第2話 魔王退治のプロフェッショナル

 クソ神との最初のやりとりの後、俺は本当に異世界をさまよい続ける羽目になった。

 しかも一年や二年じゃない。今年でざっと三千三百五十一年。巡った異世界は、百から先は数えるのをやめた。

 その間、いろんな連中が俺を喚びつけては……これをしてくれとか、あれをくれだとか。いろんな『誓約』でもって縛り付けてくる。


 『召喚と誓約』は絶対だ。

 『誓約者』の願いによって召喚され、願い事を叶えるまでずっと同じ異世界に居続けなくてはならない。

 そして願い事を叶えれば『召喚と誓約』がその異世界から『誓約』がなくなったことを読み取って、俺を次の異世界へと送り込む。

 俺の異世界の旅は、その繰り返しによって成り立っているのだ。


 そして残念なことに『誓約者』が俺のような異世界トリッパーを普通の人間として扱ってくれることは稀だ。

 願いを叶えないなら元の世界に帰さないと脅迫されるのはいつものことで。


 奴隷にしようとしてきたり。


 実際本当に奴隷として働かされたり。


 使い魔として一生こき使わせろと言われたり。


 他の異世界トリッパーと殺し合いをさせられたり。


 ガキが千人生まれるまで種馬になることを強要されたり。


 魔導兵器の燃料として召喚されて手足どころか思考の自由を奪われたり。


 戦争の道具として他国を侵略し、罪のない人々を殺戮することを命じられたり。


 神々や異世界人の負の側面を、これでもかというほど見せられ続けてきた。


 まあ、異世界トリッパーを物みたいに扱うクズ召喚者どもには相応の報いを受けさせるから、それはいいんだ。

 何が一番つらいって、異世界に代わり映えがないことなんだよな。

 剣と魔法。勇者。魔王。ドラゴン。伝説の聖剣に魔剣。亜人奴隷にクズ貴族。冒険者ギルド。現代知識を称賛する異世界人に、それに倍するクズ野郎とクズビッチ。

 少しレアだけどログアウト不可のVRMMOデスゲーム。

 地球のゲームシステムを模倣した異世界ではスキルやレベルが幅を利かせているなんてのも、当たり前だ。


 テンプレ、テンプレ、またテンプレ。


 おかげで俺はすっかり擦れて、異世界なんて全部クソだと思うようになってしまった。

 まあ、だいたい同じだから共通の攻略法が通じるんでプラマイゼロ……いや、ルーチンワークはマンネリがひどいから、やっぱり激しくマイナスだな。


 しかも、俺が召喚されるのは『他に召喚に適した人材』がいない場合と来たもんだ。

 逆に言うと、それっぽい召喚魔法陣と強い願いを持った誓約者さえ揃っていれば、どんな世界にだって召喚されるってわけ。

 俺との相性も関係するとはいえ、そりゃロクでもない世界に喚ばれるわけだよ。


 それはもう……いろんな世界で、いろんな連中に出会った。

 その多くは敵だったが、少なくない味方もいた。

 一緒に戦ったり、鍛えてもらったり、勉強させてもらったり。

 おかげで大抵の武器は手足のように扱えるようになったし、魔法も使えるようになっている。


 さらに『チート能力』と呼ばれるモノも大量に手に入れた。


 詳しい説明は省く。今のところは異世界召喚されると一定確率で手に入り、どんな異世界にも持ち込める力とでも思ってもらえばいいかな。

 異世界独自の魔法やスキルと混同しないよう『無限魔力チート』とか『次元転移チート』とか『存在消去チート』といった具合に、能力名の後ろにチートとつけて呼んでいる。

 実を言うと俺に課せられた呪いも『召喚と誓約チート』が正式名称だったり。


 繰り返しになるが、これらのチート能力は異世界転移をすると一定確率で手に入る。

 そんでもって俺は延々と異世界転移を繰り返し続けるから、手に入れる機会は無限にあるってわけだ。


 異世界放浪歴、かれこれ三千年。

 おかげで大抵の願いはあっという間に叶えられるようになっている。どんな誓約が来ても朝飯前ってわけだ。


 そんなこんなの紆余曲折があって、俺は今も諦めずに足掻き続けている。

 いつの日か、あのクソ神に引導を渡す日を夢見て……。





 閑話休題。

 魔王討伐のコツはいくつかあるが、最も重要なのはルールの確認だ。

 魔王と呼ばれる存在にはいくつかパターンがあり、そいつを見定め損なうと余計な時間を喰うことになる。


 一番単純でわかりやすいのが、モンスターの王とかのパターン。


 魔族だとかを統率している場合も、これに含まれる。

 単純に力とかカリスマで統率してる魔王なんてのは、たいていは自称か、人間側からそう呼ばれ恐れられる存在とかである。

 俺的にはこれが一番楽ちんだ。サーチアンドデストロイ。捻り潰して終わらせる。どんなに強大でもひとりしかいないっていうのが素晴らしい。


 次にちょっと面倒くさいのが魔王と呼ばれる存在が複数いるパターン。


 これは単独パターンの派生型で、我こそは魔王という奴が何人もいるという群雄割拠型だ。

 召喚者の願い事が曖昧に「魔王を倒して」とかだけだと、この該当魔王をすべて葬らない限り俺の役目は終わらない。

 実は魔王の息子とか娘だとかがいて、そいつが跡を継ぐなんてこともある。

 いっぱいいるとはいえ魔王を全員倒すだけだから、難易度的にはそこまで上がらない。面倒くさいだけだ。


 最後に不死身の魔王パターン。


 殺すのにいくつか手順が必要だったり、特定の武器じゃないと死なないとか、心臓が別次元に保管されてるだとか、とにかく魔王が死ににくいパターンだ。

 最もひどいケースでは、次の復活まで地下世界で百年眠るって魔王がいた。

 うっかり魔王を倒した後、俺は理由もわからずその異世界で百年、無為に過ごすことになったのだ。

 おかげでチートがあるのにスローライフってやつもそれなりに楽しみ、結婚なんかもしてガキもこしらえたりした。


 あ、三千年旅してる時点でお察しだろうけど、俺は歳をとらない。

 つーか、とりたくてもとれないんだよ。

 最初期にクソ神に付け足された『不老不死チート』のせいで、俺は決して死なない。


 ぶっちゃけ死にたい死にたいと願い続けて自暴自棄になったのも一度や二度じゃない。

 嫁どころか子供に先立たれるってホントきついから、それで俺は……いや、この話を思い出すのはよそう。


 ちなみに俺みたいにガチで絶対死なない魔王とかもいて、力不足だった頃は魔王側について異世界を滅ぼすぐらいしか解決方法がなかったり、本当にどうしようもない場合はクソ神が気を利かせて俺を他の世界へ送ったりもすることもあった……チッ! 思い出したらまた殺してやりたくなってきたぜ。

 まあ、今なら『不死殺しチート』があるから、そこまで気にする必要はないけどな。


 他にもいくつかある気もするけど、概ねそんなもんかね。

 魔王のテンプレートっていうのはお約束に沿ってるから、そこまで細かく分類しなくていい気がする。


「さて、今回は単独パターンっぽいかな?」


 聞き込みやらなんやらの結果、いくつかのことがわかった。

 魔王アクダーはひとりだけいるタイプの魔王で、不死身だとかいう話は今のところ入ってきてない。

 仮にアクダーが実は真の魔王によって操られる傀儡に過ぎない……とかでも、殺す魔王がひとり増えるだけ。誤差の範囲内だ。


「だが、魔王アクダーの城に入るには世界各地に散らばる結界の塔を攻略しなければならないらしいぞ」

「へー」


 とある酒場でそういう噂を聞いた。

 一見、遠回りをさせられそうな情報ではあるが、俺は全然悲観しない。


「まあ、結界っていうのはさ。結局のところ、敵を閉じ込めるか、外敵を近づけないためのもんなんだよな」


 必要な情報を大方揃えた俺は、魔王城へと向かった。





 そんでもって結界のふちに到着。

 道中現れたモンスターはスルー。

 山とか海もあったけど、それも全部無視してまっすぐ突っ切った。『縮地チート』は移動に大変便利である。


 さて、どういう結界なのかなっと。


 早速、魔眼系チートコレクションの中で最も重宝している『かんていがん』を起動。

 王道の力場形成タイプか。で、やっぱりモンスターやら魔王の仲間は素通りできるようになってる、と。

 さらに精査した結果、人間とモンスターの魔力波動の差によって振り分けていることがわかった。


 ここまでわかってしまえば、結界はもうないも同然。

 たぶんこの世界だと魔力波動は生まれつき変わらないって思われてて、まったく気にする必要はないんだろうけど……実を言うと魔力の波動を操作できる異世界、って珍しくないんだよな。

 それどころか魔力波動を操作して魔法として使う異世界すらある。


 魔法のレベルも千差万別だし、単にこの世界では発見されてないってだけだろう。

 異世界ごとに常識は違う。

 そして、その常識の差のおかげで俺は自分の魔力波動をモンスターの設定値に変更し、難なく結界を突破できるというわけだ。


 さーて、と。ようやく魔王城攻略開始だ。


 この異世界に召喚されてから四時間と三十三分。

 俺は魔王城の門をぶち破った。





「バ、バカな! 結界が破られたというのか!」

「塔の反応は消えていないのに、いったいどうやって!」

「いいから、あいつを止めろ!」


 混乱するモンスター達を尻目に、俺はどんどん進んでいく。

 迷宮構造とか一切意味がない。

 必要なら壁はぶち破ればいいのだ。


 たまーにゲーム模倣型の異世界で壁が破壊不可オブジェクトに設定されている場合もあるけど、そういうときはコンソールコマンドで《消失》と入力して壁自体を消してしまえばいいから、やることは変わらない。


「我こそは第一の門番グランプス。ここは通さペギーッ!?」


「魔王四天王がひとり冥地のディスカオプス。この堕砕斧でもってお前をプギャー!」


「よもや、人間にこれほどの使い手がいるとはな。我こそは四天王最強の竜神バレン。お前の名を聞かせカハーッ!?」


 次々に現れる手勢を問答無用で叩き潰していく。

 雑魚が相手の場合は言い分なんて聞かず、問答無用で制圧するのが俺のポリシーだ。


 だが、例外もある。


「待て!」


 自称四天王最強の屍を踏み越えて先に進もうとしていたところに、背後から声がかかった。

 振り返った先に立っていたのは、漆黒の衣装を纏った美女。


「その先には行かせんぞ、曲者め」


 いわゆる異世界にありがちな量産型美少女、ではあるが……。

 如何にも悪の女幹部って感じの無駄に露出の多いボンデージファッションに、最高のボディーライン。頭部からは小さな角が生えている。全身の黒さと対照的な白い肌。アーマー部分から溢れ出んばかりの巨乳。そして何より、こちらを嘲るように見下す鋭い視線が最高に俺好みだった。


「いいねぇいいねぇ! やっぱり綺麗どころがいると、俺のやる気も跳ね上がるってもんだぜ。で、他の奴らは名乗ってたけど。名前は?」

「我が名は漆黒のシアンヌ。偉大なる魔王アクダーが娘! 人間如き下賤の者が父上の城に土足で踏み込んだ罪……許しがたい! その首、即刻切り落としてくれる!」


 シアンヌと名乗った女が巨大な鎌を構えた。


「へえ、魔王の娘ねえ。俺は――」

「貴様の名など!」


 こちらの名乗りを遮って、真正面から突っ込んでくるシアンヌ。


 んー、まあ、そこそこ速いけど。まだまだだね。


 首元を狙った鎌をかわして、すれ違いざま耳元に息を吹きかける。


「ひゃっ」


 お、クールな外見からは予想だにしなかった可愛らしい反応。


「き、貴様……なにをした!」

「見えなかったのか? 俺は普通に歩いて避けただけだぜ」

「なっ……バカにするな!」


 激昂したシアンヌが再び突っ込んでくる。

 繰り出される大鎌の斬撃をひらひらとかわしながら、揺れる双丘を思う存分視姦する。


「別にバカになんてしてないぜ。磨けば光りそうだしな」


 すじは悪くない。

 っていうより、戦闘の才能だけなら昔の俺よりもありそう。動きがどんどん良くなっているし、こちらの速度にも少しずつだけど視線が追いつくようになってきてる。大した動体視力だ。


 何より肌に滲む汗を振り乱しながら戦う姿が限りなく美しい。


「ぁん! ちょっ……やっ! んっ、あふっ……!」


 うん、だからね。つい、やっちゃうんだ。


「ハァ、ハァ……ッ。う、うううっ! こんなの……やめろ! 戦士として戦え!!」


 かわいそうに。耳を集中攻撃されて、すっかり涙声になっちゃった。


「あー、悪いけど。今のお前さんじゃ女としてはともかく戦士として扱ってやることはできないかなー」


 このままイタズラを続けても構わんけど……まあ、やめておこう。


「ほいっと」


 シアンヌの方にまっすぐ歩いていって、軽く突き飛ばす。

 ただし、今度はシアンヌが反応できないスピードで。


「きゃぁっ!!」


 悲鳴を上げて吹っ飛んだシアンヌの全身が壁に叩きつけられた。脱力したまま、重力に従って崩れ落ちる。

 てくてく近づくと、シアンヌがキッと見上げてきた。


「クッ……殺せ!」

「ヒューッ、ベタだねえ。そうしてやってもいいけど、いろいろともったいないからな。保留にしとくわ」

「何……?」


 シアンヌを対象に無詠唱無動作の睡眠魔法を発動。

 魔法抵抗レジストに失敗したシアンヌの首がくたりと傾いて、眠りに落ちる。


「悪いけど、魔王の地位を継承されたりしたら困るんでね」


 俺が宙に向かって手を伸ばすと、ゆらりと空間が揺れて、その中に俺の手が飲み込まれた。

 アイテムボックス。異空間にアイテムを収納できる俺のような異世界トリッパー御用達のチート能力だ。

 そこからテニスボール大の玉っころ……『封印珠』を取り出し、シアンヌの額に押し当てて、封印開始と念じる。

 するとシアンヌの体が封印珠にスルッと吸い込まれた。


「封印完了っと」


 弁明しておくと、エロ目的で拉致したわけじゃない。

 殺すには惜しかったから、他の異世界でリリースするつもりだ。

 気が向いたら嫁にするかもしれんけどね。





「お、意味ありげな禍々しい門、発見」


 たぶんあそこが魔王の間だ。

 蹴り開ける。

 部屋にはどこまでも闇が広がっていた。

 髑髏の燭台の上で不気味に灯る無数の蝋燭だけが、唯一の照明になっている。


「よくぞ来た勇者よ。数多の我が配下を突破してきたこと、褒めてやる」


 その声を聞いた俺は最奥の玉座にゆっくりと歩み寄る。


「余は魔王アクダー。無明の闇にて覆う者」


 アクダーの姿は、俺が見てきた典型的な魔王のそれだった。

 人にはあらざる山羊のような禍々しい角。豪奢であると同時に邪な意匠の凝らされた装身具。この魔王はさらに本人の言う通り無明の闇としか呼びようのない不吉な魔力波動をまるで衣か何かのように纏っていた。


「汝が……勇者か?」


 魔王アクダーが眉をひそめる。


「そうだ。この世界にお前を倒す勇者として召喚された」


 その問いかけに、歩みを止めることなく返した。 


「いいや、違うな。見えるぞ……お前の心の闇が。お前は勇者などではない」

「へー、わかってるじゃん」


 そのとおり、俺は勇者などでは断じてない。

 きたるべき対決への喜悦に浸りながら、殺意をたっぷり纏っていく。


「お前のような殺戮者ならば、むしろ我らと共に歩めるはず。なにゆえ、愚かな下等生物どもの肩を持つ?」


 魔王が語る。

 魔王が騙る。

 精神に揺さぶりをかけ、勇者を惑わせ、その支柱を砕きにかかる。


「なるほど、古典的なタイプだな。アンタ」


 俺が勝手に大魔王型と呼ぶタイプの魔王だ。


 こいつらは醸し出すオーラがそこらの木っ端魔王とはワケが違う。

 ただ単に強いだけでなく、いやもちろん圧倒的に強いのだが……その上で泰然とした余裕があるのだ。

 力を背景として、言葉を弄したり、余興を愉しむ。底知れなさが生み出すカリスマで他者を従える。


 実のところ、この手のタイプは嫌いじゃない。

 大人物というのは得てして考えることが壮大で、こちらの軽口に応じるだけの器量があり、会話を楽しめる。

 俺が出会い頭に魔王の頭を即刻潰さなかったのは、たまにいるこういう魔王との会話を愉しむためだ。


「俺はこの世界の住民がどうなろうが知ったことじゃない。ただ単に、お前を潰す方が早く帰れる気がするから。理由はそれだけだ」

「帰郷のため。なるほど、理には適っている」


 大魔王が眼を細め、笑った。


「だが、その願いは叶わん。余は世界に闇がある限り蘇る。何度でもな」


 不死身の魔王パターン……しかも闇があればだと?

 あー、本気で大物だな、こいつ。


「闇あらば蘇る、か。なるほど、魔王というより邪神に近いな」

「然り。定命の下等生物が理解するとは思わなんだが」


 理解できいでか。

 闇なんてどこにでもある概念モノ依代ダシに蘇るなんてのは、もう神と同じだ。

 まあ、神なら神でやりようはあるけど。


「そうあろうとも運命は変えられん。汝は余に殺されるのだ」

「ほざいたな。やれるもんならやってみな」


 こうして俺達は凄絶に笑い合い。

 次の瞬間、勝負が着いた。


「か、はっ……何……?」


 大魔王が吐血し、信じられないものを見るように己の胸元を凝視する。

 そこから生えているモノは俺が投げつけた刀の柄。刀身は大魔王からは見えず、背中を貫通して玉座にその闇の肉体を縫い付けていた。


「はい終了」


 宣言と同時、俺は肩を竦める。


「お前が邪神レベルだろうが概念だろうが、その刀は確実にお前を殺しきる。なぜ何故なら、お前が闇を司る存在であるっていう概念を殺しきったからな。闇あらば蘇る? なぁ、そんなことはありえないんだぜ?」

「バ、バカな……っ!?」


 自らを貫く刃が致命的であることを悟ったのだろう。

 大魔王の表情から、あらゆる余裕が消え去っていた。


「神を、概念を殺せるだと! 貴様、一体!?」

「べーつにー? だいたい俺のいた世界じゃ神殺しなんてのは、かなりチープな題材でね。ブームっていうより、テンプレの領域に達してて、ああ今日も神がバラバラになったねーなんて女子高生が話してるぐらいさ」


 ケラケラとくだらないジョークで笑う俺に、大魔王がありったけの憎悪を込めて睨んできた。


「そんなはずはない……余が、このようなカタチで、終わるなど」

「……どんな奴にも終わりは来るんだよ。突然、なんの覚悟もできてないときにもおかまいなしに」


 胸に去来する万感の想いからか、あるいは同情からなのか。

 そんなセリフを口走っていた。


「なぜ何故、だ。どうしてお前は神を殺せる武器を持っていた……?」


 ああ、この男……そこにもちゃんと気づくのか。

 神殺しっていうのは、理由もなく持ってたり、できるようになってるもんじゃないしな。そこには必ず逸話があるもんだ。

 こういうカタチじゃなければ、いろいろもっと語れたかもしれない。

 まあいいか、餞別に教えても。


「そいつは、神滅刀っていってね。どうしても殺してやりたい奴を殺るために、手ずから鍛えた自慢の一振りなんだよ」


 神殺し。俺が音を上げずにこうして今も異世界を旅し続ける最大のモチベーションのひとつ。誰を殺す気なのかは言うまでもない。

 ……いや、実際にはVRMMO世界で試しに生産職やったら、なんかできちゃったんだけどね。


「…………」


 大魔王は何も応えない。

 もはや語る力すら失ったか。もうじき跡形もなく消えるだろう。

 それが油断だった。


「むすめ、は……」

「あん?」

「娘は……どうシテいる?」


 大魔王が形を保てなくなりながらも、かろうじて搾り出すように問いかけてきた。


「ああ、次の魔王になられても困るんでな。俺が預かってるぜ?」

「ソウ、カ……!」


 てっきり殺してやるとか、娘だけは解放してくれとか言うのかと思いきや、この男は笑った。


「余ヲ滅セシ、者ヨ……ムスメ、ヲ……ムスメノコトヲ、タノンダゾ……!」


 最後の最期、そんなセリフを言い残し。


「あっ、クソッ! そいつはずるいぞ、テメェ……!」


 よりにもよって俺が断るより先に、完全消滅しやがった。


 あの大魔王は俺を召喚したわけじゃないから、別に誓約ってわけじゃない。

 だけど、ああいう遺言はずるい。何度やられても慣れるもんじゃないのである。


「……ったく。わかったよ。確かに頼まれたぜ」


 俺の足元に新たな異世界へ繋がる魔法陣が出現したのは、それからすぐのことだった。

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