レンパリアの千人槍 3

「俺たちがバルサルクにかなう訳ねえだろ!」


 レンパリアの頭・ライリィは、平原の戦闘を見守る事よりも、自分の甥を叱る事に忙しかった。


「その剣だって、お守りだっつーから特別に持たせてやったんだ。誰が戦っていいっていった!?」


 伯父おじの剣幕に、しかし、レイツも負けずに言い返していた。


「バルサルクを討てれば大手柄じゃないか!あいつは手負いだったんだ」

「その手負いに射殺されそうになったのは、どこのどいつだ!」


 伯父おじは腰を屈め、レイツに頭の高さを合わせた。その小柄な両肩をガシリとつかむ。


「俺たちの仕事は、騎牛ビルガー相手に槍おっ立てるだけだ。それで月の契約金は30ウルシャ……銀貨30枚だ。俺たちの報酬はそれ以上でもそれ以下でもねえ!」

「でも、世間の連中は、俺たちの事を逃げるのが得意な乞食傭兵だって」

「それで大いに結構だ!それともお前は、レンパリアの乞食傭兵は、たった銀貨30枚でバルサルクとも勝負してくれるって、思われてえのか!?」


 平原の方から休戦を知らせる鐘が響きだした。

 伯父おじのライリィは、嘆息すると声を落とし、さとすように続けた。


「いいか、死ぬのはバルサルクの仕事だ。俺たちの仕事は、報酬もらって、それで食い物と土産を荷車に乗せて故郷に帰るのが仕事だ。その荷車が動くには何が必要だ?」

「……馬」

「馬が引くには、荷車に何が付いてねえといけねえ?」

「……車輪」

「そうだ、車輪だ。『いのち』って名の車輪だ。これを無くしちまったら、荷は運べねえ。兄貴んとこに荷を持って帰るには、『レイツ』って名の車輪がいるんだ」


 甥を思いやる伯父の言葉に、レイツはうつむいた。自分の腰の剣に見つめながら、唇をみ締める。


 石打人インジー同様、レンパリアの千人槍の男たちは、身軽に退避する為に防具を付けていない。盾や剣すら無用の長物だ。

 それが普通だ。剣を奮って戦う事は、仕事じゃない。


「……分かったか?」


 レイツは、悔しそうな表情をせたままうなずいた。


かしら〜、飯の準備があるんだ。もうその辺にしといてやれよ」


 敵味方の陣から、ポツポツと炊事の煙が上がりだしていた。

 石打人インジーたちの方は、配給されるソークのパンをもらいに荷駄にだ隊の方に集合し始めている。

 伯父おじは嘆息すると、甥に炊飯すいはんを手伝ってくるようにうながした。


「レイツ……午後からは、その剣は陣地においてけ」


 甥の背中に向かって言葉を付け足すと、伯父おじは平原の方に視線を落とした。

 既に死傷者も運び出され、敵の姿もなかった。


「手の空いてる奴は来い!槍を回収するぞ」


 

 辺りに影が差し始めた。

 見上げると、空は青から白へと変わり、その白も徐々じょじょにごり始めている。雨になりそうだ。


「ライリィ、初陣ういじんの奴がバカしでかすのは毎度の事だろ……」


 戦場に放置したていた槍を拾いながら、三人一組になっていた時の相方の男が言った。


「いつもはビンタ一発で済ますくせに、今日はなんであんなに怒ってたんだ?」


 中が空洞になっているとはいえ、全身鉄製の上、5メートルの長さだ。決して軽い重量ではない。だが、慣れた様子で、三つに束ねた槍を二人掛かりで軽々とかついだ。


「あいつは、腕に覚えがあるから、もっとバカしでかす可能性があるんだ」

「腕に覚えって?」

「あいつは、剣術と、長物……んで、共通語の『文様』持ちだ」


 前を進みながら、ライリィは事も無げにいった。『文様』とは、バルサルクの資格条件である38種類の能力を『記号化した文様』の事だ。この文様の集合によって描かれた紋章が、バルサルクの証となる。


「マジか?どこで習ったんだ?」

「昔、赤色持ちのバルサルクが兄貴のとこに半年くらい逗留とうりゅうしててな……その時に習ったらしいんだが、筋がいいってんで、文様二つ許された上に、剣までもらったんだとよ」

「ああ、あの腰の剣は、それか」


 天が黒雲に代わり、しずくを落とし始めた。


「降ってきやがったな、滑らねえように気を付けろ」

「共通語の文様も持ってるってのは?」

「村から初めてバルサルクが出るかも知れねえって、兄貴が喜んでな、都市の学校に通わせた事があるんだ。そん時のもんだな」


 小雨が槍を打ち始めた。


「やべえな、午後は雨天か……休戦になってくれりゃいいが……で、共通語の文様までもらったのに、なんで今ここにいるんだ?」


 ライリィはかぶりを振った。


「共通語くらいなら、都市の出版組合の学校でただで習えるんだ。奴らは、読み手が増えねえと、本が売れねえからな……」


 後ろの相方を振り返り、嘆息する。


「バルサルクの称号を受けるのに必要な文様は38種だ。そんだけそろえるのに、いくつの学校に通って、何人の師がいる?兄貴も、学費もツテもねえ貧乏農夫の息子には過ぎたもんだって気付いたさ……」


 雨脚が一気に激しさを増した。

 


「こりゃダメだな……」


 地面のくぼみが、雨水で水平にらされた。雨具のかさをかぶったライリィは、泥濘ぬかるむ地面を確認すると、黒くおおわれた空をみあげた。四方にどこまでも暗雲が広がり、簡単には止みそうにない。


「休戦だな……まあ、楽に越した事はねえか……」


 丘の上に張られたテントの中では、既に休戦気分になっている男たちが昼寝をしている。端っこの方で、レイツは剣をだかえたまま、ぼんやりと虚空こくうながめていた。

 伯父おじのライリィはテントに戻ると、食糧樽にあった小ぶりのリンゴを二つ取り、テントの隅にいる甥の横に腰を下ろした。


「雨降ったら休戦、雪降ったら撤退……まあ、平原の戦争なんて、こんなもんだ」


 甥にリンゴを渡す。レイツは剣だかえたまま、受け取った。


「その剣……鞘は変えたのか?」


 バルサルクから与えられたというレイツの剣は、刀身こそ立派だったが、鞘は古い木製で、張られた革は所々破れ、金具はびた色をしていた。


「前のままだと、盗まれるかも知れないから……」

「大事な剣なのは分かるが……明日は何かでつつんどくなりして、ここに置いてけ。初陣ういじんなんだ。必要かどうかはれてから考えりゃいい」

「……」


 返事をしない甥に、伯父おじはまた何か言おうとしたが、急に咽喉のどから出かけた言葉を飲み込んだ。雨音に混じって、金属の音がかすかに聞こえた。

 他の男たちも気付いたらしく、起き上がった。


「なんだ?この雨でもやんのかよ」


 合図の半鐘はんしょうだ。にわかに外が騒がしくなった。伯父おじは舌打ちすると外に出た。レイツも、その後に付いて行く。


「旦那!」


 ライリィは、近づいてきた馬上の伝令官に駆け寄った。


「おお、レンパリアの隊長か?」

「旦那、やるんですかい?足元も視界もやべえのに」


 伝令官はうなずいた。


「敵に援軍がきたらしい。既に布陣を始めておる」

「援軍って、何人です?」

「二騎だ」

「二騎?」


 小領主や、無足むそくと呼ばれる所領を持たぬバルサルクが、単騎で戦場に加わる事は珍しくない。だが、それを援軍と呼んだりはしない。

 レンパリア千人槍の頭は、敵陣の方を見た。確かに、布陣の準備を始めている。午前の時とは違って、何か大きな塊が二つ、陣容に加わっているようだった。


「投石機か?……いや」


 雲の影と雨粒の紗幕しゃまくさえぎられ、良く見えなかった。が、戦場にれたレンパリア千人槍の隊長は、間も無くそれが何であるか気づいた。


 レイツの足元で何かが跳ねた。泥水に浸かったそれは、伯父おじが手に持っていたはずのリンゴだった。

 伯父の代わりに誰かが叫んだ。


王牛ブルガーだ!」

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