レンパリアの千人槍 2

 何度も何度もこうべを垂れていたあしが、今度は縦に揺れ出した。風にあおられた時とは違い、一定のリズムを刻みながら、左右に揺らぐ。地が揺れ、したレイツの胸に、鼓動以外の振動が伝わってきた。


 バルサルクの駆る騎牛ビルガーの横隊が前進を始めた。しかし、まだ突撃の為の襲足しゅうほではない。駈歩かけあしで進み、その後方には軍馬にまたがった私兵団マヌマヌティアが土煙を立てながら続いている。


 私兵団マヌマヌティアとは、上級中級の領主がようする常備兵だ。バルサルクのような資格はいらず一般から公募され、平時は領内や城の警備兵として勤めて、戦時は特定の兵科に属する軍団兵として戦う。

 全く私兵団マヌマヌティアを持たない領主いるが、大抵は、数十人から数百人は擁している。中には、数千人もの私兵団マヌマヌティアを持つ大領主もまれに見られた。


「慌てるな……」


 伯父おじの言葉に、レイツは槍に伸ばしかけていた手を止めた。


「まずは、都市傭兵ガノッサ弩砲どほうからだ」


 伯父おじがいうやいな、背後で無数ので弓弦ゆずるが弾ける音が起きた。

 都市傭兵ガノッサ……。特定の領主に属さない都市連邦ノッサレアと呼ばれる商業都市群から派遣された技師たちだ。

王侯たちは、戦争の度に、都市連邦ノッサレアから弩砲や投石機等の兵器と技師をレンタルするのが常だ。レンタルで済ませるのは、維持費や技師の育成の手間を節約できる上に、常に都市連邦ノッサレアの最新の兵器を投入できるからだ。


 駈歩かけあしで進むバルサルクたちは、速度を落とした。くらに身をせ、たくみに騎牛ビルガーを操りながら、散発的に到来する大矢の中を抜けて行く。

 弓弦ゆづるの弾ける音に混じって、別の風切音かざきりおんが続いた。

 レイツたちの後ろにひかえていた石打兵インジーたちが投石を開始したのだ。投石帯に挟んだ石塊いしくれを振り回し、十分に加速が付いた所で放つ。たまに投げ損ねた石が、レイツらの近くに落ちた。


 迫りくるバルサルクたちは、騎牛ビルガーむちをくれた。駈歩かけあしに戻り、距離をつめる。


「まだだ!」


 身を起こしかけていたレイツは、伯父おじの声にまた身をせた。

 地響きが激しくなり、近づく騎牛ビルガー咆哮ほうこうまでハッキリと聞こえ始めた。

 後もう少し……回避不可能な距離まで騎牛ビルガーが到達した所で、レンパリア千人槍の出番だ。

 ……が、


「この距離で、襲足しゅうほにならねえだと?」


 伯父おじはつぶやいたかと思うと、


「しまった!」


 突然、槍をおいたまま身を起こした。


「奴ら気付いてやがる!」


 伯父おじだけでは無かった。他の幾人かの男たちも、せるのを止めて立ち上がった。

 何が起きたのか分からず、レイツもかぶりを上げた。


「ど、どうしたの?」

「立てレイツ!横陣を変えるんだ!」


 伯父おじは、レイツを蹴って立たせると、辺りに叫んだ。


楔陣くさびじんだ!急げ!」


 伯父おじの言葉を聞くまでもなく、熟練の仲間たちが既に槍を担いで動き出していた。


くさびだ!早くしろ!」


 状況が飲み込めない新兵たちをうながしながら、横陣がノコギリ状に変化し出した。


「急げ!」


 男たちの声をさえぎるかのように、騎牛ビルガーたちの咆哮ほうこうせまる。直ぐそこだ。バルサルクたちは、むち打ち、突如、襲足しゅうほに加速させた。


「ライリィ伯父おじさん!」

「そこで止まって屈め、レイツ!」

「一体何が!?」

「奴らは頭の上、飛び越えるつもりだ!屈め、三だ!」


 咄嗟とっさに、レイツは石突きに乗った。同時に、その前方で伯父おじともう一人の男が、長槍の柄をだかえてる。

 刹那せつな、レイツたちの横を疾風しっぷうが駆け抜けた。そして、直ぐに獣の悲鳴が上がり、レイツたちの槍にも激しい衝撃が走った。


 王牛ブルガーの血を引く騎牛ビルガーは、決してその跳躍力を退化させてはいない。既にレンパリア千人槍がせている事に気付いた彼らは、薄い横隊の槍衾やりぶすまを飛び越えようとしたのだ。

 だが、その直前で、横隊は楔形くさびがたに変化した。縦幅が広がり、飛び越えられなくなった為に、やもなく騎牛ビルガーの群れは、楔形同士の間を通り抜けねばならなかった。


 狭い隙間に、加速した騎牛ビルガーの集団が詰め、両端の騎牛ビルガーたちが、槍に引っかかるようにして、鋼鉄の牙に捕らえられていた。

 血飛沫が上がり、鉄槍をつたってレイツの足元まで鮮血が流れてきた。


「走れ!」


 男たちは槍を手放し、大急ぎで退路に向かって走った。だが、レイツは走らなかった。鉄槍を身に受けた騎牛ビルガーが暴れている。既に伯父おじたちの姿はなかった。

 暴れる騎牛ビルガーの上では、必死になだめようとするバルサルクも、太ももに別の槍を受けて血を流していた。


(手負いだ!)


 何を考えているのか、レイツは腰の剣を抜いた。あたりの騒動そうどうなど耳に入らぬかのように、


「うわあああ!」


 まだ少年の声音で雄叫びを上げ、騎牛ビルガーの上へ乗り上がろうとした。

 とっさに、騎上のバルサルクは、マントの内から何かを取り出した。


 ぜる音が鳴った時、レイツの視界が暗転した。平衡感覚が狂い、地面に叩きつけられた衝撃の後、回復した視界の前には伯父おじの顔があった。


「馬鹿野郎、死にてえのか!」


 騎上のバルサルクは、レイツの顔面に向かって小型の弩を放ったのだ。間髪、体当たりしてきた伯父おじのおかげで、レイツはやじりをくらう代わりに、土をかむだけで助かった。


「こっから先は、浮浪傭兵ラバーフどもの仕事だ!さっさと走れ!」


 レイツは伯父おじに引きずられるようにして、後方へと連れていかれた。それと入れ替わるようにして、武装も得物も不揃ふぞろいの浮浪傭兵ラバーフたちが手負いのバルサルクに群がって行く。

 一人に対して、数人単位で囲み、投げ槍、投石、矢を浴びせながら、獲物に群がるハイエナのように、手負いのバルサルクたちを一人一人仕留めて行く。

 槍衾やりぶすまを無事に突破したバルサルクたちも、各所で迎え撃った同じバルサルク相手に剣を交えていた。


 戦闘は、日が頂点に差し掛かる事まで続いた。バルサルクの突撃後は、敵側の私兵団マヌマヌティアの騎馬隊の突撃が二度ほどあり、後は、双方のバルサルクや私兵団マヌマヌティアによる乱戦が展開された。しかし、本陣まで八段もある備えを三段突破されただけで、午前の戦いは終了した。双方に損害が出たが、戦況に影響を与えるほどではなかった。


 レンパリア千人槍は、最初の仕事を終えた後は、後方に引き、さらに乱戦に突入すると、巻き込まれる前に丘の上の陣地まで引き上げていた。

 通常の槍衾やりぶすまも馬防柵も通用しない騎牛ビルガーの突撃を防ぐ事だけが彼らの仕事だ。役目を終えれば戦線離脱しても誰も文句を言わない。それは石打人インジーも同じで、レンパリアたちよりは少し離れた所で、彼らも戦闘を他人事のように見降ろしていた。

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