皆が皆どう動くべきかわからず、少女が階段を降り終えるのを見守ってしまう。


「指輪をすべて差し出せ。さもなくば地上の奴隷を皆殺しにする」


 少女が口を開いた次の瞬間、自爆モンスターが膨張する。

 三つ編みちゃんがすぐに気づいて駆け出すが、間に合わない。


 ふむ、ちょい『縮地』だときついかな。なら、


「――光翼疾走」


 光になって歩けばいい。


 瞬時に少女の前に立って、自爆モンスターを高重力をエンチャントした右手で圧潰。自爆を阻止できた。


「お前達のメッセージは受け取ったぞ、クズども」


 俺の口からは自然とそんな言葉がついて出る。

 後ろから声をかけようとしてくれてた三つ編みちゃんがビクってしてた。


 あー、やばいな。自分で思ってる以上にぷっつんしてっかも……。


「この子の解放を」

「あ、うん!」


 ひとまず少女を三つ編みちゃんに預け、そのまま階段へ向かう。


「サカハギさん! どうするつもりなの!?」

「ちょっと行ってくる」


 周囲の静止を無視して、俺は階段を上り始めた。


 さーて……。

 うん、とりあえず上の連中は殺そっか!





 地上部分はもともと奴隷搬出用の施設だったのだが、例の自爆モンスターの一斉爆発か何かで跡形もなく消滅していた。

 現在はほぼむき出しになった地下の入口周辺を囲うように縦深陣地が形成されている。

 意地でも俺達を出さないと言わんばかりに偏執的な配置だった。


 実際、地上に顔を出した瞬間から砲火に見舞われた。

 円形に列された砲台からの熱烈な歓迎である。

 もちろん大砲ぐらいじゃ俺には傷ひとつつけられない。とはいえ眼鏡っ娘が用意してくれたリーダージャケットが煤で汚れるのは嫌なので、物理攻撃を通さない力場障壁を展開する。


「ははっ、いいねえ。最初から殺す気満々の攻撃。そそるわー」


 向けられてくる殺意にぞくぞくしつつ、両手をだらーんとさせる。

 爆煙の中から無傷の俺が確認できたのか、慌てて兵士達が再装填している。


「遅えんだよ!」


 脱力した腕を柳のようにしならせる。

 風属性の魔力を帯びた手刀がカマイタチを生み出して、周囲の大砲群をバラバラに引き裂いた。

 ついでに兵士達も血しぶきを上げているが、まあどうせ全員殺すんで、先か後かの話。


「自己領域、二重展開」


 二種類の結界を張る。


 ひとつは地下入口を封鎖する結界。

 あの様子だと三つ編みちゃんが追いかけてきそうだったからね。あの子の死亡フラグを排除。

 さらに、周辺に展開する異世界軍を誰一人逃さないための監獄結界だ。


 隙を突いたつもりなのか、奴隷モンスター達が殺到してくる。

 そのすべてを、さっきのカマイタチ付きフリッカージャブでもって捌く、捌く、捌く。

 たぶん連中には俺の手がどういう動きをしているのか見えないだろう。

 虫一匹、俺に近づくことはできない。


 その間に、この部隊を指揮する奴がどこにいるのか見定める。


「ええい、早く殺してしまえ! 指輪を奪い返すのだ!!」


 いた。鷲鼻で、いかにもな感じのふんぞり返った貴族騎士。

 よく見ると、その後ろには目ぇ虚ろ、頭ぽーぽーの奴隷達が数人。まあ、人質に使うつもりなんだろうけどな。


 あの辺は殺さないようにして……っと。


 近場のモンスターが全滅したことを確認しつつ、空に向かって指先から光弾を放った。


「Bang!」 


 俺の合図で光弾が爆発すると、光の矢となって降り注ぐ。

 例の貴族騎士を除いて、異世界軍は全滅した。





「な、なんだ……何が起こったのだ……」

「お前らはくたばった。お前はまだだけど、これから死ぬ」

「ひっ!?」


 背後から声をかけると、貴族騎士が腰を抜かして後ずさりする。

 ……うおー、くせーから漏らすなっての。


「やられたらやり返すのが、俺の流儀なんでね」


 抵抗されないように無詠唱無動作の麻痺魔法で体の自由を奪った。


 何やら貴族騎士が必死に口をぱくぱくさせてるけど、言葉にならない。

 どうせ「仕方なかったのだ」「命令されて嫌々やった」あたりを言ってるんだろう。

 あるいは、「人質の奴隷どもがどうなってもいいのか」かもしれないな。


「汚い花火になってこい。あの女の子みたくな」


 まあ、本当は生きてるんだけどな。これでこちらの意図が伝わったはず。

 見えやすいよう、アイテムボックスから貴族騎士の目の前で小型の箱を取り出した。


「こいつは爆弾だ。お前らの大好きなモンスターと同じで大爆発を起こす。こいつを今からお前に仕込む」


 貴族騎士は泣きながら、懇願するように俺を見る。


「駄目だね。お前はゲス王族とバカ貴族に今回の失態を報告しに謁見の間へ向かって、全員を巻き込んで死ぬんだよ。どうだ、誰かに死を強制される側になった気分は。最悪だろ? 自分がそっち側になるなんて想像もしてなかっただろ? いいねぇ、その顔。やっぱりお前らみたいな奴らはみっともない姿を晒しながら哀れな末路を迎えるのが、どんな話でもハッピーエンドってもんだ」


 貴族騎士が怒りに満ちた目で俺を睨んできた。


「お前の言いたいことはわかる。そんなことをすりゃあ国内で召喚奴隷が大勢殺されるぞってんだろ? まあ、殺されるだろうなぁ。この世界の住民は召喚奴隷を憎むようにもなるかもな。報復が連鎖して、また爆弾奴隷が俺らんところに来るかもしれんし、憎しみの炎がこの世界を包み込むかもなぁ」


 そこで一拍置いてから、俺は心からの本音をさらけ出す。


「でもな。いいんだよ、それで。異世界ってのはそれでいいんだ」


 どっちみち、この解放運動ですべての奴隷を助けることなんてできやしない。

 ここ数日で殺される奴隷は運がないのだ。

 それでも俺の憂さ晴らしは、犠牲をより多くする行為に他ならない。


「まあ、俺の都合でくたばる人にはお悔みを申し上げるけどよ。正直、自我を奪われて奴隷のままでいるよりはマシかなって思ったりもするんだな。俺の価値観を押し付けることになっちまうし、こればっかりは完全にワガママだから、今から殺される奴隷には死なせてしまい申し訳ございませんとしか言いようがないな……」


 ポリポリと頭を掻きつつ、しゃがんで貴族騎士に目線を合わせた。


「最後まで話聞いてくれてありがとさんな。苦しむことなく一瞬で終わるから、まあ、アレだ」


 最後に貴族騎士の肩をぽん、と叩き。

 笑顔でこう送り出した。


「神にでも祈っとけ」

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