召喚奴隷のいる異世界

第3話 異世界奴隷の反乱

「……あん? なんじゃこりゃ」


 目を開けると、俺は大の字になって寝かされていた。

 しかも、手足がバッチリ拘束されている。


「うまくいきました」

「よし、装置を」


 ローブ姿の男どもが何やら怪しげな輪っかを持ってきた。

 うん、これはあれだな。


「ていっ」


 俺が手足を動かすと、拘束具がポキッと折れた。


「「「えっ!?」」」

「何つけようとしてくれとんじゃワレ」


 ゆらーりと、手術台みたいなとこから起き上がり、手近な男の胸倉を掴んだ。


「い、いやこれは精神安定用の――」

「はいダウト」


 罰ゲームは目潰し。


「ぎゃあああっ!? 目がっ、目があああああ!!」

「どう見ても洗脳装置です。本当にありがとうございました」


 暴れ出した男をぽいっと捨てて、新たな獲物を定めるべく笑顔で首を巡らす。

 男どもが一斉に入り口の方へ殺到していた。


「おうおう、逃げ足だけは早いこって。でもなぁ……自己領域展開」


 結界を構築、部屋の中を外から隔絶する。


「ひとりも逃がさねーよ?」


 何人かが開かない扉を叩き続け、別の何人かが絶望的な表情で振り返る。

 いやあ、こいつは結構楽しい異世界になりそうだ♪





「ふむふむ、つまりこの首輪は制御用の指輪とセットで運用するわけだねー」

「はい、そうです」


 男どもを適当に転がした後、リーダーっぽい奴を起こして尋問中。

 怯えすぎて受け答えができなかったので例の首輪を嵌めてやったところ、効果てきめんだった。

 俺が指輪をつけていると、なんでもスラスラ答えてくれる。


「何のためにこんなものを作ってる?」

「異世界から召喚した者を奴隷として活用するためです」


 うん、知ってた。


「異世界から召喚した者は時々、特殊な力を持っています。その力を利用して、我が国は大きく豊かになったのです」

「あ、そ」


 ほんと、異世界の権力者の考えることはびっくりするぐらい同じなんだなぁ。


「力を持たない者も奴隷として利用できます。特に女は性奴隷に――」

「てめーらの風俗事情なんて聞いてねーよ、カスが」


 その口を握りつぶしてやろうと構える。

 しかし、俺が何かするまでもなく男はしゃべるのをやめていた。

 ため息をついて、やり場のなくなった腕を下ろす。


「こんなもんかな」


 その後もいくつか質問をぶつけ、知りたいことは全部わかった。

 これ以上聞いても召喚した人間を奴隷にするようになった経緯とか、それで助かってる人もいるだとか、そういう自己正当化の話しか聞けないだろうし。

 そういうのはいらない。敵の事情は無視するに限る。


 それに『代理誓約』を有効にするには、これで充分だ。


「誓約。逆萩亮二は、この世界の召喚奴隷制度を破壊する」


《――召喚者の要請を破棄。代理の誓約を受け付けました》


 いつもみたくゲームみたいなメッセージが頭の中に流れる。


 実を言うと、召喚者の誓約は破棄することができる。

 それには代理誓約を立てる必要があるのだが、なんでもいいわけじゃない。

 元の誓約のほぼ反対の内容を立てる必要がある。

 「魔王を倒して世界を救え」って言われたら「魔王と手を組んで世界を滅ぼす」し。「奴隷になれ」って言われたら、「奴隷制度をぶち壊す」とかいう具合にだ。


 元の誓約については親切に脳内アナウンスが流れたりしないので、今回みたいに召喚者の口から聞くのが一番確実である。

 面倒くさいが、これをやらずに召喚者を皆殺しとかしてしまうと同じ異世界に留まり続ける羽目になるからな。


 とりあえず、この胸糞悪い施設を破壊するところから始めようと思うんだけど、どーしよっかなー?

 大破壊魔法一発で消すのは味気ないし、なんか面白い方法はないもんか。


 インスピレーションを求めて部屋を出る。


「侵入者発見、排除開始」


 速攻で取り囲まれた。

 結界を展開する前にちょっと暴れちゃったから、外にも異常は知らされてるみたい。

 まあ、その方が楽しめるから別にいいや。


 ちなみに俺を包囲してるのは若い子達ばっかりだった。

 右からイケメンの少年、角刈りの少年、三つ編みの少女の三人。全員首輪付き。

 やっぱり警備も奴隷使ってんのな。炎に包まれた剣、氷でできた槍、電気を放つ警棒をそれぞれ構えてる。


「おおっと、待て。俺は侵入者じゃない。君達のマスターだ」

「マスター……了解です」


 俺が指輪を見せると、あっさり静まった。

 この子らと戦うつもりは毛頭ない。


「マスター権限により、君達を奴隷から解放する」


 さっきの男から教わった通りのコマンドワードを唱えると、奴隷達の目に光が戻った。


「え、あ、僕は……」

「ん、俺、一体何を?」

「きゃっ、ヤダ、なにこれ!」


 正気に戻った奴隷達は自分の手でロックの外れた首輪を投げ捨て始める。

 なるほど。洗脳時の記憶は残らないとはいえ、本能的に忌避すんのな。


 んー、どうしよう。

 そうだな。よし、こっからは演技タイムだ!


「みんな、慌てずに俺の話を聞いてくれ! 君達は洗脳されていたんだ!!」

「「「な、なんだってー!?」」」


 掴みはオッケー。

 そのまま自分も洗脳されそうになったけど脱出したと、ありのまま起こったことを話す。


「この異世界は俺達のことを同じ人間だと思ってない! 道具としてしか見てないんだ!」

「許せない!」


 イケメンが義憤に燃える。


「復讐してやる!」


 角刈りの目に憎悪の炎が灯った。


「ひどい……」


 三つ編みの女の子が泣きそうになった。


「みんなにもこの指輪を渡しておく。いいか、奴隷解放以外に使ったりするなよ。敵であろうと誰かを奴隷にすれば、俺達も奴らと同じになっちまうからな!」


 自分のことを思いっきり棚に上げた俺のセリフに、三人は全員同時に頷いた。


「もちろんだ!」

「わかってるぜ!」

「みんなを助けないと!」


 元奴隷達は俺に言われるまでもなく、自発的に散っていく。


「いってらっしゃーい」


 にこやかに見送りつつ、俺も散策を開始するのだった。





「ふーん。どうやら、連中の言ってたことは本当みたいだな」


 奴隷施設は広かった。

 広いってのは、異世界の奴隷を召喚して洗脳する施設が国内でここしかないという、召喚者を尋問して得た情報の裏付けでもある。


「ま、嘘なわけないわな。首輪で洗脳してたんだし」


 窓がなく換気口しか見当たらないので、たぶん地下。

 どうやら奴隷解放は順調みたいで、俺が介入する必要はほとんどないみたい。


 奴隷化されたモンスターとかも投入されてきたみたいだけど、さすがは『現代地球』から召喚された異世界トリッパー達。持ち前のチート能力であっさり制圧していく。

 記憶を失ってもチート能力の使い方は本能的にわかるようで、その点、俺がいちいち指導しなくていいのは手間が省けて助かるね。


「いいねー、やっぱり異世界の祭りはこうでなくっちゃ」


 いずれ異世界側も奴隷解放が広がってることに気づいて、何かしら対応をしてくるだろう。

 そうしたら、次の段階に移るって感じになるが……。


「あっ!」


 声のした方を振り向くと、三つ編みの女の子がこちらを指差していた。

 最初に解放した娘だ。さっきは戦闘服みたいのを着ていたが、今はセーラー服になってる。

 別に伊達や酔狂ってわけではなく『カスタマイズチート』か何かで戦闘服の性能はそのまま、外見だけを変えた装備のようだ。


 異世界軍と従属奴隷、そして自分達解放奴隷とを一瞬で見分けるために、地球の服装デザインを選んだんだろう。

 誰の知恵か知らんけど少なくとも鑑定眼で視た感じ……この娘は『カスタマイズチート』を持ってないっぽい。

 召喚奴隷の中に件の能力者がいるのだろう。


 それにしてもこの娘。よく見ると、なかなか可愛らしい顔立ちをしている。

 両肩に垂れるトレードマークの三つ編みもよく似合ってるし。

 残念ながらロリ体型なので、俺の好みからは外れるが。


「どこ行ってたの? 探したんだよ!」

「ああ、すまない。俺もいろいろ動いてたんだ」


 これは本当。

 施設には奴隷が反乱を起こしたときに隔離するための設備とか、最悪外側から自爆させ施設ごと生き埋めにできる装置とかがあった。その辺を無効化するために、水面下で活動してたのだ。

 こういう裏方作業というのも、後の楽しみがあると知ってれば実に楽しいものである。


「奴隷にされてた子はみんな解放できたよ!」

「おお、そうか。早かったな」

「でも何人か酷いことされてて……だから、ちょっとお兄さんにも来てほしいの」


 うげ。あーあーあーあー。


「……わかった」


 見たくないからみんなで決めてくれればなーって思ってたんだけど、呼ばれたなら仕方ない。


 三つ編みちゃんに連れてこられたのは、予想通りの場所だった。


 男子が一箇所に固まってて、何やら気まずそうにブツブツ言ってる。

 そこから離れた扉の前に女子が集まって話し合っていた。

 総勢二十名ってところか。ここの奴隷総数は余裕で百人単位だから、ほんの一部だ。

 案の定、服装は地球のカジュアル、学生服などに統一されている。


 ちなみに俺は服装をそのときどきの気分によってコロコロ変えている。

 今は前回の勇者スタイル……カジュアルの上から肩やら銅、膝などにポイントアーマーを装着して、ブランドもののジャケットコートをマントみたいに羽織った格好だから、奴隷達の中では若干浮いていた。


「みんな、連れてきたよ」


 三つ編みの子がみんなに手を振ると、おおっと歓声が上がった。

 分かれていた男女が三つ編みちゃんを中心に一か所に集まる。


「さ、リーダー!」

「へ?」


 って思ったら、三つ編みちゃんが俺を前に押し出した。


「なんで俺がリーダー扱いされてんの?」

「お兄さんがいなかったら、みんなまだ奴隷だったんだから。その人がリーダーなら文句も出ないから仕切ってほしいってことに決まったの!」

「なんだそりゃ!」


 お互い軽めの自己紹介を済ませた後に話を聞いてみたところ、既に解放奴隷の中にリーダーシップを発揮した何人かを中心に互いを縛ることなく動いているらしい。

 奴隷解放の音頭を取っているのが、俺が最初に解放した男女。

 つまりイケメン、角刈り、三つ編みちゃんの三人らしい。


 召喚部屋という一番重要な施設の警備を任されてただけあって三人はめちゃくちゃ強く、他を圧倒するチート能力を持っていた。

 炎のイケメン、氷の角刈り、雷の三つ編みという三連星。

 どう贔屓目に見ても主人公、カマセ、ヒロインだよな。


「解放しよう」


 イケメンが力強く言った。


「楽にしてやろう」


 角刈りが歯噛みして呟く。


「助けたいけど、どうすればいいのかわからないよ……」


 三つ編みちゃんが迷いを帯びた涙目になる。

 三人とも誰を、とは言わない。

 ここにいる全員がわかっていた。俺を含めて。


「今の意見が、グループの中の主要意見ってことか」

「ああ、アンタがどうするか決めてくれ。俺達はそれに従う」


 角刈りが理性的に言った。

 ここにいるのは、ある程度意見を言える代表達ってことだな。

 頷き、俺は迷いなく断言する。


「全員解放だ」


 イケメンの表情が明るくなった。

 だけど、次の言葉で一気に曇る。


「その上で、どうしても死にたいって奴は殺してやれ」


 今度は角刈りが神妙に頷いた。


「でもそいつに死んでほしくないっていう奴がいるなら、説得してみろ。どうしても駄目なら諦めろ」


 三つ編みちゃんがついに泣きだした。

 周囲の女子が慰めに入る。


「俺達は自由と解放のために戦ってる。だから束縛からは絶対に解放する。だけど、解放されたことで苦しむ人も必ずいる」


 冷静に、静かに言葉を続ける俺に、誰もが注目した。


「生きたいと願う者、死を望む者……どっちもいるだろう。死にたい奴には死ぬ自由がある、とまでは言わない。そいつに生きてほしいっていうなら、そいつを納得させろ。絶対に正しい真実なんてものはない。納得だ。納得だけが、俺達の道を照らす光だ」


 連中が俺の言葉に何を思ったのかはわからない。

 イケメンが頷いて、指輪を持つ女子達を件の部屋の中に入れた。

 角刈りが三つ編みちゃんの肩を叩く。ビクっと震えた三つ編みが、泣きながら静かに頷いた。


 ……あー、萎えちまった。いけねえなぁ、ガラにもないことするとジンマシンが出る。


 その後、イケメンに呼び出された。


「ありがとう」

「あー……」


 そんだけ。

 そんだけだった。


 クッソ、こいつセリフから笑顔まで全部イケメンじゃん。

 この異世界、絶対こいつが主人公だって。

 炎属性だしさ。

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