レンパリアの千人槍 3
「俺たちがバルサルクにかなう訳ねえだろ!」
レンパリアの頭・ライリィは、平原の戦闘を見守る事よりも、自分の甥を叱る事に忙しかった。
「その剣だって、お守りだっつーから特別に持たせてやったんだ。誰が戦っていいっていった!?」
「バルサルクを討てれば大手柄じゃないか!あいつは手負いだったんだ」
「その手負いに射殺されそうになったのは、どこのどいつだ!」
「俺たちの仕事は、
「でも、世間の連中は、俺たちの事を逃げるのが得意な乞食傭兵だって」
「それで大いに結構だ!それともお前は、レンパリアの乞食傭兵は、たった銀貨30枚でバルサルクとも勝負してくれるって、思われてえのか!?」
平原の方から休戦を知らせる鐘が響きだした。
「いいか、死ぬのはバルサルクの仕事だ。俺たちの仕事は、報酬もらって、それで食い物と土産を荷車に乗せて故郷に帰るのが仕事だ。その荷車が動くには何が必要だ?」
「……馬」
「馬が引くには、荷車に何が付いてねえといけねえ?」
「……車輪」
「そうだ、車輪だ。『いのち』って名の車輪だ。これを無くしちまったら、荷は運べねえ。兄貴んとこに荷を持って帰るには、『レイツ』って名の車輪がいるんだ」
甥を思いやる伯父の言葉に、レイツはうつむいた。自分の腰の剣に見つめながら、唇を
それが普通だ。剣を奮って戦う事は、仕事じゃない。
「……分かったか?」
レイツは、悔しそうな表情を
「
敵味方の陣から、ポツポツと炊事の煙が上がりだしていた。
「レイツ……午後からは、その剣は陣地においてけ」
甥の背中に向かって言葉を付け足すと、
既に死傷者も運び出され、敵の姿もなかった。
「手の空いてる奴は来い!槍を回収するぞ」
辺りに影が差し始めた。
見上げると、空は青から白へと変わり、その白も
「ライリィ、
戦場に放置したていた槍を拾いながら、三人一組になっていた時の相方の男が言った。
「いつもはビンタ一発で済ます
中が空洞になっているとはいえ、全身鉄製の上、5メートルの長さだ。決して軽い重量ではない。だが、慣れた様子で、三つに束ねた槍を二人掛かりで軽々と
「あいつは、腕に覚えがあるから、もっとバカしでかす可能性があるんだ」
「腕に覚えって?」
「あいつは、剣術と、長物……んで、共通語の『文様』持ちだ」
前を進みながら、ライリィは事も無げにいった。『文様』とは、バルサルクの資格条件である38種類の能力を『記号化した文様』の事だ。この文様の集合によって描かれた紋章が、バルサルクの証となる。
「マジか?どこで習ったんだ?」
「昔、赤色持ちのバルサルクが兄貴のとこに半年くらい
「ああ、あの腰の剣は、それか」
天が黒雲に代わり、
「降ってきやがったな、滑らねえように気を付けろ」
「共通語の文様も持ってるってのは?」
「村から初めてバルサルクが出るかも知れねえって、兄貴が喜んでな、都市の学校に通わせた事があるんだ。そん時のもんだな」
小雨が槍を打ち始めた。
「やべえな、午後は雨天か……休戦になってくれりゃいいが……で、共通語の文様までもらったのに、なんで今ここにいるんだ?」
ライリィは
「共通語くらいなら、都市の出版組合の学校でただで習えるんだ。奴らは、読み手が増えねえと、本が売れねえからな……」
後ろの相方を振り返り、嘆息する。
「バルサルクの称号を受けるのに必要な文様は38種だ。そんだけ
雨脚が一気に激しさを増した。
「こりゃダメだな……」
地面の
「休戦だな……まあ、楽に越した事はねえか……」
丘の上に張られたテントの中では、既に休戦気分になっている男たちが昼寝をしている。端っこの方で、レイツは剣をだかえたまま、ぼんやりと
「雨降ったら休戦、雪降ったら撤退……まあ、平原の戦争なんて、こんなもんだ」
甥にリンゴを渡す。レイツは剣だかえたまま、受け取った。
「その剣……鞘は変えたのか?」
バルサルクから与えられたというレイツの剣は、刀身こそ立派だったが、鞘は古い木製で、張られた革は所々破れ、金具は
「前のままだと、盗まれるかも知れないから……」
「大事な剣なのは分かるが……明日は何かで
「……」
返事をしない甥に、
他の男たちも気付いたらしく、起き上がった。
「なんだ?この雨でもやんのかよ」
合図の
「旦那!」
ライリィは、近づいてきた馬上の伝令官に駆け寄った。
「おお、レンパリアの隊長か?」
「旦那、やるんですかい?足元も視界もやべえのに」
伝令官は
「敵に援軍がきたらしい。既に布陣を始めておる」
「援軍って、何人です?」
「二騎だ」
「二騎?」
小領主や、
レンパリア千人槍の頭は、敵陣の方を見た。確かに、布陣の準備を始めている。午前の時とは違って、何か大きな塊が二つ、陣容に加わっているようだった。
「投石機か?……いや」
雲の影と雨粒の
レイツの足元で何かが跳ねた。泥水に浸かったそれは、
伯父の代わりに誰かが叫んだ。
「
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