レンパリアの千人槍 6
「捨てて立ち去れと言ったはずだか」
獣王公は眉をひそめた。
「バルサルクに向かって、剣を抜く事がどういう事か分かっているのか?」
レイツは、剣を捨てなかった。
とにかく、この場から
「愚かな……ならば少し
獣王公が乗ってくれた事を
一歩づつ四脚を動かし、ゆっくりと、
(よし……この辺りなら)
仲間たちの元から
剣を捨てて逃げれば、見逃してもらえるかも知れない。でも、それじゃあ、倒れたままの仲間を見捨てる事になる。
戦うべきか……?
そう考えた時、レイツは
……戦う?
跳ねたって騎上のバルサルクに剣は届かない。じゃあ、先に仕留めるべきは
でも、獣鎧と分厚い天然の革の塊をどうやって仕止める?
レイツは、切っ先を
獣王公の手甲に仕込まれた宝玉が光った。獣王公の姿が揺らぎ、雨水を弾きながら、空気が激しく波打つ。
千人槍を吹き飛ばした時と同じ衝撃波。
頭の上を振動する空気がかすめ、レイツの背後の空間を弾き飛ばす。
「うわぁあああ!」
鉄の
鈍い音ではなく、高い金属音が鳴った。狙い違わずに眼部に突き付けられた剣は、
白海に住む大型プルコの
倒れたレイツの上に、
「愚かな者め」
獣王公は、踏み潰されたレイツを確認しようとしたが、
「!?」
何かが獣王公の
周囲から、獣王公の姿を認めたバルサルクが三騎、近づいて来ている。一人は長槍、一人は大剣、そしてもう一人は弓を持ち、二矢目をつがえていた。獣王公は囲まれた。
「名乗りも上げずの不意打ちの挙句、三人掛かりか……?バルサルクにあるまじき振る舞いぞ……」
獣王公は
「たが、ハンデとしては丁度よい」
獣王公の手甲が光った。放たれた二矢目もろとも、弓を持ったバルサルクを騎上から弾き飛ばす。いや、弾き飛んだのは、一人だけではなかった。法術と同時に地を蹴った
「うおおおお!」
大剣を構えた最後の一人の横を駆け抜ける。
ものの1分も掛かってはいまい。相手にまともな反撃すら与えずに、獣王公は、豪雨に二人分の鮮血を洗い流させた。
最初に転倒させられたバルサルクは、弓を捨てると、慌てて
「ば、化物め!」
後も追わず、獣王公は鼻で笑った。
「ふん、不意打ちだけでなく、逃げるのも得意と見える……」
自分の仕事は、残党の再集結を防ぐ事だ。だが、この辺りに、もはや敵の姿はない。獣王公は、
「今一度、アウゴウセル公の助太刀に行くぞ」
主人にうながされた
「どうした!?」
泥土に、豪雨でも洗い流しきれないの鮮血が広がっている。
苦しげに
それは一転してから立ち上がった。手に血刀を下げたまま。
「やっぱり、下の方からなら切れた……」
レイツだった。
「今の戦いで振り落とされもせず……剣だけで、
「貴様、何者だ!?」
絶命した
「良かろう……相手になってやる!」
「
レイツも名乗る。
「レンパリア千人槍のレイツ……」
愛称に続けて本名も名乗った。
「プレイズ・レシュターツ……」
「
さきほど目を覚ましてから、ずっとこの奇妙な光景を見ていたバルサルクは、未だに幻覚を見ているようにしか思えなかった。
一瞬で三人のバルサルクを倒した獣王公が、一振りの剣しか持たない傭兵相手に、何度も斧を奮い続けているのだから。
何度めかの戦斧をかわした時、全身、雨と泥にまみれたレイツは、
「
ポツリと
その言葉に、獣王公は笑った。
「我が斧をここまでかわした事は
「いや、そうじゃなくて……」
レイツは濡れた前髪を上げた。
「降伏するか……って聞いてるんだ」
「なに!?」
あれほど震えていた肢体は、まるで嘘のように落ち着いていた。近くに聞こえた胸の鼓動も、いつの間にか遠のいていた。
それは、かつて剣術を教えてくれた旅のバルサルクが、剣術の文様を与えてくれた時にいった言葉……お前がバルサルクなら、赤色を与えてもいい……それは単なる誉め言葉ではなかったという事だ。
レイツは、獣王公の斧を剣で差し示した。
「その柄の長い斧は、
対決してみて分かった。恐ろしいと思っていた獣王公の力量が。
レイツは、残念そうに
「遅すぎるんだ……多分、千回振っても、俺には当たらないよ……」
獣王公が片手をかざした。手甲が光り、法術が放たれる。
だが、法術はレイツの身体を弾く前に、
旅のバルサルクは、剣術と長物の文様を授与してくれた。だが、教えてくれたのは、武器の扱い方だけではなかった。
レイツの剣が、旅のバルサルクからもらった剣が……光を放っていた。
「その剣、宝玉剣か!?」
「あんたと同じ法術だよ……あんた見たいには飛ばせないけど、相殺くらいならできる……」
獣王公は、さらに法術を連発した。レイツは、途中、相殺しきれず横に跳んだ。
「それに雨のお陰で、どこに飛んでくると丸わかりなんだ」
雨が先に
「もう一度聞くよ。降伏する?」
「バルサルクが、
獣王公は、再び
「最初にあんたと
「うおおおおおお!!」
獣王公の
「絶対に死ぬって……思ったんだ」
戦斧の先にレイツの姿はなかった。しかし、獣王公の視界には、レイツの姿は消えていなかった。
空を切った
一瞬、豪雨の空がピカリと光った。
「でも、ごめん。俺の方が強かった……」
遠くの方から雷鳴が響いてきた。
翌日は快晴だった。
結局、敵は本陣を突破できなかった。それどころか、獣王公の戦死を知ると、
レンパリア千人槍は、報酬を受け取ると、負傷者を荷車に乗せて早々に家路を目指した。
「
荷車に乗せられた
「ああ……傭兵のガキに、高名なバルサルクが討たれたとあっちゃあ、バルサルク全体の面目丸潰れだ。褒美どころか、下手すりゃ追放だ」
「大手柄だと思ったのになあ……」
「それに、『獣王殺し』だの、『
レンパリアの一行に、一騎のバルサルクが近づいて来た。
「レンパリアの隊長どの……」
馬上から身を寄せてささやく。
「一部始終見させて頂いた……まさか、こんな少年だったとは……信じられん」
バルサルクは、レイツの顔をまじまじと見つめると、続けた。
「この子を私に預けてくださらぬか?立派にバルサルクに育てて見せるが」
予想外の申し出に、
「おい、レイツ。とんでもねえ褒美がきたぞ。どうする?って……その顔なら聞くまでもねえか」
「で、でも、
「旦那、俺の甥だ。頼みますわ」
「
「兄貴には言っといてやる。いいから、行ってこい!」
しばし
「はい!」
隣のバルサルクは満足げにうなずくと、少年に手を差し伸べ、自身の
「では、いざや参ろう、少年よ!」
かくして少年は、レンパリア千人槍から、バルサルク見習いへと変わるべく、伯父の下を離れていったのだった。そして、これが伯父との最期の別れだった……。
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