そんなのどうでもよかった
そう思っていたけれど、一人だけ、たった一人だけ。
私の事を気にかけてくれる優しい人がいた。
命の恩人だからと、自分のせいで片腕になったからという理由があっただったけど、その人は私に優しくしてくれた、傷付かないように気を使ってくれた。
今この場であの日の懺悔をしようと思う。
あの時、恩を売ったつもりかと怒鳴ったあなたに首を横に振ったけど、それは嘘でした。
あれは打算でした、恩を売るつもりでした。
腕が吹っ飛ぶとは思っていなかったけど、それでもわざわざあなたを庇ったのは、打算でしかなかったのです。
だって、私があなたの命の恩人になれたら、もしもたったそれだけのことをあなたが気にかけてくれるような良い人であるとするのなら、きっとあなただけは私の死に悲しんでくれるのではないか、と。
だからどうか、恨んでください。
吐いていた、胃酸しか出てこなかった。
胃が痛くて痛くて仕方がない。
胃を内側からがりがりと引っ掻きまわされるような激痛に呻く。
嘘だ、どうせ嘘に決まっている。
だとしてもなんて悪趣味な、ここまで他人の事を悪趣味だと思ったのは初めてかもしれない。
嘘吐き、嘘吐き、嘘吐き、嘘吐き。
わかっている、知っている、あの道化は嘘吐きだった、どうしようもない道化だった。
だから全部嘘に決まっている、あの道化はただ中身のない笑顔を浮かべることしかできない能無しなのだから。
嘘に決まっている。
だが今更そんな嘘を吐くかれてどうしろというのだ、あの道化は一体何のためにこんなものを残したのだろうか。
あの女がただ、笑うことしかできない能無しであることに気付いたのは、あの女が死ぬ少し前だった。
楽しいから笑っているわけではなく、何かがおかしいから笑っているわけでもない。
ただ、そうやって笑うことしかできないくらい……違う違う違う。
楽しくもないのに笑っているのなら気味が悪いからやめろと言った時に、あの女が何と答えたのかはもう思い出せない。
本当は覚えている、いいや、きっとあれも嘘だった。
その後にまた性懲りもなく笑っていたのは覚えている、あの笑みが……気のせいだ、全部気のせいだ。
あんな事は思っていなかった、思い違いだ、忘れてしまえ。
意味もなく掴んだその手は小さくて冷たかった、不気味な笑顔は今思い出しても吐き気がする。
吐き気はいまだに治らないが、痛みだけは少しだけ引いてきた。
先程の文を反芻する。
書かれていた『優しい人』というのはひょっとして自分のことだろうか?
だとしたらそのどうしようもなさに笑える、誰が優しい人だって?
お前の目は節穴か? 流石能無し、人を見る目も当然のようになかったらしい。
あと、打算だったって? 恩を売るつもりだったって?
ならさっさとそれを言えよ、そうすれば半殺しにした後に簡単に見捨ててやったのに。
どうしてもっと早く言わなかった、今この時点で死んでなかったら百回は殺してやったのに。
何故、今になって。
いいや待て、これは嘘なのだ、嘘に決まっている。
本当であるわけがない、あの道化は理由も利益もなく助けたってなんの意味もない大した見返しも返さないような外道を、反射的に助けただけの馬鹿で阿呆な愚か者でしかなかったのだ。
だから、続きを読もう。
嘘だというネタばらしの言葉を目にしなければ、この苦痛は終わらない。
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