日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(カクヨム版)

epina

魔王のいる異世界

第1話 通りすがりの異世界最強

 それは、俺がコンビニでチキンを買った帰りのことだった。


「やあやあ! 君は神を信じるかい?」


「はぁ?」


 突然、やたらハイテンションで派手な格好をした男がクネクネと動きながら俺の進路を塞いだのだ。

 白のシルクハットに燕尾服。ステッキを振り回したりして、見るからにヤバそうな奴である。

 俺はこう見えても、そこらのチンピラなら一人で制圧できる腕っぷしは持っているのだが……目の前の男が決して関わってはいけないタイプなのは明らかだった。


「い、いや。自分、無神論者なんで」

「なんだって! それはいけないなぁ」


 俺のそっけない返しにシルクハットの男はしたり顔で。


「実を言うと、僕が神なんだよね」


 なんだ、ただのアホか。宗教勧誘にしたって酷いもんだ。

 そのときの俺はきっとそういう顔をしてたし、そう思っていた。


「俺、これから家でチキン食べて人生の至福を堪能するんで。これで」


 そう告げて、にべもなく男を避けようとする。

 今思えば、どんなに強引にでもここでチキンを食っておけばよかった。

 そいつは……いけ好かない笑顔で、こう言いやがったんだ。






「そんな君でも神を信じられるようにしてあげよう。それ以外に君の道はない――」






「おいおいおいおい! 何なんだよ、これはー!」


 シルクハットの男に何か言われたと思ったら周囲が輝いて……気がついたら俺は着の身着のまま、ジャングルを走り回っていた。

 周囲から聞こえてくるのは獣とも鳥ともつかぬ鳴き声。そして背後からは。


「グルアアアアアアッ!!」


 腹をすかせていると思しき恐竜のような怪物がヨダレを振りまきながら、俺を追いかけてくる!


「だ、誰か説明しろーっ!!」

「うんうん、どうやら彼は君を食べたいみたいだねえ!」

「て、てめぇ! ここはどこ……つーか、なんで空飛んで!?」


 さっきのシルクハットの男が寝そべったポーズのまま、俺と並走するように飛行していた。

 ここで、ようやくこいつが只の妄想イカレ野郎ではないと悟る。


「お前、本物、か……?」

「フフ……ヒントをあげようか。君をこの世界に喚んだのは彼だよ。腹をすかせているようだねえ。何か食べさせてあげればいいみたいだ……その願いを叶えてあげるのが君の役目だよ」


 クイクイっと親指で恐竜を示しながらしたり顔で囁く男の顔が、酷くムカついたのを覚えている。


「だったら、これでも喰っとけ!」


 恐竜もどきに向かってコンビニ袋を投げつける。

 奴は袋を咀嚼すらすることなく、一呑みにする。中には俺の大好物のコンビニチキンこと、フェアチキが入っていたのだが……。


「ぬおおおっ!」


 恐竜もどきは俺を追うのを一向にやめてくれなかった。


「足りないってさ! どうだい、試しに彼に食べられてあげたらどうかなぁ?」


 いやらしい笑みを向けられた瞬間、俺はプッツンした。


「神だろうが、なんだろうが、知ったことか……!」


 男の襟首をガシっと掴む。


「ひょ?」

「お前が! 食われろぉ!!」


 宙に浮いた男をぶん回し、遠心力でもって倫理観やら殺人への忌避感やらと一緒に恐竜もどきへ放り投げる。


「あーれー!」


 バクンッ! と、男が恐竜もどきの口内に消えると同時に、俺の足元に魔法陣のようなものが浮かんだ。


「今度はなんだ? うわあっ!?」


 体が光に包まれたと思いきや、今度は岩場に放り出される。

 太陽の厳しい日差しが俺の身を焼くように照らした。


「あ、あぢぃ……ジャングルの次は砂漠かよ。一体何がどうなって……?」


 顔を上げると、今度は奇妙な形の仮面を被った連中が俺を取り囲んでいた。


「***###!」

「な、何て言ってるんだ……?」

「おお、そういえばチート能力をあげるのを忘れていたね!」


 隣にボンッと煙が立ち上ったかと思うと、中からさっきの男が手品師のようにポーズを決めて出現した。


「お、お前、なんで生きてんだ!」


「言ったはずだよ、僕は神だってね! それはそれ、君にプレゼントだ。異世界トリッパー御用達……『翻訳チート』!!」


 男がこちらを無視してクルクルと器用にステッキを回し、俺に向けて静止させる。すると先端からキラキラとした光条が伸びて、一直線に俺の胸を貫いた。


「ぐほあっ!?」

「大丈夫、痛みは一瞬さ!」


 心臓を焼かれるような痛みは、たしかにすぐ収まった。

 けれど、痛みへの恐怖心と後頭部にこびりついたような違和感がなかなか消えない。

 それはまるで、自分の体をまるごと何か別のものに上書きされたかのような。 


「おお、我らが神の使徒よ。どうか我らを渇きから救い給え」

「なんだこいつら。いきなり日本語喋り始めたぞ……」

「違うよ」


 チッチッチッ、と舌打ちしながら男が人差し指を振る。


「君が彼らの言葉を覚えたのでも、彼らが日本語を喋っているのでもない。それでもお互いに意思疎通ができる。『そういうもの』なんだよ、君に与えた『源理(チート)』はね」


 俺はへたり込んだまま、ドヤ顔で見下ろしてくるシルクハットの男を見上げた。

 こんなに目立つことをしているのに、仮面の連中は俺だけを拝むように見つめている。

 まるで、目の前の男が存在していないかのように。


「なんなんだ……なんなんだよ、お前はぁっ!!」


 理解不能の連続に、俺はあらん限りの叫び声を上げる。


「僕が何者かなんて、そこんところはどうでもいい!」


 男がキュッとシルクハットを深くかぶり直し、タンタンッ! と踵を踏み鳴らした。


「いいかい、サカハギくん。君に最初に与えたのは『召喚と誓約チート』だ。君は異世界トリッパーとして、ありとあらゆる世界を巡り続ける運命にあるんだよ。召喚者の願いによって召喚され、叶えたら次の異世界へと召喚される。そこでも願いを叶えて、また次へって具合にね。そして、すべての多次元宇宙に存在する願いを叶え終わるまで、君の使命は終わらない。つまり、帰りたければ願い事を叶え続けるしかないのさ!」

「ふっ……ざっけんな! 俺の意志は!?」

「そんなのないよ! あ・り・え・な・い♪」


 シルクハットの男が意味不明のリズムに乗りながら奇妙なポーズを取ったかと思うと、俺に向かってステッキを突きつけ。

 そして、冷たい瞳で見下ろしてきた。


「何度でも言うよ。君に、それ以外の道はないんだ――」





「野郎ブッ殺してやらぁ!」


 飛び起きると同時に、そいつの襟首を掴もうとした手が空を切った。


「…………って、あのときの夢か」


 まただ。もう何度見たことか。


「畜生めっ! ああ、思い出したらまたムカついてきた!」


 適当にその辺のモノに当たろうと首を巡らせて。

 ようやく、ここがさっきまで寝ていた宿の部屋じゃないと気づいた。


「おお、やったぞ!」


「成功! 成功だ!」


 周りには怪しいフードを被ったおっさん達。

 嫌な予感がして下を見ると、そこにベッドはなく床に描かれた魔法陣。


「おいおい、マジかよ。いつの間にやら別の異世界か」


 なんかやる途中だった気もするが……まあ、今となってはどうでもいい。

 大事なのは、次。この異世界だ。

 頭の切り替えを終えた俺の前に、一番偉そうな格好をしたジジイが歩み出る。

 そして、いつものようにこう言った。


「異世界の勇者よ、我らを救いたまえ!」





 そう。俺がこんな目に遭っているのは何もかも、あのシルクハットの男……『クソ神』のせいなのだ。

 いやマジであの野郎……運命とか意味がわからないっての!

 一応、俺がそんな過酷な生き方をしなきゃいけなかった理由はもう知ってるんだけど、結局のところ神々や世界の都合だし、はっきり言って全然納得できてない。

 フェアチキで幸せを感じる、ささやかな俺の日常を返せー!


「――で、あるからして……おい、勇者よ。話を聞いておるのか?」


 いっけね。聞かなくてもだいたい同じな部分はついつい聞き流しちまうんだよな……。


「あー、聞いてますよ。聞いてますってば」

「おい貴様! 王の御前だぞ!」


 耳をほじほじすると、近くの騎士がいきり立つ。


「はいはい」


 おざなりな返事に騎士が顔を真っ赤にしたが、とーぜん無視。

 フッと指についた耳クソを飛ばすと、騎士の歯がギリっと音を立てた。

 王が慌てて口を挟んでくる。


「とにかく、我らの民も多くの魔物に命を奪われている! このままでは我らだけではなく、世界全体の危機――」

「あー。そういうの、もういいですから。要点だけ言ってください」

「……魔王アクダーを倒してもらいたいのだ」


 偉そうなジジイ……実は大臣だった老人に案内された俺は、こーして謁見の間に通されて王の話を聞かされていた。

 正直クソ面倒くさいけど話を聞かないとその後の行動を決められないんで、こう見えても異世界に喚ばれたとき腹いせまぎれにブチ切れないよう気をつけてはいるんだ。

 ……んー、まあ予想通り魔王退治か。最初に召喚者が俺を『勇者』と呼ぶパターンは九割方これだしな。

 ぶっちゃけ魔王退治は俺が喚ばれる案件の中でも、かなり簡単な部類。問答無用で魔王をブッ転がしてしまえばお仕事終了である。


「ま、いいっすよ。やりまぁす。魔王退治」

「おお、やってくれるか勇者よ」


 王が俺の超テキトーな返事に上機嫌になったが、周囲の反応はあまりよろしくない。王に対して終始敬語を使わなかったので、大臣とか近衛騎士がピクピクと頬を痙攣させている。

 丁寧語使ってるだけでも、だいぶ譲歩してんだけどねぇ。


「それで? 魔王を倒す勇者に、どのような餞別をくださるんで?」

「貴様! いい加減にしろ!」


 当然の権利を行使する俺に向かって、さっきの騎士が突っかかってきた。どうやら王に対する無礼とやらが、この男の中で限界を超えたらしい。


「はぁ……」


 どうにもこうにもため息が出る。絶対にいるんだよなぁ、こういう自覚の足りない輩。


「それで? どーすればいいですかね」


 にへらっと笑ってみせると、騎士がついに抜剣した。

 おうおう、いきなりヒカリモン出すか。相変わらず異世界人は沸点が低いねぇ。殿中ですぞ?


「よさんか、ザーナヘイム卿!」

「いいえ、我慢の限界です! 王よ! どうか、この男を斬る許可を!」


 ふーん。やっぱりっつーか、王はちゃんと止めるんだね。

 魔王退治を快諾した理由に、俺がわざと取っていた横柄な態度に王が最後までキレなかったってのがある。まあ、部下が代わりにキレてるのを察したから冷静だったのかもしれんが、それでも部下と一緒に怒るアホ王もいっぱい見てきた。一応、この騎士も王の代わりに怒ることで自分の役目を果たしてるのかもしれんけど。


「王よ、このような小僧が勇者なわけがありません! 召喚をやり直せばよろしいではありませんか!」


 あぁん?


「…………っせーな。ガタガタ抜かしてんじゃねーぞ、雑魚が」

「何っ!?」


 こいつ、俺の前で一番言ってはならないことを言いやがった。


「いいか騎士野郎。召喚っていうのはな、誘拐と同じなんだよ。まったく縁もゆかりもない奴を無理矢理連れてきて、自分達のために利用するってことなんだ。あまつさえ自分達じゃ解決できねぇ問題をそいつに押し付ける……つまりテメェが敬愛してやまない民を導くべき王が、そんなクソ手段を決めたってことなんだよ」


 王が苦虫を噛み潰したように歯噛みするのが見えた。やはり自覚はあるようだ。


「そんな王に、どうして俺が敬意を払う必要がある。むしろ土下座して頼まなきゃいけないのは、そこでふんぞり返ってる王だろうが。あぁ? んなことも理解できねーから異世界召喚なんてチャチな方法で俺を喚びつけることぐらいしかできねーんだよ、このダボが!」


 こちらの言い分に思うところでもあるのか、王は言い返してこない。

 だが、目の前の騎士の顔は赤を通り越して真っ青になっていた。怒りのあまり変な汗が出てきている。


「いいか、俺以外にを増やすんじゃねぇ。それとも魔王と手ェ組んで、お前等を滅ぼそうか? 俺はそれでも一向に構わんぞ」


 俺の宣言に謁見の間が静まりかえった。

 でも、それも一瞬。


「これほどの恥辱は受けたことがない! もはや我慢ならん!」

「いかん、ザーナヘイム!!」


 ついにザーナなんとかっつー騎士がブチ切れた。王の制止も聞かず、剣を振り下ろしてくる。


「なるほど。確かにこれじゃ、お前等には荷が重いわ」


 おそらく王の側に侍る近衛騎士だから、この世界じゃ腕もそこそこ立つほうなんだろうが。

 まず踏み込みが駄目。最初の一歩の時点でその後の動き読みやす過すぎ。剣速なんてもっと話にならない。これじゃ蚊も殺せん。

 ゆうゆう避けてから千発くらいカウンターを打ち込んでやってもいいんだけど、最後まで部下を止めようとした王に免じるか。

 騎士の剣はブロードソード。幅広の片手剣が俺の頭蓋を叩き斬る軌道を描いていた。こいつを俺は避けることも防御することもせず、そのまま受ける。


「何っ!?」


 俺の頭に当たった瞬間、騎士の振るった剣が粉々に砕け散った。


「バカな……」

「なーにがバカな、だよ。そんなナマクラで何が斬れるっていうんだ?」


 唖然とする騎士に向かって、やれやれとばかりに肩を竦めてみせる。


 もっとも、呆然としているのは騎士だけではなかったが。


「ゆ、勇者よ! 此度のことは……」


 そんな中でも王がすぐに気を取り戻した。

 だけど言葉の続きを待つことなく、俺は踵を返して謁見の間の扉へと向かう。


「安心しな。魔王はちゃんと倒してやんよ。そしたら俺はこの世界から後腐れなく消えっから、別に後始末とか考えなくていい。お前らが喚んだ勇者ってのは、そういう存在だ」

「そなたは、いったい……」


 王の畏れと困惑に満ちた問いかけに、俺は肩越しに名乗った。 


逆萩さかはぎ亮二りょうじ。通りすがりの異世界トリッパーだ」

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