ふざけるな

 自分の生存を誰も喜ばないのであれば、せめて自分の死を誰かに嘆いてほしかった。

 ああでも無理だ、だってこれはほとんど同じ願いだもの。

 自分が死んだ時に嘆いてくれるような人がいるのなら、その人はきっと私が生きているだけで多少は喜んでくれているのだろうから。

 そんな人が、いるわけない。


 口の中が鉄臭い、あの道化の味ではないから幻覚ではないようだ。

 唾を床に吐き付けると、赤色が混じっていた。

 どうも唇を噛んでしまったらしい、痛みを今更のように感じた。

 どうせ嘘だと思いながら、特に意味も理由もない怒りでとっくにおかしくなっている頭が手遅れになるくらいおかしくなりそうだった。


 一応は片手を犠牲に命を救ってもらったので、その恩を返すために少しだけあの女に関わるようになった。

 恩とは言っても感謝の念はなかった、ただあんな不気味な女に借りを返さずにいるのが嫌だっただけだった。

 とはいっても大したことはしなかった、最期までできなかった。

 誰かが影であの女の嫌味を言っていたら、それがあの女の耳に入らないように無駄話を始めたり、主人が癇癪を起こしたらこっそりあの女を逃してその標的を変えさせたり。

 あの女と何度か、何度も話をしたが、とても退屈だった。

 あの女はただニコニコと笑いながらこちらの話を聞くだけで、自分の話をすることはほとんどなかった。

 ただ楽しそうに相槌を打つだけで、ただただ笑うだけだった。

 

 やっと血が止まったので、先程のくだらない文を思い起こす。

 やはり死んだ時に悲しんでほしかったという展開が繰り広げられた。

 とても陳腐でありきたりだと思う。

 そしてその通りだ、誰もお前が生きていたって喜ばないし、お前が死んだって誰も悲しまない。

 現にお前が死んでしばらく経つが、誰かがお前の死に嘆き悲しんだという話は一切聞かないし、涙を流す姿を見た覚えもない。

 誰も彼もが、あの道化の死を何でもないものとして扱った。

 当然、自分も。

 あの道化は、自分の命を引き換えにして守った男からも、その死を悲しまれなかった。

 当然だ、誰があんな道化が死んだくらいで悲しむものか。

 お前のような狂人は死んで当然だった、もっと早く死ねばよかったのだ。

 いっそ最初からいなければよかった、あんな狂人、生まれてきた事自体が間違いだったのだ。

 吐き捨てるようにそれだけ呟いて、続きに目を向ける。

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